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文芸部編(3)



「で、つまりこういうこと?」


翌日の放課後。

朗太は姫子に問いただされていた。


「試しに小説を読んでみたら相手の方がずっと上手で、褒めようとしたんだけど良く聞いたら相手が書き出し三か月の初心者で、素直に褒めることが出来ずに強がったら引っ込みがつかなくなったと」

「は、はい……」

「アンタ、バッカじゃないの!!??」

「すいませーーーん!!!」


目の前には怒髪天を衝く姫子がいた。


「だってぇぇ! 悔しかったんだもぉぉん!! だってあんな、あんな三か月でちくしょぉぉずるいよぉぉぉ!! おかしいぃよぉぉ!」


世の中不公平だよぉぉぉぉ!! と世の不条理を半泣きで訴える朗太。

そんな朗太に向かい


「このゴミ! 人でなし!」と姫子はなじり、そんな姫子の暴言がますます朗太の涙を誘った。


「お願いだぁぁ姫子ぉぉぉ!! 助けてくれぇぇ! 姫子えもーん! これまでの依頼主と同じように俺を窮地から救ってくれよぉ~~!!」 

「ミ、ミイラ盗りがミイラに……」


姫子はウッ……と仰け反った。


だが姫子は朗太のあまりに酷い有様を見かね半泣き状態の朗太の肩にポンを手を置いた。


「ま、とりあえず貸してみなさいよ? 私が読んであげるわ?? それで朗太がコメントすればいいでしょう?」

「ぼ、本当に!? 良゛いの?!」

「今回は特別よ。もとはと言えば私が椋鳥が苦手で朗太に任せたのが原因でもあるんだし。それに朗太も私の読者としての審美眼は知っているでしょう? さっ、ホラ早く貸してみなさいよ??」

「姫子ぉぉぉぉぉ!! 心の友よぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


姫子の余りのイケメン対応に思わず抱き着こうとすると


「近い近い近い近い近い近い近い近い!!!!!!!」


姫子は顔を真っ赤にし抵抗した。



そして実際に椋鳥の小説に目を通した後、姫子は言ったのだ。


「いや、これアンタの小説の方が上手いんだけど?」と。


「え、嘘でしょ??」


寝耳に水の指摘に朗太は目を丸くした。

朗太の目尻には涙の枯れた筋があった。


「いやどう考えても椋鳥の方が上手いでしょ?」

「まぁ確かに文章能力はアンタのへなちょこ文章力に比べればダンチね。めっちゃ上手。これが書き出し三か月とはちょっと思えないくらいには」

「でしょ!? だからあいつマジもんの天才だtt」

「でも決定的に面白くないわ」


姫子は一刀両断した。


「え?! いやいや面白いでしょ?!」

「いーえ、それはアンタがこと素人の創作物に耐性があるから読めて面白く感じるだけで普通の人にとってはそうでもないのよ。そもそもこれ、普通の読者じゃ読めたもんじゃないんじゃない?」

「ど、どういうことだよ?!」


朗太が口をぽかんと開けていると姫子は原稿をバサッと机に放りだした。


「この小説、()()()()()()()()()書かれていないのよ。自分のために書かれている」

「え――?」


退屈そうな姫子の顔が目の前にあった。


「朗太、確かに椋鳥の文章力は素晴らしいわね。でもこの小説は他の人のために書かれていない。自分が楽しむために自分のためだけに書かれている。でね、多くの読者にとって作者が自分のために書いただけの小説なんか読めたもんじゃないのよ」


それでも面白く書けてしまう一部例外はいるけど、と姫子は続ける。


「で、でも、俺は面白かったぞ?」

「それはアンタが素人投稿者で素人作品に耐性があったから。私もあるからまぁ読めたけど、多くの読者にとって厳しい作品であることは変わりないわね」

「そ、そうか……」


動揺しつつも朗太は姫子の言葉を受け入れつつあった。

確かに引っかかる部分も散見されたのだ。

しかしそれを差し引いても面白いと朗太は感じていて


「俺の作品の方が面白いってのは……」

「少なくともアンタは読み手を意識して書いているでしょ」

「ま、まぁそりゃそうだが……」

「だからよ。あんたは文章はスーパーへなちょこだけど少なくとも読む人のことを少なからず意識している。でも椋鳥はそれが無いのよ。そしてそれが有るのと無いのは雲泥の差だわ。物書きとしての才能をひっくり返す程度にはね。あ、別にアンタの物書きとしての才能を認めた訳じゃないからね? まぁ、それが私がアンタのがまだマシだと思った理由よ」


だが椋鳥の物書きとしての才能に関しては姫子も感じるところがあるようで


「ま、アンタの言う通り、物書きとしての基礎スキルには雲泥の差があるからアンタも精進しなきゃダメよ?」

「は、はい……」


とダメ出しをしてくれた。

そしてつらつらと持論を述べた姫子は


「で、読者に読まれる前提で文章を書けない椋鳥に提案するのなら――」


椋鳥歩へのテコ入れを提案したのだった。


それは――



「えぇ!? ネットに投稿する?!」

「あぁそうだ。椋鳥も小説をネットに投稿するんだ」


翌日。

朗太の提案に椋鳥は目を白黒させていた。


「で、でもどうしてそういう結論になるのさ?!」

「椋鳥は文章力は高い。それは俺も姫子も認めるところだ。だが他人に見られることを意識できていないからだ」

「う……ッ」


言われて椋鳥は苦い顔をした。


「あの後姫子にも読ませた。結果、そういう結論になったんだ。文章力はある。それは間違いない。俺も姫子も椋鳥の文章力にはびっくりした。だけど読者を意識できていないのがもったいないって。だからリアル読者のいる空間に放り込む」


