それぞれの日常編(8)
「あぁ――そういえばそうだったな」
朗太は纏に言われ、当時のことを思い出していた。
2年前の夏、中学三年生の自分は纏と一緒にここに来たではないか。
『おにぃ、纏さんが来てるよ』
それは部活を辞めてしばらくした時のことだった。
朗太がうつうつとした気持ちをぶつけるように文章を書いていると当時小6の妹がおずおずと朗太の部屋を覗き込んでいたのだ。
『纏が?』
所属していた部活は名前で呼び合う習慣があった。
それだけだ。
別に特別仲が良かったわけではない。
玄関に出ると今と同じように浴衣を着た纏がいて
『先輩、お祭り、行きましょう!』
朗太を外の世界へ誘いだしたのだ。
「忘れてたんですか?」
「いや忘れてるわけないだろ。覚えてはいたさ」
ただ、それが今回誘って貰える理由になるとは、露ほども思ってなかっただけだ。
そして当時の記憶は今もなお朗太の中で尾を引いている問題『ではない』。
全ては朗太の中では決着のついている話で
「あの頃は色々とあったな」
「ありましたねー、私の周囲で問題山積で」
二人は当時のことを語り出した。
昔話に花を咲かせる二人のそばを多くの来場客が通り過ぎていく。
◆◆◆
「今年も来たわね」
「そうね」
一方で姫子たちも意気揚々『中原厄除け祭』にやってきていた。
道すがら、性別を問わず多くの視線が姫子たちに向く。
「相変わらずこういう人ゴミはキツイわね」
「フフ、凛銅君と一緒にいるときとは違った視線よね」
「あいつといるときは、『こいつマジ!?』みたいな視線よね」
「それはま、仕方ないけどね」
話ながら姫子と風華は参道の人ごみへ歩を進めた。
そして去年も食べた綿あめにありついていた。
「うっま!」
風華は目を細くし至福の表情を浮かべる。
「懸念されてた事態が始まりそうね……」
「何よ姫子懸念された事態って」
「アンタが際限なく飯食いまくることよ。こっちまで胸やけしてくんのよ……」
姫子はこれまで何度となく付き合わされた風華の食い倒れ行脚を思い出しお腹を擦った。
「あぁそれに関しては大丈夫よ姫子、あ、おじさん、焼きとおもろこし一つ」
「お嬢ちゃん美人だねぇ、一個おまけしてあげるよ」
「え、本当ですか!? やったーありがとー!」
話ながら露店の親父からトウモロコシを受け取る風華。
受け取ったトウモロコシを満足げに両腕に持ちながら風華は言った。
「今年は遊び過ぎたからね、お小遣いもう殆ど無いのよ」
「そ、そう……。アンタ本当にあっけらかんに言うわよね」
「無いもんは仕方ないじゃん! だから大丈夫よ姫子。去年みたいに予算沢山あるわけじゃないから食い倒れられないわ。金銭的に」
「喜んでいいのやら、哀れんで良いのやらね」
「良い事なんじゃない? 良い投資先が生まれたんだから」
風華はトウモロコシに豪快にかぶりついた。
瞬く間にそれらを平らげると屑籠に放り入れ口の周りを拭きちらりと姫子を見た。
「それにしても不思議よね」
「何が?」
「だって去年と今の私たちの関係、まるで違う。去年は完全にただの親友だったじゃない。でも今は」
「……ライバル、ね」
しばしの間を置き姫子はポツリと呟く。
「でしょ!? 普通なら喧嘩別れよ。でも何で一緒にいるのかしらね。一緒にいられるのだろう。時々不思議に思うわ」
「そーねー」
姫子は空を仰いだ。
「本当に、不思議よね」
言いながら姫子は風華と出会った当初のことを思い出していた。
◆◆◆
それは入学式して間もない時期のことだ。
姫子は焦燥にかられていた。
アホほど凄い美人がいる。
あれは『国宝級』だ。
下らぬ噂話が広がり多くの男たちが自分を見物にやってきていた。
おかげでせっかく親を説得して入学したというのに、自分のやりたいことが出来やしない。
だが中学時代の経験から自分が入学時どのような反応を得るのか姫子も分かっていた。
周囲の環境に苛立ちを感じつつも、美人と言われて嫌な人間は多くない、どこか良い気分であるのも事実だった。
そこにとある噂が舞い込んだのだ。
国宝級美少女が『二人』いる、と。
は? 二人?
