椋鳥デート(2)
前楽園。
東京の中心部にある中規模遊園地だ。
巨大な観覧車がシンボルで、その横に小型のジェットコースターを備える、その他お化け屋敷などが有する数多くある東京のデートスポットの一つである。
「凄いな」
「実際に来ると人だかりの凄さを実感するよね」
朗太と歩は入場ゲートの先で雑踏に呆れていた。
園内は子供の歓声や笑い声であふれていた。
賑やかな音楽の中、家族連れやカップルが行きかっている。
それら人ごみを避けつつ朗太は場内案内図の下へ行くとパンフレットを入手した。
「どれにする?」
そして真面目腐った表情で尋ねる。
仮にも取材である。
わざわざ執筆の時間を割き疑似デート体験をすることで女心を理解するために来たのだ。
朗太は真剣だった。
だが
「うーん、見せて?」
「……」
ひょいと地図を覗き込んだ歩の美しい金髪から仄かなシャンプーの香りが漂ってきてドキリとした自分に嫌気がさした。
だがこれも仕方がないのだ。
朗太は誰に対してでもなく言い訳をした。
今日の歩の格好は華奢な体躯を強調するようなノースリーブに日差しを遮るためのガウンに七分丈のパンツという出で立ちだ。
普通に女性がしていてもおかしくない格好でこの金髪色白の歩という少年、所作などもあいまりそんじょそこらの女性よりも遥かに可愛らしいのである。
なんなら姫子よりも所作は女の子らしいし、今だって前かがみになることで大きくあいた胸元が気になって仕方がない。
真っ白な肌が広がっている。
残念ながら肝心なところまでは見えはしないわけだが、女性っぽい外見なだけで男だというのに胸元に視線が行くあたりすでに自分が大分ヤバイ。
というか男の胸元の『肝心な部分』という表現がヤバさしかない。
だがこれは朗太にだけに生じる現象ではないだろう。
「うーん、どれにしようかなぁ……?」
「……」
可愛く小首をかしげる歩に多くの男性が鼻の下を伸ばしていることに朗太はそれを確認した。
朗太は学園での噂を思い出していた。
この歩という男、女子だけではなく男子にも普通に告白されるらしいのだ。
男女トータルでの振った数は歩が学園トップになるのではないかと噂されていたりするほどなのだ。
以前にも『俺、椋鳥で何かに目覚めた』と廊下で話している男を見かけたときは何を言っているんだと思ったものだが今ならわかる。
それほどにこの歩という少年は魅力があるのだ。
そういったこともあり朗太は自身の感性の正しさを実感し、改めて歩の魅力に感服していると
「じゃぁ、ここにしようか朗太!」
歩がずいッとジェットコースターを指さした。
「やっぱり創作の基本じゃん?」
「確かに」
「フフ、悲鳴上げちゃだめだよ朗太!」
「いや大丈夫だろ」
「本当かなー? ここのジェットコースター結構怖いって聞くよー??」
歩は微笑むと朗太の前を歩きだした。
その無邪気な様子に何故か胸がときめくのを感じて
(歩は男男男男)
朗太は念じた。
この遊園地デート、なかなか精神力の要するものになりそうだ。
◆◆◆
「朗太がヤバいわ」
一方でこちらは女性サイド。
「一刻も早く見つけないと『持ってかれる』わよ」
「何かに目覚めてもおかしくないよね」
「はい、でも……」
「そもそも凛銅君はどの遊園地に行ったのかしら?」
「「「う~~ん」」」
三人の美少女は揃って腕を組んで考え込んでいだ。
姫子たちは駅前のカフェに入り朗太たちの行き先の見当をつけていた。
「遊園地って言ったって、東京から日帰りで行ける『遊園地』のようなデートスポットは山程あります」
「だけど流石にこの近くでしょ。となると数もだいぶ減るわ。草屋敷とか東京ムードタウンとか、としまの園とか」
「でも数が多すぎでしょ」
「そうなのよねー。うーん……」
唇を噛み姫子は考え込んだ。
「きっと東京ムードタウンとかいかにもデートで行く系の場所に行ってるはずよ。なんやタウンとかはないはずよ」
「どうして?」
「きっと朗太は椋鳥の口車に乗って連れ出された可能性が高いからよ」
「どういうことですか? 姫子さん」
姫子の推理に纏が額に皺を寄せた。
「実はここ最近の奴の小説を読んだ感じだとそこそこ執筆の調子が良さそうなのよね。何というか『ノッテる』気がする」
「それがどうしたんですか?」
「となれば奴はそうそう他の用事に時間を割かないわ。でも弥生ちゃんの話聞く限りすぐに出て行った様子でしょ? つまり奴は何かに釣られて着いていった可能性が高い。となれば小説しかあり得ないわ。きっと小説の取材だとか言われたのよ。というか…」
姫子は一度言葉を区切ると強調した。
「私なら、そうする」
「最後の一言で台無しです」
「……やけに説得力増すわね…」
「何とでも言いなさい」
じっとりとした視線で抗議してくる二人を姫子ははねのけた。
