それぞれの日常編(1)
別荘に、遊園地。
夏の行楽を存分に楽しむ裏でこれまで通りの朗太たちの日常は続いていた。
「ありがとう!」
朗太たちを呼び出した少女がぺこりとお辞儀をする。
「良いのよ好きでやってるだけだから」
「うん、それに満足して貰えたようで良かったよ」
姫子と朗太はレストランで朗らかに笑った。
姫子は白のワンピース姿という出で立ちで、朗太はポロシャツにハーフパンツという格好だ。
「せめてここのお金だけ出させてください!」
「いやだから私が好きでやってるだけだから良いのよ」
朗太たちの前ではドリンクサーバーから入れられた飲み物が置かれていた。
再び姫子へ依頼が舞い込み始めたのだ。
夏休みも折り返そうという今日この頃。
彼ら彼女たちの間には軽微な問題が次々に発生していて、それらがちらほらと姫子の下にやってきていて、朗太は様々な人と出会っていた。
「うわ……、夏休みも一緒にいるんだ……?」
例えば姫子の友人の依頼を受けた時だ。
姫子の友人らしい相手の少女は姫子の横に朗太が現れると顔を強張らせた。
「ど、どんだけー……」
「どんだけも何もないわよ。何、文句あんの?」
「い、いやないけどさ……、姫子、お前付き合い方もう少し考えた方が良いんじゃね?」
これら悩み相談は、朗太たちの夏休みに鮮やかな色を添えた。
例えば同じ二年生のD組、薄鈍という少女の依頼を聞いた時だ。
朗太たちは夜の9時までは高校生も入れるナイトプールに行くことになったのだ。
「朗太! 私たちも行くわよナイトプールへ!」
「ナイトプール!?」
姫子が意気揚々と言うと朗太は目を丸くした。
「ナイトプールってあれか……。若い男女が夜な夜な半裸で密会し夜の街に消えていく性の乱れの象徴のあれか?」
「アンタ! ナイトプールになんて印象持ってんのよ!?」
「ははは……」
朗太の偏見でしか構成されていない言葉に依頼人の薄鈍は固い笑顔を作った。
その後流れに身を任せるままに若者の集まる都内のナイトプールへ向かうと
「なんで白染や纏までいるんだ……」
「いやだって先輩が行くならついていきますよ」
「そうそ! なけなしの貯金崩してでも行くよ!」
Tシャツハーフパンツというラフな格好をした纏と風華が待っていたのだ。
ぬるい夜風の吹く午後七時。
朗太たち団体は都内のナイトプールを設備する商業施設やってきていた。
Night Poolと書かれた看板が白く輝き、その奥にある入り口にがやがやと騒がしい大学生や高校生などの多くの若者が吸い込まれていた。
そしてナイトプールのある屋上に出て行くと
「すげぇな」
「これは凄いですねー!」
「へぇ~結構面白いじゃない」
「うわ……、思ってたのとなんか違う……」
そこは月あかりを反射する水面に発光する球体が浮かぶ何とも幻想的な空間だった。
風華としては人がごみごみといて余り泳げなそうなのが不満なようだった。
だがすぐそばにある暗闇に立つ東京タワーの威容は何とも迫力があり、朗太は感動していた。
これは写真を撮り、そして自慢したくなるのも分からなくもない。
朗太が感心していると「じゃぁ始めるわよ!」姫子は任務に意気込んだ。
だが任務の合間合間で朗太たちは朗太たちはナイトプールも楽しんでいて
「じゃ、早く! 先輩、撮りましょう!」
「おい、引っ張るなよ……」
貝殻の浮き輪の上で写真を撮ったり
「ねぇこれ凛銅くん! めっちゃ美味しいよ!!」
「こういうシチュエーションで食うと特別なものに感じるよな」
プールサイドに設置された露店でチョリソーを頬張ったりしていた。
また案の定、姫子たちがナンパされる事件も起きており
「大丈夫か姫子ッ」
「ダイジョーブよ朗太。いつものことだから」
朗太が駆けつけると、すでに男を追い払っていた姫子はザッと髪を掻き揚げた。
やはり姫子は慣れっこのようだった。
その後も姫子に言い寄る男は後を絶たず、姫子は時に朗太を利用し、また時に自身の経験を駆使し受け流していく。
だが中にはまるで姫子に相手されず無視され続け
「ケッ、この糞女顔が良いからって調子乗ってんじゃねーぞ」
などと吐き捨て去っていく男などもいて、瞬間姫子から視覚で認知できそうなほどの怒りの波動が迸る。
だがいつぞやの浅草にて自身の舌禍が招いた事件を思い出し悔しそうにグッと唇をかみ
「処す? とりあえず処しとく?」
朗太がおずおずとお伺いを立てると
「処して!! 超処して!!」
「オッケー!! 今日の悪役はあいつで決まりだぁー!!」
「「……」」
すぐさま防水カバーのされたスマホに相手の特徴を打ち込み始める朗太と地団太踏む姫子を、風華と纏がなんとも言えない表情で眺めていた。
