1.5.Lid Canale
蟻の騎士の防具は見た目に反して軽かった。
軽くて硬いこの装備の弱点はあるのだろうか。
そして肩が上がらなそうな外観なのに、肩はすんなり上がってしまう。
対人戦であれば先制に使えるだろう。
開いた扉から次の階層へ向かって歩を進める。
扉から先は上へと続く階段になっていた。この塔を解体するときっと螺旋の階段になっているだろう。
ひとつひとつ段差を超えていく。もし浮かれて段飛ばししながら階段を駆け上がっている最中に、魔物に出くわしたら上った階段を真っ逆さまに転げ落ちるということになりかねない。
慎重に上がっているリッドの眼に有る物が写った。
魔法の鞄。
通常ダンジョンでは道具や武器が素で置いてあることは珍しい。
だからこれは先にダンジョンに入って行った冒険者の誰かが落とした物なのかもしれない。
しかし落ちているのは魔法の鞄だ。
普通、魔法の鞄を落として気づかないはずがない。
ならこれは罠か。
そう思い顔を上げた直後、リッドの眼前には銀に光る刃が迫っていた。
反応が出来なかった。
むしろこの状況で反応が出来るのは伝説の勇者くらいしかいないのでは。
そして反応していたらせっかく上った階段を逆走することになりかねない。
反応できなかったリッドの代わりに蟻の甲冑が銀閃を弾いた。
弾いた反動で階段から転げ落ちそうになるが、なんとか踏みとどまる。
リッドも黒い剣を構え応戦をしようとする。だがリッドの瞳が映し出したのは兜をしていない銀髪蒼眼銀鎧の女性騎士だった。
リッドは敵対の意思がないことを示すため、剣を鞘に戻し兜を外した。
「は?」
女性から驚きの声が漏れた。
「俺はお前のパーティーの後続のパーティーだ」
リッドは意思を言語を用いて伝えた。
「そうか。貴殿のパーティーもあの魔物にやられたのか」
銀色は勝手に勘違いをし始めた。
そして彼女のパーティーが彼女を残してこの地を去ったことが明白になった。
さらにリッドに存在しないはずのパーティーメンバーが誕生し、死んでいった。
ありがとう俺の仲間たち。
「だがなぜ貴殿はあの魔物の格好をしているのだ?」
答えられなければ魔物と疑われても可笑しくはない質問。
だが嘘をつく必要性はない。
「魔物を倒した時に落ちた」
階段でゆっくりとした時間が流れている。
それは相まっている2人のお腹がったからである。
戦場でも腹は減る。空腹と満腹は敵という概念で存在するのかもしれない。
そして2人して階段にそろって座り、各々携帯した食料を口に運んでいる。
リッドは当然のこと干し肉だったが、彼女はパンも食べていた。
初体験のリッドにはパンは盲点だった。
「ねえ」
リッドには話題が思いつかず干し肉をマッチで起こした火であぶって食べていたりしたが、向こう側から話しかけてきた。
「名前」
「名前?」
「名前なんて言うの?」
「リッドだ」
「普通の名前だ」
何だか貶された気がした。
「そういうお前はなんて言うんだよ」
「カナ―レよ」
今俺は変な顔をしていると思う。笑いをこらえている顔とにやけている顔を掛け合わせたような。
「何よその顔は」
「いや」
知っているのだ俺は、その名前は運河が流れている漁業が盛んな港町で、漁師の娘に多くつけられることを。態度容姿からして貴族かと思ったが違った。よかったー貴族じゃなくて。
「お前の眼の色に似合っていていいと思うぞ」
うわーー、ギザ臭い俺。
彼女は、カナーレは顔を真っ赤にしていた。
きっと漁師の娘だとばれて頭の中がてんやわんやにしているのだろう。
「あ、ありがとう」
カナーレはそう言うと顔をそらしてしまった。
ち、違ったーーー。
頑張って生きて帰ろう。
「なあ」
「なによ」
この何とも言えない静けさを退けるために話しかけたがそうしよう。
「あ、蟻の魔物はカナーレ達はどうやって退けたんだ?」
「結構長い時間善戦していたと思う。けど1つ1つ戦う術を黒い剣で砕かれていったの。仲間だった3人は私よりも剣術は上手くなかったし防具が硬いといったわけでもなかったから。私よりも早く死んだ。でねその時、蟻の騎士は私の事なんかどうでもよくなったみたいで、伸びた口顎で3人を食べ始めたの。今だと思って、かつての仲間が肉の塊になるのを目に入れながら、蟻の騎士の鎧の隙間に剣を突き立てて火の魔法を何度も何度も唱えたの」
今俺がそいつを模した防具を着ているからか、自分を敵にイメージしてしまった。
「そして、そして魔物は消えて今私はここにいるの」
組んだパーティーが悪かったんだろうな。
「そっか、ごめんな」
「どうして? どうして謝るの?」
悪いと思ったから、そう口にしようとしたがそれは理由としては不適格だ。
「俺だったらそんな記憶消し去りたいくらい辛いと思うから」
カナーレの体が俺に倒れてきて、俺は泣きじゃくると思ったが、カナーレからは寝息が聞こえてきた。
ちょっと支えるの辛い。
カナーレが起きたら言おう、パーティーを組まないかと。