「ま、というわけで朗太が行くとしたら取材を兼ねてカップルが行きかういかにもデートスポット! ていう感じのところよ! 親子連れがメインな場所ではないわね」
「なるほど。となると多少なりとも数が狭められるわね」
風華は書き出しておいた遊園地のうち姫子の推測で脱落するであろう場所に斜線を引いていく。
「でもまだ数はありますね」
「そうだよねって、あ、連絡きた!」
自身のスマホが振動しだし風華は素早く手に取った。
姫子たちと推理するのと並行して、風華は自身のコネクションに歩のここ最近の動向の確認をしていたのだ。
そのうちの一人から返信が来たのである。
「なんだって!?」
姫子はせっついた。
「椋鳥は友達に遊園地に行くことをほのめかしていたみたい。女子も一緒に行きたがったんだけど、一緒に行くって決めている人がいるからって断られたって」
「うえ、それが先輩なんですか……」
「状況証拠からするとそうね。それで」
「割引効く場所に行くとも言ってたって」
「割引期間中ですかー、となると……」
小首をかしげ考え込むと纏は一点をさした。
「『ここ』じゃないですか? 確か、今年の夏は学生割引してると聞いた気がします…」
その場所こそ――
姫子は纏が指さす名前を凝視し、即スマホで割り引き状態を調べた。
結果は黒。
その行楽施設は割り引き期間中で、姫子の勘が言う。
『ここだ』と。
それは他の二名も同じだったらしい。
三人の少女がお互いに顔を見合わせ語気を強めた。
「「「行きましょう!! 『前楽園』へ!!!」」」
◆◆◆
一方で再び朗太サイド。
「凄い面白かったね!!」
「あぁそうだな。あのスリリングさは実際に体験しないと書けないかもしれない」
前楽園のジェットコースターを体験し人ゴミの中をえっちらおっちら歩きながら、二人して興奮気味に感想を述べあっていた。
実は前楽園のジェットコースターは評判が良かったのだが、評判の通りスリリングな出来で二人を感激させたのだ。
朗太たちが興奮していると周囲の人間が性別を問わず、歩、および朗太を驚きとともに見ていった。
「僕ら凄い注目されてるね……!」
「そりゃ歩は美少女にしか見えないしな」
「ホント! だとしたら嬉しいな」
事も無げに言うと歩が目を輝かせ朗太の顔を覗き込んだ。
まるで西洋絵画の中の天使の様な神々しさ、美しさだった。
思わず朗太まで頬が赤らむのを感じた。
(う、撃ち抜かれた気がする……)
朗太は自身の胸の高鳴りを感じながら歩からの視線に耐えていた。
漫画的な表現をするのなら、ズキューン!という感じである。
そうして朗太が固唾を飲んでいると歩が朗太の手を引いた。
「じゃ、早く行こうか! カフェに!」
「あぁ、そうだったな」
朗太は歩に連れだって人ごみの中を歩き出した。
実は歩がジェットコースターに乗り終わった後、園内のカフェに強烈に行きたがったのだ。
今はその道中だったのである。
朗太が快く受け入れ歩き出すと、一瞬歩は不敵な笑みを浮かべた気がした。
まるで、(作戦通り……)とでも思っているような。
だが歩に限ってそんなわけがないはずだ。
見間違えに違いない。
朗太は一瞬脳裏に浮かんだ疑問をもみ消し
「てか歩、スマホ鳴ってない?」
「知らない番号からだね。全くなんなんだろうこんな時に」
にっこりと笑いながら電話を切る歩と一緒に園内一人気だというカフェに向かい歩き始めた。
◆◆◆
「あいつ電話にも出ないわ!!」
前楽園のゲートをくぐった後のこと、風華は憤慨しながらスマホを睨みつけた。
既に三人の美少女は前楽園にやってきていた。
多くの観衆が突如現れたド級の美少女集団に度肝を抜かれる。
だがそんな視線など無視し三人は険しい顔つきで朗太たちの行き先を検討した。
「で、先輩たちはどこに行ったと思いますか?」
言われた姫子は険しい顔でジェットコースターを見上げた。
実はここに来る途中前楽園について調べ、姫子の中で一つの懸念が生まれたのだ。
「あのジェットコースターに乗ったあとに園内の『アルターカフェ』で『シークワーサードリンク』を『カップルストロー』で飲むとカップル成立するジンクスがあるようよ」
「いやまさか……」
青の輪を描くコースターを憂いた目で眺める姫子に言いたいことを悟る。
だが纏も、風華も、そして言い出しっぺの姫子でさえもジンクスのためにそこまでするのかは懐疑的で、そんなわけがないと思っていたのだが――
「マジで言ってんの洋子?! 例のジンクスで足利君ゲットできたの!?」
「うん、ホント。内緒だよー」
「マジで確率半端じゃねーな! すげーな、ここのコースターとカフェは!! マジヤベーわ!!」
「ホント、凄いよね~」
と、二人のギャルたちがそんなことを喋りながら三人の前を通り過ぎて行った。
「「「……」」」
しばらくすると三人は口を揃えた。
「「「行くわよ!!!」」」
三人は駆け出した。
◆◆◆
一方で朗太。
何やら目の前にカップが一個だけあるんだが?
