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文化祭抗争(2)

聞いたところによると梔子祭は演劇部に所属しているらしい。

だからこそ『演劇の青陽』という伝統すら蹂躙し自らの『十五逃し』の烙印を免れようとした彼らのことが許せなかったらしい。

同じ演劇部の先輩たちとはすでに敵対済みとのことだ。

そのような覚悟の下彼女は行動を起こしており、そんな彼女が不当なバッシングを受けているのは非常に同情出来た。


また一方で事を起こした先輩たちだが、他の学年が劇をしないからこそ勝ち得た学祭制覇でも、それで構わないと思っているようだ。

当然記録を漁れば彼らが学祭制覇をなしえた理由が、他学年が演劇をしなかったからだと明るみになるわけだが、逆に言えば漁らないと出てこない。

ならば問題ないと考えているようだ。


そして教師達だが基本的に生徒の自主性を重んじる校風なこともありこの件に介入していない。

勿論、喧嘩や器物破損などが起きる可能性があるのならば事前に対応するがそうでなければ基本ノータッチ。

現状、生徒達が演劇を取り止めたのも3年生の意向を忖度したのみなので介入していなかった。

まぁ、何はともあれ――


「ではこれより会議を始めようか」


翌日の放課後。

朗太達は文化祭実行委員の会議に参加していた。

第2会議室。

青い絨毯が敷かれた部屋だ。

空調の効いた部屋には口の字形にテーブルが並べられ各クラス2名の実行委員、総勢48名の生徒が集まっていた。


「あれ先輩!?」

「纏か」

「姫子と凛銅くん!?何でこんなところに!?」

「白染もか」

「今日は代理よ代理」


会議室に入ると1年生の中には纏が、2年E組の代表として風華が混じっていた。

知る由もなかったが彼女たちも実行委員のようだ。


「見ろよ、白染、金糸雀に続いて茜谷まで来たぞ」

「二姫が揃い、二天使の金糸雀か……。壮観だな……」


そこに姫子まで加わり、会議室は学園で断トツの美貌を有する少女たちの集結に密やかな興奮に包まれていた。

そんな中


「おいなんか来たぞ……」

「あぁ……」


突如訪れた姫子と朗太に剣呑な視線を送る者達がいた。


(あいつらか……)


朗太はその男達をチラ見した。

会議室の中心、委員長席と副委員長席に座る男達だ。


一人はひょろりとした高身長の男。

茶髪・長髪の軽音部所属の有名人。

学内でも強い影響力を有すると言われる――


文化祭実行委員副委員長、久慈川修哉(くじかわしゅうや)


そしてもう一人、委員長席に座りこちらを睨みつけるのは180近いたっぱがあるガタイの良い大男。

程よく日焼けした雄々しくも整った顔で、釣りあがった瞳などもあいまりどこかライオンを思わせるその男こそ


弁天原一貴(べんてんばらかずき)


3年D組。文化祭実行委員長にしてこの委員会を支配、裏から下級年生の圧力をかけることを良しとした現第三学年の中心人物だった。

梔子によると彼らがこの会議の中心人物らしい。


久慈川が何か弁天原に耳打ちし弁天原は口角を吊り上げていた。


「まぁなんとかなるさ」


そんな呟きが聞こえてきた気がする。


面倒なことになりそうだな


朗太は早くもこちらを意識する弁天原と久慈川にこれから起きる波乱を予感した。


「ではこれより会議を始めようか」


弁天原の横にいた久慈川秀哉(くじがわしゅうや)が席から立ち上がり手を叩く。


程なくして会議は始まった。


◆◆◆


文化祭実行委員が決めるべきことは数多ある。


文化祭はなにもクラスだけの発表ではない。

招待試合や合唱部の発表などもあるのでそのスケジュール決定や、広報も行う必要があるので、近隣住民への広報や出身中学校への広報の手順。ポスターは誰が書くか、当然芸術部に頼む流れとなるのだが、では誰が誰に頼むのか。

各クラスの出し物に対する予算の振り分けは基本例年通り行うが新しく発表希望の部活などもありそこへの振り分けはどうするのか。


他校を招いて招待試合を行う場合その部の顧問と段取りをしたり、最後におこなう打ち上げ花火の手筈や、後夜祭で行うライブへの出場希望者は誰か、ライブをするときの機材は軽音部から借りるとして、いつ移動させるのか、などなど決めることは盛りだくさんだ。


