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紫舞(1)

夏季特別登校日。

八月後半に設置された、長期休暇中の子供たちに登校を強いる古くからある因習である。

子供たちは普段湯水のように時間を浪費しているくせして、こういう日のみ、『この時間があれば~』とか親にぶつぶつ文句をたれながら登校してくる。

かくいう朗太も妹の弥生に文句をたれた後、登校していた。

今日も朝から日差しが強く、暑くなりそうだ。

朗太は抜けるように青い空に茹だるような昼を憂いながら家を出た。

夏休みの朝は他の学校の生徒たちもおらず比較的道が空いている。

朗太はすいすいチャリを漕ぐが、青陽高校の近くまで行くと流石に他の生徒たちも集まってきた。

駐輪場にチャリを置き自教室まで行くと既に多くの生徒がいた。

教室は空調が効いていて涼しい。


「でな、マジで基龍(きりゅう)ヤバかったんだよ!」

「おいおい止せよ吉成(よしなり)


教室の前方では瀬戸基龍と津軽吉成に加え柿渋(かきしぶ)など、数名のクラスの中心人物が語らっていた。

夏休みを経るとガラリと様子が変わる者もいると聞く。

夏休みの武勇伝を語る彼らも同様なようで、津軽の頭髪は艶のある金色に染め上げられており、柿渋の耳にはピアスが光っている。

きっと彼らも夏休みも心行くまで楽しんだのだろう。


「おはようございます」

「おう、おはよう」

「なぜこの高校には登校日なんていう風習があるのでしょう」

「それは本当に謎なんだよなー」


朗太が教室の後ろの席に着席し、さぁ小説でも書こうかとスマホを開くと、緑髪の美少女、緑野翠が通りかかった。


「緑野は、あれからどっか行ったのか?」

「勿論ですわ。まぁ今年はハワイですけど」

「ハワイでも凄いと思うんだが……」

「そ、そうですか。また経済格差が出てしまいましたわ。気を付けないと……」


緑野は自身を律するように唇をきゅっと結ぶと前方の席へ向かっていった。

その道中、群青(ぐんじょう)水方(みずかた)紫崎(しざき)などに声を掛けられる。

彼女も彼女なりに交友の輪を広げていたようだ。

好ましいことである。

生徒が集まるにつれ、ちらほらと生徒たちの興奮気味のささやきが聞こえてきた。


誰それが付き合ったとか、誰それが付き合ったとか、誰それが付き合ったとか、そういった噂話である。

夏季登校日は生徒たちにとって一足先の結果(リザルト)報告の場でもあるのだ。

誰がどのような結果(リザルト)を出したかはそれこそ野火のようにあっと言う間に広がり、まだなんの成果も!!得られませんでしたァ!!な生徒はラストスパート追い込みをかけたりする。


