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それぞれの日常編(4)


風華の自宅に遊びに行って数日。

アレ以降も姫子との日常は続いている。

だが明確に変わったことがある。

それは――


「何よ?」

「いや何でもないけど……」

「なら良いわ。フンッ」


これだ。

姫子の機嫌がすこぶる悪い。


「……」


朗太はリビングの椅子に座りながら鼻を鳴らしそっぽをむく姫子に眉を下げた。

風華の家に行った。

それを知って以来、ご機嫌斜めなのである。


『そういえば朗太、聞きたいことがあるのだけど……』


風華の家に行った件を問い詰める際の姫子は怖かった。

宿題を片付ける途中、ふとした調子で姫子は尋ね出したのだ。


『風華の家に行ったって、本当?』

(うお……っ)


突如姫子の声色が変わりテキストから目を上げると、そこには眦をかっぴらき怒髪天を突く姫子がいた。

マズイ……。

すぐに朗太は目をそらした。


『ほ、本当、だが……』

『フーン』


すると無機質な、のっぺらぼうのように感情の読みとれない返事が返る。


『楽しかった?』

『あ、あぁ……、楽しかったな。妹とかにも会えたし……』

『ふーん』

『というか何で分かったんだ? 俺が白染の家に行った事』

『風華の妹から聞いたのよ』

『そうか』


途切れる会話。

生きた心地のしない会話もここで終わりか。

朗太は胸を撫で降ろした、その時だ。


『で』


ここでは終わらない。

終わらせない。

むしろここからが本番だと言わんばかりの語気を強めて姫子は言う。

目を上げると胡乱な目つきの姫子がいた。


『なんで私に黙ってたの?』

『……』


朗太は黙った。


『言う機会、たくさんあったわよね?』

『……』


じっとりとした脂汗が額を伝った。


『何か言ったらどうなの? 凛銅メンバー』


凛銅メンバーて……。

朗太は若干眉を下げつつも答えた。


『だって、聞かれなかったから』

『ふーん?』


そう細心の注意を払い答えると朗太の言葉を吟味するように姫子は頷いてみせた。

そして次は何を仕掛けて来るんだと朗太が警戒し身を固くしていると


『ふーん、そういうことするんだー?』


感情のこもっていない、朗太からすると寒気がするような声音でそう言ったのだ。

口調は荒々しくはなかったが、面白く思っていないことは確実だった。


それからというもの、何かにつけて突っかかってくるのだ。

怒りは問い詰めてきた日が頂点で、以降は徐々に徐々にマイルドになりつつある。だがそれでも以前に比べれば攻撃的だ。

依頼が来て依頼主の話を聞いている際、朗太が要領を得ない質問をすれば


『アンタそんなことも分からないの?』


とあからさまに呆れられ、宿題を片付けている時に朗太が古文関連で姫子に教えを請えば


『全くアンタはもうおバカちゃんなんだから~~』


と上から目線で指導される。


『……』


むかつくが、姫子を怒らせたのは朗太だ。

風華の家に行くことを黙っていようと判断したのは朗太自身だ。


なぜ姫子に告げなかったのか、自分でもその理由は分からない。


しかし心のどこかで姫子には言いたくない、そう思った自分がいて、それが姫子を怒らせた。

ならばこの怒りも甘受すべきものなのかもしれない。

台風が過ぎ去るのをただ待つ動物のように、ただ時間が過ぎ優しい姫子が戻ってくるのを待つしかないのかもしれない。


と、朗太がもやもやと考えながら空調の利いた姫子の家のリビングで宿題を片付けていたのだが


「なにこれ?」


今日も今日とて姫子は朗太に呆れていた。

休憩がてらスマホをいじっていた姫子はあまりの残念さに眉を下げる


「このレイの胸が当たってセレンが赤面する描写がキモ過ぎるんだけど?」

「……」


ドストレート過ぎる姫子の指摘に朗太は眉を下げた。

きっとこの指摘もうっぷん晴らしの一環なのだろうが、図星を突かれたこともありなかなか刺さる指摘だった。


実は朗太。

この手のエロシーンが大の苦手である。

実際に胸がどのような感触か、実体験を経て理解していないというのもある。

だというのに書かないとならない、知ったかぶりを強いられ恥ずかしいというのもある。

そして実際に書く内容そのものが恥ずかしいということで自意識との戦いになってしまい、結局、突き詰めきれない、ふわっとした描写になってしまうのだ。

朗太が黙っていると姫子は指摘を続けた。


「そもそもねぇ、それなりの胸がでかくないとそうそう無意識に胸が相手に当たるわけないでしょ。でなきゃ他に凄い気になっていることがあるとか。で、このレイ・インヴァースは巨乳なんだっけ?」

