別荘編(4)
ビーチから戻り外に設置されたシャワーで砂を落とすと女子から順次そのまま風呂に入ることになった。
その間、男子たちはコテージの屋外テラスで待ちぼうけである。
女子たちのキャイキャイ騒がしい会話が心地よい空調に乗って聞こえてくる。
『うわ! 思ったよりも姫子さん胸あるんですね!?』
『そうよ、纏ちゃん! 姫子は結構あるのよ?! どう触ってみる?!』
『なんでアンタが許可出すのよ風華……』
『というか風華さんも思った以上です……』
『こ、この程度で思ったよりって私どんだけ小さいと思われていたのかしら……』
『風華は普通にスタイル良いでしょ。てゆうか纏、アンタもなかなかやるわね……』
『と、というより皆さん凄いですわ……!』
『『『アンタが一番凄いわ!!!』』』
『え、わたくしそんなに凄いですか……!?』
『そうよ! あったり前じゃない! アンタ一体何カップあんのよ!?』
『お金もあっておっぱいもあるってずるくない!?』
『や、色々あるのは風華さんも同じかと……。あるものは違うようですが……』
『というか先輩方皆凄くて身の置き場がないのですが……』
『え、いやいや弥生ちゃん、貴女はなかなか有望よ?!』
『うんうん、これからきっとさらに凄くなるよ!』
何やら弥生が励まされている。
「いいなぁ……」
誰かが呟いた。
「……それな」
「マジでいいな」
「一回でいいから拝んでみたいな」
「ほんとな」
「それな」
「でも見に行ったら……」
「社会的に死ぬな」
「それな」
「ならダメだな」
「それな」
「ほんとにな」
「「「「「はぁ~~~」」」」」
キャッキャと女子が騒ぐ一方で非生産性極まる会話を繰り広げる男たち。
もやもやとした空気は白シャツに青の短パンの風華が「お先失礼しましたー! 男子も入って良いよー!!」と言われても晴れることはなく、途中弥生とばったり会って
「外見に関してはあいつらがチートだから気にすんな」
「聞いてたのおにぃ!?」
目くじらをたてて問い詰められたが大して相手にもせず朗太は男子たちと浴室に向かった。
そして
「え!? なにこれ凄ない!?!?!?」
「おいジェットバスまであるぞ!?!?」
「下から泡も出るぞ!」
「てかめっちゃひろい!!」
「てか何で女子たちこれスルー出来たの!?!?」
「「「「すげーーーーーーー!!!!!!」」」」
と5人同時に入れる広さを持つ浴室の浴槽にジェットバスなどの機能が備えられていて、それまでのもやもやとした気持ちも吹っ飛び男子たちは盛り上がった。
また一方で男子たちの歓声を聞いて女子たちは
「うわめっちゃ盛り上がってるわよ男子たち……」
「まぁ確かに凄かったですけど、そんなにでしょうか……」
『ヌオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
「誠仁さん……」
誠仁の奇声に弥生は顔をこわばらせた。
「ま、まぁ風華も結構盛り上がってたわよね……?」
「いやアレ凄かったでしょ!?」
「まぁそうだけど」
風華は必死に自身の感性の真っ当性を主張した。
だがムキになる風華を受け流し纏はキッチンに目を移した。
「てかそんなことより今のうちにパパッと料理作っちゃいましょう! どうせ今日来ている男子で料理できる人いませんよ!」
「なら邪魔になるだけね。さっさとやってしまいましょう?」
「い、良いんでしょうか男の子を退け者にして……」
「良いのよ翠。いるだけ邪魔でしょ。出来ない人なんて。男子は後片付けよ」
「あ、それ良いですね! 男子はそう言うことにしましょう!」
といって女子たちは男子たちが風呂場で盛り上がっている裏でさっさと夕食を作ることになったのだが……
「これは私の料理スキルを先輩に見せつけるチャンスですね?」
