文化祭抗争(14)
こうして文化祭初日はやってきた。
そして文化祭初日、それは校内限定での文化祭だ。
一般客は招かず行われる。
つまり学祭制覇・優勝、もしくは入賞を目指すとなると、重要なのは一般客が参加する二日目と三日目で、初日はさして重要ではなくなるのだが、初日の学内向け文化祭も疎かに出来ない理由があった。
それは試運転だ。
ここで不具合が出る、評判が悪いなどの内容は取り下げ、変更を行うことで出し物のブラッシュアップが出来るのだ。
だからこそ生徒たちは最初から気合いを入れていた。
そうでなくともやってくるのが良く見知った友人たちだ。
盛り上がるのも当然であった。
「そこの君たちー! うちのクイズの館に寄ってかないかー!?」
「焼きそばぁ! 安いよ安いよぉー!!」
「おい田中衣装似合ってねーぞぉ!!」
「ほっとけーー!!」
生徒たちが声を張り上げ接客していた。
生徒たちはアリのように校内をぞろぞろと歩き回り、クラスの出し物を楽しんでいた。
校内のいたるところで喚声があがる。校内は活気に満ちていた。
そしてこの一日目にもう一つ大きな意義があるとすれば、それは偵察だろう。
周囲に一般参加のいないこの初日は敵情視察にもってこいなのだ。
だからこそ自衛がかかせない。
「えー、やってないのー?」
2年C組のドアの前で下級生が口をへの字にまげていた。
「ごめんなさい。まだ準備が追い付かなくて……。明日には間に合いますので」
残念がる彼らに梔子たちが申し訳なさそうに手を合わせた。
梔子の背後にはドアを締め切り、窓にダンボールで蓋をした2Cの教室がある。
朗太たちは敢えて劇を公開しないことを選んだのだ。
クオリティが高いことを知られると邪魔が入る可能性が高いと踏んでの判断である。
とはいえ、初日の学祭は試運転の意味も有する。
実際に劇をし至らない点を改善するだけではなく、客がいるという状態で演じることに慣れ、笑いの掴みかたを体で掴むことが出来るのだ。
これをするとしないとでは大きなハンデになると思われた。
だが、だからこそC組の生徒たちは練習中、本番さながら練習したし
「では2年C組の演劇の特別公開を始めます~~」
初日の最終1時間では三回の特別公開を行った。
告知なしに行ったため、三年生の中で工作を行っているらしい主要メンバーはまるで見ることが出来なかった。
そして反応は上々。
会場の教室からは終始笑い声が漏れ、時折大きな笑い声が弾けた。
「凄かったねー」
「超笑った」
演劇を見終わった生徒たちの顔を見ると多くの顔が高揚しており興奮しているのが見て取れた。
実際に見た人に聞くと多くの生徒が口を揃える。
『今年の劇の中で一番面白かった』と。
その好評な反応に「これはイケるぞ!!」とC組の男子たちは意気込んでいた。
一方で周囲の反応を見るに三年生たちの劇の出来は朗太たちの劇に肉薄してくるほどではなく
「どうやら、行けそうだな……」
「そうね……」
姫子と朗太はお互いに頷き合っていた。
実はこうなる予感はしていた。
理由は彼らのこれまでの経歴だ。
十五逃しリーチという厳然たる事実である。
学祭制覇を成し得た世代が上にいたとはいえ、彼らは表彰台に上ったことが無いのだ。仮にも朗太たち世代は去年、伝説の世代である三年生がいるのにその入賞枠の一つをかすめ取っているのにだ。
それはつまり彼らの世代がこと演劇においてどちらかというと適性を有さない人種の集まりである、ということである。
彼らと自分達の間には、演劇において、厳然たる差がある。
だからこそ、自分たちが渾身の劇をすれば彼らに大きく水を開けられると朗太たちは思っていて、案の定そうなったのだ。
これはイケそうだ、姫子と朗太は顔を合わせ頷きあった。
その一方で
卑弥呼:なんか2年の劇面白いらしいんだけど
輝一:マジで!?
