別荘編(7)
想像以上に捗るな。
『ビーチでの』執筆は……!
朗太は思わず口角を吊り上げた。
旅行二日目。朗太たちは飽きもせずコテージから出てすぐのプライベートビーチにやってきている。
視線を砂浜に向ければ今も男女が入り混じりビーチバレーをしている。
風華もいるので正直混じりたい気持ちも大きかったが今は執筆に集中だ。
「スマン、俺ちょっと体調悪いわ」と嘯き朗太は持ってきたビーチチェアに寝そべりスマホをいじっていた。
誠仁や日十時が心配そうにのぞき込むのが毒だったが、これだけは譲れない。
朗太はスマホに向き合い小説の続きを執筆していた。
にしても凄いな。
朗太は執筆の手を止め自分の現状を俯瞰した。
さんさんと降り注ぐ太陽下で、わざわざ持ってきたビーチチェアに寝そべりながら小説を書く。
脱水対策も抜かりなく、脇の机の上ではメロンソーダの入れられたグラスが汗を吹いていた。
こんなにも快適な環境で日光浴をし、身体を黒く染め上げながら、小説を書いているのだ。
何これ最高じゃない?
朗太は自身の現状に酔いしれた。
日光浴をし黒光りする美しい肉体を手に入れつつ、小説を書く。
これ以上の幸せがあろうか。
しかも目を海の方へ向ければ
「あぁー! やったなー!!」
「へっへー! 白染さんが油断するからいけないんだぜー!?」
「何をー!? 舞鶴君喰らえー!!」
しぶきを上げながらはしゃぐ風華だ。
こんな最強の環境あるん??
その他女子勢も半端ではない綺麗所が集まっているので目の保養的に完璧である。
そして朗太が、もしかするとこういう日はエロシーンを書くと効率的なのでは、と閃いていると
「アンタ、そのグラサン似合ってないから外した方が良いわよ?」
姫子がえっちらおっちらやってきた。
今日はパステルカラーの上着を羽織っておりその豊満な胸部は明らかになっていない。
だがそのシルエットから十分その整ったスタイルは想像できる出で立ちだ。
太ももやケツのあたりの肉の感じも何ともエロイ。
姫子は休憩しに来たようだ。
クーラーボックスに入っていた炭酸飲料を取り出すとパラソルの下で腰を落とした。
「似合ってると思ったんだけどな」
「似合わな過ぎて誰も突っ込めなかっただけよ……」
「でも俺強い光ダメなんだよね。眩しくて」
「まぁなら仕方ないけど……。てかアンタこんな時も小説なわけ?」
朗太がサングラスを外していると姫子が呆れた声を出した。
「しゃーねーだろ。おめーが連れまわすから書き溜め出来なかったんだよ」
「私のせいって」
「違うか?」
「違わなくても良いけど? アンタもアンタで折り合いつけなさい?」
「確かにそれも言われると何も言い返せん」
朗太は今もビーチボールで遊ぶ友人たちを見た。
皆、満面に笑みをうかべとても楽しそうである。
「楽しそうだな?」
「ま、そりゃそうでしょ。私は疲れたけどねー」
言って姫子は炭酸水を飲んだ。
二人の間にふと間が空いた。
そんな折に、朗太はふとした調子で尋ねたのだった。
「てゆーか姫子、津軽に告白されたんだってな?」
「ブフッ!!」
姫子が炭酸水を噴水のように吐き出した。
相当焦ったらしい。
その顔は瞬時に真っ赤になっていた。
「あ、アンタ! 誰から聞いたの?!」
「いや昨日、男子たちから……」
「あいつら~~~~~~!!!!!」
姫子が恨めし気にビーチで遊ぶ男子たちを睨んだ。
このままでは男子たちの命が危ない気がしたのでフォローを入れておく。
「まさかあいつ等も俺が知らなかったとは思わなかったようだから許してやってくれ。てか俺は驚いたよ。てっきり津軽は諦めたものかと」
「ま、アンタには言ってないし当然ね」
姫子はばつが悪そうに口をすぼめた。
「まぁ言われてなかったからな。いつごろだったん?」
「五月中旬くらいじゃない?」
「緑野の友人集めしてた時期か。でもその頃姫子なんも変わりなかったよな」
「そりゃ今更告白一つで動じないわよ」
なるほど、そういうものなのか。
朗太はモテる者特有の感性に感じ入っていた。
「それとこの一学期だけでかなりの数告白されたと聞いたぞ?」
「あ、あいつらそんなことまで……」
極まりが悪そうに姫子は顔を伏せた。
「ま、まぁ何か30人くらいには告白されたとかなんとか」
「で?」
「で? いや吃驚したよ。姫子ってやっぱりモテるんだな?」
「あったり前でしょ! こんな美少女、周りの男が放っておかないわよ!」
姫子は強がるように顎をツンと上にあげた。
「で、なんで俺にそのこと言わなかったん??」
そうして朗太が問題の核心に触れると姫子が火を噴くように顔を赤らめた。
「なんでアンタにそんなこといちいち報告しなきゃなんないのよ!!」
「いやまぁその通りなんだけどさ……」
怒鳴り散らす姫子を朗太は諫めながら朗太は口を尖らせた。
「あんだけ一緒にいたんだから教えてくれても良いんじゃないかなーって」
朗太が言うと「クゥ!」と姫子は息を飲むと
「アンタに言ってないことなんてまだまだまだまだまーだまだあるわよ! 全く!」
声を荒げた。
「お、おう……」
一方で何やら地雷を踏んだらしい朗太はうろたえていた。
「あ、あれだ……。いや、すまん。なんつーかゴメン、悪かった。そりゃ姫子が俺に何を伝えようと伝えまいと姫子の勝手だよな……」
そして朗太が流石に謝ると、姫子はぴしゃりと言ったのだ。
「朗太、アンタは女心ってもんを分かった方が良いわ」
「お、おう……」
「小説でも時々おかしなことになってるわよ!」
「は、はい……」
朗太が畏まりながら答えると姫子はフンと鼻を鳴らし皆の下に向かっていった。
姫子を見送りながら思う。
なぜ自分は姫子に今ほどの質問をぶつけたのだろう、と。
姫子の言う通り、姫子が誰に告白されたかなど、朗太が知る権利などないはずである。
姫子がそれを自分に告げようと告げまいとそれは姫子の勝手なのだ。
だが朗太は誰かに告白されたことを自分に秘した姫子を問い詰めたくなったし、実際にそうした。
そして姫子に言われた言葉。
『アンタは女心ってもんを分かった方が良いわ』
確かにこれまで女性と付き合ったことのない自分は女心というものをいまいち理解しきれていないのかもしれない。
「はぁ」
これではもう執筆に集中できそうにないな。
朗太は溜息一つ付くとビーチチェアに身を委ねた。
女心というのは難しい。
そうして朗太が鬱々としながら捗らない執筆をすること小一時間。
その後みなと昼食を取り午後も皆でビーチに向かう。
今度は朗太もみなと混じり水遊びを興じた。
そして時間は飛ぶように過ぎ皆と夕食を取り心地よい夜風がコテージに流れ込み始めた時、風華は言ったのだ。
「皆、花火をやりましょう!!」




