文化祭抗争(5)
「校門の開放?」
朗太の指摘に久慈川は心底馬鹿にした風に問い返した。
「えぇ校門の開放です。姫子も言っていた通り、自分達は部外者です。だからこそ気になって」
「それが校門の開放についてだって?」
「そうです。何せ去年は余りの集客に怪我人が出たでしょう?」
朗太は慇懃無礼に言い返していた。
朗太の言っていることは事実である。
実際に去年の文化祭では余りの人手に校門付近で買い物へ行く自転車にのった人と来場者の間で接触事故が起きていた。
「去年と同じやり方ではまたけが人が出るんじゃないかなぁと思いまして」
「だが出るとも限らなくないか?」
「ですが出てからじゃ遅いですよね? それに去年より多くの集客を目指すんですよね?」
朗太はF組委員から渡された資料をバサリと机に放った。
中学校へのポスター掲示の資料だ。
先ほど久慈川が『去年以上の集客を目指すから』対策を練るように言っていた資料だ。
久慈川は押し黙った。
「で、それがなぜ校門の開放につながるんだ」
代わって弁天原が返す。
「校門は合計四つあります。ですが開放されるのは二つだけ。もう一門開放されば校門前の混雑も解消されるんじゃないかなーって」
「それがお前がこの場で議題に上げたいことなのか……」
言外に姫子の言っていることとまるで関係ないじゃないか、と指摘する弁天原。
朗太がこれまで議題にものらなかったことをしゃべり始め驚いているようだった。
しかし朗太とて言い分はある。
「さっきの話を聞いていてずっと気になってたんですよね」
下らないとばかりに軽く手を上げる。
「どちらも文化祭『そのもの』を良くする議論をまるでしていなくて。この文化祭実行委員の会議において一番大事なのは文化祭で誰が一番おいしい目を見られるかではなく、文化祭そのものがいかに安全に円満に行われることでしょう。だからこそ誰が一階を使用するかなんてことよりも、この議題の方が重要な議題のはずです」
正直今のセリフが正しいものかどうか朗太は分からない。
とりあえずそれっぽい風に纏め言ってみただけだ。
だが朗太にも勝算はあった。
なぜなら朗太の指摘する内容は、これまでの議論と違い明確に敵を作らない綺麗ごとであり、これまでの張り詰めた空気に耐えかねていた生徒達にとって都合の良い話題そらしになりえるからだ。
これまでの姫子と弁天原の肌がひりつくような言い合いを聞いていた多くの生徒は耳障りの良いこのお行儀の良い言い分に飛びつく可能性があるのだ。
だからこそ上手く行くと朗太は感じていて、実際にそうなった。
朗太の正論風な意見に多くの生徒が頷いていたのだ。
だからこそ流石に弁天原も生徒たちの空気を察したのか同意した。
「うむ、分かった。一考しよう……」
「いやここで決めちゃいましょうよ」
すかさず追い打ちする。
「なぜ?」
「なぜってさっき指摘された通り次回の会議に自分たちはいないからです」
「だが校門の開放となるとこの会議の一存では決められない。教師への確認が必要になる」
「分かりました。では校門の開放に関しては自分が言い出したことなんで、このまま同じF組の実行委員に任せようと思います。情報伝達が楽なんで。もしOKが出たら開放ってことで良いですよね?」
「ムッ」
そこで弁天原は朗太の言い分を吟味するように押し黙った。
そして朗太の提案が自分たちに害がないと判断すると
「だが四門全ては多分困るぞ?」
「分かりました、では去年まで開放していた二門に加えてもう一門まで、ということで」
「分かった、それでいこう」
四門ある校門のうち一つが追加で開放される方向で話は固まった。
もしかするとこの判断は弁天原が周囲の生徒の救いを求めるような視線に背を押されたからこそ下されたものかもしれない。
いくら議会を支配しているとはいえ、支配するためにこそ、ある程度生徒たちの意を酌む必要もあるのだ。
ある意味姫子の舌戦で生徒たちにプレッシャーをかけたところで、姫子・風華・纏が票田の切り崩しに動き出し、それを阻むためにこのタイミングで決を採ろうとしたからこそ起こり得たこととも言えた。
いずれにせよ朗太の要求する校門の開放は会議で承認され、今後の教師との話し合い次第ということになった。
そしてその後、弁天原主導で一階の貸し教室の使用権の決が採られ、7教室あるうち6教室が3年生が使用し、残す1教室、一番奥の部屋は2年生が使えることに決着した。
「あ、アンタ! 決まっちゃったわよ!? どうすんの!?」
会議が終わり人通りの少ない二年生階の廊下まで来ると姫子が溜まらず問いかけた。
聞き耳を恐れてこれまでは黙っていたのだ。
「大丈夫だ」
話しかけられた朗太はというと落ち着き払っていた。
「ちゃんと二年も一階の部屋を使えるようになったろ?」
「でも一番奥の部屋でしょ!? それじゃ意味ないじゃない! 人が来ないわ!」
