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蛹の殻  作者: アラdeathM
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10 歴史は戦争の数珠。世界大戦でも高齢化でも同じ景色となる。若者が消え、老人ばかり残される。

 冷戦終了が日本のバブル崩壊の遠因となった。敵失も含め、均衡という箍が外れると、歴史は戦争や悲劇を求めて彷徨い始める。そして今も、戦争という歴史の数珠は作られ続けている。


 戦争が葬り去られたことがないので誰にも確実なことは言えないが、もしも戦争がなかったら、人類はとうに滅んでいただろう。世界大戦でも何割という単位で人口が減少した訳ではない。人口減少が主目的ではないのだ。(現在の人口減少社会の方が、世界大戦以上に異常なのかもしれない。)ヤマタノオロチは、村人全員ではなく、村娘一人だけで満足する。戦争ができなくなればそれでハッピーエンドという訳ではなく、物語が続く限り、それに代わるもの、より効率的な仕組みが求められる。


 戦争を選んでしまうのは、無意識にも「このままでは自分にくじ引きが回ってくるかもしれない」と感じてしまうからだ。今回もまた、新たな括りを模索しながら世界的な階層的分断が拡がっている。誰もが「全員通過することはできない」と薄々感じ始め、必死のグルーピングが行われている。やがて国ごとの分断に至り戦争になるのか、これまでとは異なる混沌を来すのかはまだ分からない。


 戦争は天敵の内製化と言える。自然淘汰などの摂理に対して、単に代行することしかできない他種族と違い、人類はその代理権を得たと言える(それでも所有権には程遠いが)。戦争廃絶以上に求めるべきことなどないというのに、それは代理権の返上をも意味する。人類だけが内製化しえた天敵・悲劇による精算作用を再び外注化することになる。戦争は天敵を排除するための発明だ。天敵を駆逐することは自殺行為であるとしても、内製化することは繁栄への道となった。人類が戦争の宿主だとすれば、戦争はむしろ善玉菌だったのかもしれない。


 核の使用の適正な対価とは何だろうか。これまでの夥しい犠牲にも関わらず、核廃棄物という負債まで負わされ地震の度に督促されかねない状況にある。もしも貸主が対価として不十分であると考えているのなら、温暖化もバイオも借主の言い訳に過ぎなかったのかもしれない。次へ(放射線の洪水を越えていくノアへ)手渡すべき本当のバトン(環境改変の役割)は、やはり核だったのだろうか?

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