東京遠足(2)
「じゃぁ次は浅草に向かうぞ~」
班長の宗谷誠仁の掛け声に班員が頷く。
「今度は山手線に乗るの?」
「あぁそうなるな」
(無難に進みそうだな……)
朗太は黒髪小動物系少女こと水方と誠仁が仲良く話すのを眺め、胸を撫で降ろしていた。
遠足を開始して早数時間。
既に東京タワーや有名な寺社仏閣も回りイベントはつつがなく進行中である。
これなら『何も』起きないかもな……。
朗太は後ろを歩く姫子を見る。
「何よ?」
「いや何でも無いが?」
朗太が返すと姫子はニヤリと口角を吊り上げた。
「何? 舞鶴が思いの外紫崎さんと良い感じだから焦ってるの?? 水方さんも宗谷と仲良さそうだし? ちょっとやめてよね~、アンタに狙われても私困るわよ??」
「いやそうじゃないんだが……」
見当違いも甚だしい姫子の言い分を朗太は流した。
だが姫子はこのように勘違いしてしまうのも無理はないのかもしれない。
朗太はげんなりとしながら前を歩く二人を見やった。
そこには仲良く肩を並べて歩く大地と紫崎優菜がいるのだ。
「で、普段は舞鶴君は何してるの??」
「何って、そうだな。学校帰ったら友達とカラオケ行ったり、ゲーセン行ったりそんな感じだよ?」
「アクティブなんだね?」
「部活入ってないから暇なだけだよ。紫崎さんは部活、手芸だっけ?」
「うん、手芸と、料理研究部」
「へ~、凄いな~。何か作れるってそれだけで良いよね」
「本当?」
「イヤホントホント、マジすごいよ」
「ありがと。今度舞鶴君に何かお菓子作ってあげるね?」
「ホントに!?」
なんて会話が聞こえてくる。
驚く舞鶴大地に紫崎はクスクスと笑っていた。
「……」
そんな仲睦ましげな二人が羨ましくて朗太は仕方がない。
当初こそ紫崎の好感触に気が付かなかった大地もさすがに気が付きだしたのか、とても饒舌である。二人は本当に仲が良さそうだった。
「紫崎さんって今手芸で何作ってるの?」
「エプロンかな。クマの刺繍を入れるのに凝ってるの今」
「クマかー。可愛いもんなー」
「舞鶴君も結構可愛い系だよね? 私、舞鶴君結構可愛いと思うよ……?」
なんて会話すら聞こえてくる。
大地は「え、マジ?」と、きょとんとしていたが、
え、マジじゃねーよ。
朗太はいまいち状況を理解できていなそうな大地を睨む。
俺もクマさんみたいで可愛いって言われたいんだが?
朗太は遠くで『ハハ―そうかー』と顔を赤らめ頭を掻く大地を朗太はうっそりとした瞳で睨んでいた。
「フフフ、あの二人本当に良い感じね?」
「そうだな」
「フフ、嫉妬気味……」
羨む朗太を姫子はからかい、朗太から再度怒りのオーラが発散した。
「茜谷、俺は今、あいつのこれまでのどうしようもない発言たちを紫崎さんにバラしたくて仕方がない」
「それはアンタ、人として最低よ……」
朗太の人でなしの発言に姫子は呆れた。
しかし朗太にも言い分はあるのだ。
朗太は回想する。
今日だって定刻にこそ間に合ったが大地は遅れ気味だったのだ。
その理由を尋ねたら
「いや~、今日寄る場所でどんな小ネタがあるのか調べてたら眠れなくなってな、遅刻しちまった」とのことなのだ。
それもあり行く先々で舞鶴は話題に事欠かなく紫崎を楽しませているのだが、そんな邪な欲望がまかり通って良いのか。彼の行動原理は彼女が欲しいという一点に収れんしている。
朗太は誰にでもなく問いかける。
しかし朗太の問いかけも空しく彼らの関係は良好のようである。
当初姫子に絡もうとするも芳しい結果が得られず今のような状態になったのだが、運が良いこともあるものである。
確かに、捨てる神があれば拾う神があり、世の中とはそういう風に回っているのだが、そう思うと世の中とは非情である。
まぁ何にせよ心底残念なことだが大地と紫崎は良い感じのようだ。
しかしそんなことよりも朗太は気がかりなこともあるのも事実で
「あんまし目の届かない場所まで行くなよ茜谷?」
「え、何それキモ?」
朗太が注意を飛ばすと顔をしかめて姫子は朗太から離れ水方たちと合流していった。
酷くない?