正直姫子は生まれてこの方外見において周囲の人間に負けたことがなかった。
だがそこに舞い込んだ『二人』という噂。
は? アンタ、目おかしいんじゃないの
当時の姫子は思ったものだ。
だが朝礼で噂の少女を見ると『ビビッ』と来た。
お互いそうだったのだと思う。
目が合うと黒髪短髪の少女、風華も目を丸くしていて
『あなた、白染って言うの?』
数日後。夕日に染まる教室で姫子と風華は対峙していた。
『そうよ? そういうあなたは茜谷さんでしょ?』
案の定風華の方も自分を認知してるようだった。
『何の用?』
それはわずかに棘のある言葉だった。
だがそれも当然である。
今現在学園は自分と風華がどちらが美人かで割れているのだ。
それもあって勝手に皆が風華と姫子はお互いに敵視しているというありもしない噂すら広まっているのだ。
だが、それこそが姫子が風華を呼び出した理由だった。
顔をわずかに赤く染め痒くもない頬を掻きながら姫子はぼそぼそと呟いた。
『あの、例の噂のことなんだけど……、どうにかしない?』
『そ、そうね……』
姫子がプライドを捨てて言うと風華も脱力し同意した。
そしてその日の帰り道を共にするだけで二人は意気投合したのだ。
きっと両者ともに大なり小なり同じような経験をしていたのだろう。
まるで旧来の友人にあったような、
前世からの知り合いにあったような、
自分の分身に会ったような、不思議な気分だった。
相手の思うことは手に取るように分かり、自分の思いには心から同意してくれた。
『てかここの男子コクりすぎじゃない?!』
『姫子、前は私立でしょ?!校風が大人しかったんじゃない!?』
『え!?公立はこんなもんなの!?』
『いや、それにしても多すぎるとは思うけど……』
二人は揃って同じような愚痴を言い合い
『えええ!? ボロくない!?』
『うっさいわねー、仕方ないでしょ』
『ま、まぁ良いけど』
『誰この人~』
『姫子って言うのよ。外見通り凶暴だから注意してね』
『ちょっとあんた!』
姫子は風華の家に行き妹たちにおかしな紹介のされ方をされ泡を食っていた。
『えええ!? たっか!? すご!?』
『あんま良いもんじゃないわよ……』
『すごーい、ひろ!? やばいー!』
『あんた無邪気な反応するわね』
風華も姫子の家に行き、タワーマンションの最上階近くにある家に驚いていた。
そうして二人は急激に仲良くなっていき
『え、お悩み相談をしたいの?』
姫子が秘した自身の想いを告げると風華はすぐに相談に乗ってくれた。
『じゃぁ私の友達に丁度恋愛関係で悩んでいる子がいるからその子をそれとなく姫子と合流させるわよ』
それが青陽高校における姫子のお悩み相談の始まりだった。
その後、姫子は生徒たちの悩みを解決し、風華はバスケに打ち込みつつ、お互いに愚痴を言い合い、励まし合い、下らない事を言い合い、やってきた。
多くの休日を共にし、去年、この厄除け祭にもやってきていた。
そして本年度に入り、姫子の心に生まれて初めて恋心が芽生えて間もない頃だ。
『私も、凛銅君のこと好きになっちゃったかも?』
Eポストにそんなメッセージが送られてきたのだった。
『は?』
最初は困惑した。混乱もした。
なぜよりにもよって自分と同じ人物を好きになってしまうのだろう。
だが同時に納得している自分もいた。
なぜなら風華と自分は、一心同体。
同じようなものを持っているのだ。
自分が好きになった人物を、風華が好ましいと思ってもおかしくない。
