文芸部編(2)
文芸部の部室はヘルメットが大量に並べられた廊下の先にある。
放課後の廊下は閑散としており、人気のない廊下をペタペタと朗太は歩き
「ここか」
姫子から依頼を受けて五分弱。
文芸部の部室までたどり着いていた。
切り抜き着色されたダンボールで『文芸部』と書かれている。
いかにも文芸部という感じである。
コンコンとノックしドアを開ける。
すると――
「おぉ……!」
思わず息を飲んだ。
目の前は漫画、小説、ラノベの巣窟だったのだ。
薄暗い埃っぽい空間に想像以上の本がある。
壁の四方、窓を除くほぼすべてに本棚が設置されていて、そこに日焼けしたジャンプや単行本が所狭しと突っ込まれている。
縦に入り切られない漫画は横にして押し込められ、床には書きかけのイラストが散乱していた。
部屋の中央には二台のテーブルがつなげられていてその上も漫画やイラストに侵食されており、漫画やラノベに耐性のない人間は思わずのけぞってしまう様な光景だ。
そんな書籍の山の中に一人の少年が佇んでいて――
「あ、待っていましたよ!」
いたのは金髪の青い瞳をしたどこか幼げな少年だった。
まるで神が作り給うたかのような幼く愛くるしい少年だ。
そしてその天使に見まがうかのような神聖さに
「あー」
朗太はとある人物を思い出した。
そういえば文芸部に一人の驚くべきイケメンがいると聞いたことがあったのだ。
確かその名は――
「む、椋鳥、歩君?!」
「あ、名前知っていてくれたの?! ありがとう! 初めまして僕の名前は椋鳥歩です! 宜しく!!」
「り、凛銅朗太です……。よ、よろしく……」
椋鳥は敵意なく朗太の手を掴むと待ってましたとばかりに瞳を輝かせた。
椋鳥歩。
多くの女生徒を虜にする天真爛漫な少年である。
椋鳥歩の噂はよく聞いた。
2年C組。
透き通った肌にどこまでも澄んだ青い瞳。
神が直接造形したかのような美しい目鼻立ちに華奢な体躯。
男らしさやかっこよさが際立つ瀬戸基龍とは真逆の性質を秘める儚げで神聖な印象の美少年だ。
そのあどけない美貌で多くの女生徒を虜にしているらしいが、その全ての誘いを拒絶。
そして――そんな美少年は漫画やラノベに目がなく
「いや~周囲の静止を振り切って文芸部に入ったんだけどね。ほとんどが幽霊部員で困ったもんだよ~」
目の前にはタハハと情けない笑みを浮かべていた。
朗太の前には湯気を立てる紅茶が置かれていた。
椋鳥がいれてくれたのである。
「それは大変だな……」
ダージリンティーを啜りながら朗太はチラリと周囲を観察した。
そこかしこに椋鳥以外の人間の痕跡があるが多くの部員は真面目に参加していないらしい。
「うん、大変だよ。皆やる気なくて。基本的にここにいるのは僕だけだし、あとはチラホラ部員が暇しにやってくるくらいだしさ。でね、だから一つ困ったことが出来ちゃってさ」
恥ずかしそうに椋鳥は顔を赤らめ頭を掻いた。
「実は自分なりにいくつも作品は作ってみたんだけど、うまく行かなくてね。読んでダメ出しをして欲しいんだ」
「なるほど、ね……」
飲みかけの紅茶を朗太はテーブルに置いた。
「他の部員には見せないのか?」
「うーん、それはちょっとねー」
椋鳥は難しい顔をした。
「真面目に読んでくれないんだよね。なんというか片手間でさ、皆、『ま、いいんじゃね?』で終わっちゃうんだよね。それじゃ何のためにもならないじゃん?」
「まぁそれはそうだな」
気合いを入れた自作が知り合いに片手間の流し読みにされるのは悔しい事であろう。
「でしょ!? でもさ、僕を慕ってくれる女の子にもこんな恥ずかしいもの見せられないしさ……。だから口の堅いらしい茜谷さんに依頼するしかないって」
噂じゃ彼女、現代文一位らしいし、と椋鳥は呟いた。
なるほどそういうことか。
それを聞いて朗太は首肯した。
椋鳥は姫子の現代文一位の才能を見込んで依頼を掛けたのだ。
そしてこうなってくると具合が悪いのは朗太である。
残念ながら朗太の才能は現国で学年一位ではない。
となると彼の意図したことは達成されない。
だから朗太は
「わ、分かった。すまない。俺が中途半端な気持ちで来たのがまずかったようだ。姫子を今から呼んでくる」
と腰を浮かせ中座しようとしたのだが
「別に構わないよ凛銅君でも?」
「え?」
目の前には柔和な笑みを浮かべる椋鳥がいた。
「だって茜谷さんが僕の依頼の解決に助手の凛銅君が最適だと思ったんだよね? なら最高じゃない? これも何かの縁だよ。読んでいってよ僕の小説を」
椋鳥ははにかみながら朗太に自作の小説を手渡したのだった。
こいつは神か??
