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文化祭抗争(1)


遠くで鳴く蝉の声が吹奏楽の演奏と混じっている。

廊下に夏の日差しが照りつけていた。

いつも通り人影はない。

朗太はそんな閑散とした廊下を歩き、先にある自教室のドアを開けた。すると


「朗太、依頼よ」


ガランとした薄暗い教室に亜麻色の髪をした美少女が肘を着きながら待っていた。

姫子だ。

見ると久々の定形スタイル。

教室の端にはもう黒髪おさげの眼鏡少女がいて


「こちらが今回の依頼人」

「2年C組! │梔子祭くちなしまつりです! ドーゾよろしく!」


メガネ少女は勢いよく頭を下げた。


「文化祭の出し物が今ピンチなんです!どうか救ってください!」


そしてこの少女こそ、朗太達を大騒動に引き連れる水先案内人だったのだ。



突然だが、朗太達が通う都立青陽高校の文化祭は金土日の3日間で行われる。

金曜日は校内向け、土日は一般向けだ。

そしてこの一般参加の土日が非常に賑わうことで有名だ。

去年など計4門ある校門のうち2門解放されたのだが、あまりの人だかり自転車と歩行者の接触事故が起きたほどだ。

なぜそれほど盛況するかと言えば


「で、出し物がピンチって言いましたけど、まず第一に共有したいんですが、私たち青陽高校の文化祭って『演劇の青陽』って言われるくらいじゃないですか?!」


「聞こうか」

朗太がそう言うと依頼内容を梔子は熱っぽく語りだした。


「『演劇の青陽』! その校風は数十年前から! 各学年ほぼ全てが劇をします! 喫茶店なんかをやるクラスなんて数えるほど! そんな校風が年月を経て多くの人に知られ良い見物として多くの観客を望めるようになりました! そしてだからこそ『学祭制覇』と『十五逃し』なんて言葉があります! 凛銅さんは知っています?! 『学祭制覇』と『十五逃し』」

「まぁ知ってはいるが……」


勢いづく梔子に朗太は頷いた。


「『学祭制覇』が一学年が五つある入賞枠を独占することで、『十五逃し』が一つの学年が卒業するまで入賞枠を逃し続けることだろ?」

「おっしゃる通りです!」


朗太の言葉に梔子は満足げに頷いた。


青陽高校は他の多くの高校がそうであるように各クラスの出し物に一般来場者に投票をして貰い計五枠の入賞枠を競うのだが、一回の文化祭において計五枠ある入賞枠を一学年で独占することを『学祭制覇』と呼び、

高校卒業まで行われる計三回の文化祭、合計十五枠の入賞枠全てを一つの学年が取り逃すことを『十五逃し』と呼ぶ慣習があるのだ。


「『学園制覇』を成し得た世代は名誉と共にその名を青陽高校史に刻み、『十五逃し』をした学年は汚名を青陽高校史に残すことになるんです!」


梔子はうっとりと語った。


十数年前の当時の新聞部が過去の入賞状況を調べそのように呼び、それが定着したらしい。


そして――


「ではこれは知っていますか?? 去年卒業した第91代卒業生たちが『学祭制覇』達成世代だっていうのは」

「らしいな……」


有名な話だった。朗太は首肯した。

朗太達より二つ上の学年。

朗太達が一学年にいたころ第三学年にいた、今はもう卒業した第91代卒業生はその『学祭制覇』を達成している。

『演劇の青陽』と呼ばれる演劇の出し物がひしめく青陽文化祭において自学年のみでその入賞枠5枠を独占する、長い青陽史の中でもそれまで2回しか達成されていなかった偉業を成し遂げたのだ。