自分が好きになった、同じような部分を風華が好ましく思ってもおかしくない。
だからこそ、受け入れられたのだ。
「きっと……、そうね。その理由はアンタと同じよ」
しばらくして姫子は呟いた。
「同じって?」
「私はアンタを、アンタが私を思うように尊敬している。アンタが好きになった理由が私にも何となく分かる。だから仕方ないなって思えるのよ」
「そっか……。そうかもね」
風華が頷くと同時、大気が震えた。
空を見ると夜空に大輪の花が咲いていた。
それを皮切りに次々と鼓膜を揺らす爆音が続き、夜空を無数の花火が埋め尽くし始める。
遂に人々の厄を載せた人形が燃やされ始めたのだ。
途端に騒々しさが増す周囲の観客をよそに、姫子は花火を眺めながら宣告していた。
「でもそれとこれとは別よ。朗太は渡さないわ」
「望むところよ」
風華は白い歯を覗かせ鷹揚に答えた。
◆◆◆
「当時はびっくりしましたよ。色々と事件が起き過ぎて」
「ホントだよな。あの時は凄かった」
「でも何より驚いたのは先輩にです。あの状況で小説を書き始めたとか言うんですから」
「ま、まぁ傍から見たらカオスだよな……」
「それと覚えていますか?」
「ん?」
朗太が視線を纏へ向けるといった。
「先輩が小説を書き始めたと私に言ってくれたのはここなんですよ」
「え?」
「事実です。ここが私たちの始まりの場所なんです!」
同時に大気を切る甲高い音がしたかと思ったら、ドンッと一輪の花火が夜空に咲いた。来場者の視線が途端に一点へ向く。
続いて小気味良い音とともに無数の花火が夜空を飾った。
目の前の男は言われた言葉に対してや、始まった花火やらに驚いた顔をしているが事実である。
纏は無数の花火が夜空を彩る中、当時のことを思い出していた。
先輩が家に引きこもっている。
それを聞いて心配になって自分は勇気を出してこの男の家に赴いたのだ。
そして最近は何をしているのかと尋ねたところ
『最近、小説を書くことにはまっててな。家で熱心に書いてる』
そんな想定外のセリフが出てきたのだ。
『は?』
思わず自分は固まっていた。
これまでの人生で何度も意表を突かれ驚くことはあった。
だがこれだけは断言できる。
後にも先にもあの時程驚いたことはない。
正直、何を言っているんだコイツはと思った。
だがあっけらかんに語る朗太に、自分とはまるで違う感性で生きるこの凛銅朗太に自分はどんどん惹かれていったのだった。
いつから明確に『好き』になったかは分からない。
しかしきっかけは間違いなくその時だった。
自分にない感性を有する朗太という人間が自分には魅力的に映ったのだ。
だからこそ――
「私は今日は絶対に一緒に先輩とお祭りに来たいと思ったんですよ!」
好きになった、きっかけの場所だからだ。
◆◆◆
「そ、そうか」
朗太はそう答えるのが精いっぱいだった。
そんな風に自分を想ってくれているとは思わなかった。
「はい、そういうことです」
朗太が動揺していると纏はにっこりと笑った。
「あ、ありがとう……」
「いえいえ、私が来たかっただけなのでお気になさらず」
纏はぶんぶんと手を横に振った。
「というかモトさんとは? まだ喧嘩中ですか?」
「あぁ、まだに口もきいていない」
「やっぱりモト先輩も頑固ですよねー」
「まぁな」
モトが頑固。そんな纏のセリフに同意しながら朗太は思うのだ。
あの時同じクラスだった自分の親友は、親友だからこそ許せないものがあったのだろうと。
「はぁ」
自然とため息が漏れた。
朗太の中では決着した話である。
