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それぞれの日常編(6)


「は?」


『あと俺、女性の身体描写で悩んでるんだけど?』


朗太が切り出すと姫子は固まった。


(マズイ……)


姫子の反応に朗太は自身のしくじりに気付く。

どうやら胸に触ると気が急ぐあまり他からすると不自然な導入になってしまったようだ。

これだから童貞は困る。何で俺は童貞なんだ。朗太は自分自身をなじった。


「アンタ、何言ってんの?」

「え、あ、いや、実はな、この際いい機会だから聞いたんだけどな、」


だが朗太は諦めない。

なんとかリカバリーする。

全ては胸のためである。


「姫子、昨日も言っていたろ? 俺の話は女性の身体描写がおかしいって」

「ま、まぁ昨日は怒りに任せてそんなこと言ったけど……」

「あれから俺の作品を見直したんだよ。で、思った。確かに女性描写が陳腐だと」

「そ、そう」

「いや実際な所、前から気が付いていた。だが見ないようにしていたんだよな。傷つくのが嫌だから」

「そう……」

「だが姫子が光を当ててくれたから直視できた。礼を言うよ。ありがとう姫子」

「あ、アンタが気にしてないなら良いのよ。私も言い過ぎたかもと思ったから……」

「いやいや言い過ぎでも何でもないよ姫子。でだ、そんな姫子だから頼んだんだ」


何を言い出すのだろうとごくりと生唾を飲む姫子に朗太は手を合わせた。


「俺に女性の肉体描写の書き方を教えて欲しい。こんなこと姫子にしか相談できないんだ」


朗太が頼み込むとしばらく姫子は黙考していた。

その無音の間に朗太が自身の策の失敗を予感していると


「い、良いけど……」


姫子は顔を赤く染めながら受諾してくれたのだ。


よっしゃあああああああああああああああああああ!!!


朗太は心の中でガッツポーズした。


◆◆◆


姫子の家のリビングは静けさに包まれていた。空調は無音で冷気を吐き出し続け普段はついているTVも今は消えていた。

衣擦れすら聞こえそうな静寂である。


「で、ど、どうすれば良いかな?」


朗太は頬をかきながら問うと姫子は顔を赤くしていた。

流石に姫子と言えど、女性描写の仕方を教える。

それもその原因が朗太の女性経験のなさからだということになると恥ずかしいらしい。


「そ、そうね……」


姫子は顎に手を置き思案した。


「漫画、とかはどう? そういう描写、あるでしょ……」

「まぁ確かにな。エロイ描写はあるな。でもそれ読んでもこれだぜ?」

「そ、そうね。なら難しいわね」


姫子は嘆息した。


「じゃ、じゃぁ……」


姫子はおずおずと口を開いた。


「あの、エッチなサイトを見る、とか……」

「それなー」


朗太は天を見上げた。


「俺も昨日姫子に言われて見たけどいまいちイメージがつかめなかったんだよ」

「見たの!?」


朗太の言葉に姫子は目を剥いた。


「うん、まぁそりゃ勉強のためにな。勘違いすんなよ。でもあんまし参考になんなかったな」

「そ、そうなの……」

「うん、別に今まで見たことないわけじゃないしな。今更だったな」

「今更……」


姫子はつい昨日朗太がエロ動画を見たという事実にタジタジになっていた。

そんな姫子の内面を正確に読み取ると


「結局、映像なんていくら見たって意味ないんだよな」


素知らぬ顔して朗太は核心に迫るセリフを放り込んだ。


「実際に()()()()()


言った瞬間、ちらりと姫子を見た。

そこには朗太の言っている意味を理解していないきょとんとした姫子がいた。


「ま、そんなの無理なんだけどな」


すぐさま朗太は方針変更した。


「そりゃそうよね。無理よね」

とか屈託なく言ってくる辺り朗太の意図には一ミクロンも気が付いていないだろう。

あくまで自然な流れで姫子を誘導することが重要だ。


「結局女と同じ感触の物体があれば良いんだよな。姫子、胸と同じ感触のもの知らないのか?」

「あ、アンタ、さらっととんでもない事言うわね……」


姫子は相変わらずうろたえていた。


「そんなの知ってるわけないじゃない……」

「だよなー」


朗太は溜息をついた。


「漫画もダメ、動画もダメ、似た感触のものもない。こりゃ難題だな」


姫子は返事をせず恥ずかしそうに顔を赤くしながら目を伏せ考え込んでいた。

そしてしばらく考え込むと顎に手を置き呟いた。


「……となると本当に朗太の言う通り実際に触るしかない、か」


(来た)