それほど多くのタレントを擁す学年だった。

彼らが去り学園が静かになったというものもいる。

その学祭制覇を成したのが彼らが第二学年の頃。

朗太たちが入学する一年前のことで――


「ならこれも分かりますよね。今いる『第三学年』が『十五逃し』一歩手前だってことくらい」

「あぁ、言われてみればそうなるな」


言われて朗太は膝を打った。

第91代卒業生が学祭制覇を達成したのが彼らが第二学年にいたころ。

そして彼らが第三学年に所属し、朗太たちが第一学年に属していた去年、入賞枠を三年と一年で分け合っていた。

記憶では三年生4枠に朗太たち一年生が1枠だったように思う。


つまり現・第三学年、朗太たちの一個上の世代はここ二年、入賞経験がない。

よって汚名の象徴、『十五逃し』一歩手前まで追い詰められていて――


「そんな彼らが『十五逃し』を阻止するために動き出した。それが今回の事件の発端よ」


あらかたの説明を終えると薄暗い教室で姫子はめんどくさそうに頭を掻いた。


「実は三年生たちが後輩たちに文化祭で劇をしないよう圧力をかけだしたんですッ!」


梔子はフンスと鼻を鳴らした。


◆◆◆


事の経緯はつまりこういうことらしい。


今現在の第三学年、後に第92代卒業生になる予定の彼らは汚名の象徴、『十五逃し』リーチとなり、一つ手を打った。


その手というのが後輩への圧力だったのだ。

後輩たちに文化祭で出す出し物を劇にしないよう圧力をかけ始めたのだ。

『演劇の青陽』などという慣習など、関係ない。

自分達が『十五逃し』を回避できればそれで良い。

そのように考え後輩たちに演劇の開催自体を封じ始めたのだ。

票は演劇に集中するのが慣例だ。

他学年が劇をしなければ、必然『十五逃し』は免れる。

それどころか至上三度しか達成されていない『学園制覇』も夢ではない。

もし本当に他の学年が劇をしないのなら必然的に『学祭制覇』は達成されるだろう。


そのような意図で彼らは『最高学年』という地位を利用し後輩たちに圧力をかけ、仲間内では自分たちが学祭制覇を達成することは当然のこととし、どのクラスが最優秀賞を取るかで盛り上がっているらしいのだ。


そして彼らがかけた圧力だが、仮にも最高学年、部活では最も権力を有する層という事でその言葉は効いていた。


聞いたところによると一年生は言うに及ばず、二年生達も先輩たちの怒りを怖れて劇の開催を取り止めているらしい。


「私たちのクラスも劇じゃなくて男装女装喫茶とか訳分からん出し物になったでしょ」

「あーそれな」


言われて朗太は思い出した。

そういえば先日行ったクラス会で朗太達のクラスは男装女装喫茶になったのだ。

クラスメイト達の妙な団結のもとみるみるうちに劇が排除され意味不明な喫茶になった流れに作為的なものを感じていたのだが、つまりそういうことだったのだ。


彼らは先輩たちの圧力を受けて行動していたのだ。


部活に所属する津軽やその他大勢の奴が喫茶にするよう誘導し、そんな彼らを瀬戸基龍が嘆息しながら眺めていたのが印象的だった。


誠仁が首をかしげ、今思えば実情を知っていたのだろう、大地は困ったような笑みを浮かべていた。


「そーいうことだったのか」

「私も後から知ったけどあいつらも大変よね…」

「ストレスヤバそうだよな……」


だがそのような雰囲気の中、


「私たち!2年C組は劇を決行することにしたんですよ!」


「おーすごいな」


朗太は感心した。

多くの生徒が断念するなか自身の意思を貫き通すのはなかなかガッツのある行動である。


「でもお陰で凄いバッシング受けてましてね…」

「ま、まぁだろうな…」


想像に難くなかった。

学祭制覇すら当然のこととし、どこが最優秀賞を取るかで盛り上がっていたほどなのだ。

そこに挫けず登録された2年C組の演劇は目の上のたん瘤どころの話ではないだろう。

3年生からしたら排除したいに違いない。

梔子へ行われたであろう強烈なバッシングは容易に想像できた。

と、ここまで聞いて朗太は梔子の依頼の内容を理解した。


「つまり今回の依頼はバッシングから守ってほしいって訳か。それと対処法。なら俺が先輩だから教えてやる」


朗太は梔子の以来を読み取り膝を打った。

姫子とつるみだして日々針の筵になっている朗太である。

そんな朗太を見てメンタルケアの方法を、学びにきたに違いない。

ホイキタと朗太はつらつらと語りだした。


「まずは精神面の調整だな。大切なのは自分のことだと思わないこと。他人事だと思っておけば何を言われても割となんとかなる。少なくとも俺はこれまで幾度となく難局を乗り越えてきた。それとあまりに辛いときはさっさと寝るんだな。寝てリフレッシュした方が良い。それと飯はちゃんと食えよ。体力十分でないとなかなかキツいぞ。喉通らないかもしれないが。それと──」


と饒舌に朗太が語っていると


「いやバッシングは大丈夫なんです。想定してたんで」

「え! それマジ?!」


手を前に出し制止させられ度肝を抜かれた。

なんて強い子だ。

自分なんて日々処刑していっているっていうのに……。


「ろ、朗太、アンタ……」


つらつらと精神防衛の術を語りだした朗太の背にドンびいた姫子の声がかかる。

いや半分以上があなたが原因なんですけどね?