そうすれば否でも『読者視点』という概念が得られるからな。


そう続けると椋鳥は唇をかみしめた。

自分でも思い至る部分があるらしい。

だがそれ以上に受け入れがたいことがあるらしく……


「でも実は僕、ネットに投稿するのが怖いんだ……」


しばらくすると椋鳥はうつむきながらぽつりと言った。

伏し目がちの瞳は恐怖で揺れていた。


「まぁな」


その気持ちは朗太も分からないでもない。

だが――


「それを差し引いてもあそこは良いところだと思うぞ?」


朗太がそう言っても椋鳥は俯いたままだった。

やはりネットに投稿すると言うのは勇気がいるらしい。

だがこれも織り込み済みであった。

ネット投稿を勧められてすぐ投稿出来るような人間は既に投稿している。

K点越えはそれなりに勇気がいるのだ。


「ならさ、椋鳥。とりあえず今度は誰に見せなくても良いけど、読者を意識して書いてみなよ」


だからこそ朗太は最終的にネット投稿実現まで導く予定で、代替案を用意していたのだが


「な、なら……」


椋鳥は顔を赤らめながら言ったのだ。


「り、凛銅君がまた読んでくれないかな?」

「え?」


想像だにしない提案に朗太は目を丸くした。

しかし目を点にする朗太の手を取ると胸の前までもっていき椋鳥は嘆願した。


「だって、僕のために茜谷さんにも相談してくれたんでしょ? そこまで僕のためにしてくれた人はこれまでいないよ? だから、もし良かったら……」


そのうるんだ瞳はどこまでも澄んでいて、思わず朗太は顔を赤らめてしまった。


「ま、まぁ良いけど……」

「やったーーーー!!!」

「お、おう……!」


美少女と見間違うほどの美少年に抱き着かれ朗太は泡を食った。

だが朗太としても伝えておきたいことがあり、何とか椋鳥を引きはがし「コホン」と咳払いをすると


「それと椋鳥に謝らないとならないことがある」

「え?」

「お前のが小説は間違いなく上手い」


自分の秘密を打ち明けたのだ。


「俺は椋鳥の小説を読んで感銘を受けた。だから実はあの時俺は褒めようと思ったんだ。だけど、そのあれだ……。あれが椋鳥の処女作だって聞いて悔しくて、その嘘をついたんだ。まぁまぁだって。本当はすげー面白く感じた。で、引っ込みがつかなくなって姫子に頼んだんだ。姫子を頼ったのは椋鳥を思ってと言うよりは自分のためだったんだ。ごめんな。実は俺ネットに投稿している作品なんて、ブクマこれくらいしかついていないし……」


ぼそぼそ言いながらスマホで自作の作品ページを示す朗太。

そんな朗太を椋鳥は目を丸くしていた。

そして朗太は何を言われるんだろうかと身を固くしたのだが


「凄いね!!」

「ッ!?」


椋鳥は屈託なく笑ったのだ。


「関係ないよそんなの!  いずれにせよ凛銅君が僕のことを真剣に考えてくれたのには変わりないんでしょ?! それにここまで自分に真正面から向き合ってくれたのは凛銅君が初めてだから嬉しいよ!!」


天使かこいつは。

朗太は純真無垢すぎる椋鳥の在り方に感銘を受けていた。

そして


「で、も、もし良ければなんだけど……」


朗太が感銘を受けていると椋鳥はおずおずと提案したのだ。


「り、凛銅君のこと朗太って呼んでいいかな? ぼ、僕のことは『歩』で良いから……?」

「おぉ良いぞ! (あゆむ)!」

「ふふ、これからも宜しくね、朗太(ろうた)!」


歩はこうして満面の笑みを浮かべた。

それを見て、自分はとんでもない小説モンスターを爆誕させてしまったかもしれない、と朗太は背筋に寒いものを感じた。



そして翌日、廊下でばったり会い朗太と歩が談笑している時だ。


「えぇ嘘!? 椋鳥!?」


その様子を丁度教室から出てきた風華が見咎めた。


「あぁ白染、おはよう……」

「おはよう、白染さん!」

「ちょっとこれどういうことなのよ!?」


風華と歩は面識があるようだ。

歩が風華に穏やかに挨拶すると風華は目くじらを立ててにじり寄ってきた。


「実は私のところに舞い込んだ依頼でこの二人が繋がっちゃったのよ……」


そこに諦念したような調子の姫子が割って入る。


「姫子の馬鹿ー!! こうなることくらい読めたんじゃない!?」

「なんか嫌な予感はしたわ……。で、でも相手が椋鳥だったから……」

「そ、そうか。姫子も確か苦手だったわね、椋鳥のこと……」

「え、えぇ。まさかここまでの展開を見せるのは予想外だったけど……」


何の話をしているんだ?

話についていけない朗太が訝しんでいると風華は指を立てて忠告した。


「凛銅君! 夜道には気を付けてね!! それと椋鳥とはあまり一緒にいちゃだめよ?!」

「え、何で?? 椋鳥良い奴だよ!?」

「そーじゃないのよぉぉぉぉぉ!! 良い奴なんだけどそこじゃないのぉぉぉぉ! どうしてこの男は妙なところで鈍感なのよぉぉぉぉ!!」


風華は荒々しく髪を掻き揚げ、


「フフフ……」


一方で背後では歩が不穏な笑い声をあげた。


え!? やだちょっと怖い!?


朗太は狼狽した。



そしてそれから数日後のことだ。


「凛銅君! 見て! 映画のペアチケットよ!」


風華は教室に入ってくるやら目をキラキラさせて二枚の紙片を掲げた。

そして言ったのだ。


「一緒に行きましょう!? 凛銅君!」


「「「「なんだってー!!!???」」」」


教室中が沸いた。








なお風華単独では行けない模様。

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