紫舞(4)
「腹が減ったな」
「そうね……」
「そりゃあんだけ騒いでりゃ減るだろ」
「ははは……」
腹をさする朗太達に大地と優菜は呆れていた。
今、朗太達は創作イタリアンの店へ向かっているのだ。
ただの優菜の良い所を見せる一環だが、朗太は一刻も早くその場所に行きたかった。
そして程なくして赤白緑の暖簾のかかったその店へたどり着き
「じゃぁ二人一組だから紫崎さんと大地。俺と姫子な」
「よし、じゃぁ頑張るか優菜」
「う、うん……」
朗太達は二手に別れ入店したのだった。
ドアに設置されたベルが音を鳴らした。
◆◆◆
「イタリアンもまた出汁が大切です」
料理教室は、講師のそんな言葉から始まった。
銀色の調理台の手をつき壮年の男性は深みのある声で語った。
会場の調理場には30名近い若者が集まっていた。
部屋にはまだまだ新しい調理台が無数に並べられていて、壁にはお玉やそのほか様々なものがひっかけられていた。
「………と、説明は以上です。では始めましょうか」
そして講師があらかたの説明を終えると調理は始まった。
講師の指示のもと若者たちは野菜を切ったり、ブロッコリーを下茹でしたり、サーモンなどをマリネしていく。
要求されるのは簡単な調理だ。
当然プロの場合これ以上の水準を求められるのだろうが、一般参加者である朗太たちには多くは求められなかった。
時折「ここは輪切りにした方が良いですよ」とかアドバイスをしてくれるのだが、されたとしてもそれくらいだった。
むしろ講師よりも集まった男女の方が厳しいくらいであり、あちこちで厳しい指摘が飛んでいた。
だがそのような中にありながら優菜は優秀であると思う。
朗太は目の前で卵を床に落とす姫子をよそに優菜を盗み見た。
優菜は他の者よりも明らかにこなれた手際で料理を進めており
「舞鶴君、ここはね」
「うん」
「こうするの。で、次にマリネした奴だけど」
といった具合に声を荒げたりも大地に指示を出しテキパキ料理を完成させていた。
日々自分に辛く当たる周囲の女性陣には是非参考にして頂きたい。
そう思いつつ朗太は姫子に視線を移し
「で、なにやってん」
「手、手が滑ったのよ! 手が!」
「そりゃ見りゃ分かるけど」
「こ、こんなんじゃないのよ! 私はこれでも大分料理上手くなってんのよ!?」
朗太がジト目で睨むと姫子は顔を赤くして手をワタワタさせていた。
どうやら自分の実力はもう少し上だと主張したいらしい。
だがそんなことは――朗太はチラリと調理台を見る――均等に刻まれた野菜を見れば一目瞭然だった。
「まぁそりゃ分かるけど」
「で、でしょ!?」
「でもとにかくそんなことより片付けないと。姫子は袋もらってきて」
「分かった……!」
朗太が屈んで殻やら黄身やらを回収していると、姫子は慌ただしく講師の下へ向かって行った。
全く世話のかかる奴である。
そしてそれから数十分も講師の指示に従い調理していると、それっぽい料理が完成していて──
◆◆◆
「では皆さん、自分たちで作った料理を食べてみましょう」
講師のその言葉を皮切りに朗太たちは出来上がった料理に舌鼓を打っていた。
会場のそこかしこでお互いを褒め合うカップルたちの喋り声が聞こえる。
実際に普通に上手い。
「これ旨いな姫子」
「でしょ! 私が作ったのよ!!」
「そ、そうだな……」
そんなことを話しながら朗太と姫子は出来上がったイタリアンを口にし、そうしながら優菜と大地を見ると、二人も例に漏れずお互いをたたえ合っていてた。
「上手くいったようね」
「そうだな」
その様子を見て朗太と姫子は頷きあう。
作戦の成功を確信していた。
「それにしてもアンタ、ドレッシングはこれで良かったの? 和風のが好きじゃなかったっけ?」
「? でも姫子はこっちのが好きだろ?」
「ま、まぁそうだけど……」
姫子はなぜか赤黒い顔をしていた。
◆◆◆
「あー旨かったな」
それから数十分後。
朗太たちは繁華街を散策していた。
次の目的地に向かっているのだ。
腹が満ち急激に睡魔が襲ってくるが、作戦は終わりではないのだ。
朗太はうとうととしてきている自分を叱咤しながら歩く。すると
「じゃぁここに行きましょう」
姫子がとある店を指さした。
『ビーズアンティーク』という名のアクセサリーショップである。
ビーズアクセサリーをその場で作れたりするのだ。
無論、これも作戦の一環である。
優菜は手先が器用で裁縫などもしている。
だからこそ当初よりこの店に入ろうと決めていたのだ。
というより料理に手芸・ゲームまで網羅できるからこそこの町が舞台になった線まである。
「いらっしゃいませーー!!」
朗太たちが入店するとスタッフの明るい声が響いてきた。
