文化祭抗争(12)
蝦夷池より話を聞いたところ、姫子はホールではなくキッチンをすると言っているらしい。
「あいつが料理? 本気で言ってるのか?」
思わず朗太は聞き返していた。
「どうやらな。だがそれは困る。茜谷さんは我がクラスの目玉だ。茜谷さんがコスプレをするかしないかでは売り上げに大きな差が出る」
蝦夷池は不満げに鼻を鳴らした。
財務担当ともなれば、それなりに売り上げが気になるようだ。
「だろうな」
心中を察しながら朗太は返した。
「男は学年一のイケメンの瀬戸がいる。女にも緑野さんがいる。だが茜谷さんの存在はそれにもまして大きな売り上げになる。そうでなくとも横のE組は男装女装キャバクラだ。コスプレ喫茶の俺達とバッティングするし、向こうには」
蝦夷池は少し間をおいて呟いた。
「白染がいる」
「あぁ、そうだな」
朗太は先日見た強烈な姿を思い出しながら同意した。
この前の昼休み、男装女装喫茶でやる男装を披露しに朗太たちの教室までやってきたのだ。その際見せられた風華の男装は相当なものだった。
学ランに黒のスラックスを履いた風華はたまらなく似合っていた。
「どう! 凛銅君!? 見て見て!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
ドアが勢い良く開き男装姿の風華が入って来るや否や朗太は唸った。
風華の学ラン姿は生来の風華の元気なキャラクターからしてとても似合っていた。
何かに目覚めそうになるほどの似合い方である。
「す、凄い似合ってるよ白染!」
「ホント! ありがとう! 凛銅君もコレ、ありがとうね!」
風華は腕まくりしている学ランを指さした。
実は風華が今袖を通している学ランは朗太の学ランなのである。
多少サイズの違いはあるが、なんとか着こなしているようだ。
ちなみに朗太は今日心行くまで学ランの匂いを嗅ぐ所存である。
「いやいや、全然気にしなくて良いよ」
「フフ、ありがとう。じゃぁね~」
にこやかに笑うと風香は踵を返して隣のクラスに戻って行った。
あの時のインパクトを知っているからこそ、姫子が出ないというのはとんでもなくやばいことのように思われた。
姫子のコスプレがないと通りかかる男子客全てを男装風華に持っていかれかねない。
「確かによくよく考えるとマジでヤバいな……」
白染風華。自身が好いている少女だが、敵に回るととんでもなく厄介な少女である。
と、どうしたものかと朗太が考えていると
「あ゛」
ふと気が付くことがあって声を上げた。
「何か気が付いたのか?」
「あ、いやちょっとまって」
食いつく蝦夷池を押し留め、朗太は記憶を探りなおした。
ふと思い出したのだ。
アレ以降、姫子の機嫌が若干悪くなっている事実を。
それだけではない。
「どうですか先輩!」
「おわ!? 纏か!?」
その次の日の昼休み、纏も朗太の下へ訪れていたのだ。
纏の姿は着物を着た雪女の格好だった。
纏のクラスはお化け屋敷をするのである。
「あいかわらず似合うなー纏の雪女は」
「中学時代でもしてましたよね?」
「そうだよ、あの時はさー」
と中学時代の話に花を咲かせていると余計に機嫌が悪くなったような気がする。
「あ、いや、少し分かったかもしれない」
でだ、もしこの場合、何が原因で機嫌が悪くなったかが重要だ。
「わ、分かった。俺がなんとかしてみるよ」
「頼んだぞ」
蝦夷池達と会話を終えると朗太は頭をひねった。
すでに姫子からは女心を学ぶように言われている。
ここでまた下手なことを言って姫子を怒らせるのは下策だろう。
なぜ姫子は機嫌を損ねたのだろう。
考えていると自ずと答えは出た。
きっと――この言葉が適切かどうかは分かりかねるが――嫉妬に近い感情であろう。