「だから俺はもう一個校門を開けるよう言ったんだよ」
「え!?」
姫子の表情が驚きに包まれた。
「それどういうこと?!」
「大したことじゃない。姫子、俺達二年が割り当てられた一階奥の教室、その奥には何がある?」
朗太の問いに姫子は眉間に皺を寄せた。
顎に手を置き一階の奥教室、その廊下のさらに奥に何があるか考える。
そうしてそこにあるものに気が付くと呟いた。
「あ、職員用の玄関があるわね――」
「そういうことだ」
朗太は頷いた。
「一階の空き教室が票を獲得するという点において一等地と言われているのは、玄関に最も近く集客が望めるからだ。人の流れがそこに『集中するから』だ。なら、それを変えてやればいい」
「あ――」
朗太の意図に気が付き姫子の表情が俄に明るくなり始めた。
その表情で姫子の思考を大体把握した朗太は薄く笑った。
それが朗太の意図。狙いだった。
「四つあるうち開放されるのはうち二門。残りの開放されていない門のうち片方が学習棟裏手から入る経路だ。そこを開放すれば……」
「自然と一番最初に現れるのは職員用の玄関になる! そこを開放しておけば一番初めに遭遇するのが2年生の教室になるってことね!?」
「そういうことだ。そうなればまぁ一等地の中でも断トツの立地にはならないだろうが、負けない立地にはなるだろう」
地形効果、という言葉があるらしい。
その地形によって得られる利益や効果を指す言葉だと聞いている。
また朗太が普段から利用している小説投稿サイトでも、その言葉は人によっては馴染みのあるものらしい。
なぜならランキング上位に乗りトップページに露出するかどうかは大きな差があるからだ。
トップページに乗るか、ワンクリック奥のページに表示されるかは大きな違いがあるのだ。
そのようなサイトを普段から利用しているからこそ朗太は今回の発想を得たのかもしれない。
言ってみれば朗太がしたことはまず最初に開かれるページを変えたようなもの、もしくは最初に表示されるページの選択肢を増やしたようなものだ。
となれば、最も地形効果を得らえる位置が変わることも請け合いで、このように開ける校門を変えれば確実に人の流れは変わり、職員用玄関のすぐそばにある2年に割り当てられた教室もしっかり誘導を行えば一等地に成りえる。
それが朗太が狙ったことであり
「あとはとにかく後は梔子の頑張り次第だ。F組の実行委員に引き継ぐとは言ったがアレは嘘だ。あとは梔子に直接教師と交渉してもらう。梔子の熱意があれば可能だろう」
「アンタやるじゃない!」
策を伝えると姫子は飛び上がって喜んだ。
その後梔子に今回の策の全容を伝えると『ありがとうございます!!』と全力で頭を下げられ、そのさらに後に真相を風華や纏に話すと彼女達も驚いていたらしい。
風華曰く『凛銅君が暴走しだしたと思った』
一体自分はどのように思われているのだろう。
朗太は嘆息した。
まぁ何はともあれ
「では皆、怪我をしないように! 勉学を怠らないように!」
実行委員の会議から数日後。
夏の陽光が教室に照り付けていた。
珍しく四限終了後に行われているロングホームルーム中なのだが、皆浮足立ち教師の話など聞いてやしなかった。
なぜなら……
「皆! 夏休み楽しめよぉーーーーー!!!!」
「「「「やったああああああああああああああああああ!!!」」」」
クラス中が歓声に包まれた。
そう、夏休みが始まったのだ。
「朗太! 連絡とるから遊びいこうな!」
「おう! 当たり前だ!!」
「おいおい俺も混ぜろよ!?」
「もちろん呼ぶさ誠仁!!」
ホームルームが終わるや否や駆け寄り夏休み中会う約束をする朗太に大地に誠仁。
教室のいたるところでは生徒たちが小グループを作りこれから始まる圧倒的余暇を想いはしゃいでいた。
それだけ彼らにとって夏休みとは素晴らしいものであり、朗太もこれで小説が書き放題だと浮かれていた。
だがそんな朗太を教室の奥から見据える人物が姫子であり、今年の夏休みが自分の期待とはかけ離れたものになることを、今はまだ朗太は知らない。
いずれにせよこうして夏休みは始まり、
「じゃぁな姫子!」
「はいまた今度ね朗太」
朗太は姫子に挨拶をし教室を後にしたのだった。
人生に一度しかない高校二年の夏休みが、今始まる。
同日夜、ネット上のどこかで一つのグループが誕生していた。
グループ名は『三年生の学祭制覇を目指す会』
と、いうわけでこれにて一学期終了です! 無事一学期編は連日更新出来ましたね! まぁ書き溜めがあったからなんですが……笑
次話以降は夏休み編です!
緑野別荘編や椋鳥デート編(!?)、夏祭りに行かせてみたりと色々やるつもりです!
今後は週に二度・水曜日と日曜日の定期更新になります!
次回は3/21(水)ですね。のんびり書いていきます。
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