椋鳥デート(1)
別荘の件から数日が過ぎた。
あれからはまた元の日々が戻ってきていた。
時折姫子の言葉を考えることもあるが、未だその答えは出ない。
それにしても、だ。
朗太は木目調の勉強机に備え付けられた自身のPCに向き合った。
やはり旅は小説に良い影響を与えるな。
朗太は軽快にキーボードをたたいた。
アレ以降、執筆の調子がすこぶる良いのだ。
文章や展開、キャラのセリフなどが湯水のようにあふれ出てくる。
みるみるうちに白い画面に黒の文字が並んでいく。
読者からの評価も良いようで、先日は久しぶりに感想も貰えた。
これはもう遂に自身の才能が開花し始めたとしか思えない。
かー、ついに来たかぁー!
朗太は得意気に口の端を吊り上げ髪を梳いた。
そしてこのように調子が良い時は徹底的に執筆するに限る。
だから朗太は本来自堕落であるはずの帰宅部高校生だというのに朝八時には起床し、こうして午前中も執筆にあたっているのだ。
朝の執筆もまた良い。
頭がさえわたり普段以上に質の良い物語が書ける気がする。
と思いながら朗太は空調の利いた快適な室内で物語の続きを書いていたのだが、ふと玄関のチャイムが鳴った。
『はーい』
階下で妹が応対するのが聞こえてくる。
執筆中の兄に代わり対応するとはなかなか気の利いた妹だ。
朗太は妹のファインプレーに称賛を送りながら外れた意識を再び小説に戻し、『その時セレンは――』と文章の続きを書き始めた。
のだが。
「お、おにぃ!!!!」
階下から妹の悲鳴染みた叫びが聞こえてきた。
「どーしたー!?」
「お、お客さんだよ!!」
なにぃ客だと!?
朗太は今日誰と約束した記憶もない。
姫子とも一昨日遊んだが昨日と今日は音沙汰がない。
全く、姫子が俺を放っておく時くらい他の奴らも俺に構うんじゃない。
誰だいわばゾーンに入っているとも言って良い俺の執筆を妨げるのは。
そう思いながら朗太は階段を下る。
いやきっとどうせ姫子であろう。
朗太は一人納得していた。
こんな突然自分の下を訪れる人間など姫子ぐらいしか思いつかない。
だからこそ朗太は一言文句でも言ってやろうと思いながら苛立ちながら階段を下りて行ったのだが
「や、朗太!」
「歩!?」
玄関にいたのは金髪の天使、文芸部所属の椋鳥歩だったのだ。
朗太は思う。
歩に自分の住所教えたっけ?と。
「来ちゃった!」
椋鳥ははにかんだ。
◆◆◆
「(おにぃ、凄い美少年だけど、知り合いなの……?)」
数分後、椋鳥をリビングに通し麦茶を出すと弥生が声を潜めて尋ねてきた。
「(あ、あぁ……。文芸部所属で、小説、仲間、なのかな……?)」
「(ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~)」
その悲鳴には様々な感情が混じっているように感じられた。
あの外見で物語書きなの、とか、おにぃとは雲泥の差、とかである。
だがそれら感想を全て飲み込むと
「(お、お邪魔したら悪そうだから、私上行くねッ!)」
と脱兎のごとく逃げ出していた。
一方でリビングに通された歩はというと、「ここが朗太の家か……」「へぇーー!」とか言いながら目をキラキラさせながら感動していた。
その様子は姫子や風華がこの家に来た時のことを彷彿とさせた。
が、その話はまた別だ。
「で、どうしたんだ。急に?」
ドカッと椅子に座り頬杖を突きながら尋ねた。
正直いくら歩と言えど迷惑の度合いが大きい、が
「いや長い夏休みだし今日ぐらい一緒に遊ぼうかなって思って! ダメかな?」
「い、良いけど……」
歩の様な心優しい人物のお願いだと無下に出来なかった。
姫子の誘いなら断れるのになーと思いながら朗太は首を縦に振る。
「じゃぁ朗太! 一緒に遊園地に行こうか!」
「遊園地?!」
突拍子もない提案に朗太は息を飲んだ。
だが歩からすると当然の提案であるらしく「うん、遊園地!」と屈託なく頷き
「ダメ……?」
とかわいらしく上目遣いで頼み込んで来た。
その余りに可愛らしい動作に息を飲む。
思わず「うん、良いよ」とあっさり了承しようとしたが、仮にも朗太も男である。
男二人で遊園地、というのはなかなかハードルが高かった。
だからこそ言葉を飲み込んだ後に否定の言葉を述べようとしたのだが
「仮にもデートみたいなもんだし……少しは女心が分かるようになるかもよ?」
「マジでか?」
あっさりと食いついていた。
脳裏にあるのは先日の姫子の言葉である。
姫子の謎な言葉に『女心を分かるようになれ』
あの言葉である。
実は朗太はアレ以降女心・女性描写の向上に邁進しているのだ。
だからこそ
「うんうん! だって二人で遊園地ってデート的なところもあるし、きっと参考になるよ!」
「よしじゃぁ行くか!!」
と朗太は鷹揚に応じたのだった。
あっさりと篭絡された自分に歩が「フフッ」と黒い笑みを浮かべた気がしたがきっと気のせいだろう。
そうして朗太がマッハで支度をしていると歩はすっと指をさした。
「朗太、『忘れ忘れもの』があるよ?」