「にしても姫子、お前今日やけにナンパされるな。さっきので何人目だよ……」
スマホに相手の特徴を打ち終えると朗太は顔を上げた。
「じゅ、十かそこいらじゃない……?」
「十は凄いですね。私ですらまだ六なのに」
「六でも凄いだろ……」
「まぁ姫子はモテるけど、中でもヤンキーとかオラついてる人に異様にモテるからね。もしかするとここの客層とマッチしたのかも」
「あ、何かちょっと分かる気がする」
「ちょっと朗太アンタそれどういう意味?」
「ま、それが姫子さんの傾向というだけでしょう。別に良いも悪いもありません。私なんてやたら大学生に声かけられますし」
「そ、そうなのか……」
「へー、それも何か分かる気がするー」
「し、白染はどうなんだ……? 傾向とかあるのか……?」
流れで朗太が気になったことを尋ねてみると、風華は唇に指をあて可愛く小首をかしげた。
「というか私、あんまナンパされないのよね」
「そ、そうなのか。なんかちょっと意外だな……」
「え、ホント!? ありがとう凛銅君!」
「あ、いや今のは特に他意はないというかなんというか……」
不意に漏れた本音を拾われ朗太が顔を赤くしていると姫子はつまらなそうな顔をしながら腕を組んでいた。
「ま、アンタは『強者』のオーラが出過ぎてるからね。そりゃナンパ野郎ども二の足踏むわよ」
「そうですよね。風華さん、ナチュラルに人間として強者のオーラ出てますもんね」
「ちょっとあなた達酷くない!?」
風華は溜まらず言い返していた。
ナイトプールだけではない。
それ以外にも朗太は依頼で様々な場所に訪れていた。
これまでは学校があったため依頼解決の舞台のメインは学園だったが、夏休みということで自然と学外になるのだ。
おかげで朗太は
「今日はここね!」
「私、ここ好き!」
「風華さんが好きなのは何となく分かります」
八月某日。
夏の日差しの厳しいとある日に、ボーリング施設のラウンドテンに併設された総合スポーツレジャー施設『スッポチャ』に訪れており――
「ここは地獄か……」
顔を青くし呟いていた。
「おい、ストラックアウトしようぜ?」
「いやまずはバッティングするだろ!?」
「いや違うね。最初はテニスだよ」「いやバスケだろ」
「違うわよ、カラオケでしょ!?」
目の前の小学生のキッズ集団がわいわい騒いでいる。
「野球に、バスケにテニスにボーリングその他球技もろもろにカラオケまであるって俺の苦手なものほぼ全て揃ってるんだけど?」
「そ、そうね……」
「この施設考えた奴頭おかしいんじゃないか?」
「おかしいのはあなたよきっと……」
「俺、漫画ブースで漫画読んでていい??」
「だ、ダメよ朗太! ちょっとは一緒に遊ぶわよ!」
その後朗太はこれまで以上に恥を晒し続けた。
「あのお兄ちゃんマジだっせーぜ!!」
小学生キッズたちが朗太を指さしげらげら笑い
「ダメよそんなこと言っちゃ! あのお兄ちゃんも頑張ってんのよ!!」
年端もいかない女の子にフォローを入れられ余りの情けなさに朗太は崩れ落ちた。
そんな朗太を風華はゲラゲラ笑い、姫子と纏は微妙な表情で眺めていた。
「ま、朗太。アンタにも良いとこあるわよ」
「そうですよ。先輩の良い所はもっと別にあります」
「俺を哀れむなぁ~~~~!」
朗太は叫んだ。
また一方で朗太の小説投稿も続いていて、それに対する姫子のだめだしも続いていた。
「全然だめね」
ある時、『姫子の家で』一緒に夏休みの宿題を片付けている時だ、休憩がてらスマホをいじり始めた姫子は詰まらなそうにそう言った。
どうやら朗太の投稿した最新話に目を通していたらしい。
話が変わるが、ここ最近、姫子の家にやってくることも多くなっていた。
きっかけは夏休みの宿題だ。
手分けして宿題を処理することを姫子が提案し、小説に書ける時間を多くしたい朗太はこれを快諾。
朗太は市営図書館で集まることを提案したのだが、姫子がこれを拒否したのだ。
曰く『雑談しながらのほうが捗るから』
そうなってくると適した場所は絞られてきて白羽の矢が立ったのが姫子の家だったのだ。
場所で色々と話し合った末だ
『じゃ、じゃぁ、私の家でも良いけど……』
電話越しに姫子はおずおずと提案したのだ。
「え、良いの!?」
面食らう朗太。
仮にも姫子という超絶美少女が家に招いてくれると言うのが信じられなかった。
『ま、良いわよ朗太なら……! 私んち、日中は私だけだから』
「マジか……」
だが現実にそれが差し迫ってくるとなかなか考えさせられるものがある。
本当に行って良いのだろうか?
