紫舞(3)
その日はそうそうに訪れた。
大地と優菜のダブルデートの日である。
「よし……」
朗太は自分に気合いを一つ入れると家を出た。
朗太は以前からおせっかいながら優菜と大地はお似合いだと思っていた。
大地は基本的に人を嫌わない。大らかな性格だ。
人当たりも良いし、顔だって悪くない。
だというのに彼に彼女が出来ないのは一重に彼が女性の前だと舞い上がってしまうからだと考えていた。
そんな彼のことを好ましく想ってくれる優菜という存在はありがたいと思っていたし、大地が優菜を迷惑がっているそぶりもない。
彼は常々姫子始め多くのほかの女性を美人だ素晴らしいと褒めたたえるが、それが半分冗談であることも朗太は分かっていた。
だからこそ大地がそれで良いなら、二人は付き合えばいいと思っており、
「南口、か……」
朗太は気合いを入れ、早々に待ち合わせの駅に訪れていた。
休日ということもあり、人の出入りが激しい。
休日出勤の会社員から主婦、私服の小学生など、多くの人種が行きかっていた。
朗太が待ち合わせの改札まで行くとそこには黒髪の美少女が突っ立っていた。
しっとりとした黒髪が光る、お淑やかな美少女だ。
へぇ、同じ場所で待ち合わせか。
少女の恰好はホワイトのノースリーブにブルーのデニムワイドパンツ、ロング丈のレースガウンだった。
この少女もきっとこれからお出かけなのだろう。
このような美少女とデートに行ける奴は幸せ者だな。
朗太がそう思いながら横に立つと、その少女はおずおずと声を掛けてきた。
「お、おはよう。凛銅君……」
「え!? 紫崎さん!?」
朗太は息が止まるほど驚いた。
お淑やかなお嬢様然とした美少女はなんと紫崎優奈だったのである。
普段かけている眼鏡をかけていなかったので気が付かなかった。
清楚な感じがして普通に朗太のタイプに変化を遂げている。
「お、おは、よう……」
朗太が目を白黒させながら挨拶を返した。すると
「おっはよー! 今日は頑張りましょうね朗太! 優菜!」
デニムショートパンツにVネックシャツ、ロングガウンという出で立ちの姫子が現れた。
「ひ、姫子……! 紫崎さんが……ッ」
「あぁそれね。超かわいくなったでしょ?」
「ど、どういうこと!?」
「昨日私がコーデしたのよ。あと髪型も。そしたら、私でも信じられないくらい美人になっちゃって」
「い、いやいやヤバすぎだろ!? 俺最初分からなかったぞ!?」
「素材は良かったから私も美人にはなるなと思ってたんだけど驚きよね」
「そ、そんな! 私はそんな美人じゃないよ……」
「いやいや、謙遜することじゃないよ……」
なんだろうここに性格も容姿も兼ね備えた美人がいる。
朗太は感動していた。
恥ずかしそうに顔を赤らめ否定する優菜に朗太は一時的にとはいえ心を奪われた。
しかもこの紫崎優菜、胸もデカいのである。
F組おっぱい総選挙、堂々の同率一位だ(もう片方は緑野)。FやGくらいはあるのではないかと囁かれている。
それでいて姫子の手により一気に垢ぬけたことにより容姿もF組総選挙第三位につけるのではないだろうか。
加えて性格も良い。お淑やかで心優しい。
周囲に気の強い女性たちしかいない朗太にはその仕草や言葉遣いが砂漠のオアシスのように尊く、瑞々しいものだった。
もし告白されたら間違いなく付き合うレベルである。いやそんな上からな話ではない。もし付き合って貰えるのなら土下座して頼むレベルなのである。
そしてこのような絵に描いたような美少女が誰を好いているかと言えば朗太の親友である大地であり、朗太は苦々しい思いをしているとそこに大地が現れ
「よ、朗太、それに茜谷さん、それと、え、優菜!? どうしたん?!」
優菜の変化に動揺していた。
「きょ、今日はちょっと、がんばってみたの……」
「そ、そう」
大地は息を飲むほど驚いていた。
こうしてダブルデートは始まった。
◆◆◆
それからしばらく。
朗太たちは電車を乗り継ぎ都心の繁華街にやってきていた。
多くの人がブランド物のバックや化粧品、その他さまざまなものを求め行きかう街である。
人を避けながら歩いていると大地が振り返った。
「にしても意外だよな」
「意外?」
「そうだよ、意外じゃないか。だって茜谷さんがイタリアン作りたいんだろ?」
「あぁ、そう、だよ?」
朗太は姫子をチラリと見た。
実はここから程近い場所にシェフ指導の下、本格イタリアンを自分で作って食べられることで有名なデートスポットがあるのだ。
大地には、姫子が料理修行のために料理デートに行きたがって、その話の流れで大地も誘ったということになっている。
