映画館デート(3)
纏の鶴の一声でカフェに訪れた四人。
やってきたのは
「ん~やっぱここでしょ!!」
『スタンバッテルコーヒー』
通称、スタンバ。
全世界的に店舗を展開する有名コーヒーチェーン店であった。
意識高い系の巣窟と化しており、このスタンバッテルコーヒーでMacのノートPCを開きカタカタキーボードを鳴らす人間がネット上でやり玉にあげられていたりする。
かくいう意識高い系作家であるところの朗太もいつかこのおしゃれ空間で小説の執筆をしてみたいと思っていたのだが足が重く来店回数人生でゼロ回。
おかげで
「どれになさいます?」
(頼み方が分からないんですが?)
初っ端から躓いていた。
流れに乗るまま集団の先頭で入店。
店内は日曜の昼過ぎということでごった返していたが朗太が呑気に姫子と雑談しているうちにみるみる列は消化され
「いらっしゃいませ! メニューはお決まりですか??」
と清潔でおしゃれな制服をきた店員に笑顔で迎えられたのだ。
そして問題だったのがこの『メニュー表』の飲み物のサイズ表記であった。
なんとサイズがSやMではなく、『ショート』『トール』『グランデ』『ベンティ』という謎の言語で表記されていたのだ。
そしてイケてない男子であるところの朗太にはどれがどれくらいのサイズになるのか分からない。
だが背後には
「あっというまに列消化されたねー」
「そうですねー」
纏と話す風華がいる。
想いの人の風華がいるのだ。
風華の前で情けない姿は見せられない。
だからこそ朗太は冷静を装いつつメニュー表を精査。
mLは!? mL表示は無いの!?とメニュー表のどこかにあるはずのサイズ対応表を探すが見つからず
「……ど、どれになさいます?」
その様を見て店員も苦笑い。
こうなってくると風華が異常事態に感づくのも時間の問題だ。
おかげで朗太はさらに焦ることになるのだが
「(ショートが一番小っちゃくてトール、グランデ、ベンティの順に大きくなるわ……。アンタならトールで良いんじゃない?)」
見かねた姫子に脇を小突かれた。
「え?」
瞠目しながら振り向くとそこには頷く姫子がいた。それは姫子からの明確なアシストであり
「あ、じゃぁ、アイスコーヒーのト、トールで!!」
そのかいあって朗太は無事注文することに成功した。
そして姫子の慎ましい気づかいで窮地を脱した朗太はというと、これまでの無難に済ませようという目的すら忘れ感動しており
「姫子ぉぉぉぉぉぉ! お前は頼りになるなぁ!!」
注文を済ますや否や姫子の手を感謝の意を込め両手で握っていた。
姫子の顔が赤らんだ。
「あ、アンタ……、そんな大きな声で言ったら分からなかったの丸分かりじゃない……。わ、私はソイラテのトールで」
私の気づかい……と言いながら注文を済ませる姫子。
たが自身の辱めなど些末事。
朗太は姫子の心遣いに打ち震えており
「いやいやそんなん関係ねーよッ」
と姫子の手をぶんぶん振っていた。
しかも――
「いや私も分かんなかったから助かったわサンキュー姫子。SとかMじゃないのね……」
と風華も知らなかった様子なのであまり恥じることでは無いだろう。
風華は難しい顔でメニューとにらめっこしていた。
「あ、アンタも知らなかったの……」
勘案する風華に姫子は話しかけると風華は顔を上げた。
「そりゃいつも行くのマックかファミレスだし。姫子とだってこういう店入ったことないじゃない?」
「い、言われてみればそうね」
「てか姫子はこういう場所行くのか??」
「い、行くわよ……もちろん」
朗太が問うと一瞬姫子は言い淀んだ。
その姫子の釈然としない返事に朗太が眉をひねっていると姫子と旧来の仲でありお互いを知り尽くしている風華はハハーンと笑った。
「凛銅君分かったわよ。姫子は今日行く映画館の近くにスタンバがあることを気が付いてこの展開を予想して予め勉強したのよ。恥かかないためにね」
風華の言葉に俄に朗太が反応した。
「おい本当なのか姫子! せこいぞ先輩ぶって!」
「うっさいわね! ちょっとくらい予習したっていいでしょ!」
「先輩たち、注文一つでそんなに盛り上がらないでください……」
三人で騒いでいると背後からげんなりとした纏の声が響いた。
その後――
「うっそ! めっちゃおいしい!!」
「ホントおいしいな」
「うん、普通に美味しいわね」
「ま、まぁおいしいですけど……」
と4人揃ってそれぞれが頼んだドリンクを啜ると
「今度はお腹がすいたわね!」
と言うのは風華。
「あ、アンタ本当に本能で動くわね……」
「まぁま、こういう時は楽しまなきゃ!」
「そうだけど……」
「実際飯食ってねーしな。何がいい?」
「私は何でも良いです」
ということで4人は近くのイタリアンで食事をとり、出てきたパスタを全員が平らげた後だ。
