文化祭抗争(15)
クジラ:じゃぁ潰すしかないな
ベンガル:だな
しばらくして彼らのグループトークに刻まれたのはそんな言葉だった。
そして『暗幕が壊された』
その情報が2Cの生徒から齎されたのは、文化祭二日目、つまり一般公開一日目のお昼過ぎのことだった。
「あなた、わざとでしょ!?」
「ごめん、すまない! 本当にごめん!!」
噂を聞きつけて現場へ駆けつけると、怒鳴り付ける梔子と、深々と頭を下げる男がいた。
周囲には人だかりが出来ていた。
「ごめん、手が引っ掛かっちゃったんだ! わざとじゃないんだ」
「手が引っかかってあんな風になるもんですか!暗幕引っかける紐も壊れちゃったし、他の機材も壊れちゃったんですよ!?」
「いや本当に…! 何と言ったら良いか…! 本当にごめん! この通り!!」
怒鳴り付ける梔子に男は必死に謝っていた。
その様子は端からみるとかなり痛々しい。
朗太は二人が言い合っているうちに近くにいた仲間から話を聞いた。
それによると今謝っている三年生が教室から退場する際、暗幕に手が引っ掛かり、それを強引に引っ張った結果暗幕を吊るす縄から、舞台の背景も倒れてしまいこちらに損壊が出たらしい。
それにより舞台は一時中断を余儀なくされ、今現在、件の三年生は頭を下げているというわけである。
故意だと主張する梔子たちに3年生は必死に謝っていた。
「いやホント偶然なんだって! わざとじゃないんだって! 本当にごめん!」
だが梔子は認めない。
「だからわざとじゃないとあんな力でないでしょ!!」
と猛然と主張し続ける。
だがしばらく押し問答をして認めされることが困難だと悟ったようだ。
梔子は顔をむくらせると
「じゃぁ一緒に先生に報告しに行って! 自分が壊しましたって! それであなたも私たちに追加で備品借りれるよう便宜を図って!」
そう主張し
「分かったよ……」
言われた三年生は申し訳なさそうに頭をたれた。
「それぐらいは勿論するよ。じゃぁ皆、本当に申し訳なかった。すみませんでした」
そして三年生は深々とお辞儀をすると梔子とその場から去っていったのだ。
その後彼は備品を破壊したということで反省文を書く羽目になり、C組は物品の余りがあるということで新たに備品の貸与を受けられることになったのだが
「ここまでしてくんの?」
2Cの生徒がせっせと修復作業に当たるのを眺めながら、姫子は腕を抱いた。
その姿は若干怯えているようだった。
「まぁそういうことなんだろうな。正直俺の想像以上だが」
そして、現段階でここまでしてくるとなると、一体どのような手が来るか、想像できたものではない。
朗太は溜息をついた。
ちなみに今ほどの事件は下記の様なやり取りがあり起きた出来事だ。
K:いや潰すって実際どうするんよ?
OLO:手は沢山あるけど、どれもなかなかむずいんじゃない?
輝一:人の流れを協力者で無理やり操作するとか?
LL:いやそれはやり過ぎだろ……
王手:じゃぁなんかパクるか?
LL:いやだからそれも過激……
王手:じゃぁどうしろって言うんだよ?
LL:いや分からんけど……
輝一:何も案がない奴は黙っときな。じゃぁなんか偶然装って機材壊すとかは?
卑弥呼:お、それ良いねー
K:じゃぁ暗幕とかは?
クジラ:良い案だな。OLO頼んで良いか?
OLO:ちょ、マジで??
輝一:なんでOLOなん?
クジラ:こいつ、俺の知り合いだから。任せたぞOLO
OLO:ちょ、マジかよ~。名前バレは……、ま、いや大丈夫だろう! 行ってくるわ!!