余りに辛らつな物言いに朗太はため息をついた。
「えぇぇ茜谷さんそれホント!?」
「ホントよホント!」
姫子は水方柚子と合流しコロコロと笑いだしていた。
「そういえば礼がまだだったな」
姫子と入れ替わる形で学級委員であり親友の宗谷誠仁がやってきた。
「何の話?」
「この前のくじ引きの話さ」
「あぁアレか……」
朗太が呟くと誠仁が乾いた笑い声を出した。
眼鏡をかけた誠仁の瞳の向こうでは姫子と水方の二人が声を弾ませていた。
「朗太がなし崩し的にくじ引きを終わらせてくれたおかげで結果的に場が落ち着いたよ」
「や、むしろあの時はすまんかったな。勝手なことを言って」
「気にすることじゃない。言った通り、おかげで騒動が大きくならずに済んだ」
「そうか。なら良いんだが」
朗太が肩を竦めるとフゥと誠仁は息を吐き出した。
「全くおかしな細工をする奴がいるもんだな」
「……全くだ」
しばらくして朗太が口を開く。
「誰がやったか聞かないのか?」
「あの感じ。朗太なら知っているとは思うが、聞かないよ。どういう形は分からないが朗太も関わってはいそうだし、親友なら信用するのが筋だろう」
朗太が事を大事にしないということはつまり大した問題ではないってことなんだろう?
と誠仁は言う。
そのありのままの自分を受け入れてくれるのはありがたい。
「ありがとな」
朗太が感謝の言葉を口にした。
「まぁ無理はし過ぎるなよ。朗太は妙なところで正義感を発揮することがあるからな」
この学校だって良い奴ばかりじゃない。
そう言って誠仁は水方たちの下へ合流した。
「アンタ、宗谷に何て言われたの?」
言われた朗太が神妙な顔をしていると下ってきた姫子が眉を顰めた。
「や、何でもないよ」
朗太は手短に返した。
この学校だって良い奴ばかりじゃない。
誠仁のその言葉は妙に脳裏にこびりついた。
◆◆◆
「あら輝美じゃない!? 奇遇ね!?」
「あ、姫子だ! やっほー、元気してる!?」
浅草のチェックポイントの雷門前に行くと、くじ引きの争点となった瀬戸基龍擁する瀬戸班と遭遇した。
輝美の声で顔を上げて見ると、黒髪高身長のイケメン、瀬戸の両サイドでは柿渋と群青の二人が控えていて絶賛瀬戸争奪戦のようである。
その今にも火花が散りそうな状況に「うわ~ヤバいわねあそこ」と姫子は息を飲み、朗太は小説のネタになりそうなので是非とも同席したいと悶々としていた。
だが、そんな欲望を抱きながらもある意味予想通りの事態に、朗太は頭の中では警鐘が鳴らされていたのだが、
「お、茜谷じゃん? どう俺たちの班とそっちの班、この後合流しない??」
「いやー良いわ」
姫子はそんなことには気づかず、瀬戸班のメンツでありくじ引き操作の犯人の一人でもある津軽の誘いを両断していた。
そして事は浅草から次の目的地に向かおうという時に起こったのだ。
「君たち学生?」
「どう、俺達と一緒に遊んでいかない?」
よくある話である。
朗太たちはちゃらちゃらしたガラの悪い大人たちに声を掛けられたのだ。