話の流れとしてはこうだ。
『と、いうわけで、姫子が大地も来ないかだって』
『どんな流れだよ』
脈絡なしの呼び出しに電話越しに大地が口角を下げているのが如実に分かった。
『だめか?』
『いや、茜谷さんが良いなら良いけど』
『良かった』
朗太は胸を撫で降ろした。
『朗太的にも俺がいてよかったのか』
『勿論』
間髪入れず朗太は答えた。
『食えないものが出来上がったら一緒に頑張ろうな』
『いやそれは嫌だ!』
そのついでに優菜も誘われたことになっており先ほどの電車の中では
『て、てかなんで優菜までいるんだよ? 朗太、聞いていないぞ』
『姫子が誘った。ダメだったか?』
『い、いやダメじゃないが……』
大地は仄かに赤く染まった頬を掻いていた。
いずれにせよ、姫子が料理に興味をもち大地達を誘ったということになっているのだ。
「ま、まぁ、あの姫子でも別荘での惨状を見れば心を入れ替える」
朗太は適当に嘯いた。
「凄い……」
「そうでもないよ。優菜はこういう所来るの初めて?」
「う、うん。あんまりゲームセンターには来ないから」
予約していた料理デートまでは時間があり朗太たちはゲームセンターにやってきていた。
めったに来ないゲームセンターという空間に優菜は目を丸くしていた。
ボウリング場の階下に設置された比較的大きなゲームセンターである。
音ゲーや格闘ゲーム、カードを要するゲームから、コインゲームにUFOキャッチャー。プリクラなど数多くの筐体を備える。
「時間もあるし、どうするゲーセンでも行くか?」
きっかけは朗太のその一声だった。
4人はそのままゲームセンターで時間を潰すことにしたのだ。
とはいえ、これも作戦の一環だ。
朗太は顔を綻ばせながら優菜と喋る大地を盗み見た。
大地はゲーセンでよく遊ぶ。この場所は彼にとってホームグラウンドのようなものだ。
なぜか前回、優菜とデートに出かけた際はつまらなそうにしていたらしいが、ここでは流石に違うだろう。
大地と距離を縮めたい。
優菜の願いを叶えるのならゲームセンターがもってこいだと考えたのだ。
結論から言うと、朗太の予測は的中していた。
「優菜、これはこうやるんだよ。貸してみ?」
「う、うん……」
手始めに手近にあった音ゲーに優菜が手を出すもてんで出来ない。
その様子を見て大地はダメな優菜からコントローラーを受け取ると自慢げに自身のプレイングを披露し始めたのだ。
「相変わらずスゲーな……」
「よく放課後は遊び歩いているからね……! こんな、もんは、余裕、と……!」
「指がびこびこ動いていてキモイわね……」
「すごい……」
姫子が目まぐるしく動く大地の指さばきにドンびく一方で、優菜はその様に惚れこんでいるように見えた。
その後大地はハイスコアを出し上位十名の記録に残っていた。
場所は変わりUFOキャッチャー前。
これ可愛い。そう言って透明なガラスケースに駆け寄る優菜に大地は優しく声を掛けた。
「優菜、この手のUFOキャッチャーは正攻法では無理なんだよ」
「え、どうして?」
「アームがどうせ弱いからね。上手にやらないと。一回じゃまぁ無理だね」
「じゃぁ、何回かかりそうなの?」
「このひっかり方なら5回か、6回かな?」
「5回……」
それにかかる値段を考えて足踏みをする優菜。
うーんと悩むその姿に大地は笑みを零した。
「まぁ任せな。この今にも落ちそうなやつで良いんだよね?」
「え、そうだけど悪いよ!」
「良いんだよ気にすんな気にすんな。女子とゲーセンなんて早々ないから奢らせてくれ」
「え、え!? え!?」
優菜が戸惑っているうちに大地は硬貨を挿入すると実際に4トライほどで目的の物を手にして見せた。
それを優菜に半ば無理やり持たせると「良いんだよ」白い歯を見せ笑う。
「ありがとう……」
優菜はぼそぼそ答えていた。
「この調子なら、大丈夫か」
「そうね、少なくともゲーセンでなら」
その様子を遠くから眺め頷き合う朗太と姫子。
今、彼らは二人でコインゲームを興じていて、とても楽しそうである。
朗太の読み通りこのゲームセンターでは大地の固さは解消されているように見える。
今日来た当初など『で、大地は宿題の処理は終わってないんだよな』と4人で会話を回すために大地に話を振ると『お、おう……』と歯切れの悪いを返事をするのみで悪いものでも食べたのかと思ったものだが今は問題なさそうである。
今は優菜と肩を寄せ合い
「優菜、これ、硬貨落とすタイミングが重要だから気を付けて」
「いつ落とせばいいの?」
