文化祭抗争(17)
「え、纏!?」
暗闇の中よく見るとそれは、朗太のよく知る少女、金糸雀纏だった。
人形めいた精緻な作りの顔立ちをした少女が、朗太に抱き着いていた。
「てなにやってんだよ!?」
「先輩を驚かせに来ました」
腰のあたりに抱き着いていた纏はよいしょと背中のあたりまで登って来ると、朗太の耳元で囁いた。
色っぽい息が耳にかかりぞくりと全身が震えた。
「いや驚かすってやり過ぎだろ!」
「そうですか?」
「そうだよ! と、とにかく退いてくれ」
「ふ、そんなに照れなくても」
朗太が腕を伸ばし抵抗すると纏は薄く笑った。
「……別に私はこのままでも良いんですよ?」
「え」
それを聞いてピタリと朗太の動きが止まった。
その隙に纏の華奢な身体が暗闇の中まとわりつく。
「それってどういう……?」
「どういうってそのままの意味じゃないですか。先輩は日本語、分からないんですか?」
「え、分かるけど……それってつまり」
「えぇ、纏はこのまま先輩と一緒にくっついていても良いって言っているんですよ?」
言葉を区切ると纏はことさらに強調した。
「この暗闇の中でも」
「いやいやいや不味いでしょ!」
反射的に朗太は否定した。
「先輩は嫌なんですか? こうやって私と一緒にくっついているの?」
「い、嫌じゃないけど、いやでも男と女でしょ! まずいでしょ!」
「だから良いって言っているんですよ?」
「え?」
真意を図りかね朗太が言葉を失っていると纏は色っぽい笑みを浮かべた。
「女として、私を触っても?」
いやいやいやいやいやそれはどう考えてもマズイ!!
朗太は顔を真っ赤にした。
なんというかこの場的にマズイ。なんというかこう、『規約』的にもヤバい。
というか纏は一体どうしたんだ。
朗太は混乱した。
纏は、まるで熱病にかかったように熱っぽい瞳をしているように見えた。
「どうしたんだ纏!!」
朗太が必死に抵抗しながら言うと、纏はぺろりと自身の唇を舐めた。
「どうしたって? そりゃ、そうでしょ、だって私は……」
そして抵抗する朗太を巧みな身のこなしで封じ込めると唇を艶っぽく輝かせながら纏は言ったのだ。
「……雪女兼、サキュバスなんですから」
「え」
信じられない言葉に朗太は固まった。
目の前には満面の笑みを浮かべる纏がいた。
確かに、良く見ると雪女の衣装プラス頭部には巻いた羊の角のような被り物をが付いている。
纏の言っていた自分への追加オプションはつまりこのことなのだろうか。
朗太が固まっていると、その間にも纏は着実に朗太の身動きを封じて来て
「だからこそ、淫乱なのは当然なんです……!」
纏は朗太の腕を巻き込みながら言った。
「だから……」
「え……」
「先輩の精気、吸わせて貰いますね……!」
「え、ええええええええええ!?」
だが叫んだ時にはいつのまにか朗太は身動きとれぬ状態まで追い詰められていて
「先輩、いただきます……」
耳元で熱っぽく囁く纏の動きを封じる手は朗太に残っていなかった。
纏の手がいずこかへ伸びる。
「うぎゃあああああああああああああああああ!!」
しばらくすると、1Bの教室に朗太の断末魔の叫びが響いた。
そして
「ろ、朗太! だ、大丈夫アンタ!? 凄い叫んでたけど」
「凛銅君の叫び声が聞こえたから駆け付けたよ!」
教室から這う這うの体で抜け出すとそこには姫子と、肩で息をする風華がいた。
「だ、大丈夫だ……」
「大丈夫じゃないでしょフラフラじゃない! 何があったの??」
「い、いや何でも無いよ……」
今しがた起きた事実を隠蔽しようとする朗太。
だがそれは許さないとばかりにガラリと教室のドアが開き雪女兼サキュバス姿の纏が現れた。
そして瞠目する二人にいたずらっぽく言った。
「フフフ、サキュバス役の私が精気を吸い取ったんですッ」
その表情は本当に朗太の精気を吸い取ったかのようにどこか艶っぽかった。
そして杖が要りそうなほどフラフラの朗太と、つやつやの肌をした纏を見て姫子たちは大体のことの経緯を把握したらしい。
「纏、アンタ何やってんのよ!! 抜け駆けじゃない!?」
「いえ抜け駆けではないですよ? 私の役が『偶然』サキュバスだったんですから仕方ないじゃないですか?」
「偶然も何もアンタが勝手に頭に角付けただけでしょ!! てかアンタ朗太に具体的に何したのよ!?」
「身体を触っただけですよ」
激怒する姫子に纏は屈託なく笑った。
だが次の瞬間には
「ま、」
にやりとほくそ笑んだ。
「どこに触ったかは言えませんけどね?」
「ちょっとアンタ何やってんのよ!!」
「何やってんのよじゃありません~、サキュバス役を全うしただけです~」
「で、でもそれで凛銅君、こんな骨抜きにされちゃったの?! え、本当にどこ触ったの!?」
「いや実際のところ、本当に大した場所触って無いですよ。でも……」
「その手つきが妙になまめかしかっただけだ……」
朗太が息も絶え絶え言うと「キャーそんななまめかしいだなんて先輩のエッチ~!」と恥ずかしそうに纏は両頬に手をやった。
そしてなぜか喜ぶ纏の手を、無理やり引きはがしがっちり握り込むと風華は言う。
「纏ちゃん、後生だからその触り方教えて!」
「え!?」
「私もそういう淫乱な女性になりたいの!」
「えぇぇ……」
謎のやる気を出した風華に纏は困惑し、朗太は風華にはその手つきを覚えさせてほしくないと願った。
もし何かの拍子に実験台になったら、確実に死ぬ。
その予感が朗太にはあった。
そして朗太がありもしない未来を予見しながらげっそりとした顔をしていると、顔を真っ赤にした姫子は
「もう最低! アンタなんか信じらんない!!」
ビシッバシッとなぜか朗太に張り手を見舞ったのだった。
お、俺が何かしたのか……?
朗太は理不尽な暴力を喰らい、呆然としていた。
そんな風に朗太たちが廊下で騒いでいると
「おい、凛銅、茜谷! お前らいつまで遊んでるんだ!? 手を貸せ!」
「風華も! アンタいつまで外出している気!?」
それぞれのクラスの仲間が朗太たちを教室に呼び戻したのだった。
時間は昼過ぎ。
朗太たちも店番をしなくてはならないのである。
このままじゃダメだ。
このままふやけてはいられない。
朗太は自分の頬をパチンとうち気合いを入れ直し、こうして朗太は自クラスの出し物に参加したのだった。