朗太は考えた。
仮にも姫子は学園では国宝級だなんていわれるほどの美少女だ。
そんな姫子の家に自分なんかが行って良いのだろうか?
自分はとんでもなくそぐわない存在のように感じられた。
そうでなくともこの話がどこかに漏れれば自分が血祭りにされかねない。
……。
今回ばかりは遠慮しておこう。
そう思い朗太が僅かに生まれた沈黙を打ち破り代替案を出そうとした時だ
『良い小説のネタになるんじゃない?』
「菓子折りでも持ってけばいいか?」
確かにリアル美少女の部屋とか創作の糧にしかならないんだよなー……!!
朗太はあっさりと篭絡された。
その後朗太は姫子の家にやってきたのだが……
「でか……」
朗太は姫子の指定した場所に行き天を仰ぎ呆れていた。
超高層マンションである。60階近くあるのではないだろうか。
本当に住んでいるのだろうか。
朗太は不安がりながらも玄関で姫子の指定した部屋番号を打ち応答を待つ。
ややあって『あ、来たのね』姫子が出て開錠されたので本当に住んでいるのだろう。
そしてエレベーターを乗り継ぎ最上階付近まで上がり、「うわマジでたけぇ……」廊下の隙間から遥か下方の大地に震えつつも姫子の家へ。
姫子の部屋らしい場所でインターホンを鳴らすと、ガチャリとドアが開き
「来たのね……」
「そりゃ約束だからな……」
顔をわずかに赤く染める姫子が現れたのだ。
そんなこんなで姫子の部屋に上がり込んだわけだが、姫子の家は予想以上によくある作りだった。
高級感のある椅子や机があるように思えたが2LDKの部屋にあるものは多くがどこの家庭にもあるものだった。
「何よ?」
「いや普通だなって」
「普通に決まってんでしょ! さっ、さっさと宿題済ますわよ。あと私の部屋に入ったら殺すから」
「流石に嫌と言われれば入らねーよ」
こうして朗太は姫子の家にやってきたのだが――
「姫子、お前集中してる??」
「し、してるわよ失礼ね」
いやしていない。
これは嘘だ。
宿題をしながら朗太は顔をしかめた。
先ほどからこの姫子ときたら、何度も座り直してみたり、スマホをいじってみたり、暑いわねーとか言ったりして胸元をあけて手で仰いでみたり(冷房は効いている)、明らかに集中力に欠けている。
これでは時短のために姫子と宿題を手分けした意味がまるでない。
「全く、しっかりしてくれよな」
姫子は悔しそうに顔を歪めていた。
そのような経緯もあり、朗太はここ最近姫子の家に出入りしていて、今日も姫子の家で宿題を片付けていたのだが
「え、そんなに不味ってたか?」
「そうね。レイの気持ちが全然上手に表現できていないわ」
「そうか?」
実は昨日更新した話は、レイがセレンに自身が自分の気持ちを偽って演説をしたことを打ち明ける渾身のシーンだったのだ。
気合いを入れて書いただけに姫子の指摘に懐疑的だ。
「そうよ。だって仮にも自分で演説したのよね? ならある程度の覚悟もしているはずで、セレンに今回の打ち明け話をするのは都合がよすぎるわ」
姫子は朗太の意見をばっさりと切り捨てた。
「全くアンタは本当に女性心についての理解が足りない時があるわ」
そしてここ最近特にこと女性の心情表現に関してシビアな批評を頂くことが多くなっており
「全くアンタは」という言葉で始まり、今日朗太は女性の心情描写に関してつらつらとダメ出しを貰い続けることになったのだ。
「これだから男は」とか「恋愛経験のない男は手に負えない」とか「時々挟まる胸などの描写も見るに堪えない」とか「そもそも胸に関する表現が稚拙」などというダメ出しを喰らい続ける。
しばらくして朗太は尋ねた。
「いくら何でも酷くね?」
「愛の鞭よ」
「鞭? これが??」
「じゃぁ鉈」
「愛の鉈って相当ヤバい事いってるから自覚しろよ?」
このようなやりとりもあり、朗太は姫子の幾ばくかの不満を募らせていたのだが、それはそれだ。
「じゃぁ済まん。今日は言っていたように昼までだ」
午前中、姫子の家で宿題をし時計の針が十二時を過ぎると朗太はドリルなどを閉じ立ち上がった。
「あぁ、そんなこと前から言ってたわね。別に良いわよ」
「すまんな」
「良いって気にしなくて。でも何、珍しいわね。なんか用事でもあるの?」
「まぁな」
そう用事はある。
姫子の家を出ると朗太は走った。
なぜなら――
「お、来たねー凛銅君?」
風華と待ち合わせの公園で遭遇する。
そう、なぜなら今日は――
「じゃ、行こっか。私の家に?」
今日は風華の家に招待されたのだ。
8月某日。
朗太は風華の家に訪れていた。
それぞれの日常編、開始。