纏がニンジンを持ちながら誰に対してでもなくふと呟いたこの言葉が大惨事につながった。
「アラそれはどうかしら?」
聞き捨てならない発言にゆらりと怒気を発する姫子に風華。
「私だって」
「料理くらいできるのよ、纏ちゃん?」
「「「フフフフフフフフフフフ」」」
そうして三者三様不敵に笑う。
それを見て弥生は「うわ……」と怯え、緑野はどうしていいかわからないように固まっていた。
だが……
◆◆◆
「ん? なんだ?」
風呂から上がりリビングに入ると何か焦げ臭い。
真っ白で埃一つない海が一望できるリビングに煙が立ち込めているような気がする。
ふとダイニングを見ると
「うお……!」
黒煙を発する見るも無残な鍋とフライパンがあり、リビングでは
「うお……!」
剣呑な空気を発する纏と、その前に正座する姫子と風華の姿があった。
何やら叱られているらしい。
「で、これはどういうことですか??」
平坦な口調の纏がお玉片手に問い詰めていた。
すると
「「すいませんでしたーーーー!!!!」」
我が校を代表する美少女であるところの二姫が揃って低頭平身に謝っていた。
朗太が目を丸くしていると、姫子と風華は泣き喚いた。
「だって私も料理できるキャラになりたかったんだもん~~!!」
「そうよ~~!! 料理できるアピールして何が悪いって言うのよ~~!!」
「だからってあんな自信満々に不敵に『フフフ』とか笑ってたんですか!? どういう心境だったんですか!?」
「そ、それは……。だって私たち、ねぇ風華……?」
「そうよ! 私たちやろうと思えば何でも出来たし! まさか私達に料理の才能がないなんて思わなかったしッ……」
「はぁー?! 何言ってるんですか?! 料理が初めてで出来ないなんて当り前じゃないですか! というか何で今まで料理したことなかったんですか!」
「そ、そりゃ家庭環境もあるし」
「うん、それになにより、ねぇ姫子……?」
気まずそうに目を見合わせる姫子と風華。そして
「「だって私たち料理できなくてもモテたし……」」
「馬鹿!!」
うわぁ……すげぇ叱られてる……。
原因は不明だが察するに料理が出来ないのに料理できる風を装う。もしくは料理勝負をしかけてこのような悲惨な事態を招いたらしい。
にしても姫子と風華にここまで強く出られる人物はこの学園に纏くらいしかいないのではないだろうか。
朗太は珍しい光景に感心もしていた。
「分かったわよ! じゃぁ私がその原型とどめていないダークマター食べて処理しますー!」
「あんなの食べちゃダメですよ風華さん! めっちゃ焦げてますし! あれは捨てて今後の糧にして下さい!」
「は、はいー!」
「姫子さんもですよ!」
「わ、分かったわ……」
「な、なんか凄いことになってんな……」
「ハハハ……」
朗太がリビングの隅にいた弥生に話しかけると弥生は乾いた笑い声をあげた。
緑野も苦い表情である。
その様子に朗太が脳内にはてなマークを浮かべていると「ふぅ、怒ったら疲れました」と言って纏がリビングに引き上げてきた。
「お疲れだな?」
「誰のせいですか?」
なぜかぴしゃりと言われてしまった。
誰のせいって少なくとも自分のせいではないだろう。
入れ替わり立ち代わり朗太は姫子と風華の下へ寄って行き言う。
「流石に食材を無駄にするようなことはダメだぞ。あれは纏も怒る」
「もう凛銅君! 誰のためにやったと思ってんのよー!!」
「この馬鹿なんも知らないくせに……!!」
朗太が纏のフォローを入れると二人は朗太を恨めし気に毒づいた。
そして朗太が二人のセリフに苦笑していると
「うお! なにがあったんだ!?」
「すげぇ! 黒い!」
「うっわー……」
「こりゃすげぇなドン引きだわ」
朗太に続き男4人がぞろぞろと入ってきてその黒ずんだ物体を見て息を飲んだ。
コラ日十時。一言多いぞ?
