別荘編(8)
花火の準備は事前にしていたこともあり風華の一声ですぐに行うことになった。
皆プライベートビーチに降りていく。
「おぉぉぉ~~」
そして手に花火を持ち感嘆の溜息を漏らしていた。
「綺麗だねッ」
「ザ・青春って感じだな」
「夏休みかくあるべしという感じだ」
青赤緑の光を放つ花火を持つ風華の言葉に大地・誠仁が頷いた。
プライベートビーチで皆思い思いの場所で花火から火花を散らしながら感傷に浸っていた。
「わーきれい」
「凄いね弥生ちゃん」
「わたくし花火なんて初めての体験なので感激です!」
波打ち際では弥生・纏・緑野の三人が弥生の線香花火に額を寄せ合い
「でさ、日十時がさ」
「おい春馬。それは言うんじゃねー」
ビーチの奥の崖下では姫子を交えて春馬と日十時が談笑している。
ちなみに姫子は言葉はない。
無言の姫子に何か思わないこともない。
当然、姫子が不機嫌なのは先ほどの自分の失言が原因であろう。
しかし朗太とて何も出来ることはない。
アレ以降色々と思案を巡らせてみたのだが答えなど出なかったからだ。
だからこそ朗太は姫子に何のフォローも入れられず、今もこうして一人花火をしているわけだが
「ねぇろーちゃん……」
「ん?」
一人佇んでいると春馬がふらりとやってきた。
「茜谷さんに何かしたの?」
「いや?」
反射的に嘯く。
「どうしてそう思うんだ?」
「だって茜谷さん、さっきからめっちゃ機嫌悪いし……。茜谷さんにここまで影響及ぼすとしたらろーちゃんぐらいしか考えられないし」
見ると反応の薄い姫子に日十時がおっかなびっくり話しかけていた。
周囲にまで影響を及ぼしているのなら対応せざるを得まい。
しゃーない。
朗太は重い腰を上げた。
「おい姫子」
そうして姫子の横から日十時も逃げ出したあと、朗太は砂浜に腰を下ろす姫子に声を掛けたのだ。
「なによ」
案の定返ってくる不機嫌な声音。
対する朗太はというと自分の要求を突きつけることしかできなかった。
「さっきの話の繰り返しだが、すまんかったな。ずけずけ聞いて。機嫌を直してくれ」
「はぁ~~」
朗太が謝ると姫子は盛大に溜息をついた。
「も―良いわよ。これまでの経緯考えればあんなのこの砂粒みたいに軽微なもんだし」
「そ、そうすか……」
「そーよ、全く。この鈍感は……」
だが繰り返し謝ったことで姫子の怒りも去ったらしい。
その後も「アンタはいつもそう」だとか「少しは相手の気持ちを分かるようになりなさい」などという定形のお叱りの言葉が続くもこれまでの棘のあるような声音ではなくなっていた。
それに朗太がほっと胸を撫で降ろしていると、
「フン、そんなに気にするならちょっとは考えなさいよ、色々と、ね」
とつけドンに言いながら立ち去って行ったのだ。
その時だ。
姫子の言葉や態度もあいまり、満天の星空の下波打ち際へさっていく姫子の後ろ姿に、自分が重大なターニングポイントにいることを感じたのだ。
何のターニングポイントかは分からない。
しかし今自分はとても大切な時期にいるのではないか。
姫子の後ろ姿を見て、ふとそう思った。
「肝試しを! しましょう!!」
朗太がぼんやりと砂浜に腰を下ろしていると、風華が意気込んだ。
「肝試し!?」
「そ!肝試しよ!やっぱり夏の旅行っていったら花火と肝試しじゃない! やりましょうよ!」
「良いけど、ルートは??」
「そうね! ルートは海岸線を一直線に横断したら、堤防の上へ。あとは野道歩きながら宿まで歩くってのはどーかしら?? 一応男女ペアね!」
その言葉に皆が頷く。
肝試しというよりただの夜の散歩のようなものだが風華は雰囲気を楽しみたいのだろう。
そして皆も頷いたということは他の面子も想いは同じだったようだ。
じゃんけんをして班分けを決定する。
そうして防犯の意味もある男女ペアにおいて朗太のペアになったのは……
(神よ……この奇跡に感謝致します…)
「あ、凛銅くんか! 宜しくね!」
風華であった。
順番は最終である。
「また風華ばっかり」「ズルいです…」などとぐちぐち姫子や纏がぼやいていたが朗太には関係ない。
姫子や纏などが去った後、朗太達も夜の砂浜を歩き出したのだった。
◆◆◆
これは千載一遇のチャンスだ。
夜の海岸線を風華と歩きながら朗太は思った。
旅先で女性は開放的になるとも聞く。
これは風華と距離を縮めるチャンスに違いない。
朗太は話のネタを考えていた。
のだが
「さっき、姫子と面白そうな会話をしていたね?」
出し抜けに風華がそう言った。
見ると風華のいたずらっぽい光を宿す瞳がこちらを覗き込んでいた。
「聞こえてたのか」
「うん、まぁむしろ耳を澄ませて聞いていたというのが正しい気もするけど」
「そ、そーか…」
その真意を朗太が図りかねている一方で風華は空を見上げ感慨に耽っていた。
「私たちこれからどーなっちゃうんだろうね?」
「え?」
「私ね。これまでいろんな人に恨まれてきた。女子だけじゃない。男子にだって色々酷い言葉を言われてきた。でも姫子はそんな中で唯一心から仲良くなれた人物な気がするの。纏ちゃんだって、いつか姫子のように仲良くなれると思うの」
「そ、そうか。でもそれは姫子も同じだと思うぞ?」
「ホント!?」
朗太の言葉に風華は顔を綻ばせた。
「あぁ、あいつにすでに何回も遊びに誘われてるんだが、いつも白染がいたらーって言ってるからな」
「まーそうかもね。姫子もあんまし心の友はいないからなー」
「そ、そうらしいな」
「だからね、私は怖くもあるの。これから私たちがどうなっちゃうって。もしかしたら纏ちゃんも凛銅君も姫子もバラバラになっちゃうかもしれない」
「あー、そういう……」
ふと朗太は考え込んでしまった。
朗太もこれ以上ないと思っていた親友と別れた経験がある。
それまでは大の親友だったというのに、その人物とは口もきかなくなってしまった。
だからこそ、姫子と風華は仲が良いからそんな未来は訪れないと、簡単に言うことはできなかった。
確かに今の仲の良さを考えれば、姫子、風華、纏たちがバラバラになるとは考えにくい。
だがふとした拍子に空中分解する可能性だって十分にあるのだ。
それは朗太の人生経験からも確かな事実だった。
「ま、離れるときはあっさり離れるからな。だから大事なのは離れたときも後悔しないように常に万全を尽くすことだと思う」
「そーね、凛銅くんの言うとおりかもね」
優しくなかったかもしれない。
だが朗太にはそういうしかなかった。
朗太のにべもない言葉に風華はしんみりと頷いていて
「でも」
その姿はとても悲しげでその言葉は口をついて出た。
「今日きた面子とこれからも仲良くしたい。それは俺も思うよ」
「フフ、そうよね。私もそうなれば良いと思う。またいつか来たいね皆で。海」
朗太のフォローに微笑みつつ風華は夜空を見上げた。
つられて朗太も空を見る。
そこは雲一つない星空だ。
その光景はとてもきれいで
「あぁ、そうなると良いな」
朗太は自然と同意していた。
その後も二人は夜の海岸線を歩く。
二人の足跡が、夜のさざ波に攫われていった。




