秋のアリ、春のキリギリス。 ~堅実なアリは、それでも越冬できぬ事実を知らんや~
小麦価格が現在500ドル台前半くらいと申しましたが、
たまにウォッチしている数字がブッシェルとセント単位でした。
大変失礼いたしました。
現在、トン当たり200ドルくらい、に訂正いたします。
また、危険水準1,000ドル、2,000ドルにつきましても、
それぞれ350ドル、700ドルに訂正いたします。
戦争や環境リスクから、
オーストラリア(豪ドル)がヘッジになるかも
というようなことを書きましたが、
火災とか高温とか、
何だか環境問題の見える化がもろ被り、
ということになりそうですね?
コアラは絶滅してしまうのでしょうか・・・?
ただ、もしも温暖化が正解なら、
その前に、少し寒冷化の気配を見せる、
逆に寒冷化が正解なら、
その前に少し温暖化するなど、
呼び水のように逆の現象が起こるのではないか、
と考えておりますので、
オーストラリアにしても、やはり最終的には、
ヘッジになるかもしれないとは思います。
(どこかで一旦円高になるとは思いますので、
相当な注意が必要です。)
<未来の「壁化」 次のロープはどこにある?>
2020年は、本格的に5Gが打ち上がり始め、
いよいよIT革命が加速するかもしれません。
オリンピックもありますし、
例年通り、年初に株価下落など多少動揺したとしても、
全般的には大いに期待できるのかもしれません。
(大統領選の年ですので、
日米共に大きな政策変更もない?)
今の世界は、暗黙の多数決により、
このままうやむやに持って行こうとしている
と申しましたが、
次がない、次があるのかどうか分からない、
(未来が壁のように感じる)
そんな不安感によるものだと思います。
(次がない空中ブランコのような不安による「暗黙の合意」)
それは、キリギリスのような刹那的な享楽ではなく、
互いに顔を見合わせているような状態に見えます。
覇権とは、ターザンの(綱渡りの)ロープのようなもので、
ただそれを掴めば良いだけだった筈なのですが、
その「次のロープ」が降りてきません。
それは、人類が樹上から平原に降り立った時のような、
新たな地平(時代)へと進出する前兆なのでしょうか?
人類は、直立歩行による知覚や思考の三次元化?と同時に、
皮肉にも地面を二次元的に水平移動するだけになりましたが、
そのどちらが先だったかは問題ではないような気がします。
一つ心配なことは、小麦と大豆価格が上がっていることです。
上記の小麦(先物)のブッシェル単位で550ドル前後かと思います。
まだ大丈夫でしょうが、1,000ドルを超えてくれば、
一部の途上国で暴動が起こり、
長期間2,000ドル(現在のドル価値で)を超えるようなら、
核戦争リスクがあるように思います。
繫栄と核とは、作用反作用のような関係だったのでしょう。
未熟な文明では、核(の破壊)と釣り合わない、言葉は悪いですが、
それでは核もやりがいがない、ということだったのかもしれません。
核の力を受け止められるようになるまで、
核の力に相応しく、核と対等になるその日まで、
待っているということでしょうか?
それはともかく、
金融的な危機は遠からず来ると思いますが、
今度は、日本が発端になると思っている訳です。
国の借金と、
その債権者である国民との「名義合わせの嵐」、
になるものと思っている訳です。
(日本は「文明の蓋」の最先端にいるため、
他国は追随的に「日本化」している状況ですから、
どうしても「日本一人負け」に見えてしまいますね。)
つまり、インフレ、金利上昇がその危機の始まりになります。
それは日本から世界に広がり、
世界中で「格差の名義合わせ」の嵐が吹き荒れるでしょう。
(しかしここまでは、
大変なこととは言え、
まだ金融的、数字的なものなので、
数年耐え切ることができれば必ず戻る筈です。
まあ、リーマンの3倍くらいにはなるでしょうが・・・。)
原油も60ドルを超えてきてはいますが、
まだラニーニャの気配はないようですし、
本当の意味での(カロリー等的な意味での供給不足による)穀物価格上昇
(グローバル飢饉)がなければ、核戦争は回避されるものと考えております。
ただし、
「環境問題の見える化元年」
「誰にも(トランプさんにも)見える化元年」
にもなるとすれば、
グローバル飢饉という本当の危機(核戦争へのパス)
が開いてしまう可能性も危惧されます・・・。
東京では、たまたま戦後、関東大震災級以上の大地震が起きていません。
(東日本大震災時はすごかったですけれども・・・。)
その間隙を縫うように? 未曾有の繫栄、摩天楼のビル群が建ち並びました。
たかだか地上のコンクリ量などは知れているでしょうが、
「想いの重さ」みたいなものは確かにあって、
それが、さすがに神をも躊躇させるほど重くなっているため、
東京で大地震が起き難くなっている、なんてことも?
とにかく、東京の高層ビル群は、
未だ直下地震などによって試されたことがありません。
(南海トラフ含む)
シマウマの逃げ足が速くなれば、
ライオンも速く、あるいは待ち伏せなど新たなやり方を覚えるように、
発展は、さらに大きな試練の誘因ともなっています。
(先送りするほど試練もグレードアップ)
それが、唯一の絶対であれ、相対的な絶対であれ、
絶対は(どちらか)一つだけである、のだとすれば、
何度克服しても、
試練は必ず「つかず離れず」追い続けてくる、
その事実こそが「絶対」である限り、
有限なのは発展・克服の方と言えます。
結局、根負けするのを待っているだけ、
こちらが息切れするのを待っているだけのようにも思えます。
つまり、別に試している訳でも何でもなく、確信しているに違いない?
アリは越冬できませんよね?