だがそのどの項目も既に2・3行われた会議で大体の方向性は決めているらしい。基本的に例年通り行うのだから当然である。


その後、総勢48名の文化祭実行委員で仕事を分担。

振り分けられた仕事をさらにそこに加わる有志達と協力し進め、分からないことがあったら先輩や生徒会もしくは教師などに聞きながらわいわいやっていくのだ。

文化祭実行委員は継年してなる者が非常に多いため、上級生に聞けば大体手筈が分かるのだ。


ならばこのような会議で何をするかと言えば、全員で決めねばならない項目の決定と各種仕事の進捗状況の報告である。

報告の際に人員が足りないようなら配置替えなどを行い、スムーズに準備を進め、かつ全員で情報共有していくのだ。


「で、中学校に配布するポスターは美術部の桔梗(ききょう)さんに任せることになりました」

「そうか。で、どこに配るの?」

「あ、えーっと」


会議にて朗太は同じクラスの文化祭実行委員から渡された資料を捲っていた。

代理もとのポスター掲示の発表が回ってきたのだ。

が、渡された資料には2年A組桔梗に委託済みとだけ書かれているだけだ。


「すいません。まだどこに配るかまでは詰められていないようですね」


朗太が困っていると横にいた姫子が資料を覗いて助け舟を出した。


「じゃぁそこまで詰めておいて。あと例年はポスター係の友人たちにまばらに頼むような感じのようだよ」

「じゃぁ今年もそんな感じで良いすかね?」

「いやできればもっと多くの中学校に配りたいからなんか対策考えておいて」

「はいー」


久慈川の言葉に頷く。

ならば教師から在籍生徒の出身校データを貰うしかないなと朗太は貰った用紙にメモを残した。


「じゃ次は後夜祭のライブだな」

「前回はライブ参加に制限を設けるかどうかでもめたんだよな確か?」

「で、結局参加希望数を聞いてからじゃないと始まらないってなってー」

「その結果はどうだったんだ?」


弁天原、久慈川、その横の三年生、久慈川の順で喋る。

久慈川が尋ねると担当の1年生が勢いよく立ち上がった。


「とりあえず募集かけたら5組既に集まりました!」

「上出来だな。でもそのくらいなら」

「まだ増えるかもしれませんがそもそも上限なんて必要ない、ですよね……?」

「あぁ、例年急激に参加希望が増えることはないし、今年も大丈夫だろう」


このように会議は進んでいく。

そして──


「じゃぁ次はこの前揉めた一階の空き部屋の貸与についてだな」


しばらくするとそれは議題に登った。


「(ついに来たな……?)」

「(あぁ…)」


瞬間、これまで朗らかだった会議室に明らかに緊張が走る。

会議室のどこかで3年生同士が囁き合っていた。

見ると、2年C組の代表として会議に同席していた梔子の顔も強張っている。

それだけ、前回の会議でこの案件は荒れたのだ。

そこに久慈川に感情の宿さない言葉が続く。


「文化祭時貸与される一階の教室は例年7部屋ある。で前回はその貸与先で揉めたんだったな。例年は各学年に均等に配る。だが俺や弁天原が今年は上級学生に優先して配るということにしたらどうかという議案をだしたところ」


久慈川はチラリと梔子を見た。


「一部の委員が反対した、と」


自然と三年生の剣呑な眼差しが一部の委員であるところの梔子に向いた。


「皆意見は持ち帰りにしたはずだ。まぁ確かにかなりシビアな案件だ。解決を急ぎはしない。何か意見のあるやつはいるか」

「はい! やっぱり部屋分けは例年通りにするべきだと思います!」


間髪入れず梔子が挙手し答えていた。

凄いな。

この空気の中先輩たちに立ち向かうのはなかなかの精神力である。

朗太が感心していると、はぁ、3年生からため息が漏れた。


「前回も尋ねたが、その根拠は」


平坦な口調で久慈川が梔子を追及する。

「根拠て……」

その問いに梔子は一瞬たじろいだ。


「前回も言ったじゃないですか!? そんなのこれまでの伝統だからですよ!?」

「だが伝統に囚われすぎるのも良くないと言ったはずだぞ梔子。確かに今回の件が適応されればお前達2年は一階という一等地を使用出来ない。だが来年は全て使用できる。普通にフェアな提案だと思うが」

