文化祭抗争(7)
「うーん」
その夜、朗太は天井を見上げ額に皺を寄せていた。
『じゃ、2年C組がどうやって学祭で最優秀賞取るかアンタも考えてみて!』
姫子はそう言って夕焼の中に去って行った。
それを受けて朗太は頭をひねっているのだ。
どうすれば学祭で一位を取れるのだろう。
朗太は頭をひねった。
深夜零時。
朗太の部屋の掛け時計がカチコチを時を刻んでいた。
閃かない。
朗太は伸びを一つすると階下のリビングに向かった。
「あ、おにぃじゃん。小説は?」
リビングでは妹の弥生がカーペットに寝そべりTVを見ていた。
「書いたよ」
「じゃぁその渋面は小説が原因じゃないのかー」
「まぁな……」
瞬時にこちらの精神状態を見抜く弥生に朗太は嘆息した。
なかなか鋭い妹である。
朗太が黙ってリビングの椅子に座り込むと、色々察したのか弥生はTVに向き直りこちらの憂鬱など気にせずご機嫌な鼻歌を奏でた。
この妹は……。
朗太はこちらを欠片も配慮しない妹にため息をついた。
だがこれもこちらの精神状態を読んで敢えてしていることなのだ。
それくらいこの弥生という妹は聡明な人間で、そういう人間だと朗太は知っていた。
だからこそ朗太は鼻歌を歌いながらケツを振る妹に朗太は尋ねたのだ。
「弥生、相談あるんだけど良いか?」
「え、まぁ良いけど……」
弥生はけだるげに応じた。
「ええええええ!? そんなことになってんの!?」
事の全容を話すと弥生は仰天していた。
「そんなのめちゃくちゃじゃん!」
「まぁそう言っちゃそうなんだけどね」
「先生は?!」
「言ったよ。でもま、証拠もないしな」
「そうなんだ……」
真相を聞き弥生は言葉を失っていた。
「でだ、俺は2年C組を優勝させたいんだがどうすれば良いと思う」
「うーん」
朗太が尋ねると弥生は腕を組んで唸り始めた。
その姿はどこか自分に似ているようにも感じられた。
「まず第一に確認なんだけどおにぃの高校の文化祭って何人来るの?」
「二日で延べ一万人行かないくらい」
「いちま……」
余りの数に弥生は言葉を失っていた。
「仮にも『演劇の青陽』だからな。それくらいは集まる」
「それで票を集計するんでしょ? すごく大変じゃない?」
「票集計は選挙管理委員会が別で行うからなんとかなる。それに合計一万票くるわけでもない。それがどうした?」
「うーん、もし票数で競うなら『動員』しかないのかなぁって思ったんだけど、そこまで分母が多かったら意味ないかなーって思って」
なるほど。朗太は首肯した。
組織票を使うという訳だ。
それはすでに朗太も考えた手で、そして弥生と同じように切った選択肢だった。
「まぁ、そうなるだろうな」
朗太は同意した。
「じゃぁそうだね。何気なく人の流れを誘導してみたら?」
しばらく俯いて考え込んでいた弥生はそう言って顔を上げた。
「どうやって?」
「人とかマークとかでさ、順路、とかやってみたり」
「なるほどねー」
それはもしかすると有効な手かもしれなかった。
「そうでなくとも二年生の中で演劇するのは一クラスだけなんでしょ? ほかのクラスに協力してもらえば?」
「あぁそれは姫子が掛け合うって言っていた」
姫子は去り際他のクラスにチラシなどを出してもらえるか交渉してみると言っていた。
「なるほど、姫子さん、さすが。行動が早い」
「でも物で人の流れを誘導するって考えは有効かもな。ありがとう参考になったよ」
「そっか。なら良かった。それともし良かったら演劇した後に2年生の食堂で使える割引券でも用意しておけばいいかもね」
「それもあるな。もし可能だったら姫子に交渉してもらおう」
「それと票はいじれないんだよね」
「言ったように選挙管理委員会が管理しているからな。それは無理だ」
文化祭の後には生徒会選挙がある。
選挙管理委員はその試運転として文化祭の集計を行うのだ。
実行委員とは完全に独立した機関で票の操作は不可能である。
「それと……」
朗太が管理委員のあらましを説明していると弥生は言った。
「何より劇そのものが面白くないとだめだよね」
それは朗太が頑なに目を背けている事実である。
朗太は黙った。
「あれ、ここで気勢が削がれるんだ」
「ま、まぁ」
朗太はポリポリと頬を掻いた。
「普段なら俺が書いてやるぜーとか言いそうじゃん」
「で、でも俺が原因で負けたら嫌じゃん」
「はー」
朗太のヘタれたセリフに弥生は大きなため息をついた。
「妙なところでナーバスになるよね。おにぃは。前におにぃは自慢していたよね俺には200人も読者がいるんだって。そのクラスにそんな人はいるの?」
「い、いないだろそりゃ。強いて言えば小説モンスターの歩がいるが歩は人に小説を見せられないからな。今回はお預けだろう」
「ならおにぃが書くしかないじゃない。いやおにぃも書くしかないじゃない。あ、言っていて思いついた。もし今ある台本が面白くないなら台本をクラスの人から再募集しなよ。その中でおにぃも書くの。それでおにぃの台本が選ばれたならおにぃに罪はないでしょ」
「でも選ばれちゃったらどうするんだよ。てゆうかどうせ俺のが選ばれるだろ」
「だから選ばれるとは限らないって言ってんでしょ! なんで選ばれる前提なのよ!」
ネガティブでありながら自信過剰な兄に弥生はぴしゃりと突っ込んだ。
「はぁ~~~~~~~~~」
余りに下らない会話に弥生は恥ずかしそうに顔を朱に染めた。
「そもそもね、私はおにぃに何も期待していないの。おにぃ、私は聞いたよ姫子さんとの出会いを」
「そ、それがどうした」
「おにぃの小説をぼっこぼこに指摘したのが始まりなんでしょ。で、それに従ったら登録者数が伸びたのが始まりなんでしょ」
「ま、まぁそうだが」
「その姫子さんが横にいるんでしょ?」
「―――!」
その指摘に朗太は目を見開いた。
それは考えてもいない可能性だった。
「誰もおにぃだけに頼ってない。おにぃだけじゃ難しいようなら他に頼めばいいじゃない。都合良いことに横には姫子さんって言うアドバイザーがいて、それに椋鳥さんって言う知り合いだっているんだから」
そうだ、きつければ他人に相談すればいい。
小説は一人で書かねばならないと思っていた朗太にはない視点であった。
そして、姫子やその他のサポートがあれば、
――出来る気がしてきた。
翌日、姫子に会うや否や朗太は言った。
「台本を考え直すぞ、姫子」