それを聞いて朗太は生唾を飲み込んだ。

これぞ朗太の欲しかった言葉である。

まんまと姫子は罠にかかったのだ。

つまり、今が好機。


「でも実際問題それが一番難しいっていうな……」

「それこそ無理よね……」


朗太はすかさず姫子の言葉尻を拾った。


「まさか弥生に頼むわけにもいかないしな」

「それは本当に止しておきなさい。にしても全く手が焼けるわね。一体どうしたら……」

「全く分からんよな。そもそも実際問題さ、この世にそうやすやす自分の胸を触らせてやる奴なんているわけないっていう」

「全くその通りよ……」


姫子は眉根を寄せて考え込んだ。

そしてそんな時だ、ふと朗太と姫子の視線が合った。


姫子はぱちくりと目をしばたかせた。

そして、全てを悟った。


「いやいやいやいや!? 無理よ私は!?」

「いやいやそもそもそんなこと言ってないぞ」


涙をちょちょぎらせながら姫子は自分の胸を抱いた。

ケツに敷いていた座布団で引き抜き抱え込み胸をガードしていた。

対する朗太はというと、ここが正念場だ。


「何言ってるんだよお前」


と姫子の考えを一笑に付した。


「いくら何でも俺がそんなことを頼むわけないだろう」

「そ、そう。なら、良いけど……」

「あぁ」


毒気を抜かれた姫子を半眼で見ながら朗太は立ち上がった。そうしながら


「まぁ確かにそれが一番あっさり()()()()()()


印象に残るように語尾を強調する。

そしてここまで仕込めば準備完了だ。

布石は打った。

自分はもう後は、引くだけで良い。


「ま、大丈夫だ姫子。この話は終わりだ」


伸びを終えると朗太は朗らかに言った。


「え、良いの?」

「あぁ、そもそも姫子に頼むにはデリケートな問題過ぎた。すまんな」

「で、でもそうしたらアンタはいつまでも女性の身体描写が上手に書けないでしょ?」

「そうだが、それは仕方ないでしょ。だって()()()()()()()()

「うっ」


含みのある表現に姫子がバツの悪い顔をした。


()()()()()()()書けないのは仕方が()()。だからこのまま書くよ。まぁ、そんな俺を見て()()読者がいるかもだけどな」

「う……」


姫子は苦い表情をした。


「でもそれも()()()()()()()()()。それが俺の()()なんだから」

「ううぅぅ」


姫子は懊悩するように眉間に皺を寄せた。


「まぁでも真面目に考えるとなかなか()()()()()。自分から()()()()()()

「くぅぅぅ……」


姫子の額に刻まれた皺がさらに深くなった。


「でも他のものでカバーするしかないよ。姫子の言う通り漫画や動画とかで研究してみるよ。……効果があるか分からないけど」


そしてトドメだ。

ハハッと自嘲的に笑うと朗太は姫子に笑いかけ


「アドバイスありがとうな、姫子」

「ううぅぅぅぅうううう……」


言うと姫子は顔を真っ赤にして獣のような唸り声を上げた。

そしてどうしたんだという風に朗太がきょとんを眺めていると考えあぐねた末姫子は言った。


「い、一回だけよ朗太」

「え、良いんですか?」


朗太はぬけぬけと食いついた。


「一回! 一回だけよ! あとあったりまえだけど服の上から! それでアンタの小説に生かしなさい! 良いわね!? 分かった!? 本当に本当に本当に私に感謝なさいよ!! アンタの趣味にここまでしてくれる女の子地球上どこ探したっていないんだからね!?」

「分かった! じゃぁ行くぞ」

「う、うん……」


朗太がごくりと生唾を飲んだ。

目の前には異常なほど顔を真っ赤にする姫子がいる。

そう、これが朗太の狙いだった。

姫子はなんだかんだで優しい。緑野の案件でもそれは明らかだった。

そして押しにも弱い。それも遠足班決めの際に分かっていた。

だからこそ本気で頼めば揉ませて貰える。

加えて姫子の性格からして真正面から頼むよりも、引いていく方が効果的なはずだと分かっていて、結果、目の前には目を瞑り、つんと胸を突きだす姫子がいる。

顔は真っ赤に変色しており、姫子が尋常ではなく恥ずかしがっていることが手に取るように分かった。

その胸はというと胸を張ったことによりツンと突きあがっており形が良いことが如実に分かる。

その双丘がこれから手に収まると考えると興奮ものである。

朗太はごくりと唾を飲み込みながら姫子の胸へ手を伸ばしたのだが、その瞬間だ。


「やっほー姫子!! ドア空いてるからやってきたってぎゃああああああああああああ!!」

「「うおああああああああああああああああああああ!?」」


リビングに突如風華が入ってきて悲鳴を上げた。

朗太は余りの衝撃でそのまま姫子に倒れ掛かり、姫子も悲鳴をあげながら椅子から転げ落ちる。

結果朗太が姫子の上に覆いかぶさるように倒れ込むことになった。

一連の光景を目の当たりにし風華は息が止まるかというほど驚いていた。


「偶然鍵開いてたから入ってきたら何やってんのよ凛銅君!?」

「い、いやこれには深いわけが……」

「姫子も! アンタ何やってるわけ!?」

「い、いやこれには訳があんのよ……。というかどうやって入ってきたの? マンションにそもそも入れないでしょ」

「偶然人が出てきたから入ったのよ! それでこの階まで上がってきたら姫子の家のドアの鍵がかかってないから上がってきたの! どうせ姫子の家姫子しかいないだろうし! そしたらコレよ!! 一体どういうことなのよ!!」

