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それぞれの日常編(2)



事の発端は、Eポストに送られてきたメッセージだった。


『凛銅君、ところで私の家に来る日はいつにするの?』


別荘から帰ってきた翌日。

朗太の携帯にそんなメッセージが舞い込んでいたのだった。


「え、マジで言ってんの??」

『あったりまえじゃない!』


抵抗や恥ずかしさなどをかなぐり捨て風華にポストコをかけると答えはYes。風華は是非とも自分を自宅へ招待したいらしく


『いつなら空いてる? ま、私部活あるから空いている日って少ないけど』

「じゃ、じゃぁ、この日の午後なら……」


と今日という日に朗太は風華の家にお邪魔できることになったのだ。


服装はきちんとしているな?


炎天下の中、買い物の帰り主婦や車、自転車などを避けながらチャリンコを飛ばし朗太は自身の服装を顧みた。

紺のポロシャツにベージュのハーフパンツ。ボディバッグ。

おしゃれではないが『無難』な格好のはずだ。

なんたって弥生の審美眼を通しているのだから。


白染の家に行くから服装をチェックしてくれ。


そう頼むと弥生は眦をかっぴらき驚いた。


『えぇ!? おにぃマジで言ってんの!?』


『い、行って大丈夫なのおにぃ?』


『ま、まぁ良いけどさ……』


弥生は顔を青くしながらも朗太のコーディネートのチェックをしてくれた。

そうして出来上がったのが今日の服装だ。

無難に違いない。

だがそれでも気になってしまい、ぎりぎりまで鏡の前で身だしなみをチェックしていたらこのありさまだ。

立ち漕ぎをしながら公園の脇の時計を見る。

刻限まであと少し。だいぶ遅くなってしまった。

朗太は自動車の交通量の多い道を走り、踏切を渡り、風華との待ち合わせの場所へ急いだ。


昨日『明日の予定、覚えているよね?』というメッセージに対し『勿論』と返すと、足をおっ広げた猫がミラーボールの横でニコニコ笑いながら『GOD……』と呟いているスタンプが送られてきていた。遅れるわけにはいかない。

朗太はチャリを飛ばした。

そして――


「お、来たねー!」

「おっすー……」


何とか間に合った。

待ち合わせの公園に辿り着くと、そこには天使がいた。

風華は公園の木陰で木に寄りかかり自分を待っていた。

麦わら帽子に真っ白のワンピース、ローヒールサンダルという出で立ちで、風華の持ち前の透明感もあいまり、木陰から手を振るその姿はもはや幻想的であった。

いかにも、THE・夏 THE・青春という光景に朗太は立ち眩みを覚えた。

だが当然風華はそんな朗太の気持ちなど知るわけもなく


「じゃぁ行こっか凛銅君! 私の家へ!」


朗太を家に誘うのだった。



蜃気楼でも立ちそうな真夏のアスファルトの上を二人は歩く。

朗太は風華の後を自転車を転がしついていっていた。


「し、白染……。なんで今日は俺を誘ってくれたんだ?」

「いやだって、私、姫子と家でよく遊ぶし! だから今日は凛銅君とあそぼっかなって」


朗太が気になっていたことを尋ねると、風華は振り返り屈託なく笑った。


「変かな?」

「い、いや変じゃない、と思うよ……?」


変としか思えなかったが朗太は同意していた。

それからしばらく歩いて辿り着いたのが


「ハイ! ここが私の家! ようこそ凛銅君!」

「おぉ……」


風華の家だった。

時代を感じさせる家だった。

路地に面する木造平屋で、風雨に晒され黒ずんだ外壁は年季を感じさせる。

入り口は昔ながらのガラスの貼られた引き戸で、横には水道があった。

有体に言えばまんまボロ家なのだが


「やっぱぼろいよね……?」

「でも思ったほどでもなかった」


上目遣いで尋ねる風華に朗太は首を振った。


「これくらいの奴なら小学校時代も普通にいたし、そいつともよく遊んでたし」

「そっか! やった!」


朗太の嘘偽りのない言葉に風華はぱっと顔を輝かせた。


「じゃ、どうぞどうぞ! つまらない場所ですが!」


そして風華はガラリと戸を引いて朗太を中へ案内し、朗太は中に入った。


それと時を同じくして、無防備に入っていく朗太の背中を眺めながら、風華のにやりと口角を吊り上げていた。


そう、実は今回の遊び。

何も暇を持て余して試しに朗太を誘ったという訳ではないのだ。

朗太と遊びたいという想いも当然あったが、それはそれ。

ここ最近、風華は警戒している事案があったのである。


『フン、そんなに気にするならちょっとは考えなさいよ、色々と、ね』


『コイツが寝たふりして朗太の肩借りてたから糾弾してんのよ!』

『いえいえ、偶然ですよー?』


風華は憂慮する。

朗太の中の優位性が揺らぎ始めているのではないか、と。

だからこそその優位性を取り戻すべく、今回動き出したのだ。

この日のために様々な下準備をした。

双子の妹の華鈴(かりん)華蓮(かれん)にはお小遣いの一部を渡して駄菓子屋に行かせている。

あの二人のことだ。

外出すればそのまま日が暮れるまで帰ってこない。

偶然だが姉の蘭華は今日はバイトとのことだ。

そして父は仕事に母はパートに行っている。

つまりこれから数時間、自身の家は朗太と風華だけ。

この日のために、一週間前から家をくまなく掃除し、準備を整えていた。

男は良い匂いに弱いというので姉から淡い香りの香水も借りた。

準備は整った。

今日は存分に距離を詰めさせて貰おうか。


「え、入って良いの?」

「うん! 全然オッケーよ!!」


風華は無警戒に自宅に上がり込む朗太に僅かに笑みを漏らした。


◆◆◆


(ヤバイ、めちゃ緊張する……)