(色々な種類あるでしょうが、普通は女王しか越冬しませんよね?)
だとしたら、正しいのは、
(覚悟を決めて)宴に興じるキリギリスの方なのかもしれません・・・。
中国は、政府、企業、家計すべてが過剰債務にあるようですね。
「灰色のサイ」と例えられていました。
(滅多にないリスク?としてのブラックスワン(黒い白鳥は稀)に対して、
サイはそこに居るのが分かっているし、いつもはおとなしいが、
暴れだしたらもう誰にも止められない⇒見えているけど見ていないリスク?)
民間の債務ことだと思いますが、債務の対GDP比は、
日本のバブル崩壊後に付けたピーク約150%をかなり
上回っているそうですね。
(いや、中国の民間債務はそんなもんじゃなかったような・・・。)
(ちなみに、IMFによると、
国の債務の対GDP比率が200%を超えているのは、
日本とエチオピアだけのようです・・・。(おそらく現時点))
日本のバブル崩壊後も、循環的な景気回復があって、
結局本格的な金融危機に至ったのは10年後くらいだと思いますが、
(その間、現状を見誤り失策を重ねてしまった?)
現在の中国は、その頃(金融危機前)の日本によく似ているそうです。
(2015年頃?のチャイナショックが日本のバブル崩壊に相当?
確かに株価暴落はバブル並みでしたよね。ただ、地価崩壊してない
ですよね?)
リスクはもはや、
目の前に見えている確かなハードルばかり?
(ハードル⇒走者の義務。回避はルール違反?)
間違いなく言えることがあるとすれば、
過剰な債務は、投資や支出を抑制すると言うこと、
(クレカ限度超えてもなお、もっと使おうという気にはならない。)
そして、利息がいつか収益性を超える時が来るということです。
(収益性⇒債務の利息より収益性が低くなれば返済できない借金に。
債務過剰でマイナス金利にさえなり、収益性も引っ張られて低くなる
ので、いつか収益性を利息が超えてしまう⇒債務が過剰、ダブついて
いるので、低リスク投資だけでは賄えないため平均利息は上がるから。)
よって、臨界点は必ず存在します。
(高齢化と過剰債務は相関するかもしれません。
高齢化度合いよりも、特に高齢化のスピードとの相関が強そうに感じます。
つまり高齢化の過程と過剰債務の進展は切り離せず、
日本以上にハイスピードで高齢化している中国の過剰債務は、
当然日本以上になる・・・。)
<場のモードチェンジ>
満月と狼男のように、戦争モードになれば、
戦争モードバージョンの「私たち」に変わります。
気づかぬうちに、
戦争モードにおける幸せを求めるようになっていることでしょう。
軍歌でも口ずさんでいるのでしょうか・・・。
ホメオスタシスは、
相対論と量子論を分ける(仕切り・壁となる)ためにある・・・。
自分の外は、もうすぐに相対論であり(相対論が始まり)、
めいめい異なる絶対を求め、完全に分かり合うことはできません。
自分の中は、直ちに量子論の世界となり、
死に様すら、看取られるまで知り得ないのです。
シュレディンガーの人(ヒトor生)。
不確実であるのは猫の方ではなく、
観測者が生きているか死んでいるかであり、
不確定性原理は観測者の問題、
観測者がどちらを取るかという究極の選択のようにも思えます。
相対論の天井に抑えられ、
床下は量子論の底なし沼。
脱出不可能な監獄でしょうか?
なぜ何もかもが、相対する(相反する)二つからなるのか。
なぜ全てが、(右左という)一次元の糸で構成されているのか。
ホメオスタシスのレンガは、
世界(場)を右と左に分けるために存在しているのかもしれません。
4次元時空と言いますが、
三次元空間と時間も(3対1ですが・・・)、
(右側と左側に分かれ)互いに打ち消しあっているように思います。
こぼれたバケツの水(のように広がる空間)を拭き取る雑巾、
(可能性を)消し去る雑巾こそが時間の正体なのです。
それ(時間)はエントロピーとも似ていますよね?
まるで、時間のお忍びの姿がエントロピーででもあるかのようです。
(本来は、熱力学的な数式で定義すべきなのでしょうが、
素人なので「乱雑になる、バラバラになる」くらいの認識
で良いと思っています・・・。)
個体は高温に(よく)溶け、気体は低温に(よく)溶ける。
(逆方向だから?
融解は、よりエネルギーが高い?液体になるので、
高温の方がよく溶けますが、
凝縮は、よりエネルギーが低い?液体に戻ることになるので、
低温の方がよく溶けます?)
「色」が重なると黒くなり(光を吸収)、
「光」の三原色(つまり光)が重なると逆に白くなりますが、
これらは、エントロピー的な「方向性」とは全然関係ないですかね?
無理にこじつけるなら、
「色」が重なるのは整然方向なのでエネルギーが必要だし、
光の合成は、むしろ乱雑を意味し、
あるいは他へ与える余裕がある状態というか、
さらにバラバラになろうとするポテンシャルを意味している?
(うまいこと言おうとして、またしてもつまらんことに。)
とにかく、合成するとゼロになるものは少なくないように思います。
ジャイアンやのび太なども、微妙なベクトルバランスにあって、
合計すればゼロになるように、常に配役機構が働くのかもしれません。
(合計すれば常にゼロになるように配役)
人権とは、人(社会)が設けたものですから、
個人個人の人権の合計はゼロ、
つまり人類全体では、人権という概念は存在しえない?
権利というからには、強制力というか、
認めてくれる相手(関係)が必要ですが、
人類は、(ここに)居てあげているのか?
居させてもらっているのか?
その答えが明らかになりそうです。




