それぞれの日常編(7)
『中原花火大会』
朗太の住む地区の近くで行われる朗太たちの住む地域で一番大きなお祭りだ。
河川敷に打ち上げ筒を無数に設置し、約30分にわたり色とりどりの花火たちが夜空を彩る。
もとは金色の神輿と巨大な人形を掲げて男達が町を練り歩く、『中原厄除け祭』というものだったらしい。
地域住民の厄を払う祭で、地域を練り歩き住民たちの厄を人形に移し最後に焼き払うことでその年の住民の安全・平和を祈願するのだ。
だが十数年前に人形を焼き払うのと同時に打ち上げ花火を企画したところこれが好評で、規模はみるみる拡大。
いつしか本来の祭りと花火大会の逆転現象が起こり今に至る。
そのような経緯もあり打ち上げ花火を行う神社から程近い河川敷には人がごった返しているのに対し、境内に続く参道には程よい人が集まっていた。
河川敷の堤防の上には動く隙間もないほど観客でひしめいていて、煌々と輝く屋台ではおっちゃんたちが焼き鳥や焼きそばにオムそばなどをしきりに売っていた。
景気のいい声や若者たちの興奮気味の会話が混ざり合い非常に騒々しい。
一方で参道はというと、勿論多くの人がいるが河川敷ほどではない。
歩くスペースだって勿論あるし下とは違い子供連れの客が多く来ており子供が射的に熱中したり、水風船掬いに挑戦したりしていた。
やはりこの祭りにやってくる多くが花火が目当てで、参道へは地元の人しかやってこないのだ。
そして朗太がどこにいるかと言われれば、当然参道であり、参道の入り口でなぜぼさっと突っ立っているかと言えば
「あ、先輩! お待たせしました!」
「よ! ようやく来たな纏」
纏を待っていたからだった。
実は纏とこの祭に行く約束をしていたのだ。
纏は周囲の男の視線を独占しながら朗太の前に現れた。
白基調に青いあじさいの柄があしらわれた浴衣だ。
赤い巾着を手から下げるその姿はとても可愛らしい。
その姿に朗太が感動していると朗太を下から上までずいと見回し纏は小さく驚いていた。
「先輩、相変わらず和装が似合いますよね」
「そうか?」
「はい、普段より三割増しに見えます」
「マジかよ。お世辞だとしても嬉しいな」
実は朗太もまた浴衣を着ているのだ。
黒基調の麻の葉柄の浴衣だ。
「普通に私服で行こうと思ったんだが弥生の指示に従い正解だったな」
「私は弥生ちゃんに惜しみない賛辞を送ります」
朗太は弥生との会話を思い出した。
『え!? おにぃ、纏さんと一緒に大原祭行くの!?』
『おう』
事も無げに答えると弥生は語気を強めた。
『おにぃ、絶対気合い入れた服で行って!』と。
だから朗太は黒基調の浴衣で来ているのだ。
そういえばなぜ気合いを入れた服で来なければいけなかったのだろう。
そう朗太が不思議に思った時だ、
「先輩!行きましょう!!」
「お、おう……!」
纏が朗太の手を取りはにかんだ。
その笑顔に手の感触に頬が赤らむのを感じた。
「てか纏、リンゴ飴好きだよな」
参道を歩き始めて数分、朗太の横にはリンゴ飴を満足げにチロチロと舐める纏がいた。
「はい、大好きですね。この世で二番目か三番目に好きです」
満足げに纏は目を線にしていた。
「そんなにか」
「はいッ」
「てか一番目は?」
「それは内緒ですね」
「ふーん」
二人だけの時に良く交わされる砕けた会話だ。
どちらも相手に気を置かない自然体、肩の力が抜けきった
「てか中学時代も文化祭でリンゴ飴買いまくってたよな?」
「あ、あー! ありましたねそんなこと。あの時は沢山食券貰っちゃって大変でした……」
「俺あの時纏の残飯処理に付き合わされたよな……」
「フフ、そうでしたっけ?」
纏はぺろりと舌でも出しそうな調子ですっとぼけた。
だが確かな記憶だ。
朗太はその当時のことを思い出した。
確かに自分は中学時代に纏と文化祭を回っていて、纏は男子生徒から渡された食券を全て使い切ろうとして朗太の目の前で力尽きたのだ。
『もうギブです……』
『いやめっちゃ余ってるが?!』
瀕死状態の纏が今の脳裏にすぐ浮かぶ。
「ふふ、いずれにしても、こうして二年後も先輩と一緒に入れて私は幸せ者です」
朗太がありし日の記憶を思いだし眉を潜めていると纏は満面の笑みでそう言った。
そして美少女にこんな風に言われ持ち上げられれば嫌な気分になる男がいようか。
いや否。断じて否。
だからこそ朗太も当然気を良くし
「じゃぁ纏今日は楽しむぞ……!」
「はい!」
朗太は祭を存分に楽しむことに決めたのだ。
そうしてまず最初にやってきたのは射的だった。
「まず尋ねよう」
射的の屋台を前にし朗太は顎に手を置き尋ねた。
「そもそもこの屋台の商品、倒れると思うか」
現在多くのちびっ子たちがピストルからコルクを飛ばしているが、棚の商品は基本的にびくともしない。
倒れるとしてもお菓子など安っぽい商品だけだ。つまり──
纏は眉を潜める。
「確かに固定されている可能性はある、と思います」
「だよな。今時そんなあこぎな商売している奴がいるのかとも思うが可能性はあるよな。でだ纏。俺はこれをやるべきだと思うか?」
「え? や、やらない方が良いんじゃないですか?」
纏は瞠目しながら答える。
そんな纏に朗太は鼻で笑った。
