表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/211

文化祭抗争(8)

『台本、考え直すぞ姫子』

『そうね』


朗太が切り出すと姫子はこくりと頷いた。

台本の変更、それは姫子も考えていたことらしい。


『とは言っても、どうするの? いきなり私たちで台本変えて『はいこれで』はちょっとまずくない?』

『台本を考えたのは梔子だろ。同意してくれるはずだ。それになにも台本を考えるのは俺達だけじゃない』

『というと?』

『クラスで台本を募って投票で決める。その中で選ばれたものなら文句ないだろ』

『なるほど』


その後梔子に確実に勝つために台本の変更を検討する必要がある旨を相談するとすんなりと了承された。

梔子たちも台本の変更の必要性を感じていたらしい。

四季島にこちらでも台本を考えると伝えると快諾してくれた。

また弥生の言っていた姫子に添削依頼だが、それもあっさりと受け入れられた。

つまり――


――考えないと


仮にも小説を投稿している身の上。

いくら小説と劇の台本で物が違うとはいえ、ずぶの素人に負けるのは許されないのだ。

朗太はロングホームルームの最中ずっと2年C組の新しい台本のことばかり考えていた。

すると――


「――銅、 ――銅―― 凛銅!!」

「はい……!」


前の座席に座る生徒が険しい顔でこちらを振り返っていた。

目を上げると教室中の視線がこちらに集まっていた。


「どうした凛銅、眠いのか?」

「いや、眠くはない、けど」

「じゃぁさっさと回せよ」

「お、おう……すまん……」


朗太は前のクラスの子に丸めた紙片を回した。

朗太たちのクラスは文化祭でコスプレ喫茶をすることが決まっている。

だがまだどのようなコスプレをするかは決まっていない。

今はどのようなコスプレ服を用意するか無記名提案でお題を出し合っているのだ。

手上げせいだと発言した男子が集中砲火を浴びる可能性があるための非常措置だった。

不本意な形でクラスの注目を集めてしまった朗太はバツが悪そうに顔をしかめた。

そんな朗太を教室の端から姫子がじっと眺めていた。


その後教室ではコスプレ案に『全裸』と書かれた怪票が現れ

『おい誰だよ全裸って書いたの!? それはコスプレじゃないだろー』

『男子サイテー!!』

とプチ騒動が発生していた。


「ハハ、誰だよそんな馬鹿なこと書いたのはー」


教室の前方で桑原春馬の声が裏返る。

きっと書いたのは桑原春馬だと思われる。



「ってそんなことはどうでもいいんだーーーー!!!!!」


深夜、朗太は自室で唸った。

台本の変更を提案して既に三日。

朗太はずっと台本に頭を悩ましていた。

刻限は提案から五日後、今日から見て二日後だ。

つまり、早々にたたき台は完成させなければいけないのだが……


「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉう!!!」


物語という物語が全く思いつかない。

正確には最優秀賞に入賞できるような台本が思いつかない。

例によって時計は深夜零時を回っている。

常に物語を書いているので一定以上の水準で書かねばならない。

優勝を目指すので相応の脚本を書かねばならない。

それらがプレッシャーとなり朗太に想像の羽を押さえつけていた。


「どうすりゃ優勝できるほど面白い脚本なんて思いつくんだ……」


朗太はそう呟くと同時に大きく伸びをした。

チェアを大きくリクライニングさせる。

そうして天井の蛍光灯をしばらく眺めた後、脇に置いておいた原稿を手に取った。

もともと2年C組がやろうとしていた台本である。

室内に紙のこすれる音が響いた。

題名は『荒野のガンマン』

大まかに言うと、開拓時代のアメリカで最愛の妻を殺された主人公が復讐する物語だ。

最期、復讐を果たした主人公が住んでいた家を焼き捨て新天地を目指すシーンが最高にクールだと思う。

演劇の物語としても普通に面白いと思う。

だがこの台本を読んだ時、朗太はもやっとした違和感を覚えた。

それは姫子も同じだったのだろう。

姫子だけではない。台本の変更にあっさり同意したことからも梔子も同様であろう。

これでは『優勝は』できない、皆、そう思っていたのだ。

演劇の絶対数が少なくなっているので、その他周囲と連携すれば入賞は出来るかもしれない。

だが最優秀賞は難しそうだ。

朗太は渋い顔で原稿用紙を眺めていた。

なぜこの原稿では優勝できないと自分は思ったのだろう。

自分の心の裏を探る。

すると、自然と答えは出た。


キャッチ―さが足りないのだ。

今回の入賞の決め方の関係上、一人でも多くの観客に演劇を見て貰う必要がある。

つまり面白さよりも、まずキャッチ―さが重要なのだ。


「そうか――」


そんなことを考えていると朗太は自分の大きな間違いに気が付く。


先ほど自分は優勝するためにはいかに『面白い』話を考える必要があるか考えていた。

だが、アレは間違いだ。

もし優勝を目指すのなら『キャッチ―』な物語を書く必要がある。

なぜなら演劇をするのは自分たちだけではない。

敵対する三年生達も同じように行うのだから。

それだけではない。

一年生だって、二年生だって、劇でバッティングしないものの、出店するのだ。

そんな彼らと(パイ)を取り合うのだ。

客の持つ時間も無限ではない。

その日の家事の合間に、そのあと控える自分の趣味の時間までの合間に、訪れるのだ。そして投票してくれるのは入店してきてくれた者『だけ』なのだ。

つまり優勝、最優秀賞を目指すには、何よりキャッチーさが命なのである。


無論劇の内容自体が面白い事もとても大切だ。

劇が面白くて口コミで話題が広がるケースだってあるだろう。

しかし、もし堅実に、確実に、優勝を狙いに行くのならば、キャッチーさこそ力を入れるべきところだろう。


面白い話ではなくて良いんだ。

そう思うと肩の力が抜けるような気がした。


となれば次なる課題はいかに観客を吸い寄せるような物語を書くかだが……


――自分はもう知っているではないか。


朗太はニヤリを口角を吊り上げた。


そう、朗太は知っている。

日々、多くの作品がしのぎを削っている空間を。

日々、作品の面白さやキャッチ―さで競っている空間を。

朗太が日々投稿しているサイトだ。

『小説家になりませんか』、『なりま』だ。


そこには物語を面白く書くエッセンスや、いかにキャッチ―な物語を書くかという方法論が転がっている。

そして朗太は日々そのサイトに入り浸っているからこそ、方法論は把握している。

つまり――


(出来る――)


朗太は一気にシャーペンを走らせ始めた。


それから数時間後。

カーテン越しに朝の陽ざしが入り込む様になったころだ。


「――出来た」


這う這うの体で朗太は呟いた。

その顔には大きなクマが出来、今にも倒れそうだった。

手には数枚のA4用紙。

タイトルは


『金持ちになりたいと願ったら鬼ヶ島の鬼に転生していた』


である。


我ながら酷いタイトルだとは思った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1巻と2巻の表紙です!
i408527i462219
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