「よう」

「おう、おはよう」


と、朗太がスマホに目を落とし小説の続きを書こうとしていると学園一の情報通とも名高い、舞鶴大地がやってきた。

今年はあまり遊ぶ機会がなく別荘に一緒に行って以来会っていない。

大地は僅かに浅黒くなっており朗太の知らないところで遊び歩いていることが容易に見て取れた。


「いやー今年も凄いね朗太。学園のあちこちにカップルが成立してるよ」

「さすが夏休みって感じだな。青春まっさかり」

「かくいう朗太は、……表情が芳しくないね」

「理由を聞くか?」

「い、いや遠慮しておこうかな」


朗太が彼女が出来ていない現状を、それどころか姫子関連でかなりハードな夏休みを強いられたことを察し大地は固い表情をした。


「で、大地はどうなんだよ」

「俺が出来ていると思う朗太?」

「いや?」

「おいおい即答はやめてくれよ」


二人は乾いた笑い声をあげた。

その響きはどこか情けない、目くそ鼻くそを笑うような風であった。

経過はどうあれこの夏休みに彼女作れなかった同士である。

すると


「ふっふ、お前たち面白そうな話をしているな?」

「よ、おはよう誠仁」

「誠仁も焼けたなー!」


黒髪黒縁メガネの隠れイケメン・我らがクラス委員の宗谷誠仁(そうやせいじん)が現れた。

その肌は明らかに前より黒さを増しており、どこかへ行楽に行ったことが伺えた。


「山を登りまくっていてな」


尋ねると誠仁は自慢げに口角を緩めながら眼鏡をかけ直した。


「富士山はもちろんのこと乗鞍岳(のりくらだけ)木曽駒ヶ岳(きそこまがだけ)やら色々登ったぞ」

「あぁ道理で」

「でだ、山を登ったところで彼女は出来なかった」

「そ、そりゃそうだろうな」

「全くモテないのは辛いな」


裏ではモテまくっているのに何言っているんだ。

朗太はなんとかその言葉を飲み込んだ。

そして誠仁が


「それにしても朗太まで出来ないとはどういうことだ。一体どんな夏休みを過ごしたんだ朗太」と尋ねたの時だ。


「あーもーうっさいわねー!」


苛立ちを隠そうともせず不満を口にする姫子が教室に入ってきた。


「どうしたんだ」


朗太が問うと姫子は廊下の方向を見て唸った。


「纏のSNSに上げた写真よ。それにアンタと私が一緒に映っていて付き合ってるかどうか聞かれまくったのよ。あ―うっとうしい」

「そ、それは災難だな……」


自分などと付き合っていると思われるのは姫子のような美人にとっては屈辱に違いない。

と、朗太が姫子の想いをくみ取っていると


「茜谷さん、一個質問が!」


教室のドアが開きスマホを指さす男が現れた。


「あーもー!! だから付き合ってないわよコイツとは!!」


すかさず姫子は怒鳴った。


そ、そんなに強く否定しなくても……。


余りの姫子の語気の強さに朗太は呆れた。


「あと風華と纏が私と同じ目に遭ってるの今さっき見たから今日明日あいつらに話しかけるときは注意なさい! 機嫌悪い可能性大よ!」

「は、はい……」

「全くこれもそれもアンタのせいなんだからね!!」


姫子はぴしゃりと言うと肩を怒らせながら自席についた。


「どんな夏休みを過ごしたか聞いたな?」


そんな姫子から視線を外しながら僅かに目に涙を溜めながら朗太は言う。


「……こんなだ」

「そ、それは辛かったな朗太」

「悩みがあるなら聞くぜ朗太」


一方で、実は朗太と姫子の会話を聞き、教室に僅かばかりの安堵の空気が満ちたのを朗太は知らない。


また、このような会話の中で一躍スターになるのは夏休みに結果(リザルト)を出した生徒である。

『中原花火大会』に隣のクラスの江木巣と一緒に来ていたという噂になっていた遠州(えんしゅう)という少女は登校するや否や女生徒達から引っ張りだこになっていた。


「どうなの?!」「どうなのアレは?!」「付き合っちゃったの!?」


クラスの女子たちに立て続けに聞かれ「じ、実はこの間から……」と白状すると「「「キャアアアアアアアアアアア!!!」」」と教室は盛り上がった。

話を盗み聞いたところ、バスケの一件から急速に仲を深めたらしい。


そして付き合い始めたのは遠州だけではない。


「えーっと、田中と楓さんだろ? それに飯島に、空さん。それに天道に愛沙さんとかもか。いやいや切りないよ」


『他にも付き合いだした人いるのか?』という朗太の質問に大地が答えた通り、校内で付き合い始めた生徒たちは数多くいるようだ。


……だというのに自分は出来なかったわけだ。


担任が残りの夏休みも規則正しく生活するように話す一方で朗太は自責の念に駆られていた。

仮にも想いの人である風華が目の前にいて、そうでなくとも超ド級の美少女が複数周りにいたというのに付き合えてすらいないのだ。

外見格差があまりにも大きいのは確かだが、情けないことこの上ない、と。


だがどうだ。


朗太は同じ教室にいる大地と誠仁の背を盗み見る。


親友の大地と誠仁は自分と足並みを揃えるように付き合わないままでいてくれる。


それはゆりかごのように暖かい、安心感のあるもので


「大地」

「なんだ?」

「これからも友達でいような」

「お、おう」


教師からのお小言を聞き終え帰ろうとする大地に再度友情を確認するほどのものだった


のだが


「ろ、朗太。新たな依頼よ」


生徒たちが出払った後、姫子に依頼があると言われ再度自教室に戻ると、そこには黒髪の巨乳少女・紫崎優菜(しざきゆうな)がいて


「紫崎さん、舞鶴君と付き合うのをサポートして欲しいんだって」


「くそったれえええええええええええええええええええ!!!」


朗太は叫んだ。



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