「にしても茜谷さんが料理や手芸だなんて明日は雪かな」
(大地、お前言うようになったな)
朗太が大地の身の程しらずな呟きに恐怖する一方で、姫子はゴアッと怒気を発散させていた。
◆◆◆
中はきらきらと光るアクセサリーが所狭しと並べられた空間だった。
奥には大きなテーブルが置かれ作業スペースになっていた。
案内されるままに朗太たちはそのテーブルに着座した。
例によって朗太姫子と大地優菜の二人のペアだ。
「作りたい形があるなら絵に描いていただければ作り方をお教えしますよ?」
朗太たちが座るとスタッフは優しい声音でそう言った。
それを聞いて早速姫子が真剣な顔で紙に鉛筆を走らせる。
だが
「お前、舐めてんの?」
「舐めてないわよ!」
「これ、なに……」
「ネコよネコ! 可愛いでしょ!!」
「殆どキメラじゃん……」
紙面上に現れたのは現代芸術っぽい何か。
とてもではないが猫と初見看破は不可能な代物であり、それを見た店員も若干引いているように見えた。朗太からするとポ〇モンのモンジャ〇的な何かに見える。
一方で優菜の手芸技術は見事に発揮されていて、
「凄いな優菜」
「そ、そうかな?」
「いやすげーよ」
見る見るうちに動物を模したアクセサリーが出来上がるのを大地は興奮気味に眺めていた。
そして一時間もしないうちにそれらは完成し、使ったビーズの代金を支払い店を出る。
大地は無数の動物のアクセサリーを持ち、朗太は一体の禍々しいオーラを放つ何かを持ち退店した。
不器用で上手く作れないのは良いが、配色センスも相当におかしいので、なんというか本当に凄い。朗太は自分が今まさにもつそれをしげしげと見て呆れていた。
「これマジすげぇな」
「良いでしょ」
「魔除けになりそう」
「良い度胸してるわねアンタ」
姫子はボキボキと指を鳴らした。
だがそんなこんなで今日の任務は終了だ。
朗太たちのプランはここまでであった。
仲睦まじい大地と優菜を見ると『大地と距離を詰めたい』という優菜の願いはこれ以上なく達成されているように見えた。
つまり任務は終了で、任務は成功である。
当初は上手くいかなかった時用のリカバリータイムだったが、それも不要ならそれでいい。
あとは流れでお願いします。
立ち合いは強く当たって、後は流れでお願いします、という感じで朗太に至っては『じゃ』とこのまま帰宅してもおかしくない状況だったのだが、
「ねぇもし良かったら、……これから映画見に行かない?」
おずおずと優菜がそう言いだしたことで朗太たちは映画館へ向かうことになったのだ。
そして映画を見た、後のことだ。
4人揃ってトイレに行き、朗太が帰ってくると先に帰っているはずの大地がいない。
不思議に思っていると血相をかいて姫子がトイレから戻ってきて、
「どうした?漏らしたんか?」
「そんなわけないでしょ! 馬鹿言ってんじゃないわよ!」
と下らないやり取りをした後のことだ。
「優菜は!? 舞鶴君は!?」
周囲を見回し姫子は血相をかき叫んだのだ。
「大地は最初からいないぞ。どこか行ったのかな」
「遅かったか!」
朗太が事も無げに言うと姫子はうなだれた。
「遅かった?」
素っ頓狂な声を上げる姫子に朗太が目を丸くしていると、姫子がずいとスマホの画面を見せてきた。
今流行りのEポストの画面である。
そこには――
『ごめん、私、舞鶴君に告白してみるね』
というメッセージが送られてきていたのである。
「は?」
朗太は固まった。
つまり大地がいないのは優菜に連れ去られた後だからなのだ。
◆◆◆
事態は俄に緊迫してきた。
「ハァ!? マジで言ってんのか!?」
画面を見て思わず朗太は叫んでいた。
「マジよ! 私も今さっき見てびっくりしたのよ!」
「てかこの前のデートだと上手く行かなかったんだろ?! 今回上手く行ったからってOK貰えるとは限らないぞ!?」
「でしょ!! だから止めようかと思ったんだけど……」
Eポスの画面には姫子が『ちょっとまって!!』というメッセージを送った形跡が残っていた。既読はついているが、返信はない。
つまり優菜は、姫子の意に反し、決めに行く気なのだ。
「とにかく行くぞ姫子!」
「そうね……!」
いてもたってもいられず朗太たちは駆け出した。
前回のデートは失敗しているのだ。
ならば今回のデートだけで事を運ぶべきではない。
ここでの告白はなんとか止めた方が良い、そう思い朗太たちは駆け出したのだった。
告白するかどうかは当人の自由だ。
しかし自分たちが関わった以上、成就して欲しい。
そして今ここで告白しても上手くいくかは分からない。
だから朗太たちは駆けだしたのだ。
そうでなくとも大地は親友だ。
その告白は大地にとっても良いものであって欲しかった。