その余りに純真すぎる対応に朗太は感動に打ち震えた。
なんというか自分の底の浅さや内面の汚さが浮き彫りになるような事態だった。
こうして椋鳥が自分を信用して小説を差し出す一方、朗太は小説投稿サイトで読者200名超の自分ならマウントを取れるだろうと思ってやってきたのだ。
自分はここ最近のうっ憤を晴らすためもあってこの依頼を受けたのだ。
小説指導で俺Tueeeかましにやってきたのだ。
だというのにそんな自分を椋鳥は受け入れて「ハハハ、実際目の前で読まれるのはいつだって恥ずかしいな……」と顔を赤らめている。
自分はなんて浅はかな気持ちで椋鳥の前に立ってしまったのだろう。
思わず自分を恥じた。
そう思いながら朗太は、ならば自分もそれなりに本気で読み込み椋鳥のためにならないとなと思いつつ、
「じ、実は俺も小説書くのが趣味でな……」
自身の身の上を打ち明けていた。
「え!? ホントに!?」
椋鳥は信じられないように目を大きく開いた。
「あぁ……」
朗太は大きく首肯した。
「だから姫子の奴も俺に任せてくれたんだ……」
「なるほど、そういうことだったんだね。さすがは茜谷さんだね。どこかの賞に出しているの??」
「そういうのはやってないな。ただネットには投稿してるけど」
「ネット!? あ、最近話題の『なりま?』 うっそ!? ホントに!? 勇気あるね! 凄い!! じゃぁ大先輩だね!!」
「いや大先輩かどうかは分からんが……」
「いや大先輩だよ。僕なんてようやく三か月前に描きだしただけだけなんだからッ」
へへへ、先輩だ~。と椋鳥はふにゃっとした笑みを見せていた。
そしてこのように慕われて嫌な気はしない。
「まぁ、とりあえず読んでみるわ……。気合い入れて読むな……!」
朗太は自身に気合いを入れ直し、頬を赤くしながら数枚のA4用紙をめくり始めた。
ざっと読んだ感じだと物語の舞台は現代日本だった。
主人公はとある少年が大事にしている『おもちゃ』であり、そのおもちゃは実は生きていて少年を裏から守るという話らしい。
作品に目を通しながら朗太と椋鳥は語り合う。
「実は僕はもともとイタリアに住んでいたんだ」
曰く椋鳥は外見の通り母方がイタリア出身で本当に西洋の血が混じっているらしい。
そして小学校中学年のころ、親の仕事で日本にやってきて、これまでの国にあまりはなかった、日本文化、中でもアニメや漫画にドハマりした。
それが高じてよくアニメなどで舞台となる文芸部に自ら所属するに至り、いつしか自分もそれらを作る側に回りたいと思い出し、つい最近、ようやく物語を書き始めた。
「書き出して三か月くらいかな?」
椋鳥は言う。そして
「つまり中学時代から小説を書き始めた凛銅君の方がやはりずっと先輩だね! へっへ先輩じゃなくて師匠って呼んでみようかな」
などと言いながら椋鳥はハハッと笑っていたのだが……
ちょっと待ってよ。俺のより間違いなく上手いんだけど??
一方で朗太は背筋に寒いものを感じていた。
明らかに椋鳥歩の文章・小説技巧は素人のそれではないのだ。
文章のそこかしこに情景が沸き立つようになっており、書き出し三か月でこれって朗太からすると明らかに天才のそれである。
だからこそ朗太は……
え、ちょっとまって……?
ズババババと原稿をめくっていた。
ごくりと生唾を飲み込む。
(……マジでうまい)
最後に結局おもちゃが捨てられてしまうのだが、その時おもちゃが『太一君と一緒に遊べて良かった……』っていうシーンで滂沱の如き涙を流してしまった。
(うぅ、ちくしょーーファルコーン!! なんで捨てられてんのに笑顔なんだよー!!)
そして天才の生み出した傑作としか思えないそれを読まされた朗太はというと、感動やら悔しさやら焦りやらがごちゃ混ぜになっており
書き出し三か月でこれとか、その3ヶ月の間にかなりの努力をしたのかもしれないと思いつつ「凄い良かった」と言おうと思ったのだが
「どうだった先輩! 僕のお話は!? 三か月前に『初めて書いた』処女作なんだけど?」
と言われ
「うん、まーまーだな」
と言っていた。
うおおおおおおおおおおおおおおお!! 何言ってんだ俺はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
だが意地を張ったのを訂正するよりも早く
「そっか! まぁまぁならいいかな!? ねぇ凛銅君! どこがダメだった?」
と聞かれ
「も、持ち帰っていいかな?」
朗太はその日、すごすごと文芸部を退室したのだった。
この日朗太は痛感した。
妙な意地を張るのは良くない、と。