「お腹が膨れたら今度は運動したくなったわね……」
「あ、アンタは本当に欲望に忠実ね……」
「わ、私は少し疲れました……。少しのんびりしましょう……」
風華の提案に纏はおずおずと手を上げノー。
苦言を呈するが
「若いもんが何言ってるのよッ! 行くわよ後輩ッ!」
「こ、こんな時だけ先輩面……」
纏の手を引き風華はぐいぐい歩き出す。
そして風華から離れた後、纏は朗太の横で囁くのだ。
「先輩、あの人のどこが良いんですか……??」
「う、うーん……」
どこが好きも何もああいう元気溌剌なところが好きなんだがと言葉を濁していると
「先輩、逃がした魚は大きいと言いますよ??」
「え、俺今魚ヒットしてる状態なん?!」
「もう大ヒットですよ!! 入れ食いです! しかもその中に金色に輝く魚が混じっています!!」
「マジかよ!!」
金色ってヤバないと感動していると「ま、まぁこんな戯言は置いておいて……」と纏はコホンと咳払いをすると
「先輩、『その時』はちゃんと捕まえてくださいね……?」
うるんだ瞳で覗き込まれて朗太は言葉を失った。
いつぞや姫子に感じた『お前そんな顔も出来るのかよ!?』と同種の驚きである。
纏の今まで目の当たりにしたことのない表情に朗太が頬を朱に染め言葉を失っていると、その反応が恥ずかしかったのだろうか。
纏も顔を赤らめながら視線を外した。
「ま、まぁ私も本気出せばこんなもん、ということです。見直しました?」
「み、見直した、のか? まぁびっくりしたが……」
「吃驚の感情の方が大きい気がするのが若干くやしいですがまぁ良いです。今ほど『本気』と言いましたが正確には本気の『ジャブ』ですから」
そう言って悪戯っぽく纏は笑った。
じゃぁ纏の本気の右ストレートをもらったら自分はどうなってしまうのだろう。
ふと、朗太はそう思った。
一方で前を歩く風華と姫子の間では次にどこへ向かうか決まったらしい。
「今度はボウリングに行くわよ凛銅君!」
風華は自身のスマホでクーポンを指さし笑みを満開にしていた。
「あのサイト、さっきも開いてましたよね……」
「そういやスタンバでもさっきのイタリアンでも使ってたな」
「白染さんらしいです……」
朗太と纏は二人してどちらからでもなく笑った。
そうして迎えたのが――
ガシャーンと金属めいた音を立ててピンが飛び散る。
ワックスの掛けられた床をゴロゴロとボールが転がるボウリング場であった。
休日のボウリング場はにぎわっており、待ち時間の間に飲み物をかけてボウリングをすることに決まった。
曰く
「やっぱなんか賭かってないとやる気出ないのよね」というのは風華の言。
「良いじゃないやってやろうじゃないの?」
「ここで誰が一番か教えてあげます?」
それに残す二人の少女も意気揚々賛同したので初回から賭けボウリングをすることに決定した。
しかし
「なぁ、俺の運動神経知ってんだろ?」
朗太としてはたまったものではない。
この運動神経抜群のアマゾネス達と賭けボウリングをやった場合自分が支払いになることは目に見えているのだ。
だから朗太は「いや辞めない辞めない?」と必死に提案したのだが3人に押し切られ賭けボウリングは決定してしまい
「なら仕方がないな……」
朗太は妥協するしかなかったのだ。
「じゃぁ俺のポイントは二倍な」
「自分で言ってて悲しくならないの?」
「プライドないんですか先輩」
朗太の折衷案に姫子と纏は冷たい視線を向け
「うっせー勝てりゃぁいいんだよ!! 勝てりゃ!!」
一方で風華は腹を抱えて笑っていた。
「思いついてもよく言うね……!」
しばらくして風華は息を整えると目の涙を拭きながらそう言った。
その後実際に朗太だけポイント二倍ルールは導入され
「5ピンか……、実質ストライクだな」
「実質って……」
「しかも毎ポイント二倍ならつねにストライクと一緒だ」
「それで現状良い勝負なことを恥じなさい」
姫子にぴしゃりと言われていた。
その後誰が負けたかというと――
翌日、学校で朗太に会うと風華は大きく手を振った。
「また一緒にボウリングやろうね凛銅君!」
「絶対に嫌だ!!」
「またおごって?」
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
余りの悔しさ、情けなさに朗太は頭を掻いた。
それからしばらくした後の、もうすこしで夏休みが始まるという頃のことだ。
「朗太、依頼よ」
朗太の下に第五の大きな依頼が訪れた。
そしてこれが夏休み手前、一学期最後の依頼となるのだった。
放課後。
ムッとする教室にはセミの鳴き声が響いてきていた。
次話より一学期編ラスト、第五章を始めます!
といってもこれまでよりも小ぶりになる予定なんですが……
今後も宜しくお願い致します!




