第四の依頼(1)
六月。
生徒たちは朝から降る雨で袖を濡らし授業を受け始める。
そしてそのような時期に体育では屋外競技は行えず――
「パスパスッー!」
「おい、よそ見すんな!」
「そいつを止めろ!!」
生徒たちはバスケットボールを興じていた。
淡い青や赤のあじさいが咲き、カタツムリが這い、カエルが鳴く。
外で雨がしとしとと降る中、男子たちは床をキュッキュッと鳴らしボールをついていた。
5限。
男子達は体育館を半分に割ったミニゲーム形式で試合を行っていた。
そしてそれが思いの外盛り上がる。
なぜなら――
「頑張ってー次岡!」
「負けるんじゃないわよー津軽ぅー!」
体育館の上方を仰ぎ見ればクラスメイトの女子たちが見物に来ているからである。
雨がちの今日この頃。
男子がバスケを興じる傍ら女子は卓球をしているのだ。
体育館の二階に卓球場は設置しており、卓球場から出て数歩で体育館の二階にたどり着けるのだ。
おかげで女子たちは時間つぶしと冷やかしのために男子たちの様子を覗きに来て、そうなれば彼女たちに良いところを見せようと自然と男子達は熱が入り
「オラァ!」
「イエー!」
白熱したプレーを繰り広げる。
「キャー!」
「ナイスぅー津軽ー!」
バスケ部の津軽が美しいレイアップシュートを決め女子たちから黄色い歓声があがった。
伴って
「どうよ!?」
バスケ部所属のくじ引き操作事件の犯人である津軽は女子たちにサムズアップして見せた。
このように体育の競技が所属している部活の競技と一致している時、その者は一時的にヒーローになるのである。
といっても津軽は普段よりクラスの中心人物だが……。
「吉成よくやった!」
「楽勝よぉ! 基龍ぅー!」
朗太はクラス一のイケメンであり人気者である瀬戸基龍とハイタッチする津軽にため息を漏らした。
「瀬戸君かっこいいね!」
「E組でラッキーだよ」
爽やかに汗を輝かせながら軽やかにコート上を駆ける金髪の美青年、瀬戸基龍に女子たちはうっとりとした溜息を漏らしていた。
そしてこんな時格好のターゲットにされるのが
「ホラ行くぞ朗太俺たちの番だ」
「はい」
「朗太! 相手に何を言われようとも冷静だぞ冷静!」
「はい」
朗太である。
「ではF組4班、コートへ」
呼ばれ朗太はうっそりとした顔つきでコートに向かった。
ここ最近朗太は男子たちの怒りを買うことが多い。
その腹いせにこういった朗太のアウェー空間では公然と煽られるのである。
案の定
「よぉーやくやってきたな」
「女子たちにテメーが糞雑魚であることを再認識させてやるぜ」
「特に我がクラスのアイドル、白染風華さんにな!」
「あとで風華さんにお前たちのチームに何点差で勝ったか伝えておいてやるぜ!」
「お前がいかに無様な立ち回りもしたかもな!」
半分ギャグもあるだろう。
しかしどこかガチな目をした男子たちに試合前に煽られまくる。
そして実際のところ朗太はこと球技において
「うわぁ……」
「嘘でしょ……」
絶望的な運動神経を有する。
二階の女子が怯えるような声を漏らした。
シュートは入る。
なぜか。
なぜかは分からないが、レイアップシュートだのの一連の動きからのシュートになるとハチャメチャで奇想天外で創意工夫に満ちた動きになるが、ただただシュートするだけならなぜか割と入る気がする。
だがそれだけだ。
「朗太!」
「おっけい!」
授業の最中のミニゲーム。
運動神経に秀でる誠仁からパスを受け取る。
すぐにダムダムとドリブルし駆け出した、が
「よぉぉぉ!? 凛銅ぉぉぉ!?」
すぐさま相手チームが立ちはだかる。
これでは前進できない。
火傷でもしたかのように朗太は急停止し即座に周囲を見回すが
「はいざんねーん」
一瞬の隙を突き迫っていたもう一人にボールを取られ、戦況が変わってしまう。
その無様な様子に
「はぁ……」
観戦に来ていた我がクラスの女子たちは落胆を隠そうともせず、男子たちは
「よくやったー!」