彼らが有するグループトークにも密やかな衝撃が広がりつつあった。
しかし、その脅威は、朗太や姫子が劇回数を絞った結果、真実味をもって彼らには伝わっていなかった。
そして――
空砲が打ちあがる音が鼓膜を打つ。
文化祭、二日目。一般参加、開始である
抜けるような青空。色好き始めたモミジがそれらを縁取った。
多くの一般参加の人々が校門をくぐる。
彼らは大挙として訪れた。
そして2Cの劇は立地の問題もあり最初はやはりあまり人は来なかった。だが
「いらっしゃいませーー!!」
「もう満席近いですよ!! どうぞ、お早めに!!」
「大人気ですよぉーー!!」
「15分くらいで終わりますよぉぉー!!」
一時間もすると劇的に人が集まり始めた。
そして二時間もすると満席を連発するようになった。
理由はいくつかある。
まず第一が
「新聞同好会ですーー!!どうぞーー!!」
下駄箱の前で眼鏡をかけた少女、秘色がチラシを配りまくる。
朗太は過去に依頼を受けたことのある新聞同好会に協力を仰いだのだ。
各校門の入り口や玄関の入り口で新聞同好会の会員はせっせとチラシを配っていた。
学園紙とありその紙は多くの入場者が手に取った。
チラシにはこう書かれていた。
『演劇の青陽!! 2年の総力を結集した演劇をとくと見よ!!』と。
別に総力など結集はしていない。
だが実際に2年で劇をやるのは2Cだけだ。
それを逆手にとってこのような表題にしたのだ。
その紙には3年が例年通り劇をするのに対し2年は力を結集するために1クラスに絞ったと書かれていた。
そしてそのチラシの中央には文庫本の後ろにあるようなあらすじが記載され、その周囲を美術部の桔梗の書いたイラストが大きく載っていた。
宣伝力は抜群であった。
キャッチ―なタイトルと、あらすじ。加えて2年が総力を結集したという煽り文句、そして美麗な絵。チラシを手に取った多くの人が「へぇ」と感心したような呟きを漏らしていた。
朗太も配る手伝いをしたが、新聞同好会が発行したものとあって多くの人が手に取ってくれた。おかげで
「配り終えたぞ」
「まだありますよ。じゃぁこれです!」
あっさりと担当量を配り終えた朗太が秘色のもとを訪れると汗を流す秘色は誇らしげな笑みを漏らしながら紙の束を差し出した。まだまだ配れるようである。その表情はとてもやりがいを感じていそうである。
この依頼を頼んだ時、秘色は『報道は権力に屈しません!!』と張り切っていたので、彼女の性にあっているのかもしれない。
また攻勢をかけるのはそれだけではない。
掲示板や校内の壁にもこれら用紙は張ってあるし
「秘色、後は俺がやるからそっちはそっちの仕事をしてくれ」
「はい、わかりました!」
まだ仕掛けもしている。朗太の指示で秘色は校舎に向かった。
またこの新聞以外に仕掛けを施したのが
「おいこの絵ヤバくない?」
朗太は興奮気味にパンフレットに食いつく青年たちをチラリと見た。
この文化祭のパンフレットである。
文化祭のパンフレットは行われる出し物の種類や場所が書かれた来校者の多くに配られる冊子である。
その2Cの絵を朗太は絵が上手いということで学校のポスターも書いていた桔梗に頼んだのである。
事情を説明し頼むと桔梗は快く協力してくれた。
そうして出来上がったのは圧倒的存在感を放つ、美麗な絵の中刻まれた『金持ちに成りたいと願ったら鬼ヶ島の鬼になっていた』というキャッチ―なタイトルである。
その目立ち方は朗太の目から見ても明らかであった。
しかもそれだけではない。
「あ、2Cのチケットですね? じゃぁチョコバナナ一本サービスしておきますねー?」
姫子の働きかけにより2年生の多くの出し物で2Cのチケットを見せると何かが貰えたり、安くなるキャンペーンを行った。
これの効果も大きかったであろう。
そして何より劇自体の回転率の高さである。
劇はほぼ15分~20分ほどで終わるというタイトな構成で、劇が終わり次第速やかに人を入れ替え、すぐにまた行うという過密スケジュールで最初は行った。
その後はペースを遅くするが、他のクラスよりもずっと速いペースで劇を回していく。
部活動や友人との用事で抜ける場合は代役が立つように梔子がスケジュール管理をしていた。
そうでなくとも3年生に好き放題され、彼らは闘志にみなぎっており、あまりクラスを抜けたがるものもいなかった。
加えて劇自体の出来も良い。
新聞同好会・パンフレットでのアピール、2年の他クラスの支援、劇自体の回転率、そして質の高さ。
評判の高さは生まれるべくして生まれたと言えた。
「すげぇな!」
「高校生になるとこんな劇やるんだな!?」
わざわざ見学にやってきた中学生たちが興奮気味に言い合いながら去っていく。
他の観客の反応も同じようなもので、劇が終わると毎回割れんばかりの拍手が沸き起こった。
こうして『どうやら2Cの劇の出来がヤバい』という情報は野火のように広がった。
生徒たちが興奮気味に話し始めれば、それを聞いた一般参加の人も見に来るようになる。
そういったことも重なり、本来の人の流れとは異なり、2Cの劇は多くの集客を集め始めた。
そして好感触なのも
「面白かったよー」
観客の反応をみれば分かる。
となれば生徒たちのやる気が高まるのも頷けて
「やったるぜー!!」
「おおー!!」
と2Cの生徒たちは意気込んでいた。
そしてその情報は当然、3年達の学祭制覇を目指すグループトークにも波及していて
666:おいマジで2Cの劇面白いらしいぞ!? 集客がヤバいらしい
K: は? それマジ情報なのかよ?
王手:見てきた。すげー人いたわ。立ち見も出てるらしい
輝一:立ち見は流石にヤベーだろ。ヤバくね……?
ベルサ541:確かに、マズイ
輝一:……
そしてしばらくトークの更新が途切れた後『それ』は画面に刻まれた。