「ふ、甘いな纏。まるで俺のことを分かっていない。答えは『やる』だ」
「なぜですか?」
「なぜならどちらにしても俺は『得』だからだ」
「どういうことですか?」
「当たって落ちたら商品ゲットで得。もしそもそも倒れない作りだったのならあくどい商売の被害を体験出来て小説のネタに出来るから得だ」
「時々先輩とんでもない理論ふりかざしますよね」
「おっちゃん! 三回分ー!!」
「あいよー!! 600円なー!」
「あぁー言っている傍からお金をどぶに捨てるようなことをー!」
こうして朗太たちは主に小学生がメインターゲットの射的屋台の軒下に入る。
入ってきたのが高校生で、しかも纏という超ド級の美少女を侍らしていれば一大事件だ。
小学生のキッズたちがざわめいた。
「やべー高校生のお兄ちゃん来たぜ!」
「お兄ちゃんなら倒してくれるかも!?」
「てゆうかお兄ちゃんすっげー美人連れてるじゃん!!」
「やべー超美人! 良いな~!!」
朗太の登場のやんややんやの大喝采で、このような無邪気な羨望が嫌なわけがない。鼻を高々伸ばしながら
「貸してくれるか……?」
「う、うん……」
おもちゃのライフルを受け取り照準を定めた。
周囲の視線が気持ちがいい。
そうだ、自分はこのように皆の視線を貰っている時いつもうまく行った。
中学生の部活だってそうだったではないか。
今回だってうまく行くはず――
そう思いながら
「狙い撃つぜ……!」
朗太は呟き引き金を引いたのだが――
「ねぇお姉ちゃん! 俺達と遊びに行かない?」
「このお兄ちゃんよりずっと楽しいよ!」
「い、いや良いわ。遠慮しておくね?」
数分後、そこにはすべての玉を使いつくし打ちひしがれる朗太がいた。
結果は火を見るより明らか。
全弾掠りもせず明後日の方向へ飛んでいき
「ねぇねぇ良いでしょー」
「だーめだって」
纏がキッズたちナンパされる始末。
子供たちのバイタリティがやばい。
「おいおい、お前たちそこらへんにしておけー。ホラ、纏も行くぞ」
朗太は小学生から纏を引きはがすと纏の手を引き歩き出した。
「で、結果はどうでした中野のスナイパーさん?」
「言うな、次行くぞ次!」
その後も朗太たちは夏祭りを楽しみ続けた。
輪投げに
「それ入るんですか?! さっきの射的はまるでダメでしたけど」
「ま、前よりマシじゃないかな……」
金魚すくいを楽しむ。
「金魚すくいはさ、死んじゃうのが嫌なんだよね」
「その点は心配いりませんよ」
ビニールプールの前で朗太が顔をしかめていると纏は胸を張った。
「私のお父さんが水槽とかアクアリウム好きなんでこの手の生き物は全部飼えます!」
「そうか、なら纏が掬う分には大丈夫だな」
「先輩が掬ったのもうちで飼いますよ? まぁ先輩が掬ったのだって言ったらお父さんぶち切れそうですが」
「それどっちにしてもダメじゃない」
「まぁま、細かい事いわないで」
こうして朗太も金魚すくいに挑戦するようになったのだが
「お兄ちゃんセンスねーなー」
「ですよねー」
朗太が秒速でポイを破く様子に屋台のおっちゃんがため息をついた。
センスがない自覚はあった。
「こっちのお嬢ちゃんは上手なのにねー」
纏はひょいひょいと掬いお椀の中にみるみる色とりどりの金魚が溜まっていた。
「コツがあるんですよ」
真剣な表情で纏は言う。
「まずはポイを入れる角度は斜めに、それと追わない。来た奴を掬いとる感じです」
言われて朗太はもう一度トライしたが早々にポイが破けた。
そもそも朗太に言わせてみれば、朗太の方へ金魚がやってこないのである。
対する纏ときたらどうだ。
纏の白魚の様な腕の先のポイの下へ、金魚が大量に押し寄せている。
纏の不可思議な魅力が引き寄せているようにしか見えない。
それは学校で纏に寄ってくる男子たちを想起させ
「まるで男だな」
「金魚対しそんな感想が出る人間を私は初めて見ました」
纏は水面を見ながら恐れおののいた。
「結構掬えちゃいました!」
それから数分後朗太の横にはほくほく顔の纏がいた。
纏の持つ透明の袋の中には色とりどりの金魚が泳いでいた。
「偶然ですがそれぞれ特徴のある子を掬えました! 名前を付けて頑張って育てます!」
「そうするといい」
その後二人はオムそばを買い
「先輩、もう食べれません」
「また!?」
いつぞやでの文化祭の件がフラッシュバックし朗太は声を荒げた。
そうして朗太たちが存分に夏祭りを楽しみ参道脇の飲食スペースで一息ついている時だ
「てゆうかどうして俺を誘ったんだ?」
ふと朗太が気になっていたことを尋ねた。
「あ、いや」
すると纏はしばし困ったような笑みを浮かべ
「一昨年も一緒に 来たじゃないですか? だからまた先輩と一緒に来たかったんです」
「あぁ――」
朗太の記憶を刺激した。
そういえば自分は中学三年の夏、纏とここに来ていたではないか。
朗太は当時のことを思い出していた。
朗太からすると、遠い、昔の記憶である。
◆◆◆
一方そのころ。
「じゃ、行くわよ風華」
「えぇ早く行きましょう! 中原祭へ」
二人の美少女もまた、朗太たちのいる中原厄除け祭に向かっていた。
浴衣を着た二人の美少女の登場に、道行く人は次々振り返っていた。