「え?」
朗太は目の前に展開された奇怪な光景に思わず疑問を呈した。
テーブルの上に置かれた一つのカップ。
中身はシークワーサー。刺さっているのはなんとハート形のカップルストローだ。
「あれ、歩の分は?」
訳が分からない。
とりあえず尋ねた。
「朗太! 一緒に飲もうよ!」
すると歩は天真爛漫にとんでもないことを提案してきて
「え」
「ダメなの?」
痛い気な視線で覗き込まれると強く否定できない。
「あ、いや」
一瞬で朗太は受諾してしそうになった。
だが、踏みとどまる。なぜなら――
(男だぞ!!!??)
朗太は歯を食いしばった。
そう、こんな外見でも歩は男。
男なのだ。
となればさすがの朗太でもカップルストローはアウトなのである。
だからこそ朗太は何とか意識を保ち拒否しようとしたのだが、ふと歩は悲しそうに眉を下げて言ったのだ。
「良い、小説のネタになるんじゃないの……?」
(なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?!?!?)
朗太は瞠目した。
確かに自身の恥じらい・常識と小説を天秤にかけると揺らぐ自分がいた。
そして何より歩の悲し気な表情は反則である。
嫌でも庇護心が掻き立てられた。
だからこそ朗太はとっさに了承しそうになるが、必死に自分を引き留めた。
待て、と。
自分に言い聞かせる。
そもそもこんなカップルストローで一緒に飲み物を吸うことが小説のネタになるわけがない、と。
だがしばらく冷静に考えると
なるなぁ……
朗太は考えを改めた。
朗太は心中で頭を抱えた。
めっちゃなるなぁ……。
歩は仮にも女と見まがうような美少女然とした外見をしている。
そんな美少女とカップルストローで引水は良い小説のネタになるに違いない。
セレン・カルヴァンドとレイ・インヴァースの良いネタになるに違いない。
そもそも抵抗している理由の三割ぐらいは歩が美少女過ぎるので気恥ずかしいからだ。
加えてそもそも今回の遊園地デートは小説のネタ探しのためにやってきたのだ。
つまりこの歩の誘いを断っては本末転倒だし
「お願い朗太! 僕のためだと思って!」
歩に可愛く尋ねられると断るのはなかなか厳しいものがあった。
「仕方がないなぁ」
こうしてしばらくすると朗太は押し切られてしまったのだ。
「やった!」
歩はガッツポーズした。
そうして運命の時は訪れる。
二人同時で朗太は歩とカップルストローで同じドリンクを啜ったのだ。
すると――
なんだこれは……
朗太は驚愕していた。
何か、自分の常識の枠が取り払われていくのを感じた。
こうして男である歩とカップルストローで同じ飲み物を啜っているとこれまでの定型の価値観が下らないものに感じられた。
別に男が男と付き合っていけないわけではないのである。
そもそも人間は異性と付き合うものという価値観は別に何か朗太の中で強烈な体験があって形成された価値観ではない。
人生の流れにのって生きてきた結果自然と備わった価値観だった。
いやいうなれば『植え付けられた』価値観だった。
そして歩は傍から見れば絶世の美少女。
男か女かなんて関係ないじゃないかと朗太が呆然と感慨に耽っていると
「ねぇ朗太」
歩は囁いたのだ。
「こうしてカップルストローで同じ飲み物を飲んだことだし、僕らもう付き合ってるようなもんだよね?」
「え?」
それは宇宙の彼方から響いてくるような不思議な声音だった。
どこまでも清らかで、どこまでも優しい声音。
はるか遠くから聞こえてくるようで、それでいてすぐそばで囁いているような不思議な声。
宇宙の神秘を体現するように美しく、それでいて地母神のように温かい。
その神秘の結晶とも言って良いような優美な言葉に
「あ、うn」
朗太はおかしな言葉を吐き出しかけのだが、心のどこかでこれにブレーキ。
ふわふわと浮ついた心でありながらも、雰囲気に飲まれて迂闊な返事をしそうになるのをなんとか抑えたのだが
「「「こらーーーー!!!!」」」
時を同じくして三人の美少女がカフェに駆けこんできた。