東京遠足(1)
東京遠足。
都立青陽高校の二年次に行われる『東京』を知るというテーマの下行われる行事である。
とはいってもいくつか設定してあるチェックポイントのうち一つに行けば、残りルートは自分たちが決定して良いというのだから東京の再学習というのは建前で親睦を深めるという意味合いが大きいのだろう。
「そろそろ時間だぞ……」
朗太は高校から程近い駅の改札で、未だ訪れない班員・舞鶴大地を首を長くしながら待っていた。
「大地の奴は遅刻か、朗太連絡入っているか?」
「いんや?」
親友にして学級委員・宗谷誠仁が首をかしげる。
その顔を横目で見つつ朗太は今朝がた誠仁と会った時のことを思い出していた。
誠仁は朗太に会うや否や「昨日の連絡は何だ」と確認してきたのだ。
「急に夜中に連絡があるから何かと思ったぞ」
「いや道に迷うと面倒だなって思ってさ」
とっさに嘯く朗太。誠仁は納得したようだった。
「まぁどの道大通りで行く予定だったけどな」と朗らかに笑っていた。
なら問題ない。
「おせーよなぁ」
間に合うのか? 朗太は腕時計を眺めつつ天を見上げた。
ふと横を見ると「で、それがね~」「うん、うん」「へぇ~」と仲良く話し込んでいる女子メンツがいた。
水方柚子と紫崎優菜、茜谷姫子の三人である。
周囲に他の青陽高校の生徒はいない。
出発地点も自由なのだ。
「何、舞鶴まだ来ないの?」
朗太が何気なく女子を眺めていると姫子が何とは無しに近寄ってきた。
ちなみに学校行事なので制服である。セーラー服の上で亜麻色の髪が揺れる。
「さぁ、連絡は来ない。遅刻するような奴じゃないからもう来るんじゃない?」
「ふ~ん」
すると姫子はニヤリと笑った。
女子と会話せず腕を組む朗太に思うところがあったようだ。
「なんだよ?」
「てゆうかアンタ、大丈夫なの今日? 女子と一緒だけど」
「はぁ~~~~」
朗太はからかう様に囁く姫子にため息を吐いた。
どうやら姫子は、普段小説にかまけクラスでも影が薄く、今も女子たちと距離を置き一人つったている朗太に、女子と丸一日班行動は荷が重いだろうと考えたらしい。
だが甘い。
「茜谷は知らないのか。誠仁の鬼のようなコミュ力を。あいつについていれば大体なんとかなる。ていうか誠仁は女子が寄ってくるタイプだからな」
「え、そうなの?!」
これは男子によくありがちな勘違いだ。朗太は鼻で笑った。
「あぁ誠仁はそりゃもう女子にモテるぞ。よく見てみろ、意外とイケメンだろ」
「!? 言われてみれば確かに……!」
姫子は誠仁の顔立ちが殊の外凛々しいことに気がつき目を剥いた。
実際にこの宗谷誠仁という男は、野暮ったい髪型とメガネで隠れがちだが、よく見てみれば顔立ちも凛々しく、性格も明るいとあって意外と女子人気が高い。だから――
「今日一日くらいなら誠仁をメッセンジャーにすれば女子との交流も容易い」
「アンタ相当情けないこと言っているわよ」
「ほっとけ」
朗太は姫子のつっこみを一蹴する。
「それに最悪その点、俺も問題ない」
「えぇ……自分で自分のことイケメンとか言うもんじゃないわよアンタ……」
「いや違うよ。そんなこと言いたいんじゃないよ」
訳の分からない勘違いをする姫子に朗太はうげっと口元を歪めた。
「確かに自分で別に顔悪くないと思っているけど自分で言うほど落ちてないよ」と言うと「ハッ」と鼻で笑われた。むかつく。
だが朗太とて別にそんな会話がしたいわけではないのだ。
「なぜ俺が女子と気まずくても問題ないかっていうとな」
朗太はほうほうと聞き込んでいる姫子に打ち明けた。
「女子と気まずくてもそれはそれで小説のネタに出来るからだ」
「それって結構最悪なこと言ってない?!」
朗太のセリフに声を荒立てる姫子。
しかし朗太としては姫子の憤慨が分からない。
「小説家としてあるべき姿だろ」と、フンッと肩を竦めていると「うっわー……」と姫子は半眼になっていた。
「ちなみに大地は親友の俺が言うのもなんだがゲスだからな、女子が関わるとなれば相手を最高に楽しませようとするよ。主に彼女をゲットするために……」
「それってアンタの班、宗谷以外にろくな奴いないってことじゃない……」
そんな話をしていると「おーい」と駅の入り口から金髪の男がやってきた。
ようやく待っていた人物、舞鶴大地がおいでなすったのだ。
「噂をすれば何とやらだな」
「ホントね」
二人して遅れてやってきた大地に目を向ける。すると遅れて朗太たちの下までやってきた大地は、ある意味で面目躍如。
「やーやー遅くなってゴメン。朗太ッ、誠仁! そして……、今日僕たちと一緒に旅をするレディー達。今日のエスコートはこの僕に任せてくれ……」
片膝立ちになり芝居がかった口調でそう言った。
そしてこのような大地のセリフにレディーであるところの姫子は絶句し、小動物系少女こと水方は「ひっ」と体を縮こめ、黒髪ロングの地味系少女の紫崎は、
「かわいい……」
――なぜか顔を赤らめていた。
おい冗談だろ。
朗太は拳を握り早くも約一名から好感触を得始めていた親友に嫉妬していた。
そんなことってある?
「嘘でしょ紫崎さん……」
「信じられねぇよ、いや嘘だろ流石に」
姫子と朗太は絶句していた。
宗谷誠仁はなんだかんだでモテる。
友人の朗太からしても彼女ができるのは時間の問題ではないかと思う。
そしてここで舞鶴大地に彼女が出来ようものならどうだ。
親友たちの中で彼女がいないのは朗太だけになってしまう。
スペックだけなら大して変わらないというのに、だ。
あくまで朗太視点の価値観において、だが。
だからこそ朗太の中に嫉妬の炎がメラメラと立ち上がっていたのだが、この嫉妬や焦燥を姫子は敏感に感じ取ったようだ。プッと噴き出すと囁いた。
「……非モテ男」
(くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!)
余りの悔しさで朗太は歯を食いしばった。
凛銅朗太アイデンティティ崩壊の危機である。だが絶望の淵にいる彼に世界は取り合わない。大地が来たことで遠足が始まり「じゃぁ行くぞ!!」という誠仁の掛け声で班員は改札内に向かい出す。
「フッ、哀れね……」
姫子はそう朗太に言い残しその場を後にし
ちくしょーーーー!!!
朗太は悔しさで奥歯をかみしめた。
こうして何はともあれ東京遠足は開始した。