宝箱は鈍器に使える
突然だが、舞台はノーデルズの街から北東に5キロ移動する。
ギルドから宝箱を受け取った男は、荷物を降ろすことなくここまで足を運んでいた。前々から追っていた、街で起きた傷害事件の犯人を探し出したのだ。
基本的に犯罪者と追跡者が対峙した場合、犯罪者は降伏か抵抗のどちらかを行う。男が見つけ出した少年は後者を選び、男もも嬉々として応戦した。そして5秒後、雌雄は完全に決した。
「あァ~あ、つまんね……」
乱れがほとんど見られない男の着衣が、戦闘の呆気なさを物語っていた。
1つの小説世界の頂点に立ち得る人間を集結させた箱庭においてもなお、彼の力は強すぎたのだ。
「コレの持ち主の方が、まだ歯ごたえがあったな。もっとマシなのはいねぇのか」
そう言って男は、左手でずっとぶら下げていた宝箱に目をやる。ギルドで受け取った時には汚れ1つ無かった代物が、今や血と脳漿を滴らせてテラテラとした光沢を放っていた。
男はため息を吐くと、こしらえたばかりの死体の持ち物を漁り始めた。彼には殺した相手の持ち物をコレクションする悪趣味があるのだ。取るに足らない雑魚からは小さな物、彼を大いに楽しませた強者からは大きな物と、これまた細かい拘りがある。
雑魚の手から質素な銀の指輪を抜き取ると、男は死体を担ぎ上げた。野蛮な方法だが、ギルドへの戦果報告には必要不可欠なのだ。工具箱のフルスイングを受けた少年の頭は爆発四散いるのだが、顔以外の判断材料を見つけるのはギルドの仕事なので気にしていない。
男の名前はファイという。
ファイは箱庭の中でも頭一つ飛び出た攻撃力の持ち主だった。“999”や“カンスト”という言葉がありふれた世界でも異彩を放つ彼の攻撃力は、“∞”だ。
■■■■
シェアハウスらしく大きなダイニングテーブルの上には、出来立ての料理が所狭しと並んでいた。
分厚いステーキ、目を疑うほど多いサラダ、富士山盛りの米、パン派にも配慮したのかバケットが丸々4本。おそらくこれらがメインだろう。あとはなみなみと注がれた酒が全員分と、おつまみが数種類。
別に品数が多いわけではない。1つ1つが異常にデカいのだ。えらく豪快な料理だ。
「よしっ! では3週間ぶりの満室を祝して、カンパーイ!」
「「かんぱーい」」
「か、乾杯……」
音頭をとっている男がタカさんこと高橋 崇。シェアハウスの中では最年長で、大家のトラヴィスより5つも上の29歳らしい。住人のほとんどが10代男子の箱庭の中では珍しいアラサーだ。
“元の小説の中では若造と言われることも多かったのに、ここじゃオッサンになっちまってな。”というのが本人談。少し気にしているそうで。
「コウキ、肉の塩加減は大丈夫か?」
「あ、はい。美味いです」
「そりゃ良かった。いやー、この家は全員好みの加減が違うから不安でさ」
「え、全部調節してるんですか?」
「おう。おかげで家庭内で配膳ミスに気を付けなきゃいけなくなっちまったよ」
「お疲れ様です……」
「優しいなぁコウキは。タカさんなんてコキ使ってなんぼでしょ」
「お前はもっと目上を敬え、この野郎」
完璧な家政夫っぷりをいじったハルカが高橋さんに小突かれた。こうして見ると、年の離れた兄妹に見えなくもないな。おっと、漢字を間違えた。
さっきから一言も喋っていないが、トラヴィスは2人を微笑ましそうに眺めながら肉を頬張っている。
「…………」
俺、場違いだなー。俺の自意識は異世界転生と異世界転移を両方とも経験した後も引きこもりのままだもんで、目の前のリア充な光景がものすごく新鮮に思える。彼らからしたら何でもないことかもしれないけれど。そんなことを考えていると、ハルカが急に俺に振りむいてきた。
「そうだ、せっかくだからアレやってよコウキ」
「アレ?」
「自己紹介」
「ふンぐッ!!」
ステーキが喉に詰まった。
自意識が引きこもりままだって言ったろ、フラグかよ。
まあ俺としても、何とかこの充実した輪の中に加わりたい気持ちはある。まともに機能している異世界に来ることができたこの機会に乗じて、平均くらいのカーストには行ってみたいわけだ。
自己紹介か……台本なし、俺のアドリブの実力が試されるな。
「えー、今日からこの…………この家って名前あるんですか?」
「三鷹荘。私の前世の出身から」
「どうも。えーあの、今日から三鷹荘にお世話になります、八幡鋼輝と申します」
「ダハハハ! 大学受験の面接練習だ!」
「ああ、就活時代の俺だわ」
「そこ! わざわざ耳を痛めつける単語を選ぶんじゃない!」
思わずツッコミを入れてしまったが、まあまずはそこから始めるのが無難かな。
「えー、前世では高校に行かずに引きこもってました。で、あー…………」
異世界に転生したらすぐに時間が停止したんだよな。完全に冒頭をしくじった。
こうやって改めて振り返ってみると、この場に至るまでにびっくりするくらい中身がないな、俺の人生。
言葉に詰まらなければ10秒で終わってしまう内容だ。何とか無難に膨らまさねーと……。
「紆余曲折あってこの世界に転移してきたのが数日前です。なぜか俺は遅いんですよ。おかげで街に入るのにも一苦労でした」
「なるほどな。だから落ち着いた時期に、こんな三鷹荘に入居者が来るのか」
「仮にも家主の前で言うことかしら? ああ、鋼輝は気にしないで続けなさい」
「あ、はい。でーまぁ、この世界に来て一番最初に困ったのはお金です。前世じゃ親の脛をかじるばかりで、自分で稼いだことがなかったんですよ。だからこの街で初めてお金の重要性を理解したというか、稼がないと何もできないことに気付きました。三鷹荘にたどり着いたのもほとんど偶然で、色々手伝ってくれたハルカには感謝してます。ありがとな」
「さすがボクの金運だよねー」
「素行不良を治す前にまた家を壊したら、今度は全裸で街に叩き出すわよ」
「いやーん、大家さんたら変☆態さんなんだからぁ」
「……崇、こいつ本気で泣かせて良いかしら?」
「お前……自分の性別気にしてる割には、あざとい動作に躊躇がねーよな」
金髪美少女のガワを被った少年が、魔王と家政夫から総ツッコミを受けていた。
ハルカのおかげであっという間にマイルームを買うことができたけれど、俺に負けず劣らずの屑の片鱗が見えるんだよな。
「今のところの目標は、とりあえず満足に暇を潰せるだけのお金を稼ぐことです。まだこの世界のことはよく分かっていないので、お話しとか仕事に誘ってもらえると嬉しいです。よろしくお願いします」
「あ、ラストでチキった」
「ハルカお前ゴラ! 俺がなけなしのコミュ力をフル稼働して何かいい感じに〆たのに!」
こうして、俺と三鷹荘の住人達との関係は始まった。
俺はこの時知らなかったのだが、この家にはあと2人の入居者がいた。だが、俺が彼らと顔を合わせるのはもう少し後の話になる。
なぜなら彼らは、異世界に来てもなお引きこもりを続ける猛者たちだったからだ。
18年のクリスマスまでには投稿しようと思っていた内容なんですよ。
準備不足と実力不足、さらに不調(?)が重なって、単純な展開なのに文章が出てこない状態が続いています。