不動産屋がない街
ノーデルズの街に戻った後、俺とハルカは慌ただしく金策に奔走した。最初にギルドに駆け込んで、魔法陣入りの工具箱を押し付けて報酬を頂いた。次に、ハルカがアイテムボックスの中で分解したバイ・バッファローの肉、ツノ、革を叩き売って金を作った。そして困ったのが、ハルカがしれっと回収していたミノタウロスの死体の処分だった。まともに売れたのは巨大なツノだけ。200キロはある怪物の肉は、需要が少ないという理由で5キロしか売れなかった。あの巨体が握っていた斧は大きすぎるので売れず、革はあまりにも固すぎて加工に向いていないと言われて買取を断られた。それでも何とか――
「ぃよっし! 89800円クリア!」
「お疲れ様。色んな意味で」
「ありがと……お互いさまだよ……よし、じゃあ案内するね」
今更だけど、この世界の通貨って円なんだな。箱庭の異世界転生者は日本人設定が圧倒的に多いから妥当と言えば妥当かもしれないが。
今日の報酬はほとんどが俺の入居料として消えたが、余ったお金は俺とハルカで半分に分けた。俺の最終的な収入は500円弱。即使ってしまうか貯金の第一歩にするかを考えたが、俺は前者を選んだ。生まれて初めて自分で稼いだお金を持って舞い上がっていたのだ。500円では食事もできず本も買えないので、俺は道中で安物のトランプを買った。安いのに何通りも遊び方がある、上等な暇潰しだ。
金髪ツインテールと“漢”法被のミスマッチな背中に導かれて俺がたどり着いたのは、事前情報通り“ちょっとボロい”2階建ての大きな家だった。ハルカが虚空から出した鍵で扉を開けてくれた。
「へー、中は結構キレイなんだな」
「うちには家事全般がハイスペックな人がいるんだよ。多分今は買い物に行ってる」
「さすが“主人公”しかいない世界。当然のようにそんな人材が……」
「入居者はボクとその人、あと1人いるんだけど……まあいいか。大家さんも同居してるから、手続きを済ましちゃおうか!」
「今までの話からして、その大家が一番ヤバそうなんだよな……」
俺はハルカに連れられて2階に上がる。どうやら住人の部屋は2階に集中していたようで、目に入ってきたのは閉ざされた6枚の木のドアだった。木目の浮かんだドアには部屋番号が書かれ、脇には名前が記されたプレートが掛けられていた。
俺はその中の201号室、“トラヴィス・アドラメレク”という札が下がった部屋に連れていかれた。すごい名前だな……。普通に日本語通じるからね、と前置きして、ハルカが扉をノックする。
大家からの返答はなく、扉はひとりでに内側に開いた。
ドアが開いた途端に香ってくるタバコのにおい。夕陽の赤色に染まった窓枠に腰を掛けていた大家は、夕方の逆光の中でも赤く光る瞳を持った女だった。彼女はゆっくりと煙を吐き出してから、落ち着きのある低音でこう言った。
「そろそろ来ると思っていたわ、ハルカ。余程おしおきが怖かったようね」
■■■■
ノーデルズのギルドに1人の男が訪れた。自身が出した依頼の達成を確認してほしいという連絡を受けたのだ。彼がギルドの職員に引き渡されたのは、1つの箱だった。工具箱に似た外見を持つそれの蓋には幾何学的な魔法陣が描かれており、外見からは想像できない異常な重量を持っていた。
「指定された場所には、箱と呼べる物体がこれしかなかった。そう発見者の方がおっしゃっていたのでギルドが預かった物なんですが……もしもお探しの“宝箱”でなければ、我々の手でもう1度探索者を募る手はずになっています。さらに数日頂いてしまう形になるのですが――」
「いい」
「はい……?」
「俺の探し物はこいつだ。このまま持って帰って良いのか?」
「あ、大丈夫です。ですが、箱の重さが異常でして……」
「そういうセキュリティなんだろ。じゃあな」
男はそう言うと、信じられないことに片手で軽々と箱を持ち上げた。立ち去ろうとする男の背中をギルドの職員が呼び止めた。
「あの、次回から依頼書の記述は具体的にお願いします! ちなみに……その箱は何なのか、伺ってもよろしいですか?」
「これか? ある雑魚の形見だよ」
そう言い残すと、男は夕暮れ時の雑踏の中に消えていった。
■■■■
シェアハウスの大家、トラヴィス・アドラメレクは俺よりも一回り年上の女だった。年齢は10歳も離れていないはずなのに、彼女の鋭い眼光や落ち着いた喋り方は、まるで熟年の軍人のような威圧感を放っていた。長い指に挟んでいる紙巻きタバコも、トラヴィスの存在感をより強めることに一役買っている。
そんな大家に何と声をかければ良いものか……
「えーと……入居希望です……?」
「まずは名乗りなさいな。ここで暮らしていく気があるのならば」
まだ非難されている訳でもないのに、既に街の門番以上のプレッシャーを感じる。トラヴィスがどんな出自を持っているのかは知らないけれど、普通の異世界転生者ではないのだろうという気がした。
「や、八幡 鋼輝です。製鉄所の八幡に鋼が輝くと書いて」
「そう。じゃあこの紙に今名乗ったフルネームを書いて出してちょうだい。そこの馬鹿は代金の用意をしなさい」
「ハイっ!」
上ずった声で返事をして、稼いできたハチキュッパを出すハルカ。トラヴィスの当たりが妙に強いけど、もしかして例の羞恥刑ってハルカの自業自得なのか? さっきさらっとおしおきとか聞こえて来たし。後でそこの馬鹿本人に聞いてみよう。
ちんたらやっていたら俺も怒られそうなので、ささっと名前を書いて紙を大家に返した。
「これで手続きは完了。205を使ってちょうだい」
入居手続きはびっくりするくらい簡潔に終わり、俺はトラヴィスから鍵を貰った。
201を退室した後で、俺はハルカにこれを聞かずにはいられなかった。
「あの大家は、何者なんだ……?」
「うん……元の小説では“魔王”、だったんだって……」
ああ……。
「ハルカは何をやって元魔王を怒らせたんだ?」
「……アイテムボックスに入れていた大剣の手入れをしてたら、目測ミスって壁に穴を開けました……」
何も考えずに1話を投稿したので、その場でストーリーを考えながら書いています。鈍ったペースを早く戻したい……。