文化祭抗争(18)
友人に咎められた朗太は、数分後、早くも自クラスの戦列に加わっていた。
「現状はかなりまずい」
手を洗いエプロンをつけていると早速財務担当の蝦夷池から現状の報告を受けた。
悔しそうに語るその瞳は憎々し気に隣の教室の方を見ていた。
実は朗太たち2年F組と風華擁する2年E組は張り合っているのだ。
なぜなら朗太たちF組はコスプレ喫茶でE組は男装女装キャバクラで、客層が食い合うのである。
だからこそ自然と売上金額で勝負する、その対決構造は出来上がっていて、絶賛競争中なのである。
とはいえ別に、いつぞやのバスケの時の様な本気のものではない。
まして現三年と2Cの間でおきているようなネガティブな感情の絡んだものでもない。
良い意味でのライバル関係だった。
E組とF組の生徒は
「いらっしゃいませー!! コスプレ喫茶やってまーす!!」
「男装女装喫茶!! どーですかー!!」
互いを貶すでもなく真っ当な方法で来場者に声を掛けていた。
そして現状、その売り上げが
「E組がややリードしていると思われる」
というわけだ。
蝦夷池は眼鏡をかけ直し顔をしかめた。
教室では二十名近い客がドリンクを飲んだり、軽食を食べたりしながら、パンフレットを眺めこれまで行った出し物の話をしたりして寛いでいた。
集客では全く問題ないように思われた。しかし――
「あっちには白染がいるからな」
蝦夷池は苦々しく呟いた。
いわく今でこそ一時的に風華がE組から離れたことでE組とF組で集客数に大きな差は無いが、先ほどまで風華が出張っていた頃はそれはもう凄かったらしい。
Eクラスは30名・40名近い集客を叩き出し人でごった返し、座る席が無くて困るような状態だったらしい。
朗太たちクラスは男子は瀬戸、女子は姫子に緑野という綺麗所を有するが、瀬戸は用事があり抜けており姫子も先ほどまで自分と一緒に行動していた。
緑野だけでは、風華に太刀打ちできなかったらしい。
今も緑野はホールで注文をとっているがてんてこまいである。
そして今、風華が再度ホールに参加したことで
「え、」
「うそ、あの子ヤバくない?」
「マジで可愛いんだけど……」
みるみるうちに人の流れが変わり始める。
廊下を歩いていた少年・青年たちがE組でせわしなく動き回る風華を発見し、そのまま一瞬にしてトリップしたようになり、ゾンビの様な歩調でE組へ吸い込まれていく。凄い。
「あんな生物兵器が相手では話にならん」
「ホントにな」
蝦夷池は悔しそうに吐き捨て、横にいた日十時がため息をついた。
だが、もし風華が問題なのだとすれば、それは解決するだろう。
なぜなら――
「姫子が来るから大丈夫だろう」
そう朗太が言った時だ。
「待たせたわね……」
教室にその姫子がやってきた。
更衣室でコスプレに着替えていたのだ。
「「おぉ!!」」
その姿に教室がどよめきいた。
それは何を隠そう朗太もだ。
(すげぇ……!!)
普段風華から感じている後光、視覚野を通じ脳が直接焼かれるような謎な現象を、姫子からも感じていた。
目がくらむような程の眩しい光を姫子は放っていたのだ。
その姿はブラトップにショーパンにロングブーツ。あみあみの欠片も遮光性のないカーディガンという格好だった。背には電動ガン、腰には鞭をひっかけていた。
曰く、朗太も知りもしないガンアクションアニメのコスプレらしい。
だがこれだけは分かる。明確に。
死ぬほど似合っている。
もともとその見る者を魅了する外見に反し、どこぞのギャルやヤンキーのような喋り方をする人間だった。
そんな姫子の性格を知っているからだろうか、その露出性の高い格好は非常にマッチして感じた。
だが問題があるとすればその露出度の高さだろうか。
アニメのキャラということもあり、殆ど下着やビキニのような格好になっている。
歩く18禁のような感じである。
姫子もその自覚はあるらしい。
周囲の視線に耐えるように顔をリンゴのように赤くしもじもじとしていた。
「ど、どうかしら……」
「……す、凄く良いと思うぞ」
「な、なら良いわ……」
朗太が素直に褒めると姫子はそっぽを向きながら唇を尖らしていた。
そして
「じゃ、じゃぁ行ってくるわね……」
姫子がホールへ出たことで人の流れが変わり始めた。
E組に流れがちだった人の流れがF組にも引き寄せられ始める。
F組もまた、圧倒的な集客を叩き出し始める。
多くの客が姫子、そして風華が働くこの2F、2Eのクラスに度肝を抜かれていた。
おかげで人の流れに滞留が出来、一気に朗太たちの教室の前にも人だかりが出来始めた。
『二姫』、その異名は伊達ではないのである。
そしてそれに業を煮やした風華だ。
「まずいわね……」
Eクラスで風華は焦燥に駆られながら呟いた。
仮にも相手は姫子だ。相手にとって不足なし。だからこそ何としても勝ちたかった。
