女神は人形を作る
あなたは、あなたですか?
俺の体は眩い光に包まれた。さあ、数秒後には待ち望んだ喧騒が3ヶ月ぶりに俺の耳に入ってくる! さらば斎藤、さらばエタワールド! 転職の時間だあああ!
光が収まった。
「あれ……?」
『さあ、完了よ。目を開けてご覧なさい』
「あの、聞きたいことがあるんだけど」
『何かしら?』
「……えらく静かじゃないか、ここ? さっきと変わらないというか…………」
謎の声の主はクスクスと笑っているようだが、答える気配はない。俺は恐る恐る目を開く
「……森か? ここは」
『色々説明をしてあげるために、静かなここに飛ばしたの。くふふふふ、では改めてご挨拶を……。初めまして、コウキ。私の箱庭にようこそ』
「君の、箱庭だって? 君はいったい誰なんだ?」
『じゃあまずはそこから。私は名前を持っていないの。本来ならば“在る”者とでも名乗るところなんだけど、あなたには”ジェペット“と名乗ることにしたわ。ピノッキオを知っている?』
「鼻が伸びるやつだろ? 妖精に命を吹き込まれた人形の……」
答える俺を遮るように、謎の声はくふふ笑いを返してきた。予想通り、とでも言いたげな、どこか俺の知識の浅さを嘲るような響きのある笑い方だった。
『コウキが話しているのは映画のことね。あれにも原作があるの。ピノッキオは命を吹き込まれるんじゃなくて、最初は喋る丸太だったのよ? 喋る丸太を人形に仕上げて、ピノッキオと名前をつけたのがジェペットなの』
「で、何で君がゼペ……ジェペットなんだ?」
『あなたはもう気付いているようだけど、あなたは人間じゃない。あなたは1人の少年の”言葉“によって生まれた存在。言霊の傀儡よ』
「ああ、知ってるよ」
『私は私の目的のために、実体を持たない言霊の傀儡を人間に作り変えた。既存の設定を引き継ぎ、1つの生命体としてちゃんと機能するように、言及のない設定は補った。あなたは本物の肉体を手に入れたのよ?』
信じられない、俺は反射的にそう思った。だってそうだろう?
俺は17年間、自分のことを人間だと信じて疑うことなく生きてきた。異世界転生なんてイベントを体験しても、その前提は変わる訳がない。それが当たり前のはずだ。何もかもが覆ったのは、俺が生きていた「世界」が止まった時だ。俺は斎藤健太というカミサマの存在を知った。そして3ヶ月考え続けた結果、自分が何者なのかを悟ったのだ。そうして呑み込んだ「八幡 鋼輝」を、ジェペットと名乗る女はたった数秒で作り変えて見せたと言っているわけだ。
「実感できないよ。まるでできない」
『くふふ、そうでしょう。でもいずれ実感するわ。この世界は言霊の傀儡にとっては、あまりに具体的すぎる。でもあなたが慣れるまで守ってあげるほど私は親切ではないし、私があなたを手伝っては、フェアではなくなってしまう』
「フェア……? まだ他にも俺みたいなやつがいるのか? ジェペット、君は何がしたいんだ?」
『いいわ、答えてあげる。でもまずは……この森を歩いてみたら?』
「……分かった」
棒のように突っ立っていた俺は、ようやく1歩目を踏み出した。
感じる。歩くだけで、今まで知らなかった感覚が俺の体を包んだ。土の柔らかさ、空気から嗅ぎ取れる青臭さと土の香り、足が枯葉を踏む音。全て、今まで知っているつもりでいたのに初体験する感覚だ。
しばらくしてから、ジェペットはゆっくりと話し始めた。
『じゃあまずは最初の質問から。この世界の人口はおよそ50万人。老若男女すべてが、私に実体を与えられた言霊の傀儡たちよ。みんな何かしらの小説の中心人物だったけど、私が体を与えてこの箱庭に移したの。そして2つ目の質問だけど……私は、あなたたちをただ見ていたいだけ』
「小説のキャラクター50万人を生物に作り変えて、1つの世界に移して、眺める……? さっきから気になってたんだけど、君がやっている……と言ってることは、スケールがちぐはぐじゃないか? これは冗談か、そうじゃなければ神の御業だ。」