「いえ、設定では、Bカップです……」

「つまり、早々偶然胸が当たるなんてあり得ないわけよね? でも当たった。これは何故?」

「……」

「主人公に赤面させる描写を入れたかったから無理くり入れたのよね?」

「は、はい……」

「つまりここで一つ矛盾。で、もう一つおかしなところ。何この『絹ごし豆腐のような感触』って? 胸は絹ごし豆腐のような感触ではないのだけど」

「……」

「なぜ絹ごしにしたの?ていうかこの世界に絹ごし豆腐はあるの?」

「ま、マシュマロとかって書くのが恥ずかしかったからです……」

「あっそう。話が逸れるけど私は胸はマシュマロの様な感触ではないと思うわよ? ま、そう描写されているケースも散見されるし、良いでしょう。恥ずかしさで書くのをためらったアンタはダメダメだけどね? 朗太、一つ忠告しておくわ。創作をするときは恥を捨てなさい」

「は、はい……」

「大切な事よ」


声色こそ攻撃的だが指摘がまともだったためなんとか従順に頷いた。

そして普段は傲然と言い返してくるくせに女性関係の描写になるとまともに言い返せない朗太の姿が姫子には滑稽に映ったようだ。

従順な朗太の様子に姫子はプッと吹き出し


「でもま、アンタには無理よねー」


口元を手で隠し心底馬鹿にして言うのだった。


「女心も分からないどころか、胸の感触()()()知らないアンタが素面で女性描写を書くなんて、まぁ無理よねー。仕方ないわよね。だって『知らないんだから』」

「……」


――あ?


――朗太は自分が黙っていたことが原因で姫子が不機嫌になったので姫子の口撃は全て甘んじて受けなければならないと思っていた。

朗太はここ数日、姫子のあらゆる攻撃を耐え忍んでいた。

だが堪忍袋の緒は今切れた。

姫子の含みのある表現に、朗太は腸が煮えくり返りそうになっていた。


◆◆◆


その日朗太は自宅に帰り次第ネットで『胸 感触 たとえ』で検索をかけ漁りまくったのは言うまでもない。

エロ動画などを見て動きの研究をしたことも言うまでもない。


目の瞑れば嘲笑する姫子の顔が蘇る。


アンタは『知らないんだから』


「ちくしょーーーーー!!!!」


朗太は小さく唸った。


「あのアマァァァ、言わせておけばぁぁ!!!」


朗太は頭を掻きむしった。


朗太はかつてないほどの怒りを募らせたながらエロ動画を漁っていた。

未だかつてこれほどまで怒りや憎しみをもってエロ動画を鑑賞する人間は人類史にいないのではないだろうかというほどだ。


だが答えは出ない。


どんな感触かなど、分かるわけがない。

だって、触ったことがないのだから。


どうしたら良いんだ。


朗太は深夜、姫子を見返す策を唇をかみしめ考えていた。

あんな風に言われっぱなしで許せるわけがない。

思わず脱〇貞したんじゃないかというほど克明な描写をして見返さねばならないのだ。


それほどまでに朗太は怒りを募らせていた。

童貞に童貞であることを指摘することほど神経を逆撫ですることはない。

姫子は無垢な全男子高校生の地雷を踏んだのだ。

そうでなくとも旅行の際姫子の放った言葉を思い返し朗太なりに考えることがあるのだ。

女心というものを自分は理解していないかもしれない。

考えている最中なのだ。

だというのに『知らないんだから仕方がないわよね』


許せない。


しかも思い返せば遊園地でも奴の馬鹿力で酷い目にあった。

想えばあの時もこんな美人とお化け屋敷に入れるなんて幸運だとか言っていた気がする。

いやいやねーから。めっちゃ痛かったから。


それら過去を振り返りながら朗太が如何にすれば克明な胸の描写が出来るようになるのだろうかと考えていた時だ。

朗太の脳内に綺羅星のように輝く案が振ってきた。


そうだ。


朗太は邪悪な笑みを浮かべた。


姫子はお悩み相談をしている。


ならば……


(姫子に相談すればいい……!)


今日のようにただ小説を読んで指摘を貰うのではない。

姫子に『正式に』相談するのだ。


胸の感触が分からなくて上手に描写できずに困っている、と。


そう姫子に相談すればいい。


そして朗太は知っている。

姫子は『心優しい』と。

緑野の一件のように、無理難題でも『受け入れる』。

加えて朗太は知っている。

姫子が押しに弱い、という事実を。


となれば……。


胸の感触が分からなくて上手に描写できず困っている。

胸に()()()()()()()()()()困っている。

そう相談すれば、苦心した末『し、仕方ないわね……』とか言って()()()()()()()()()()()()


なんて名案だ。


(おっぱい……!!)


朗太は口角を吊り上げた。


(揉ませて貰うぞ! 姫子おおおおおおおおおおおおおお!!)



こうして朗太の作戦は幕を開けた。



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1巻と2巻の表紙です!
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