だというのに人の流れは均等になりつつある。
このままではひっくり返される可能性がある。
焦ったのは風華だけではないらしい。
「どうするの!? 茜谷さんが動き出したわよ!?」
「あの破廉恥女め……! あんな格好なら男なら誰でも食いつくに決まっているだろう!」
ついに動き始めたF組の怪物に裏方も騒然とし始めていた。
となると早急に手を打たねばならない。
策は、あった。
「任せて皆」
風華は騒然とするクラスメイトに力強く言った。
「私に、策があるわ」
◆◆◆
ふぅ、がんばらないとな。
一方その頃、朗太はトイレからの帰り道、手をハンカチで拭きながら廊下を歩いていた。
自分は2Cの件もあり、余りF組の出し物に関われなかった。
だからこそクラス内での信用を取り戻すにはここで頑張るしかない。
朗太は気合いを入れていた。
風華には悪いが、ここは勝たせて貰おう。
今は恋情など関係ないのだ。
そう思いながら手を吹きつつ教室へ向かっていると
「凛銅君!」
E組からひょっこり風華が顔を出していた。
「どうしたんだ、白染」
「ちょっとこっちこっち! 来て来て??」
風華は白い歯を見せながらおいでおいでしていた。
そして風華にそのようなことをされれば誘蛾灯におびき寄せられる蛾のようにほいほいついて行ってしまうのが朗太の悪癖なのだが
「ごめん、白染。俺キッチンやんなきゃいけないんだ」
今日の朗太はガチ。
鉄の心で風華の誘惑を握りつぶしたのだが
「歓迎するわよ?」
含みのある笑みで風華にそう言われ「オッケー」と流れるような所作で入店していた。
「失礼しまーす」
朗太はE組の敷居をまたいだ。
そして数分後。
「フフフ、凛銅君、飲み物どれにする?」
ハ!? 無意識のうちに入店してしまっていた!?
横に男装した風華に座った頃合いに意識を取り戻した。
周囲は黒や茶がメインのシックな色調で統一された空間だった。
机を繋げてその上にテーブルクロスをかけ大きなテーブルを作り、その周囲にみっちり椅子を並べていた。
客はそれら椅子に座りながらジュースなどを飲み、机に置かれた菓子などを口に運んでいた。キャバクラと銘打っているだけあって、テーブルのそこかしこに男装女装をしている女や男がいて、それぞれ女や男になりきり歓談していた。
そして朗太が今座る席は教室の中でも一番奥のキャバ嬢orホストと一対一で話せる特別席であり
「で、どれにするの凛銅君?」
朗太が意識を取り戻すとメニュー表を指し示しながら風華がオーダーを取っていた。
「オレンジジュースや、コーラとかがあるよ」
「ごめん、仕事があるんだ。帰るよ」
だが意識を取り戻した朗太は揺るがない。
そう言って腰を浮かしたのだが
「えぇぇ~良いじゃん今日ぐらい~~」
「あぁ、良いなぁ! 今日ぐらい!」
可愛く風華に頼まれあっさりと篭絡されていた。
程なくして朗太の前にコーラとオレンジジュースが届いた。
いっちょ前に相手のドリンク代も自分が持つアコギな商売である。
「でね、姫子がね!?」
ドリンクが運ばれてくるまでの間も朗太の前で風華は何やら喋っていたのだが、いい加減、教室に帰らないとヤバい。ドリンクを頼んで飲み切ったのなら良いだろう。朗太は自身のドリンクを飲み干すと「ご、ゴメン……用事あるから……」と言って離席しようとしたのだが
「帰っちゃうの?」
うるんだ風華の瞳が朗太を引き留めた。
「か、帰っちゃいます……」
かちこちになりながら返す朗太。
「はぁそっか残念だなぁ。せっかく凛銅君と話せて楽しかったのに。でもそうだね。私も仕事に戻らないと。はぁ、それにしてもこれからドリンク20杯分は売らないとならないなんて大変だなぁ……」
「20……? なにそれ?」
「こっちのノルマの話だよ。一応ノルマ制でね。私は皆より多めに稼げそうだからノルマが多めに設定されているの。だからあと20杯は売らないといけないから大変なんだ。疲れてたから息抜きに凛銅君を呼んだの。私凛銅君と話せて楽しかったよ。良い息抜きになったし。じゃ、がんばってねそっちも」
そういって風華派朗太を送り出したのだが、そんなこと言われて朗太は風華を放っておけない。
仮にも想いの人である。
その想いの人があと20杯もドリンクを捌かないといけないなんて……
……
取れる答えは、一つしかなかった。
「よぉぉし!! 何でもいい。飲み物20杯持ってこーい!!」
「キャー!! 凛銅君素敵ー!!」
これまでの落ち込みようが嘘のように風華ははしゃいだ。
そんなあからさまに喜ぶ風華の笑顔も素敵だ。
ちくしょー!! もってけドロボー!!
朗太は財布を掲げドリンクを注文していた。
そしてほどなくして大量のドリンクが来て風華とそれを並べて歓談していた時だ
「アンタ、何やってるわけ?」
E組のドアのところに鬼が立っていた。