「でもどこにいったのかしら?!」
「分からん! とにかく外に出るぞ!」
駆けだした二人。
だが彼らがどこに行ったかなど見当がつかなかった。
エスカレーターを下るとすぐに屋外に出られるのでとりあえず映画館を出た。
そうしながら朗太はなぜ大地がこの前のデートではぎこちなかったのか考えていた。
だが答えは出ない。
そして映画館を出るとすぐのところに噴水付きの公園を発見し、姫子と朗太は目を見合わせる。
いかにも告白に使いそうなシチュエーションである。
朗太と姫子は弾かれたように駆け出した。
そうして公園が近くなってくると、ビンゴだ、向き合う二人を発見して――もう時間がない――朗太たちは猛ダッシュでその場所へ向かい
「「ちょっとまったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
と優菜の勇気ある行動を止める、傍から見たらろくでなし行動に出たのだが
耳に飛び込んできたのは
「優菜、君が好きだ。俺と付き合ってくれないか?」
そんな大地の真剣な言葉だった。
「「は??」」
二人は同時に固まった。
一方で言われた優菜も「え、え、」と動揺しており今何が起きたのか分からない様子だった。
当然である。告白しようと思いシチュエーションを整えたら、なぜか逆に告白されていたのだから。
だが数秒のスタンから意識を取り戻すと
「う、うん、こちらこそ」
顔を朱に染めながら頷き
「と、というか私で良いの??」
「何言ってんだよ。優菜が良いんじゃないか」
「じゃ、じゃぁこれから宜しく舞鶴君……」
「こちらこそよろしく優菜」
二人は照れ笑いをした。
こうして一つのカップルが生まれたのだった。
「なにこれ」
「おぉ」
狐につままれたような朗太と姫子を残して。
今回の自分たちはとんでもなくピエロだと思いました、まる。
◆◆◆
事の経緯を聞くと、つまりこういうことらしい。
「実は俺も優菜を良いなと思ってたんだよ」
帰りの電車で問い詰めると大地は頬をかきながら打ち明けた。
先日のデートで固かったのは優菜と一対一で緊張したかららしい。
だからこそ、朗太と姫子を交えたダブルデートは持ってこいだった。
しかもなぜか都合のいいようにお膳立てしてくれる。
そのうえ映画が終わったら優菜に噴水のある公園まで呼び出された。
そこまでされれば優菜の気持ちに気が付かないわけもなく
「俺から優菜に告白させてもらったというわけだ」
なるほどやるなと朗太は膝を打っていると大地は付け加えた。
「まぁ姫子と朗太がセットで出張ってきた時点で親友の俺なら大体わかったけどな」
と。
つまり大地は今日のデートが始まった時点で大体の事態を把握していたというわけだ。
朗太としては複雑な気分である。
だがいずれにせよ、こうして朗太の親友のうち一人が彼女をゲットしてしまったのである。
完全に置いて行かれた。
「何にせようまく行って良かったわよね~」
地元近くの駅に着き二人が消えた後姫子と二人で歩いていると、姫子は頭の後ろで手を組みながら空を仰いだ。
その様子は任務が上手くいきとてもすがすがしそうだ。
上手くいった。
確かにそれはそれで歓迎できることなのだが
「姫子……」
「なによ」
「俺はいま猛烈に彼女が欲しい……。誰でもなぁ!!」
「あ、アンタ、それは普通にサイテーよ……」
姫子はげんなりと呟いた。
「でもま……」
だがしばらくすると姫子は遠くを見つめ呟くのだった。
「二学期になれば『良いこと』あるんじゃない? じゃぁね朗太! また学校で!」
そうして姫子は朗太に手を振りながら去っていき、朗太は駆けていく姫子を見送りながらこれからの季節を想った。
そう、あと数日もしないうちに、二学期が始まる。
「学校、か……」
二学期には文化祭に、体育祭、生徒会選挙。そしてクリスマスがある。
自分たちの二学期は一体どのようなものになるのだろう。
こうして朗太の高二の夏休みは幕を閉じたのだった。
というわけで夏休み編終了です。
別荘編から始まり椋鳥デート、それぞれの日常編と続き紫崎と舞鶴が付き合いだして終わるというなかなか盛り沢山な出来でしたがいかがでしたでしょうか。
楽しんでいただけたのなら、良かったのですが……。
面白かったな、今後ともこの物語を読みたいな、と思っていただけたなら下部評価欄より評価等していただけると嬉しいです。
もし良かったらお願いいたします。
次話以降は風雲急を告げる二学期編ですね。
ようやく第六部を書けるのですが、そこでとあるヒロインの心情がラストまで駆け抜けていく形でセット完了になるのでご期待?ください。
では。
次話投稿は6/11(月)です。