「最大引いた瞬間に落ちるように」
「分かった」
と仲睦まじげに話している。
それを見て朗太と姫子は当面は『大地と距離を詰めたい』という優菜の相談は問題なさそうだと判断すると
「今日もまた勝負する、朗太?」
「望むところだ……」
二人で白い筐体の下へ向かった。
そうして二人のボルテージは一気に最高潮に達した。
「ここで会ったが百年目ね……」
白い卓上の筐体を挟み不敵な笑みを漏らし姫子は仁王立つ。
手にはデカいスタンプ状のアイテム、マレットだ。
それをまるで扇子かなにかのように片手でもって腕を組み
「全くこの私に勝てると思っているのかしら? アンタのような運動音痴が」
心底見下した瞳で朗太を嘲笑する。
対する朗太もまた邪悪な笑みを見せ、青のマレットをもち不敵に笑っていた。
「ハ……、まだお前から見て10勝9敗だろ? ここで俺が勝てばトントンだ。運動音痴の俺に並ばれておめーの綺麗な顔が屈辱で歪むのを見るのが今から楽しみだぜ」
「ハ、言ってなさい、三下」
「余裕ぶっこいてられるのも今の内だ。せーぜーひたっときな」
言いながら朗太は小銭を筐体に落とし込んだ。
ちゃりんと小気味のいい音とともに硬貨が吸い込まれ、二人の戦意を現すかのように白い卓の下からブンッと空気が吹きあがる。
準備完了だ。
「泣かせてあげる」
「吠え面かかせてやるよ」
『Ready……』
筐体が開幕の狼煙を上げんと電子音を吐き出す。
二人は挑みかかるように前かがみになり身構え
『Fight!!』
ブゥンと卓の中央から黄色い円盤――パット――が吐き出され、それが朗太に向けて滑ってきた。
「――貰った」
瞬間、朗太の瞳が大きく見開かれる。対し姫子は苦い表情だ。
先手が朗太側に回り姫子は自陣を守るためにさらに前傾した。
そして次の瞬間には
「潰れろ姫子ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
力を振り絞り朗太がマレットをスイング。渾身の力でパットをインパクトしスカカカカンと乾いた音を鳴らしパットが白いテーブルを縦横無尽に駆け巡る。
その軌道の内一つが姫子のゴールに吸い込まれるもので
「くッ」
とっさに姫子はマレットでゴールをガード。
パットを朗太の陣地へ跳ね返すが、――それが悪手だった。
瞬きにも満たないそのわずかな間に朗太の瞳がこれでもかと開かれる。
そして
「貰った。――――『紫電』」
紫電一閃。
目にも止まらぬ早業。
朗太から跳ね返されたパットは、スカァン!と心地よい音とともに姫子のゴールへ吸い込まれた。
「まずは一点」
「最初だけ調子良いマンでしょどうせ! 見てなさい、こっから巻いてあげるから!」
姫子は排出口からパットを取り出すと時間を置かずパットを弾いた。
試合が再開される。
二人は勝手に盛り上がりながらエアホッケーを興じていた。
その後も試合は白熱する。
姫子が得点すれば「フン、楽勝ね」と朗太を嘲り、一方朗太が得点すれば 「ボン!」 言うや否や立てた親指を下に向け姫子を煽り、続けて得点すれば 「ボボォン!!」 やはり立てた親指を下に向け姫子を煽る。
最近SLAM DUN◯を読み編み出した新手の煽りである。
当然その煽りは効果覿面で
「板倉朗太、ただじゃおかないわよ……」
姫子はこめかみをピクピクさせながら切れていて、次撃
「喰らいなさい。――――『赤い彗星』」
姫子が渾身の一撃がゴールに叩き込まれた。
そして――
「なにやってるんだあいつら……」
「す、凄い盛り上がってるね」
大地と優菜はそんな二人を遠巻きに見ていた。
カップルでゲームをしているにはあまりにも荒々しい。
まるで男同士がゲームをしているような盛り上がり方。
周囲の人間も明らかに周囲よりも一段も二段も違うヒートアップを見せる二人の攻防に人だかりが出来つつあった。
だが二人は白い卓上にしか意識はなく
「これでトドメだああああああああああああ!!」
「あまぁぁぁい!!」
二人で何やら叫びながら盛り上がっていた。
ゲーセン歴の長い大地とてあれほど盛り上がりながらゲームをするカップルなど余り見たことがない。
「すげぇな……」
「うん、ホント……」
大地は呆れていた。
「あ、あいつらの連れだと思われると恥ずかしいから、お、奥行こうぜ」
「う、うん」
二人はゲーセンの奥に引っ込んでいった。
そんな彼らの背にも朗太たちの叫びが届く。
『もっかい! もっかいお願いします! 姫子さん! もう一回俺と勝負を』
『仕方ないわね~』
どうやら朗太は負けたらしい。