だがふと見返すと、負い目を感じることもあるのだ。
しかし――朗太は横でほくほくと顔を綻ばせる纏を見て思った。
あの事件がきっかけで一生の親友だと思った男とは絶縁状態になったというのに、それがきっかけで纏は今もこうして祭にきている。
別にあの事件は何もかもがマイナスに作用したものではないのだ。
「不思議なもんだな」
朗太は夜空を見上げ呟いていた。
「あの時一緒に祭に行ってたりした纏が二年後もこうして一緒にいるんだから」
「そうですね」
纏もまた夜空を見上げ感慨深げに呟いていた。
◆◆◆
それから朗太たちは花火が良く見える境内から少し外れた小高い丘にやってきていた。のだが
「よ! 楽しんでる朗太?」
「数時間ぶりね凛銅君!」
「姫子?! 白染!?」
そこに浴衣姿の姫子と風華が現れたのだ。
姫子は赤基調の浴衣で風華は白基調。
朗太が風華の浴衣に悶絶したのは言うまでもない。
思いもしなかった人物の登場に朗太は目を剥いた。
「なんでここに?」
「言ったでしょ『用事がある』って。これが用事よ。風華と一緒に祭に来る予定だったの」
姫子は事も無げに言った。
「な、なら一緒に来れば良かったんじゃ……」
「そこの纏が今日はどうしてもって言うからそうしたのよ。どうだったのよ纏」
「ありがとうございました! とても楽しめました!」
「良いのよ。私たちも二人で回りたいとも思ってたし」
「というか結構遅かったですね。もう花火も終盤戦ですよ? どうしたんですか?」
「下の河川敷辺りで色々と高校の奴に会ったのよ。なんたってここ私たちの高校から結構近いじゃない。来てるやつも結構いんのよね」
「ホント大変だった~。10メートル歩くたびにあいさつされてた感じよ」
「誰がいたんだ?」
朗太が尋ねると姫子は指を折って数え始めた。
「まず群青さんに、水方さん、それと紫崎さんでしょ。それと藍坂さんにその他バスケ部メンバー。秘色さんにもあったわね。新聞部の。どうして一緒にいるのか聞かれたわ」
「それと私と同じクラスの文化祭実行委員の渡利君でしょ。それと実行委員繋がりだと梶谷君に桑野実さん。他にも色々いたしわね」
「あ、あと柿渋たちもいたわよ。柿渋に津軽に瀬戸。柿渋今も瀬戸のこと狙ってんのかしらね」
「さ、さぁ……」
「あ、そうそう狙うといえばとんでもないペアに会ったじゃない姫子!」
「あ、そうそう聞いてよ朗太! 遠州さんと江木巣が一緒にいたのよ!」
「え、マジ!?」
遠州とは朗太たちと同じクラスの女の子でこの前のバスケクラス対抗戦で泣き出してしまい朗太たちの依頼対象になった少女である。
そしてその時敵として立ちはだかったのが江木巣なのである。
「あ、あいつら付き合ってたの?!」
「さ、さぁ分からないわ……」
そんなことを話しながら四人は花火を眺めたのだった。
「それにしてもアンタ、浴衣似合うわね……」
「だろ?」
しばらくするとこちらのことを上から下までずいと眺めると姫子は驚嘆していた。
それに朗太が得意げに答えると眉を下げた。
「なんで得意げ……?」
「え、だって物書きと言ったら和装だろ? そりゃ嬉しいよね」
「そ、そう……」
「あぁだからあんなに喜んでいたんですか。先輩が服装褒められて喜ぶの意外だったんですよね。そういうからくりだったんですか」
「凛銅君、似合ってて良かったね」
「あ、あぁ」
「服が似合うくらいならもっとほかの才能があれば良かったのに」
下らぬことを言い合う四人の上の夜空を花火が彩っていた。




