宝箱とは何か
ミノタウロスの襲撃を何とか退けた俺たちは依頼を続行するか断念するかを話し合い、このまま洞窟の奥に進むことを選んだ。
ハルカの考えは、この洞窟にミノタウロスのような巨体の持ち主が何匹も棲んでいるとは考えづらいというものだ。さっきの怪物は壁や天井にすれすれまで迫る体格だった。確かにあんなのが何頭もいるとしたら、この狭い洞窟は不便すぎるな。群れならば他の場所に棲むのが自然に思える。
「もう1つ。仮にここに怪物が何頭も暮らしているとしたら、絶対に広い居住スペースがある。その場合ボクたちも動き回ることができるから、敵がよほど多くなければ互角に戦える……はず」
「どう転んでも、さっきよりはマシになりそうだな」
「最悪なのはミノタウロスみたいな大きいのが他にもいて、そしてこの狭い場所で遭遇すること。可能性は低いと思うけど、急いで最深部まで行こうね。コウキ」
「おう」
先を急ごう。可能ならばここから先に何も出てこないのが1番なのだから。
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あの少年を箱庭に放してからどれくらい経っただろうか。24時間だったか48時間だったか……まあ、どうでもいい。
『自分の体に慣れてきたようね、コウキ』
今の戦闘でも、彼が授かった肉体を存分に活かして勝利に貢献するのを見届けた。殺し合いの時間が極めて短かったのが残念だったが、ジェペットは作品たちの働きぶりに関しては満足していた。
彼女は丁度、八幡 鋼輝へのテコ入れ、もとい彼の“設定”の補完を終えたところだ。
結論から言うと、ジェペットはコウキが成長するように手を加えた。そのための手段は、食事だ。
彼は小説の中でスライムに食われかけてもなぜか力を奪って生還しており、その理由は本文中では一切説明されていなかった。なのでジェペットはその“設定”を補完した。
『経口摂取した動物から力を奪う“能力”……。コウキが金属人間になったのはスライムに全身を取り込まれた時。その理由は中で溺れてスライムの一部を飲み込んだから。この辺が妥当ね』
普通の食事をしている限り、この“能力”から得られる恩恵は微々たるものだ。そうして得られる砂塵のように小さな力はいつの日か、誰もが認識できる大きさまで膨れ上がる。
それが八幡 鋼輝の身に幸を呼ぶか不幸を呼ぶか……結果が楽しみだ。
『そういえば、さっきのモンスターは私が配置したものではなかったはずなんだけど……どの言霊の仕業だったかしらね……』
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洞窟の中にもうモンスターはいない、もしくは奥に広い空間がある。ハルカはこのどちらか片方の可能性が高いと言っていたが、奇しくもそれは両方当たっていた。
「何だ、このスペースは?」
「床に描いてあるのは魔法陣……だよね? 何に使うんだろう?」
ただのモンスターの居住空間じゃないことだけは分かる。動物の巣の床に魔法陣が描いてあるはずがないというのもそうなのだが、それを抜きにしてもこの空間には何か違和感を感じる。壁に何かが付いているわけでもないし、道中に比べてさらに高くなった天井にも何かがぶら下がっている訳でもない。
だったら、床か?
…………滑らかすぎる。
ここまでの洞窟の床はゴツゴツした湿った岩だった。なのに広間の床は、まるで魔法陣を描くためにわざわざ誰かが均したかのようにまっ平なのだ。目を凝らすと、奥の方にいくつか人工的なサムシングまで転がっている。さっきまで人がいたということだろうか。
「これ……召喚魔法ってやつだよな」
「うん。ボクの世界にはなかった物だけど、あからさまだよね」
「さっきのミノタウロスも、ここから出て来たって考えるのが自然だよな。というかさ、依頼に描いてあった洞窟は本当にここなのか?」
「間違いないんだよ。でも、こんな場所に“宝箱”なんてあるのかな……?」
「一応、あっちに転がってるやつだけでも調べていくか」
近くに寄ってみると、問題のブツはほとんどがゴミだと分かった。何かの液体が入っていたであろうアンプルが数本と――
「箱……だね」
「箱だな。宝かは知らねーけど」
どちらかと言えば工具箱と例えたほうが正確な箱だった。持ち手が付いた蓋には、床にあるものとは異なる白い魔法陣が描かれていた。なんだ、これは?
とりあえず蓋を開けてみようとして、俺は驚いた。
「何だこれ? 重っ」
「え? 鍵でも付いてるんじゃないの?」
「いや違う! 箱がバカ重い!」
まるで底がセメントで固められているかのように、工具箱そのものが1ミリも持ち上がらないのだ。蓋の魔法陣の仕業か? 他所の小説の設定など知らないが、察するにこの魔法陣がセキュリティーなんだろう。
もしそうならば効果はてきめんだ。俺は中身を覗くどころか、箱を持ち上げることすらできていないのだから。
「“アイテムボックス”」
「あっ……」
異世界の謎技術は、別の世界のチートシステムに屈した。謎の工具箱をセキュリティーごと虚空にしまったハルカは明るい声で言った。
「これだけ厳重に守っている訳だし、きっとこれは“宝箱”なんだよ! ファンタジーみたいな見た目だと決めつけちゃいけないね! えへへへ」
「いや、これはどこかの転――」
「さあ帰ろう、コウキ! 目的は達成した! 思ったより時間がかかっちゃったし、早く帰らないと!」
「…………大丈夫かな?」
「大丈夫だよ! ギルドの人に確認すれば良い話だし、もしもハズレだったら……知り合いの魔術師に“未知の魔法”と銘打って高値で売りつけるさ。ボクはこんな箱の中身よりも、コウキの今後の寝床を手配するほうが大事なんだ」
そういえばこの人、今日中にシェアハウスの空室を埋めないと半裸姿で街に晒されるんだったっけ。
元々ハルカへの同情でここまで来たわけだし、俺としても数少ない知り合いを見捨てるよりは顔も知らない誰かの持ち物かもしれない箱をくすねるほうが心は痛まないけれど。
「なんか、すっきりしない終わり方だな」
「だったら入居手続きが終わった後で、お礼にすっきりできる店を教えたげるよ。それで手を打って、ね?」
さっきから気になっていたんだけど、このハルカという女(男)、可愛い顔の裏は中々のクズだよな。前々世が引きこもりだった俺としてはシンパシーを感じるので接しやすくはあるけれど。
こうして俺の箱庭での初仕事は、何だかもやもやとした結末を迎えたのだった。
スマブラを買ったりコイキングの色違いを孵化していたら投稿ペースが落ちました。できるだけ1日1話ペースに戻します。