「忘れ忘れもの?」
聞きなれない言葉に問い返す朗太。
「うん、忘れ忘れ物。忘れなきゃいけないのに忘れるのを忘れちゃったものだよ。持ってきちゃいけないのに持ってきちゃうものだよ」
「それを歩は忘れ忘れ物って呼んでるの?! まぁ良いけど! で、何が忘れ忘れ物なの??」
「スマホだよ。スマホ!」
「いやそれは必要じゃない?」
朗太が返すと歩は首を振った。
「朗太、仮にもこれは女心を知るためのデートだよ! もしデートで自分が話しているのに相手がスマホいじってたら嫌でしょ! だからデートにスマホは不要なんだよ!」
「でも写真とか電車とか調べるのにスマホは必要じゃない??」
「それは大丈夫。僕は持ってくから!」
「歩は持ってくのか?!」
「うん、僕のは朗太も兼用だから! とにかくデートの研究にスマホは不要だって!」
「そうか……。そういうもんか」
まぁいっか。
どうせ歩のスマホがあれば家とは連絡取れるんだし、そう思いながら朗太はスマホをリビングに置いて外出したのだった。
そしてこの時、朗太の異変を、自分たちにとっての危機を、五感を超えた超常的な感覚器官により察知した三人の少女がいた。
「「「何か、嫌な予感がする……」」」
纏、風華、姫子の三人である。
三人はそれぞれ別の場所で同時に呟いた。そして
「どうしたの風華」
「「どうしたの風華姉!」」
「ゴメン蘭華! それと華鈴に華蓮! 私ちょっと出てくる!!」
風華は脱兎の如き勢いで家を脱出し
「ちょっとお母さん、出掛けて来るわ!」
「何時くらいに帰るのー?」
「分かんない! 分かり次第連絡するわ!」
纏も親に声をかけ外出し
『少し今日帰り遅いかも』
姫子も親に連絡を飛ばし高層ビルを出た。
そうしながら彼女たちは朗太に連絡を取るのだが
「なんでかかんないのよ!」
姫子は声を荒らげた。
電話も通じないし既読の一つも尽きやしない。
それらは彼女たちの気を焦らすには十分で
「「「え゛」」」
朗太の家に辿り着くほんのすぐ手前の十字路で急ぐ三人の少女達は遭遇した。
「なんでアンタたちがこんなところに」
「それはこっちのセリフです」
「どういうこと!?」
三人揃って息を飲む。だが
「私は今日朗太と遊ぼうと思って」
「私も同じです!」
「私もそうよ! 気が合うわね!」
即自分たちの目的を確認。
そして本来ならばここでひと悶着起きるところなのだが、今日は緊急事態。
「ま、今日は別に戦わないわ。とにかく朗太の家に急ぐわよ」
「分かってるじゃないですか姫子さん」
「さ、早く行こう!」
一致団結し朗太の家まで訪れベルを鳴らした。
「うわ! どどどど、どうしたんですか!? 今度は纏さんたちまで!?」
「や、弥生ちゃん! 先輩いる!?」
「い、いえ、おにぃはさっき出て行ったけど……」
そこで風華が目ざとく弥生の言葉尻に気が付いた。
「『今度は』? さっき凛銅君を誰かが訪ねてきたの??」
「は、はい……! 金髪の色白の人が……。確か文芸部とか何とか言ってた気がします」
「「「……ッ!!!??」」」
それを聞いて三人揃って目を剥いた。
「それって、姫子さん!?」
「間違いないわ椋鳥よ! あいつ私たちが油断しているうちに奇襲してきたんだわ!」
「てゆうか姫子! アンタ凛銅君としょっちゅう遊んでんじゃないの!? 何でつけ入れられてんのよ!?」
「そんなん分からないわよ! もしかしたら投稿された文章量とかから朗太のプライベートの空き具合を逆算したのかも……! で、弥生ちゃん、朗太はその男と一緒に出て行くって言ってたのよね!? どこ行くって言ってた!?」
「ゆ、遊園地に行くとか言ってた気が……」
「「「遊園地!?!?」」」
三人の少女が度肝を抜かれた。
「それって完全にデートじゃない!? ヤバいわよ凛銅君フラフラしてるところあるから椋鳥と一日中一緒にいたら『持ってかれる』わよ!?」
「持ってかれる!? それマジで言ってるんですか風華さん!? さすがに先輩でもそれは……」
「いやあり得るわよ纏! くっそこんな時にあいつなんで出ないのよ!? ちょっともっかい電話かけてみるわね!?」
そうしてリビングから鳴り響く電子音。
「「「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!」」」
三人揃って悲鳴を上げた。
「ちょっとまって何であいつスマホ忘れてんのよ!? どういうこと!?」
「わ、わかりません……!」
「え、これどうなってるんですか……!?」
女子四人が揃って顔を見合わせた。
そして
「くっそ! 凛銅君の初めては私が貰うのよ!! 姫子! 纏ちゃん! 行くわよ!!」
「初めて!? 風華さん何とんでもないこと言ってるんですか!?」
「風華、アンタ……!」
「とにかく行くわよ!! このままじゃ手遅れになるわ!!」
こうして三人の少女の追跡が開始されたのだった。
「朗太、切符は?」
「パスモがあるから大丈夫だ、ハハ!」
一方でその頃。朗太は地元の改札を通り抜けていた。




