文明はハッピーリタイヤを目指すか。AIと完全高齢化社会。
~そこは目的地? それとも不可避の終点?~
危機には二種類あると思います。
次のための危機、いわゆる創造的破壊と、
次につながらない危機、つまり最後の危機です。
今回は、ある意味最後の危機なので、
予想を遥かに超えて粘っているのか、
それとも、人類は既に危機の“反復”を克服したのであり、
もう(大きな)危機は来ないということなのか。
グリーンスパンさんの時代、
根拠なき熱狂でしたか?
いわゆる「謎」とか言われていましたけれども、
大いなる安定? ニューエコノミーでしたか?
もう景気循環は克服されたのだとも言われていたように思います。
結局リーマンがやってきたわけですが、
実際、その頃から、在庫循環の波などについては、
確かに一部ではほとんと消失したのかもしれません。
人類の理想は、ローレンツ力のようなものだと思います。
ローレンツの天国、と言って良いかもしれません。
永遠に続く等速円運動における加速度です。
仕事とは、何かを変えることに他ならず、
仕事をしないもの、何も変えないものには、
通常存在することすら許されません。
恐竜が、被子植物の発展や、ほ乳類や鳥類(恐竜の子孫とも?)
の繫栄にどれだけ寄与したかはともかく、
隕石の到来に関わらず、既に何も変えられない、
もう変えられるものが残っていない、
そんな状態だったのかもしれません。
人は、ガス(温室効果)か、放射能かで、
気候を劇的に変えるのか、
あるいは20億年もの間? その成分に変化がほとんどないとも言われる海水に対して、
初めて大きな変化をもたらすのか、
その仕事振りは分かりませんが、
人もまた、もはや何も変えることができなくなりつつある、
と言えるのかもしれません。
ところで、進化の自然選択は、
あまりにも選択的すぎるように感じます。
「人事部進化論」と言っても良いでしょう。
恐竜は全滅し、他の爬虫類や哺乳類は残る。
(恐竜も、もう少し後まで生き残るものがあっても良かったのでは?)
ネアンデルタール人は絶滅し、ホモサピエンスだけが残る。
(多少は混血しているのでしょうけど。)
ちょっと、選択的過ぎませんか?
とにかく、もう変化する必要がない最終ゴール、
不変の天国は存在せず、
(少なくともこの世には・・・。
変化できない種は文字通り天国へ。)
良くも悪くも維持し続けることなどできないのだとすれば、
危機はまた必ず来るのではないでしょうか。
あと数年観察して何ともないのであれば、
人類は(世界戦争級の)大きな変動を克服した、
少なくともAI革命で100年先延ばしした、
という判断ができるかもしれませんが・・・。
ニュートンは「2060年に終末を迎える」と予言していたようですね?
(滅びるという意味ではないようですが・・・。)
ホーキング博士も、人類はAIで滅ぶと危惧されていたようですし?
今世紀中旬頃までの間は、とにかくエキサイティングですが、
バブル崩壊等にいたらずに、なぜこれほど粘れるのか、
(昔なら戦争級のショックに至っていても不思議ではない?)
それだけ抵抗が強いということなのでしょうけれども、
また、抵抗が大きいほど電圧も高くなるのが道理ではありますが、
おそらく、全地球連結の過程にある、
ということではないかと考えています。
債務には、その裏側に同じ額の債権の存在があります。
しかし、AとBの連結会計では、
Aの債権とBの債務は存在しないに等しいことになります。
確かに、外部(他者)があるからこその信用不安ですから、
地球が一つの連結会計になってしまえば、
リーマンのような信用不安は生じえないことになります。
もっとも、外部がなくなってしまえば、
連結仕訳(内部の相殺仕訳)で、
すべてが無くなってしまいそうな気もしますが・・・。
繫栄は、これまで外部を必要としてきました。
それを「搾取」(資源、つまりエネルギーの)と言っても、
「処分場」(または市場)と言っても良いのですが、
あふれ出したもの(理想の体積)のよけ口が必要なのです。
近年、途上国の発展により、
先進諸国から分厚い中流階級が失われ二極化してしまいました。
(もう「普通」を夢見ることはできません。
そして、ヨーロッパやアメリカにおける選挙結果などに異変が・・・。)
それは、繫栄が外部を必要としている証拠と言えるでしょう。
先進国の繫栄には、
途上国の膨大な貧困の存在が不可欠でした。
それは、地球の裏側でも何でも良いのですが、
「同時」である必要があったのです。
(外部でなくても、内部の格差でも同じですが。)




