くじ引き操作(2)
こうして傑作という言葉に釣られてほいほい依頼を引き受けた朗太。
「じゃ、明日またアンタに相談するわ。Eポストのアドレス教えなさい?」
「え、今このまま相談突入じゃないのかよ?」
てっきりこれから頭をひねるものだと思っていた朗太は思わず聞き返していた。
すると姫子はジロリと朗太をジト目で見る。
「女子からの相談って言ってんでしょ。デリケートなのよ。アンタに教えていいかその子に相談すんの? 分かった? オーライ?」
馬鹿にしたオーラを全開にする姫子に思うところがないこともない。
しかし言い返しても栓がないことなのでスルーしつつ通話メールアプリ『Eポスト』のアドレスを交換し連絡を待っていると翌日授業中に『決行』の二文字が送られてきた。
指示によると放課後の自教室で待ち合わせらしい。
言われた通り授業が終わった後、人気がなくなった自教室で待機していると姫子が連れてきたのは黒髪おさげの少女だった。
群青輝美。
親友の舞鶴大地の話ではクラスの男子内では4番人気の、お淑やかで可愛いと評判の少女である。
「姫子……やっぱり……」
「大丈夫よ。コイツはバラしたりするような奴じゃないわ?」
姫子の話の通り居た朗太にたじろぐ輝美を姫子が諫め、ほぼ初対面だったため朗太と輝美が手短に自己紹介をすると相談は開始。
心の中で(どうせそんなデリケートな相談事じゃねーんだろ)と高をくくり朗太が缶コーヒーを啜りながら「で、話って?」と言葉を促したところ顔を赤く染める輝美から出てきたのが
「じ、実は私は瀬戸君が好きなの。だからなんとしても東京遠足で同じ班になりたいの……!」
という言葉だったのだ。
「ブッ!!」
想像以上にデリケートで朗太はコーヒーを吐き出した。
「アンタ汚いわよ!!」
すかさず姫子から非難が飛ぶが今の朗太には関係ない。
朗太はコーヒーをふき取る姫子をよそに、いきなしガチなの来たぁぁぁ! と鼻息荒くしていて
「え、姫子、これ本当に大丈夫なの……?」
「ま、まぁ動機は不純かもしれないけど、輝美のために全力を尽くすことは確実、のはずよ……」
明らかに様子のおかしい朗太に輝美は眉を顰め、姫子はぎこちない笑みで必死にフォローしていた。
咽ながら朗太は尋ねた。
「そ、その話、詳しく……!」
「ヒぃ!」
ネタに飢える血眼の朗太に輝美は小さく悲鳴を上げた。
その後出てきた話はこうだ。
この都立青陽高校は高校二年の四月、東京というものを知るためにということで東京遠足なるものが開催される。
この班編成は男女各3~4名ずつで、つまり合計6~8名班の計6班になる。
ここで昨日、我が2年F組では異変が生じた。
男女でまず班を作った後、クラスの中心人物の一人である『津軽』が
『めんどくさいし、男女どの班がくっつくかはくじ引きで決めね?』
と言い出したのだ。
それにより兼ねてよりクラス一のイケメンであり、学園でも人気の高い『瀬戸基龍』を好いていて、同じ班になる約束もしていた輝美の思惑は瓦解。
遠足で親睦を深め告白しようとしていた輝美の作戦は崩れたのだ。
しかし輝美は諦めない。
このままでは男女各6班形成されているので、輝美が瀬戸班とくっつく確率は6分の1だ。
この確率を100%に出来ないかと輝美は姫子を頼ったというわけである。
男女の小班はそれぞれ決定済み。
あとはもう明日のHRで男女を組み合わせるだけで、もう輝美に残された時間は殆ど無い。
「でも不幸中の幸いじゃないか? 6分の1ならまだ目がある。瀬戸なんてこのクラスで一番人気だし、普通にやったら他の女子にかっ攫われるぞ」
「でも私は瀬戸君と同じ班になろうって言ってあったんだよ。そんなのってないよ。瀬戸君と同じ班の津軽君が変なこと言い出さなければこんなことにはならなかった」