朗太は喉まででかかった言葉を必死に飲み込んだ。


「私が先輩達に酷いこと言われるのは良いんです! でも一階を貸して貰えないのは我慢ならないんです!」


なるほど、そういうことか──


朗太は首肯した。


実はこの文化祭、一階の空き教室の使用が許可されるのだ。

そして校舎への出入り口は当然一階。

一階の教室が必然、最も多くの集客が見込め、投票、という性質上入賞確率がグッと上がるのである。

ランキングサイトなどでも同じことだ。

地形効果、という言葉がある。

サイトのトップページに乗るようなランキング上位に乗るかどうかで集客数に雲泥の差が出るのだ。

それは朗太が日々使用している『なりま』でも同じこと。

ランキング上位に来るかどうかで集客数に大きな差が出るのだ。

入賞枠が『投票』で決まる以上、絶大な地形効果を得る一階という強みは捨てがたいだろう。

つまり三年生たちは何としても『十五逃し』を免れるだけではなく、傲慢にも『学園制覇』を確実に成し遂げるために梔子たちを排除し始めたのだ。


「普段は各学年に平等に振り分けるんですけど、今回はくじ引きじゃなくて多数決で決めようって言うんです! で、その多数決も」

「根回し済みってわけか……」

「そういうことです!」


一階の空き教室をどのクラスが利用できるかは文化祭実行委員の会議にて決まる。

話からしてこれまでは各学年平等な振り分けだったようだがそれも彼らの根回しにより瓦解。

3年生に優先に回されるようになってしまっているらしい。


だから――


「凛銅さんと茜谷さんには2年F組の文化祭実行委員の代わりに委員会に参加して私の会議で私のサポートをして欲しいんです!」

「でも俺達文化祭実行委員ではないぞ?」

「F組の実行委員には私から交渉済みです! 彼らも思うところあって話をきいてくれました」


つまりもう出る準備は整っているわけである。


しかし――


「むずそうだなー」

「で、ですよね……」


朗太が率直な感想を述べると梔子はしょんぼりした。

ここまでの話を聞いて、否が応にも三年生の彼らが文化祭実行委員を牛耳っていることは分かった。

そんな中、自分たちの意見を通すのは相当難儀である。


「相手に根回しを先んじられている時点で負け確な気がするんだよな」

「何よ弱気ね。やってみましょうよ朗太」

「まーやるけどさぁ。でも準備って大事だよ?」

「何よ。何か教訓でもあるの?」

「あるに決まってんだろ」


当り前なことを聞く姫子に朗太はふんぞり返った。


「俺だって自作が有名になった時ように書き出しの資料とか残してるんだぞ」


いずれ歴史的資料になるに違いない。

そういう願いも込めて朗太は自作の書き端から何から何まで保管しているのだが、その話を聞いた姫子はというと


「うわー」


と顔を引きつらせた。

しばらくすると姫子は声を潜め尋ねた。


「……紙ごみの日っていつなの朗太?」

「資源ごみじゃねーぞコラ」


「???」


一方で朗太と姫子が他愛のない言葉を交わしていると梔子が不思議そうにしていた。

そんな下らない会話をしながらも渋面を作る朗太。

そうしながらも、ランキングに乗れない、地形効果を得られないと嘆く梔子の気持ちは、日々ランキングに乗れず地形効果を得られず嘆く朗太には酷く良く分かり――


「いっちょやるか……」


朗太が気合いを入れて呟くと、朗太と姫子は文化祭実行委員の会議に参加する運びになったのだった。


「そうね」

「ありがとうございます!」


朗太の言葉に姫子と梔子がガタリと立ち上がった。




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