一方で朗太。

新聞紙や料理雑誌などが置かれたよく使いこまれた台所で固くなっていた。


「麦茶でいい?」

「はい、麦茶で良いです……」


風華がガラスコップにとくとくと麦茶を注ぎ、ひんやりとした飲料が差し出された。

なぜこんなにも緊張しているのか。

それは風華から今日はなぜかやたら良い匂いがするからというのもあるが……


「し、白染、両親は……?」

「お父さんは仕事、お母さんはパートだね!」

「確か姉が一人に、妹さんが二人いるんだっけ? 彼女たちは……?」

「姉の蘭華(らんか)はバイト。双子の妹の華鈴(かりん)華蓮(かれん)は遊びに行ったよ?」

「つまり……」

「うん、二人っきりだね!」


これだ。


うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!


朗太は脳内で頭を抱えた。


風華と二人っきりだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ?!?!?


家の中に人気がないな、とは思っていた。

だから、え、まさか? と朗太は身を固くしていた。

だがそれが明確になると緊張の度合いもさらに上がる。

美少女と一つ屋根の下二人っきりなど、創作物ではまかり間違う奴である。

自分は絶対にまかり間違わないと神に誓えるが、創作物ではまかり間違う奴である。

となれば緊張しかしないのも当然だ。


風華は天真爛漫だ。


きっと姫子を誘うように自分も時間つぶし程度の認識で誘ってくれたに違いない。

ならばその期待を裏切らないように朗太はやましい気持ちに身を任せることはびた一文許されない。

とはいっても緊張してしまうあたり心の中ではまやましい気持ちが勝っているわけであり、そうなれば朗太は風華の一挙手一投足が気になってしまうのだった。


「テレビつけても良い??」

「は、はい!」


突如風華がチャンネルに手を伸ばすと、ぎょっと身体が跳ねた。


「びっくりし過ぎだよ凛銅君!」

「す、すまん……」


風華がけらけらと笑った。

こちらの真意など知る由もないような風華の態度にほっと胸を撫で降ろす。

すると、こちらを観察する風華の目が一瞬細くなった。

それはまるで悪だくみでもしているような視線で――


「ねぇ凛銅君?」


朗太が風華の内面を読み解こうとしていると、風華は両ひじを着き、両手に顎をのせながら言ったのだ。


「ちょっと()()()()()()()()()()()?」

「マジ?!」

「ま、今日の昼にちびたちに作っておいた余りなんだけどねー?」


翠の別荘での実力のままと思われたくないから食べてみてよー。


風華はそう言って椅子から立ち上がった。


そうしながら朗太に背を向け風華はあくどい表情を浮かべる。


別荘で料理が出来ず失態を演じてはや数日。


ここで料理が出来るアピールをしておけば影響力大だろう、と。


(フフフ)


風華は隠し切れない笑みを浮かべていた。


◆◆◆


こうして朗太は風華の手料理にありつけることになっていた。

風華は電子レンジのまで待機していた。

風華が冷蔵庫から取り出した物が今まさに電子レンジの中で回っているのだ。

ブーンという騒々しい音を鳴らしながら光満ちるレンジの中を何かが回る。

何が出てくるのだろう。

それを見ながら朗太は警戒した。

何せあの別荘で風華が料理として作った黒炭である。ダークマターである。

上達したような口ぶりだが、何が出てきてもおかしくはない。

朗太が固唾を飲み待機している、チンと金属音が鳴る。

そうして出てきたのは――


「デーン! カレーでした!!」

「おぉ!」


ニンジンやジャガイモ、玉ねぎ、ナスに豚肉。

多くの具材がゴロゴロと入った食欲を刺激する良い香りのするオーソドックスなカレーだった。

それは別荘での風華作のダークマターを目撃している朗太からすれば信じられない出来栄えであり


「え、これ白染が作ったのか!?」

「そうよ! 上達したもんでしょ凛銅君!」

「あぁ! 凄いな!」


朗太が目を丸くすると風華は胸を張り満面の笑顔で答えた。


天才なんじゃないのか!?


好意を寄せている風華ということもあって朗太は手放しに称賛した。

しかも味も


「旨い!! 凄い!!」

「でしょでしょ! 天才的でしょ!! いくらでもあるからもっと食べて!!」


普通においしくて手が止まることがない。

朗太は舌鼓を打った。

予測ラインが下過ぎた可能性はあるが、それも手伝って信じられないほど美味しく感じた。

しかも()()()()()()である。


(手料理だぞ!?)


朗太は自身に問いかけた。

好きな子と仲良くなれて、好きな子の家に来れて、好きな子の手料理を食べられる。

これ以上の幸せってある??

あるわけがない。


生きてて良かったなぁ。


朗太は感動で目頭を熱くしていた。


自分は今日この日のために生まれてきたのかもしれない。


そうして朗太が生きる喜びをかみしめながらカレーを完食すると風華は提案した。


「じゃぁ私の部屋見てみる?? 凛銅君!?」 


「マジ!?」


朗太は思わぬ提案に食いついた。


朗太の純粋な食いつきに風華は心の奥底で薄く微笑む。

だがこの時は風華も朗太も知る由もない。

程なくして風華の妹たちが帰ってくるという事実を――。



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