「まぁそうか。で、あと瀬戸はなんて? Eポストで連絡とってるんだろ」
「津軽が勝手なこと言い出してゴメンって言われたわ」
「ふ~ん」
津軽と瀬戸がねぇ……。
朗太は違和感を覚えつつも頷く。
瀬戸班の中心はクラス1のイケメンである瀬戸であり、津軽は力関係で瀬戸に劣るはず。
だというのに瀬戸の親友である津軽の口からポロッとくじ引きの提案が出たことに違和感を覚えないこともない。
まぁいいか。
だが朗太はその違和感を振り払った。
「何としても群青は瀬戸と同じ班になりたいんだな」
「う、うん……!」
「どんな結果になろうとも、だよな」
「う、うん。まぁ……」
「なら分かった。考えてみよう……」
話は決まった。
津軽からおかしな話が出たというのに、瀬戸と同じ班になりたいというのならしてみよう。朗太は輝美と瀬戸基龍と同じ班にする方法を考え出した。だが……
「難しいな……」
「アンタ、さっきの威勢のよさはどこ行ったのよ」
「そりゃ難しいんだもんよ」
数分後、朗太は頭を抱えた。姫子は呆気なく降参した朗太にため息を吐いた。
「くじでそんな簡単にズル出来るなら甲子園の抽選とかに使われてないだろ」
「そりゃ大人がやっているしっかりした奴ならね。でも今回のはクラスで使うちょっとした奴よ。いくらでもいかさまする余地はありそうじゃない?」
「まぁそうだが……」
朗太は小さく息を吐いた。
「そもそも論だがくじ引きを中止に出来ないのか。津軽がくじ引き導入したみたいに。茜谷なら出来るだろ」
しかし姫子は首を横に振った。
「無理ね、もうくじ引きの流れになっているもの。他の女子をたきつけるにしても明日じゃもう間に合わないわ」
「そうか……」
なら、くじ引きをどうにかするしかない。
姫子の言葉に朗太は方針を転換する。
(じゃぁそもそもどう班をくっつけるんだっけか……)
朗太は唸りつつその当時のことを思い出した。
くじ引きで男女の小班を合体させ班を作るという津軽のセリフにクラスが同調した際、学級委員と瀬戸は話していた。
『じゃぁくじ引きで良いな? 具体的にどうやって決める?』
『男女班の代表がそれぞれくじ引いて、同じ番号だった班同士が同じ班で良くね?』
『あぁそれでいいな』
つまり輝美が瀬戸と同じ班になるには、瀬戸班の代表が引いた番号と同じ番号を群青は引かなければならない。しかし――
「そもそもくじでズルするにしても、男子から引くかも女子から引くかも分からんと話にならん。女子からだとしたら、いくら俺達がいかさまをしても群青が瀬戸達と同じ番号にするのは難しい」
「男女どちらから引くかなんて鶴の一声で決まるけど、こういうのはクラスの話の流れを変えられるようなポジションの奴じゃないと段取りできないのよねぇ」
「そうそ、まさにあっさりとくじ導入した津軽のようにな。それに最悪同時進行もある」
しかしそこに来ると、朗太や輝美にそのような『力』はない。
あるとすれば――
「何よ私見て?」
「いやだから茜谷なら男女どちらからくじ引くかも操作できるかなって」
「あぁ、『レディーファーストとかどうでもいいから男子から引きなさいよ』とか言えばいいのね。別に良いけど、でも男子から引かせた場合、輝美を同じ班に出来るの?」
「いや難しい。いくつか越えなきゃいけないハードルがある」
「ハードルって?」
「第一が言ったように男子から引くこと。で、第二が群青が女子の中で『一番に』くじを引くこと」
朗太の説明で大体の事情を察したようだ。姫子は得心したように頷いた。
「あぁなるほど。瀬戸が引いたらその番号情報を入手。その番号と同じ番号を輝美が分けて保管。一番最初にくじを引く時に、その番号の抜けたくじと、もともと入っていたくじを上手い事入れ替えるってことね。でも中身を入れ換えるなんて、そんな隙があるかしら?」