朗太からボールを奪った男子に惜しみない称賛を送った。
そしてこんな環境ならば朗太の鬱憤は溜まるばかりで発散の場を求めており――
「朗太、新たな依頼よ」
放課後の教室で姫子に告げられたその言葉は渡りに船だった。
「その言葉を待ってたぜ」
太陽が傾き影の長くなった教室で朗太は椅子を逆向きに座りながら口角を吊り上げた。
「でも珍しいな依頼者はいないのか?」
朗太は周囲を見渡しふと尋ねた。
これまで依頼があるときは依頼者が同伴しているケースが多かった。
だが今回は珍しいことに教室には姫子しかいない。
てっきり同伴している生徒がいると思ったのだが。
朗太が不思議がっていると
「ま、まぁそれはおいおい話すわ……」
固い表情をした姫子ははぐらかし、依頼の案件を話し始めた。
「朗太、先日の遠州さんが泣いちゃった件は覚えているかしら?」
それは忘れるわけがない。
まさに朗太が辛酸をなめ続けている体育の授業中に起きた珍事であった。
実は、現在のバスケ。
E組対F組という構図が確立している。
ただの体育だというのに熾烈な競争が行われているのだ。
それは女子が見学に来るというのも大いに関係しているだろう。
男子たちはクラスの女子たちに良い姿を見せようと普段以上にやる気を出し、それが不必要ないさかいを生んでいた。
時折球技大会などで盛り上がりすぎて生徒の仲を育むためのイベントだというのに一時的にクラス間の関係が悪化することがあると聞く。
それと似た現象が今回のバスケの授業ではどのクラスでも多かれ少なかれ発生しているらしい。
そしてこのE組F組間では偶然よりその諍いが苛烈になり、ある時、体育の後半に行われる体育館一面をフルに使用したコートでE組班とF組班が総当たりし勝星数を競う『クラス対抗戦』にてE組の男子がF組の男子チームを圧倒し
「よっわ」
「楽ショー」
「F組はホント弱い」
などと煽った際、観戦に来ていたF組生徒の遠州が
「そんな酷いこと言わなくても良いじゃない……?」
と泣き始めたのだ。
そのような事があり現在、E組とF組の間では若干険悪な、ピリピリとした空気があるのだ。
そして遠州を泣かしたE組のチームはバスケ部員、江木巣擁していて、すでに同じバスケ部員である津軽や万能型運動神経を有する瀬戸擁するF組1班は問題が顕在化する前に彼らに痛い敗北を喫しており、これまで江木巣班にF組班は3連敗中。
残すは朗太擁するF組4班が惨殺されるのを待つばかりという段階なのだが
「どうしても遠州の仇を取って欲しいって遠州の友達の藤黄さんに言われたのよ」
それが依頼らしい。
姫子は渋面を作った。
「それは困ったな」
対し朗太も唇を尖らせた。
なぜなら
「もう後俺達しか残っていないぞ? あいつらと戦うの? 負け確だな」
となると何らかの策を練るしかなく
「何らかの策を練り上げないとな」
朗太は顎に手を置き思考を巡らし始めたのだが
「違うのよ」
そんな朗太を姫子は静止した。
「違うのよ朗太。どう策を巡らせようと次の試合にでるのは朗太しかないの。だからね、今回の依頼は何があっても朗太達の班に江木巣班にバスケで勝ってほしいってことなの。つまり――」
「はっ」
驚愕の可能性を悟り朗太が目を丸くした。
何があっても朗太班に勝たせる。
そして朗太班において何よりの足手まといは何を隠そう朗太自身。
つまり――
「あんたの運動音痴をなんとかしてって依頼なの」
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
梅雨。
雨上がりの夕焼けが周囲を艶やかに染め上げる中、朗太の叫びが辺りに満ちた。
という訳で第四部ではバスケットボール編です。
バスケ部へのフォローは必ず入れますのでご安心下さい。
作者はバスケ素人なので矛盾やおかしな表記が発生するかもしれません。(しないよう努力しますが)
生暖かい目で見守っていただけると幸いです……!
宜しくお願いします!