「い、いやこれは……」

「そ、そうよ風華! これはちょちょちょっとした事故なのよ!」


朗太と姫子は揃って否定した。


「フーン……」


対する風華はというと剣呑な様子で


「隠すんだ、凛銅君?」

(こわ……)


朗太は身震いした。

時々現れる最恐版白染だ。

こうなってくると風華は姫子よりも全然怖い。

お話にならないくらい怖いのだが、ここで全てを白状する訳にはいかない。

朗太はだらだらと汗を流しながらそっぽを向き誤魔化そうとしたのだが、そんな朗太に風華は言ったのだ。


「凛銅君、一つだけ言っておくわ」


感情のこもらぬ声で。


「……小説のために女の子の胸を合法的に触ろうとするのは最低よ」


「すいませんしたーー!!!!」


朗太は土下座した。


「もう凛銅君何やってんの!?」

「仕返しも兼ねて姫子の胸を揉もうとしました! すいませんしたー!」

「仕返しだったの!?」


朗太の自白に姫子が目くじらを立てた。


「だってお前が俺の女描写馬鹿にするからだろ!?」

「そりゃアンタがしょーもない描写してるからいけないのよ! だからって騙すのは最低でしょ!」

「騙しちゃいねーわ頼んだだけだわ!! それに男に女描写のチープさ指摘するのもえげつない行為なんだぞ!? よく覚えとけ!!」

「ハァァァァァ!? 何なのよ悪びれずに!」

「てゆうか姫子も姫子よ! 凛銅君は妙なところで頭が回る小悪党なんだから騙されちゃダメよ!」


小悪党……

朗太は吐血しそうなほどのショックを受けていた。

確かに自覚はあったが風華に真正面から言われるのはショックである。


朗太が落ち込んでいると


「でもやっぱりこいつが悪いでしょ!」

「まぁそれは確かにそうなんだけど」


二人の矛先は朗太に向き


「朗太、アンタねェ!」

「で、話は戻るけど凛銅君!」


朗太は姫子と風華にボコボコに言われ続けた。


◆◆◆


叱られること小一時間。

「叱ってたらお腹空いた」という風華の言で昼がまだだったこともあり姫子の家から程近くにあるピザ屋で三人で食事をとりにきていた。


「ここは味はそんなによ?」

「でも十分旨い気もするけど」

「そう? アンタ馬鹿舌なんじゃない?」

「そうかなぁ」


その頃には三人ともクールダウンしており、ぎこちないながらも会話は成立していたのだが


「こ、ここは私におごらせてください!」

「当然よ」

「ほんとに!?」


朗太の殊勝な心掛けに風華は目を輝かせた。


それから三人は姫子の家に戻り宿題を片付けたり、姫子の家にあった漫画を読んだりする。

朗太は風華が姫子に返しに来た少女漫画を物語の研究がてら読んでいたのだが


「てゆうかなんで白染はやってきたんだ?」


今更ながらの質問を風華にぶつけると姫子の宿題を写していた風華が顔を上げた。


「あ、いや私、よく姫子の家で時間つぶしてるわよ? この前も一緒に二人でカラオケ行ったし。今日も一緒」

「実はこれからちょっとした予定があんのよ私たち。まさかあんなに早く来るとは思わなかったけど」

「フフフ、来たことに感謝なさいよ姫子ー」

「アンタ、その話もう蒸し返してんじゃないわよ!」


目の前で言い合う美少女二人に朗太は感慨深いものを感じていた。

お互い本当に気の置けない関係のようだ。

朗太が感心していると姫子が時計を見上げふと言った。


「アンタ、時間大丈夫なの? 約束あるんじゃないの?」

「あ、あぁ、そろそろだな」

「道中気を付けてね凛銅君。どうせ凄い混んでるから」

「あぁ、うん」


時計を見ると意外と時間が近くなっていた。

朗太は二人に別れの挨拶をすると姫子の家を後にした。


実は朗太は今日一つの約束があるのだ。


姫子の家を出ると太陽は西に傾き心地よい風が吹き始めていた。

長かった夏休みもそろそろ終盤に差し掛かっている。




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