朗太の家(2)
なかなか壮観だな……。
美少女三人が我が家のリビングにいるというのは……。
「何よ?」
「や、何でもないが……」
朗太は睨む姫子をはぐらかした。
朗太は目の前の光景に驚嘆していた。
平たくいうと、え、本当にここ本当に我が家なの?っていう感じである。
普段は何の変哲もない部屋が貴族を描いた中世絵画の世界のようだった。
観葉植物ですらちゃんとした出自のものに見えるし、大したものでもない家具がまるで超高級品のようだ。
椅子だって、なんというか姫子が座るとそれなりの出自のものに見える。理由は不明だが。
いずれにせよ誰が座るかって重要なんだなと朗太が感心していると
「麦茶です」
「あ、ありがとう……。本当に朗太の妹なの……?」
「ありがとう弥生ちゃん!」
弥生が汗を吹くグラスと菓子を差し出していた。
その慎ましい所作に姫子は目を丸くし風華は屈託なくはにかんでいた。
にしても姫子、お前酷いな。
俺だって客人を歓待することくらい出来るぞ?
朗太は自分の評価の低さに呆れた。
姫子と風華は
「へーここが」
とか
「へー、ほー?」
とか言いながら我が家のリビングをしげしげと眺めていた。
一方で
「わー何も変わっていない。懐かしいなぁ」
来訪歴のある纏は感慨深げに古びた地球儀を手で転がしていた。
「そりゃ纏が来なくなってまだ一年とそこいらだ。そんな急に人の家の作りは変わらない」
「まぁそれもそうですね? ということは先輩の部屋も大して変わりないんですか?」
「うん、まぁ……」
実際に大きな変化はない。
基本的に綺麗にしているしな。
と、朗太が過去の自分の部屋と今の部屋を交互に見返し確認していると
「そういえばそんな戯言も言っていたわね?」
「えぇ、凛銅君の部屋に入ったことがあるとか……」
「私たちはないわね、風華」
「えぇそうね。姫子」
ずずずっとむぎ茶を飲みながら二人が黒いオーラを撒き散らし始めた。
「あ、じゃぁお兄ちゃんの部屋行けばいいんじゃないですか? 大したものは無いですけど」
「「え!? 良いの!?」」
弥生の提案に二人が飛び付いた。
「良いよね、お兄ちゃん」
「う、うん。まぁ良いが、漁るなよ……?」
こうして朗太の恐れていた事態は現実のものとなったのだ。
まず始めに断っておこう。
年頃の男子高校生の自室など基本的に不意打ちで同級生女子が入ってきても大丈夫な代物ではない、と。
朗太の部屋だって基本的に綺麗になっているが、隠した方が良いんじゃないと思うものがちらほらある。
ラノベとかラノベとかラノベとか。
それとラノベとか。あと加えるならラノベとか。
まぁ大体朗太の場合はラノベであった。
ラノベだから駄目だという訳ではない。
断じて違う。そこは勘違いしないでいただきたい。
だがどうにも表紙などがエロ方面に突き抜けているものが多いのも事実で、そういったものは流石に隠したいのだ。
その精神を情けないと指摘する者もいるかもしれないが、これだけは正直勘弁していただきたい。
だが逆に言えばそれ以外は完璧だ。
朗太に気になるものはない。
思い出してみてもそれ以外に女子から引かれそうな物は朗太の部屋にはなかった。
だから朗太は階下から
「意外とこわー……」
と嘆息する弥生の声を聴きながら、彼女たちをエスコートするも
「へへへ、無理言ってゴメンね凛銅くん?」
「や、別にいいよ」
「まぁ何があっても引かないから安心なさい」
「ハハ、勝手に家族が入ることもあんだぞ? ヤバいもんなんてないし綺麗にもしている」
基本強気。
何も気にしていないように見せかけブラフを張る。
そうでなくともこの展開は読めていた。
びびっちゃいるが想定の範囲内。
だから朗太は強気でリードしてみせ
「でも少し待ってくれるか? 速攻で掃除するから? さすがにいきなり入られるのに抵抗があるのは分かるだろ?」
「分かったわよ、さっさとね」
「いつまででも待つよー」
「じゃぁ、そういうことで。入るなよ?」
念押しして朗太は二回の自室のドアを閉めた。
そしてカーテンの引かれた薄暗い我が部屋に入った瞬間――
(ヌオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!)
部屋の隅にあったコロコロを右手に装備!