朗太は恐らく姫子の周囲にいる異性の中でもっとも近しい異性の一人だ。
その異性が自分を差し置いて他の同性に鼻の下を伸ばしているのは、その異性を好む好まざるに関わらず面白くないのは当然であろう。
それは何となく分かる気がした。
そうでなくとも……
朗太は先日のビーチでの件を思い出す。
あの時、自分は姫子になぜ今も多くの人に告白されているのを自分に黙っていたのか問い詰めてしまった。
なぜあのようなことをしてしまったのか、あの時は分からなかったが、今なら分かる。
自分は姫子と長い時間を共有しすぎて、彼女に対し一種の独占欲のようなものを抱いてしまっているのだ。
だからこそ、彼女が黙っていたことが許せなかったし、問い詰めた。
もしかすると、姫子もそうなのかもしれない。
もしそうなら、拗ねるのも当然に思えた。
そしてこの考えは実は以前から閃いていたものであり
となれば、やることは一つである。
姫子を
「おだててその気にさせるしかないんだが、上手くいくのか……?」
朗太は疑心暗鬼になりつつ呟いた。
「あ、朗太じゃない? どうしたの?」
そうと決まれば善は急げである。
朗太が姫子の下へ行くと、クラスの女子たちとコスプレ衣装案を練っていた姫子は振り返った。
車座を作る女子たちの中央には紙が置かれ様々な注文が書き加えられている。
「いや、用事という訳でもないんだが」
朗太の登場に姫子の周囲にいた女子たちは好奇の目をしていた。
視線に耐え兼ね朗太は思わず頬を掻いた。
「姫子、コスプレしないんだってな」
「ま、まぁそうね」
「何でだ」
「場所を変えましょ」
姫子はバツが悪そうに顔を赤く染めながら立ち上がった。
「で、私がホールしないことに何か文句でもあるわけ?」
そして今、朗太の目の前には口をへの字に曲げ、腕を組む姫子がいる。
場所は学習棟三階に設置された屋外テラスの一角である。
他には誰もいないテラスで、まるで挑戦するように姫子は立っていた。
「や、文句はないんだが、何故かなーっと思って……」
「そんなん自分で考えなさい」
「あ、はい」
にべもない姫子の言い様に朗太はただただ頷くしかなかった。
するとそんな朗太に「はぁーあ!」と大きなため息をついた。
「ど、どうした?」
「何でもないわよ。ただ……」
「ただ?」
「私もクラスも男装出来たらよかったなって思ったの!!」
姫子はそう言うと顔を真っ赤にしそっぽを向いた。
一方でようやく姫子を褒める糸口を見つけた朗太は恐る恐る言うのだった。
「お、俺は姫子のコスプレも見たいぞ……」
瞬間、姫子の動きがピタリと止まった。
「な、なんたってコスプレはそのものの素体が良くないと話にならないからな。ひ、姫子ほどの抜群の美人ならとても映えるんじゃないか? う、うん、間違いない。姫子ほどの美人、俺あんま見たことないしな……」
よくもまぁこんな歯の浮くような言葉をつらつらと並べられるものだ。
自分でも知らなかった自身の新たな一面に我ながら驚きながら朗太は言葉を並べた。
「姫子のコスプレがあれば百人力だ。なんなら俺達のクラスが優勝しちまったりしてな。だとしたら今C組でやってることまるで意味ないんだけど。なんてな、ハハハ。だから俺は姫子のコスプレ見たかったんだ、け、ど」
姫子からの反応がない。
ヤバい、地雷踏んだ?
朗太が冷や汗をかいていると顔を赤く変色させた姫子が振り返った。
「こ、今回は気合い入れてコスプレしてあげる……」
「マジで?!」
「えぇ今回は特別中の特別よ!! まぁアンタにそんなこと言われたらやらないわけにはいかないわよ!」
「そ、そうか」
「私が風華と纏に勝る存在だと痛感させてあげるわ」
姫子は意気揚々と言い切ると鼻歌交じりに去って行った。
相当機嫌が良いらしい。
ふぅ、どうにかなったようだ。
朗太は胸を撫で下ろした。