こうして作戦は実行されたのだ。
そして『実際に』このようなグループトークが存在するあたり、今後さらに大きな事件が起きる可能性があるという朗太の予測は正鵠を射ていて
「どうするの?? 朗太、何か策はある??」
姫子が心配がるのも当然であった。
一方で朗太も対策は練っていた。
「大丈夫、一応策はある」
そういうと姫子は目を丸くした。
「ホントに!?」
「あぁ、一応は考えてみた。上手くいくかは、分からないけど……」
「そうなの……」
「あぁ」
言いづらそうに言う朗太に様々なものを感じ取った姫子は、それ以上は聞いてこなかった。
それぐらいの信頼関係が朗太と姫子の間にはあった。
そして朗太が裏で手を回しているのは事実である。
今ここで詳しく話す気にはなれないが、朗太には考えがあった。
だからこそ姫子に心配そうな顔をして欲しくないという思いもあり
「まぁ姫子、安心しろ。それにそうでなくとも──」
と朗太が姫子を安心させようと話を切り出そうとしたのだが
「出来ましたよ凛銅さん!!」
その『策』が背後からやって来ていた。
朗太が振り返るとそこには──
「秘色、さん……?」
「ご無沙汰してます、茜谷さん」
「なんで、また秘色さんが出てくるの?」
「あぁ、姫子にはチラシを配る話しかしてなかったっけか?」
「うん、そうだけど」
「でもな」
「あれだけで終わるわけないじゃないですか!!」
朗太が言い切る前に秘色が姫子にリーフレットを突きつけた。
そこにはこう書いてある。
号外!!
満席連発!? 悪立地でも満席を連発する2C!!その劇の真相に迫る!
と。
「これは??」
姫子は目を丸くした。
「見ての通り号外だな。つまり新しい記事だ。しかも実際に見た人のインタビューつきの」
「そうです! 私は実際にインタビューして反応を聞いたのです!」
それが先ほど秘色に新聞配りを抜けさせた理由である。
秘色は実地でインタビューをし記事をまとめ上げていたのだ。
基本的に決め打ちの記事を予め用意しておいて、そこに最後に実際のインタビューを付け加えただけである。
だがその効果は大きいように思われて、実際に絶大だった。
「もう入れないの??!」
「いえ立ち見で良ければ!!」
「立ち見か~~」
「十五分くらいですよ!」
「じゃぁ見ていくか」
舞台装置のあらかたの修理を終え演劇を再開すると、号外を配り始めたタイミングと重なり、超満員を叩き出した。
そして舞台の裏に集まった演者たちに、先程まで三年生に怒鳴りちらしていた梔子は打って変わって満面の笑みを浮かべながら言う。
「皆笑顔が足りないよ!! 皆顔怖いよ! 確かに嫌なことはあったけど、劇の間まで怖い顔をしたら観客が楽しんでくれないよ! 劇の間は皆笑顔で! 良いね? 恨みとかそういうのは劇を終わった後にしよー! ね、みんな目指すんでしょ! 優勝を! ならみんな笑顔で行きましょー!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
彼女の掛け声に生徒たちの雄たけびが重なった。
「流石ね、劇になると……」
「そうだな……」
生徒達に笑顔を振り撒きながら牽引する梔子に朗太は脱帽した。
きっと先程早々に諦め事態を終結させたのも、マイナスの感情が舞台へ悪影響を及ぼすことを考えてのことだろう。
そのために彼女は敢えて話にそうそうにケリをつけたのだ。
そしてその逞しい姿は嫌でも舞台の成功を予感させ
「一応対策も取ってるし、客足も順調だし、姫子も、少しは肩の力抜いたらどうだ?」
「そ、そうね……」
朗太が言うと姫子も肩を下げ脱力した。
「というわけで、俺も出し物見てくっから」
「アンタは切り替え速すぎよ」
姫子はぴしゃりと言った。
だが朗太にも言い分はある。
人生に一度しかない高校二年生の文化祭を敵意だけ抱いて過ごしてはもったいないではないか、と。
それには姫子も幾分同意するようで
「そ、そうね」とか言っていた。
そして
「一緒に行くか?」
「……し、仕方ないわね」
朗太が誘うと姫子は頬を赤く染めながら着いてきた。
こうして朗太達の、本来あるべき姿の文化祭は始まったのだ。