『神……人間の言葉の中では、まあ私に最も近い言葉だと思うわ。私は悠久の時の中でただ”在り”続ける者。箱庭をいくつも持っていて、それで遊ぶことで退屈を紛らわせているだけの存在だけれどね。あなたたちが”宇宙”と呼んでいるモノも私の箱庭の1つなのよ』
「なら、言霊の傀儡は君の新しい暇つぶしか?」
『くふふふふ。飲み込みが早いのはあなたの長所よ、コウキ。私は1つの箱庭の中の1つの砂粒のような銀河の中の1つの星の中の1つの生物が創作する存在に興味を持った。そうして見つけたあなたたちを、私は新しい箱庭に入れることに決めたの』
「…………俺たちは、元の世界ではどうなったんだ?」
『消えたわ。まっさらに消えたの。そして誰が消えたか、何から消えたか、それは誰にも思い出せない。まあ私の所有物を右から左に移しただけだし、人間にもあなたたちにも、わざわざお伺いはたてなかったけれどね』
「止まった世界で言ってた、合意の上が1番ってのはそういうことかよ……」
『私は、別に人間の創作物を根絶やしにしたい訳じゃないわ。だから供給過多になっている言霊の傀儡を選んだのよ。それが“異世界転生者”……まあ、有効活用よ』
「さっきの質問を繰り返すようだけど……ジェペット、君は異世界転生者という言霊の傀儡に命を与えて、何をするつもりなんだ?」
『さっきの答えを繰り返すようだけど、私はあなたたちを眺めて退屈を紛らわすの。ただそれだけ。箱庭に手を加えてあなたたちに干渉する気はあるわ。でも何をどうするかまで言う気はない。あなたがそれを知ろうとするのも、分不相応よ?』
「…………」
『くふふふ、私としたことが、少しお喋りが過ぎたわ。箱庭の住人に、話す必要がないことまで話してしまった。だから親切な質疑応答はここでお終い。当分はあなたと話すこともなくなるわね』
「ジェペット、最後に1つだけ聞きたいことがある」
『その時間は既に終わってしまったわ。では幸運を、少年。この世界のピノッキオたちは皆が仲良しこよしな訳じゃない。頑張って長生きしてね』
言いたいことだけ言い残すと、ジェペットの気配は完全になくなった。森は再び静寂に包まれ、聞こえる音は俺の湿った足音と、風が大木の枝々を揺らす音だけになった。
「まだ日は高いのに、鳥の鳴き声1つしないんだな。ここは……」
鳥だけではなく、動物の気配を何1つ感じない。俺はこの場所が少し不気味になった。幸い話しながら歩き続けていたおかげで、森の出口はもうすぐそこにある。俺は少しだけ足を早め、一気に森を抜けだした。
視界が一気に眩しくなる。俺は数秒だけ目を細めて、明るさに目を慣れさせた。
どうやら、俺は荒れ地に出たようだ。黄土色の雑草とひょろひょろの木だけが疎らに生えた、だだっ広い枯れた土地だ。森から一歩出ただけでこれかよ、異世界は。俺は思わず後ろを振り返った。
「え…………?」
俺の背後には、森など存在していなかった。
俺の目に入ってきたのは前方とてんで変わらない荒れ地と、遥か彼方を歩いている1人の人間の姿だけだ。今、何が起きたんだ?
異世界に転移すると同時に言霊の傀儡が体を手に入れるとは、ジェペットは一言も言っていなかった。もしかしたらあの森で話をしている間に、俺の存在は彼女の手でゆっくりと改造されていたのかもしれない。あの森はジェペットが用意した加工・組立ラインで、歩けと言われたのは新たに追加した感覚のテストをするため……
真実か否かは分からないが、その妄想は俺にとってはえらく真実味を帯びていた。そして動揺はしたが、俺は不思議と現状を受け入れる気になった。無いモノは無い、それを在ると決めつける意味は無い。そんな思考だ。もしも、この思考すらもジェペットによって植え付けられたものだったら……そう考えると、少しだけ気持ち悪かった
説明パートがクッソ長くなるが僕の悪い癖