朗太は姫子と風華から殺気を感じ冷や汗をかいていた。
こうしてここで一つの問題が浮上したのだ。
「これは困りましたね……」
数分後、旅行参加者全員集まったリビングで纏は顔をしかめた。
「まさか参加者10人いて料理できるのが私と弥生ちゃんしかいないとは」
リビングに何とも言えない空気が満ちた。
そうなのである。
なんと情けないことに10人の若者が集まったというのに料理の出来る人物が纏と弥生の二人しかいなかったのだ。
すでに纏の怒りは去った。
「じゃ、料理は私と弥生ちゃんと翠さんで作りましょうか!」
といって一転気分を入れ替え料理をしようとした時だ
緑野が「じ、実はわたくしも……」とやんわり料理が出来ないことを白状したのだ。
となってくると流石に人員的にも男子たちが戦力になるかどうかにかかってくるのだが、男子たちというと
「すまん。からきしだ。料理の手伝いを軽くすることはあるが」
「俺も全然なんだよな~……」
「ご、ごめん……」
「すまん」
むしろいっそ逆に男らしいかもしれない。誰も料理などできず、残された朗太も
「で、先輩は?」
「俺に小説以外に生み出せるものがあると思うか?」
「なかなか考えさせられる発言です」
「何が言いたい?」
料理などできない。
小声で返すも含みのある返事をいただいた。
こうして纏は現状を差し迫った危機を理解すると
「はぁ~、じゃぁ仕方ないですね。私と弥生ちゃんで頑張って皆さんの料理を作ります。その代わり後で労わってくださいね?」
「は、はい……」
大きく溜息をつきながらキッチンに立ったのだ。
そして年下たちに料理を作らせるのは流石にヤバいと思ったのであろう。
「じゃ、じゃぁ俺達は皿の準備とかしてるな」
「そ、そうだな」「俺もなんかするよ」
と残りのメンツは料理以外の準備をすることになった。
そしてその中に朗太も混じろうと思ったのだが
「おにぃはこっち」
「え?」
「おにぃは料理あんまできないけど、時々手伝ってくれるでしょ? 私と連携取れるから料理担当になって。ただでさえ人少ないんだから」
「ま、まぁ良いけど」
と朗太は料理補佐に大抜擢されたのだ。
「これは予想してなかったですが良い展開かもしれません」
それを見て纏はほくそ笑んだ。
以降朗太は料理の補佐をし続けている。
一方で男子や残す女子たちはというと掃除やダイニングの準備などをし終えると流石に暇を持て余し男子が持ってきていたTVゲーム・スマブタをし始めた。
姫子も多少は心得があるようで、姫子・風華・日十時・春馬の四人でバトルしている。その様子を緑野が物珍し気に眺め、負けた二人と交代するべく誠仁と大地が待機している。
なぜ彼らが料理の補佐に入ってこないかというと
「大丈夫です。御心配なく」と纏が笑顔で閉めだしたからである。
人少ないんだから頼めばいいのに、と朗太は思わないことはない。
おかげで朗太は馬車馬のごとく働かされている。
纏は中学時代から料理が得意だった。
物凄いペースで10人の若者の腹を満たせるだけの料理を生み出していく。
弥生も弥生で普段から料理をしており料理センスがあることで腕を鳴らしていた纏のペースに問題なくついていく。
そこに投入される馬車馬俺。
それはもう必死に「おにぃみりん」「はい」「先輩、そこに切っておいたお肉あえて貰っても良いですか?」「あ、これと混ぜれば良いの?」「はいそうです!」といった具合で必死に働かされていた。
きっと手際も特段良くないだろう。
しかし纏は満足そうに笑いながら言うのだ。
「一緒に料理するって新婚さんみたいですね。今の私たち」
「そ、そうか?」
「そうですよ! どうです先輩! 私との料理は嫌ですか!?」
「え、いや」
ちらりと朗太は既に複数の美味しそうな料理の置かれたテーブルを見た。
見る見るうちに皆が食べる食事が生み出されるのは気持ちのいいものである。
しかも味見したことにはどれもおいしい。
であるならば例え必死に働かされてもそれは不快な体験にはならず
「いやそうでもないな。むしろ纏と結婚する奴は幸せ者だな。こんな旨そうな料理が毎日食えるんだから」
というと
「分かってますね先輩! はい! 特別に出来立ての丸々唐揚げをあげます!」
纏は満面の笑みを見せ朗太にクッキングペーパーに置かれていた揚げたての唐揚げを菜箸でとり差し出した。
そのまま食べさせられたがとても美味しかった。
「ふふ、本当に新婚さんみたいですね?」
朗太が感心していると纏ははにかんだ。
その笑顔はとても可愛かった。
一方でリビングでは
「うお!?」「なんだ!?」「急に強くなったぞ!?」「やべぇ手つけらんねぇ!!」
姫子と風華のキャラ操作が一気に苛烈になり日十時と春馬のキャラをぶっ飛ばしていた。
その後彼女たちの操作するキャラは男子たちの扱うキャラを寄せ付けず連勝し続けていた。
彼女たちが激しくボタンを叩く音がキッチンにまで響いてくる。




