映画館デート(1)
ここ最近、彼の周囲に要らない虫が寄り付いてきていていけない。
風華は自室に寝ころびながら口をひねっていた。
空調の利いた室内で風華はパタパタとバタ足をつく。
ペラペラと友人から借りた漫画のページをめくるのだが一向に内容は頭に入ってこなかった。
思い返せば、金糸雀纏の参入から予想外だった。
未だに、最強のポテンシャルを秘めるがその魅力の三割も発揮できていない茜谷姫子という敵がいるのだ。
そこに金糸雀纏というとんでもない美少女の参戦は止して欲しかった。
しかし金糸雀纏一人ならまだいいと思っていた。
金糸雀纏と茜谷姫子の両者なら、死闘になるだろうが、首の皮一枚繋げて向こう側二人を切り飛ばす自信はあった。
だがそこについ先日、椋鳥歩という生徒が乱入してきた。
すでに校内新聞で全校生徒に牽制球を投げているというのにだ。
『フフフ』
彼は凛銅朗太の奥で不気味に笑っているように見えた。
このままでは凛銅朗太の『貞操』が危ない。
自身の本能がそう告げている。
ただでさえあの凛銅朗太という人間は、軸があるようで軸がないような、予測不能の感化のされかたをする人物なのだから。
何せ筋トレ部に入部してしまうほどなのだ。
椋鳥に感化され自分にとって不都合な『道の踏み外し方』をしてもおかしくない。
だからこそ風華は今後、どのように彼を篭絡、いや正確には『確実に』仕留められる状況を作り上げられるか考えていたのだが
「う~ん」
パタパタとバタ足をつく。
「思いつかない……」
自分が恋愛経験がないことが大きく影を落としていた。
多くの異性に声を掛けられてきたがその全てを断ってきたのが響いている。
こんなことになるのならば、デートくらいなら付き合っておけば良かったと思わないこともない。
付き合う気は全くないが、だ。
こういう時、どうすれば良いのか、皆目見当がつかない。
と、夜のとばりの落ちた午後10時過ぎ。
風華はうんうん唸っていたのだが
「よ、ただいまー」
「何だ姉さんか」
「なんだじゃねーよ妹。なんか言うことはねーのか?」
「はいはい、おかえり蘭華ー」
「はい、ただいまー風華ー」
姉の白染蘭華がバイトから帰ってきた。
背が高くスタイルも良い、目鼻立ちも整った、妹の自分が言うのもなんだが美人な姉である。
それでいて未だに良い相手がおらず独り身なので必要以上に多くの男性から声を掛けられているという有名コーヒーチェーン店で働くバイト戦士だ。
今日も帰り際多くの異性から声を掛けられたらしい。
「たっく池島の野郎。家まで送るとか言って聞かないし……」
「また?? しつこいね??」
「藤谷の奴も私が退勤まで休憩室で暇してたよ」
「ハハ、大変」
「アンタもモテる苦しみってのは分かるだろうに」
「まぁそうだけどね」
部屋着に着替える姉と下らない会話をしながらページをめくる。
姉はTシャツを頭からかぶるとネックからプハと顔を出しながらこちらを見た。
「だけどま、良い人が見つけられたお前のがまだマシか。で、どーなんだよその凛銅何某と最近は」
「いーや全く進展ないわねここ最近は何も。進めようと思えば進められるんだろうけど、なかなか難しいわよね。そこらへんは」
「我が家の美少女たちは外見は良いけど運命とかそういった類のものはハードモードなのかもね」
「さぁーねっ! 少なくともチビ達はまだ分からないでしょ」
「そりゃ華鈴と華蓮はまだ小学生だからなぁ。『好きな人』ってのもいまいちわかってないだろ。と、おーそうだそうだ」
談笑しているとふとした調子で蘭華はバックに入っていたそれを取り出した。
「えーっとこれ、バイト先の男から映画のペアチケットをもらったんだよ。良かったら一緒に行かないかって。行く気ないなら他の人と行って良いってさ。私、誰とも行く気ないし、良い機会だからこのチケット使ってその凛銅とやらと行ってみたらどうだ?」
「え、ホント!?!?」
瞬間、ガバッと風華は飛び起きた。
このような外部からの後押しを風華は待っていたのである。
「それ私にくれるの!?!?」
「可愛い妹のためだ。決まってるだろ??」
「あぁぁんもう蘭華大好きぃぃぃぃぃぃ!!」
「ハッハッハ」
風華に抱き着かれ蘭華は鷹揚に笑った。
こうして風華の手に映画のペアチケットは渡り――
「凛銅君!? 一緒に映画に行かない?!」
「へ??」
翌日、風華は朗太のいる教室に乱入したのである。
昼休みに入って間もない頃のことだった。
多くの生徒が校庭や部室、その他思い思いの場所で昼食を取りに行こうと教室を出て行こうとする間際、風華はその波に逆らいF組に侵入するとそう開口一番いったのだ。
「え――」
教室は一瞬で水を打ったように静かになった。
そして次の瞬間には
「「「ええええええええええええええええええええ」」」
非難轟々、阿鼻叫喚の事態へ推移した。
「おいおい凛銅これはどういうことだよ!?」
「テメーマジでふざけんじゃねーよ!!」
騒ぎを聞きつけE組G組からも雪崩のように生徒が押しかけ口々に朗太へ不平不満を言い散らかす。
だが朗太は、それら自身に向けられる敵意にも怯んだが、風華の提案にも仰天していて
「え? それマジで言ってんの??」
喧噪の中で思わず聞き返していた。
すると風華は白い歯をのぞかせ
「マジに決まってるじゃない! お姉ちゃんがペアチケット貰ってきてくれたの!! 誰かと行ってきていいって!? だから凛銅君、一緒に行こうよ!」
「な、なら他の人と行っても良いんじゃない?」
「何言ってんのよ? 私が『凛銅君と』一緒に行きたいから誘っているんじゃない!」
「――ッ!?」
それを聞いて朗太は息を飲んだ。
そして
(うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお良く分からないけどやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)
と心の中で渾身のガッツポーズ。
この世の奇跡を十二分にかみしめていると
「ふ、風華……!? アンタ抜け駆けしてんじゃないわよ!」
騒ぎを助長させるかのように姫子が風華に食って掛かっていた。
しかし姫子の反応など風華は気にしないようでそっぽを向き
「良いじゃない? 別に紳士協定があるわけじゃないしー」
「くぅーコイツー!! ろろろ、朗太! 私も行くわよその映画!」
「えー!? 姫子も行くのかよ!?」
「何よ!? 嫌なの?!」
「い、嫌じゃないけどさ……」
「なら決定! 私も行くわよ風華!」
「ま、まぁ良いけど……」
姫子の余りの勢いに風華は苦笑いした。
こうして姫子も参戦するとなって騒ぎがいよいよ最高潮に達しようとした時だ
そこに
「お話は聞きましたよ?」
トドメの一撃が投入される。
隕石が落ちるような一撃だ。
纏がいつのまにか教室の前にいつのまにか立っていたのだ。
「その映画とやら、私も行きます!!」
「「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!???」」」」
こうして生徒たちの怒りのボルテージは最高潮に達した。