「フェアって……」


フェア精神などありしない主張に梔子は言葉に詰まった。


だがそれでも梔子は口を開こうとしたのだが――

その時だ。



「というかそもそもなぜ三年生は一階を『独占』したいんですか?」



姫子が挙手し発言していた。

梔子は昨日言っていた。

文化祭実行委員の会議に参加して2年C組にも一階の使用許可を取り付けて欲しい、と。

その依頼の解決に姫子は動き出したのだ。

見ると姫子の瞳は強い意志が宿るかのように輝いて見えた。


◆◆◆


「というかそもそもなぜ三年生は一階を『独占』したいんですか?」


姫子の問題の核心をつく問いに会議室が水を打ったように静かになった。


「うっ……」


三年の誰かが呻いた。


姫子の言葉は――『一階の独占』は――上級生への配慮や恐怖から梔子でさえも直接は口にしなかった問題の核心だったようだ。


「独占て……」


それが恐れ知らずの姫子により議題に上げられてしまい3年の一人があり得ないとばかりに呟いた。


だが本当に問題を解決に導こうというのなら、配慮などの妙な迂回はせず問題の核心を突くべきというのはまた一つの真実。


それにより3年生の中には確かにどよめきが広がっていたのだが


「はぁ仕方がないな」


立ち向かってきたのは、やはりこの男だった。

副委員長、久慈川修哉。第三学年の中心人物の一人である。


「今俺達三年がどういう立場にいるかわかってる? 茜谷さん、だよね」


久慈川は全く悪びれることなく口を開いた。


「『十五逃し』リーチかかってんだよねぇ。まぁだからってのもあるかな? 知ってるよね『十五逃し』」

「知っています。そもそも私はその呼び名が嫌いですが……。ですが、それが一階を独占することに繋がりますか?」


久慈川は固唾を飲んだ。


続けて放った姫子の言葉もまた、この問題の本質だったからだ。

そもそも十五逃しを回避するだけなら2年C組が演劇をしても他が演劇を取りやめさせるだけで成功する。

つまり一階の独占は、実力が伴わないにも関わらず傲慢にも学祭制覇を目論んでいる証左であり、彼らにとって踏み込まれたくない汚い心根そのものだった。

だからこそ


「ほかの学年は演劇をしないんですよね? なら『十五逃し』回避は確定していると思いますが。まぁ、『学祭制覇』を()()()()()話は別ですけど」


と姫子が半笑いで言うと、さすがに会議室はぴりついた。


多くの生徒がこの先の展開されるであろう肌がひりつくようなやり取りを想像し表情を張り詰めさせていた。



「ハハハ、手厳しいな……」


呆気に取られて黙っていた久慈川はしばらくすると乾いた笑みを張り付け口を開いた。


「まぁ色々勘繰りたくなるのは分かるけど、本当のところはそうだな。やっぱ俺たちにとって今回の文化祭が最後だからな。全力を出したいからってところだな。『学祭制覇』なんて端から狙っちゃいないよ。そこは勘違いして欲しくないな」

「そうですか」


間髪入れず姫子は平坦な口調で返す。


「納得してくれた?」

「いえ全く。だって私たちにとっても2年生の文化祭は最後なんですよ?」

「……」


姫子の切り替えしに確実に久慈川の怒気が増した。


「でもまだもう一回あるでしょ? 俺達は今回が最後。今回のルールを伝統にして茜谷さんたちは三年生の時に一階全部使えば良くない?」

「確かに最後だから有終の美を飾りたいという気持ちは分かります」


姫子の同意に久慈川は僅かに胸を撫で降ろした。

だが


「ですが、とても稀ですが親の仕事などで2年生を最後に他校へ転校する人もいます。現に私のクラスには転校生がいます。そういった人にとってはその年の文化祭が最後になるんですが、最後の文化祭である3年生が優先されるのなら、そういった人のいるクラスは優先されるんですか?」


すぐに出てきた姫子の減らず口に眉を吊り上げることになった。

間を入れず答える。


「それは、されないだろうね」

「なら3年生だけ優先されるのはおかしくないですか?」

「だがその転校した人にはその転校先の高校で文化祭があるでしょ?」

「でも『演劇の青陽』だなんて校風が世間に浸透していて演劇が大盛り上がりする高校あまり他にないですよ?」

「『文化祭』があるなら良いじゃないか。大事なのは『文化祭』という祭が三年生とって最後であるという点だ」

「でも大学でも文化祭はありますが?」

「高校の文化祭は最後じゃないか」

「高校の文化祭を特別視するなら『演劇の青陽』の文化祭を特別視してもいいのでは?」

「……」


姫子に上手い事論破されると諦念するかのように久慈川は押し黙った。

そして――


「なぁ上級生を優先しようっていう気概はないのか?」

「下級生を気遣う心はないんですか?」


半ば降参するかのように同情を引き出そうとしたのだが、一瞬で姫子に言い返され言葉を失っていた。


そして久慈川と姫子の会話の応酬を聞いた朗太はというと


(口論ツエ―――)


姫子の論戦能力の高さに舌を巻いていた。

確かに日常生活の中で言い負かされることは多々あったが、時にここまで研ぎ澄まされるものだったとは驚きである。

梔子の依頼が来たのは昨日のことだ。

論戦の準備など欠片もできておらず、朗太も姫子もアドリブでなんとかするつもりであり、実際に姫子は『その場で何とかするわ』と言っていた。


今のだって会話の流れで適当に揚げ足を取っていき、適当に纏め上げただけだろう。

論理が正しいかどうかなど関係ない。

だがとにかく勝って見せたのだ。


そんな姫子を見て、この女絶対将来鬼嫁になるわと呆れ、この女に無駄に歯向かわない方が吉だと朗太が思っていると、渋面を作っていた久慈川は、この会議においてリーサルウェポンとでも言うべき手札を切ってきた。



「じゃぁ良いんだよ。俺は。もう民主的に()()()決めたって」



薄い笑みを浮かべる久慈川。

それは多数決ならばこの論議を確実に押し潰せるからこそ出来る表情であり、実際に彼らは文化祭実行委員を裏から力で支配している。

つまり多数決という道がある限り、論戦に勝っても意味がないのである。


「民主的に行こうか、茜谷さん……?」


久慈川は意地汚く笑った。



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