大衆の目の前でくじを入れ替えるという芸当をする必要がある問題もある。
朗太は頷いた。
「それが第3のハードルだ。みんなの前で引く時にそんな暇はない。それにそもそも群青が一番先に引けるかなんて分からない」
「津軽みたいにクラスの中心人物なら自分から引く流れも作れるでしょうけど、輝美にはそれは無理でしょうね」
「最悪、また茜谷の力を借りればなんとかなるかもしれんが、結局、くじの交換問題がある。クラスの生徒が見ている前で自身の手の中のクジを入れ替えるなんて芸当は」
「む、無理ね……」
輝美は顔を強張らせた。
「だろうな」
朗太は納得顔で首を縦に振った。
つまりそうなると――
朗太は顎に手を当て会話の中で思考をさらに奥に進めた。
ずぶの素人でも入れ替えらえるような環境を作る必要がある。
「くじを入れるものをビニール袋とかじゃなくて段ボールみたいな外から中が見えない物にすれば話が違うか。中身に細工できるしあっさり入れ替えられるかもしれん。茜谷のサポートで群青が一番先にくじを引いて、箱を段ボールにして何とかする」
自分で言っていて妙案だと思った。
「うん、これだな……俺誠仁と仲良いし」
朗太と学級委員の宗谷誠仁は親友なのだ。
『くじ引き用に作っといたぜ!』とか言えば奴は『お、サンキュー』と言って快く受け取るだろう。瀬戸の番号に関しては情報通の大地に頼めばいい。彼の顔の幅は広いから頼めば速攻で入手してこれるはずだ。
とりあえず話の方向性は決まった。朗太はさっと椅子から立ち上がり段ボールを入手しに行こうとする。だがその朗太の案を姫子は否定した。
「でもそれも無理ね」
「え、なんでだよ……」
「その『箱』も津軽達が作っとくって言ってたでしょ……」
「あぁ……」
言われてみればそうだった。
確かに津軽は『じゃぁくじ引きに決定な。くじ引く用の箱は俺達が作っとくわ~』と言っていた。
確かにすでにくじ引き用の箱を作り手が決まっているなら朗太たちの出る幕はない。
「そうか、だとしたらまた考えるしかないな」
朗太は溜息をつきながら新たに思考を巡らし始めた。
と、顎に手を当て考え始めた時だ、
いや――
朗太は痛烈な違和感を覚えたのだ。
朗太は思う。
『いくらなんでも多くないか』、と。
そして――
「あ――」
朗太はある事実に気が付き、一つの案を思いついたのだった。
「な、なんか閃いたの!?」
目を見開き口を半開きにする、これまでと明らかに様子の違う朗太に姫子がせっつく。輝美も朗太に期待の眼差しを向けた。それに朗太も何とか答える。
「あ、あぁ……。結論から言うと今の俺たちじゃ今からくじ引きみたいに完全にランダムなものに細工することはできない」
「じゃぁダメじゃない!」
姫子は思わせぶりな朗太にぴしゃりと罵声を浴びせた。
しかし朗太はめげない。この話には続きがあるのだ。
「だけどどちらが機先を制するかっていう話ならなんとかなるかもしれない」
「どういうこと……?」
一転して朗太の意味不明な言葉に眉を顰める姫子。表情がころころと変わる。
だが朗太はもはや明確には答えない。早く次の言葉を伝えたかった。
そう、これはくじ引きをどうにかするという話ではなかったのだ。
それは自ら陥った袋小路だった。
実態は違う。
そして、もし本当に違うならやりようはある。
朗太は言った。
「群青、もしかしたら形はどうあれ瀬戸達と同じ班になれるかもしれないぞ……?」
朗太の言葉に彼女たちが目を丸くした。
それから朗太は驚く彼女たちに自身の策を伝える。
そして時は過ぎ
「じゃぁお待ちかねのくじ引きを開始するぞぉ~」
翌日の帰りのHR。
男女班合一のくじ引きの時間になっていた。
「……」
賑やかな教室の中一人、朗太は作戦を思い息を詰め、この先の展開を憂いていた。
朗太は思う。
本当に上手く行くのか、と。