孤高の魔王
異世界と言っても、何もかもが都合良くいくわけでもではない。俺が入ったシェアハウスは家具付きの物件ではなかったのだ。要は205号室には床と壁と天井と窓があるだけで、ベッドも椅子もなかったのだ。買い揃えるためにはまたお金が必要になる。
「はぁ……しょうがない……」
明日から1人でもできる仕事を探そう……。人目を気にせずに眠れるだけでもありがたいわけだしな。
結局昨夜と同じだ。お金がないので飲み食いはできないし、やることと言ったら睡眠と……そういえば、トランプを買ったんだった。
「ハルカは自分の部屋に帰ったし……というか誘う仲じゃないし、ソリティアでもするか」
トランプなんて長らく触っていなかったのでルールはうろ覚えだけど、1人で遊べて、それなりに時間を使うことができるゲームだ。シンプルなようで、俺にとってはクソ難しい。やりごたえは十二分にある。
新品のカードをシャッフルしている時に、誰かが部屋のドアを叩く音がした。
「はーい! ……誰だ?」
急いで出てみると、さっき別れたばかりの大家、トラヴィス・アドラメレクがいた。
「どうかしましたか?」
「差し入れよ。あなたは荷物も持たずにここに来たようだから」
元魔王は、相変わらずの鋭い眼差しで俺の目を見つめてきた。
俺はトラヴィスの目線に気圧されながら、1つの風呂敷包みを受け取った。まあまあ重い物だ。
「えと、これは?」
「ランタン。遥は、部屋に明かりがないことを伝えられるほど気は利かなかったでしょう?」
「あ…………そういえば、もう結構暗いですね」
「この世界には電球は無いから、光源は火が主流なの。あなたが自力で火を起こせないなら、道具を買っておきなさい」
包みを開けてみると、言葉通り大きなランタンが入っていた。今日だけよと言って、トラヴィスが魔法で火を入れてくれた。
何か、ハルカから聞かされていたイメージとはちょっと違う人だな。もっとキレっぽくてでセクハラ上等なおっさんだと思っていたんだけど、なんか普通に親切な人だ。というか本物の女の人だったし。
……家の壁に穴を開けた住人には情け容赦なかったけれど、まあ“魔王”だからな……。
「鋼輝、いくつか聞いておきたいことがある」
「は、はい……!」
「そんなに構える必要は……あら、良い物を持っているのね」
「え?」
トラヴィスは、俺が混ぜている最中で放り出していたトランプを見ていた。
「話しがてら、勝負を受ける気はある?」
■■■■
「と、まあ。そういう経緯でここまで来ました。10のワンペアです」
「なるほど……だから手ぶらだったわけ。❤︎2・3・4・5・6、ストレートフラッシュ」
「うわっ、さっきも出してませんでしたっけ?」
「これが賭けじゃなくて良かったわね。それにしても、遥も遥ならあなたもあなたよ。浮浪者のような寝姿を晒すなんて、私には考えられないわ」
「昨日は徹夜する気分じゃなかったんですよ。3枚チェンジで」
俺はトラヴィスと話しながらポーカーをしていた。現在俺は0勝3敗、トラヴィスのこれまでの役はストレートフラッシュ、フルハウス、ストレートフラッシュ。魔王はポーカーにおいても圧倒的な強さを誇っていた。今後彼女と賭けルールでポーカーをすることになったら、俺は即フォールドする。
今回のルールはレイズもフォールドもないのでただのじゃんけんのはずなんだが、勝てる気がしない。
「鋼輝は明日から金策かしら?」
「そうですね、布団やテーブルは買いたいですし。ジャックとクイーンのツーペア」
「♠︎♣︎キングと♦︎❤︎♠︎の3でフルハウス……ディフェンスタイプの仕事はあまり多くないから、その他で括られている依頼にも目を通すことを勧めるわ。ああ、それと忠告だけど……先に配るわ」
「2枚チェンジします。で、忠告とは?」
「あなたは荒野で他の転生者と交戦して以降、自分の腕力を過小評価しているようね。強い人間はとことん強いのがこの世界だけど、普通の人体の持ち主も大勢いる。戯れのつもりで人に大怪我を負わせないように気を付けなさい。ここの評判にも響くから」
「覚えておきます……そういえば、成人男性の数倍とか言われた記憶が……」
「この街の住人が殺して良い人間は、ギルドが認定した討伐対象だけ。違反した場合は自身が討伐対象になりかねない。はい、♠10・J・Q・K・A」
「ロイヤルストレートフラッシュうう!?」
部屋にハルカが訪ねてくるまで、俺はトラヴィスにボコボコにされ続けた。ゲームの負けに耐性を持っていない奴だったらフテ寝するレベル、圧巻の全敗である。
俺が何とかフラッシュの役を揃えたタイミングで2度目のロイヤルストレートフラッシュを食らい、思わず“大家さん、友達いないですよね”と確認したら強めにド突かれた。気にしていたらしい。
部屋に現れたハルカはトラヴィスの姿を認めて意外そうにしていたが、こう言った。
「夕飯だよー。冷める前に来いってタカさんが」
「……タカさん?」
「例の家事がすごい人。だいたいいつも夜は作ってくれるの。さ、コウキも大家さんも早く」
トラヴィスは人を漢字で呼びます。
展開が遅くてすみません、技量不足です。