別荘編(1)
夏休み。
それはある者にとっては部活に打ち込む、またある者にとっては塾などに通い勉学に勤しむ時期である。
小中高、そして大学生の間のみ与えられるこの圧倒的余暇は打ち込む物のある者にとって最高に充実した期間になりえる。
彼らは時折旅行や遊びで息抜きを挟みながら夏休みという青春真っ盛りの休暇を余すことなく楽しむのである。
のだが……
「暇ね……」
夏休みが始まり七日目。
姫子は自宅のリビングでぐったりとしていた。
高層ビルの一室。
遥か下方で人々が忙しなく動き回る雑踏の雑音が僅かに届いていた。
薄暗い一室ではテレビのみが煌々と輝き、今日も代り映えしないニュースを流している。
テーブルの上には『温めて食べて』と紙に書かれた昼食。
冷蔵庫の中にサラダもある。
唯一の家族である母親はもう仕事に出て行ってしまっていた。
母親が今日も家にいれば多少はマシだったかもとも思う。
しかし――
「まぁいても変わらないか」
姫子はつまらなそうに呟きながらスマホを開いた。
母親が教育熱心だと言うこともあり夏休みの宿題はもう全て終わらせてしまっている。
単刀直入に言ってやることが無いのだ。
姫子は部活に所属にもしていないし、さして熱心に取り組んでいる趣味という趣味もない。
今年の春休みや冬休みは自分の活動が広まったこともあり、知人から悩み相談の依頼があったが、現状それもなし。
自分の知り合いは健やかに夏休みを満喫しているようだ。
となってくると自分はもうやることがない。
唯一の親友と言っても差し支えのない風華は
『ゴメン、姫子。私部活あんのよー!』
とのこと。
今頃あのバスケ少女の風華は部活に打ち込んでるだろう。
姫子は遊び相手が多くない。
少なくない頻度で友人が自分を遊びに誘うことがあるが、それが呼びたい男に対する撒き餌だということはもう知ってしまっていた。
SNSを見ると纏も夏休みを満喫しているようだ。
纏っ子@kanarian 1時間前
今日は新宿で映画! その後は真知子と洋服買うぞー!!
という書き込みと共に今やっている有名な映画のチケットの写真を上げていた。
「映画、か……」
姫子は天井を見上げた。
映画ならば、朗太を釣れるかもしれない。
ふとそう思ったのだ。
適当に小説にケチをつけて(つけようと思えばいくらでも付けられる出来なのだ)、作品の質向上のために映画に誘えばあの男は『仕方がないな……』とか言いながらホイホイついてくるであろう。
そもそもあの男がいけないのだ。
朗太のことを考えていると自然と彼への愚痴になった。
自分がこんなにも暇をしているのはあの男が原因なのだ。
あんなにも仲良くしたのに、夏休み、遊びの一つも誘わないと言うのはどういう了見なのだろう。
仮にも自分は超の付くほどの美人。
誘わない彼の心理が分からなかった。
そうでなくとも、暇なのは奴も同じはず。
暇を持て余し早々に自分に泣きついてくるに違いないと踏んでいたのだ。
だからこそ終業式のあと、さして夏休みの約束などもせずに帰るも余裕。
どうせ遊ぶことになんでしょ? と軽く考えていたのだが、現状遊びのお誘いはなし。
「全くどうなってんのよ……」
姫子はそう愚痴りながら久しぶりに『小説家になりませんか?』の朗太のページへ飛んだ。
そこには――
スターヒストリカルウォーズ
第118話 『愉悦』
という話数タイトルで話が書かれた後、こう書かれていた。
お久しぶりです! 『言葉の裏庭』です!(*´ω`*)
皆さまはいかがお過ごしでしょうか?
学生の私は現在夏休み。小説に打ち込んでいます!
というわけで現在夏休み企画進行中! ワーイε=ヾ(*・∀・)/
40話連日更新します!!
よろしくよろしくぅウ!!☆☆( ・`ω・´)キリッ
(!?)
それを見た瞬間、姫子は固まった。
最初、何を言っているのか全く分からなかった。
しかし次第に頭が追い付いてくる。
夏休みは大体40日。そして40日連続更新。
つまりこの男は高校二年の夏休みのほぼ全てを小説に捧げようとしているのだ。
そう、夏休みとは、ある者にとっては趣味を満喫する時期でもある。
まさか奴がそんなとんでもないことを企画していたとは夢にも思わなかった。
そしてこんなこと、冗談ではない。
すぐさま姫子はポストコを操作し朗太に電話をかけた。
『あ、もしもし姫子? どうした急に。俺小説で忙しいんだけど』
そしてワンコールで出た件の男に姫子は言った。
「朗太! 遊び行くわよ!!」
『ええええーーーーーーーーー!!!!??』
スマホから朗太の悲痛な叫びが響く。
全くこの男は……。
姫子は思う。
こんな美人に誘われて何が不満だと言うのだろう、と。
「何よ嫌なの!?」
『いやだって俺小説書きたいし』
「そんなんいつだって書けるでしょ!」
『そ、そりゃそうだが、それに緑野の別荘もそろそろだろ……!?』
「確かにそうだけど!」
言われてそれは姫子の脳内にのぼってきた。
実は七月末から八月にかけて姫子たちは翠の別荘に誘われているのだ。
その後も自身の誘いに抵抗し続ける朗太を相手にしながら思う。
翠に、風華に纏、そしてこの朗太。
他にも舞鶴や宗谷、他にもさらに来る。
こんな濃い連中が一堂に会して別荘への小旅行は本当に無事に終わるのだろうか、と。
お久しぶりです。作者の玖太です。
夏休み編の流れを先に説明しておこうと思います!
1、別荘編 2、椋鳥デート編 3、それぞれの日常編(風華の家に行ったり、夏祭りに行ったり、など) 4、登校日→???編 の予定です!
しばらく下らぬ話が続きますね!笑(2学期編はハードなのでその前座だと思えば、まぁ……)
のんびり待って貰えると嬉しいです!
宜しくお願い致します!