「ヌァアラァ!!」
気合い一発。
ドダダッ!と縦横無尽に部屋を駆け回り床を一瞬で綺麗にする。
そして
「なんだこの表紙は!? けしからん!!」
ラノベというラノベを容赦なく押し入れに押し込む。
この際仁義なき可否判断が下り、晒されるものと仕舞われるものが決まるのだが、
やはりやばいものを探したがあったのはラノベだけだった!
ほぼ全裸な女が表紙のラノベだけだった!
それ以外にエロいヤバイものがないか精査したがやはり自分の記憶の通り、エロい画像や映像はPCの中のようだ!
PCの電源がオンになると流石にヤバいがパスワード登録済みでシャットダウンされている。つまり難攻不落!
ということで掃除は大体終了!
机回りを見てベッドの下を見て、ゴミ箱にファブリーズをかけ(ここ重要)、ざっと見て大丈夫だと判断。
ここまで30秒足らず。
ふぅーここまでやればええやろ?
意外と好成績なのではと思いながら、長く待たすと不信感を煽る。
朗太は「いいよー」と言ったのだが
「ハッ」
ようやく思い出した。
──じきに処刑してやるからな
自席PCのわきのA4用紙群を見る。
そこには何枚もの用紙に我が校の生徒の名前が書かれた紙が――
――やばい。
朗太は息を飲んだ。
エロいものに固執しすぎた。
エロくなくてもヤバいものはあるんだった――。
そして即座に隠蔽に向かうが、同時に――
「意外と早いわね?」
「てっきりもっと待つかと思った」
「でも結構凄い音しませんでした?」
彼女たちはゆっくりとドアを開け始めていて――
「ちょっとまってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
あけないでえぇええええええ!!!
恥も外聞もない。
朗太は悲鳴を上げた。
同時にマッハで自身の勉強机に走り寄り
誰だこんな気色悪いものを作ったのは!?
俺か!?よくよく考えれば俺だな!!
ハッハ!! 完全に身から出た錆だな!?
ハッハッハ
「ハァァァァァァァ!!」
とそのデスノートのまがいの物体を握りつぶし筋肉隠蔽。
机の中に叩き込み引き出しを叩き戻し
「よ、よう……?」
汗を垂らしながら彼女たちを出迎えた。
「今、整った……」
「アンタ、何してんのよ?」
ある意味、それは出て当り前の問いだった。
「い、いや、何でもないよ……?」
ブスッとした姫子にぜーぜーと息も絶え絶えに朗太。
「え、いや、明らかに今何か隠したでしょ?」
「ん~~? い、いや……? み、見間違えないんじゃない……?」
肩で息をしながら答える朗太。
その姿は彼女たちにとある回答を導き出したらしい。
「あー、あ! あ、いいのよ朗太?」
一瞬ハッとした表情を作ると俄に姫子は優しくなった。
腕を組み顔を若干赤くし
「と、年頃なら仕方ないわよね? ね、ねぇ、ふ、風華?」
「うん、凛銅くん、年頃の男の子なら仕方がないよ! 纏ちゃんもそう思うよね?」
「ま、まぁ、仕方ないですよね? 男の子ですし……」
明かに違う事柄で勘違いをし始めた。
「違うんだああああ!そういうのじゃないー!!」
思わず朗太は嘆願していた。
「信じてくれー! 断じてエロい物を隠したわけじゃないー!」
「なに!? じゃぁなんだっていうのよ!?」
「い、いや、それは……」
「朗太?いい?エロ本とかならその戸棚、開けないわ?だけど、そうでないなら開けるわ?答えて朗太。それは、なに?」
「エロ本なの?凛銅君?」
「ち、違う」
風華の問いに思わず即答してしまう朗太。
「じゃぁなんなのよ朗太!?」
「そうですよ! エロ本以外にそんなやましいものがあるなら見せてくださいよ! 安心してください! 私たちは絶対に引きません!」
「そうよ! アンタが悪い道に堕ちているのなら救わないとなんないのよ! だから朗太! 開けなさい!!」
「え、あ、いやちょっとそれは」
と抵抗しているうちに、グイッと乱暴に机は引かれてしまい――
「うーわ……」
世にも悍ましい物体が明るみに出た。
「うわー何ですかこれ。名前めっちゃ書いてありますけど……」
「処刑者リストね。これはきついわね」
「なんならエロ本の方がましだったかも」
「先輩、普通に引きます」
おおおーん。
朗太は泣いた。
引かないって言ったのにめっちゃ引いてるじゃーん、と。
なんてことがありつつ
「出鼻挫かれた感があるけど、以外と普通ね……」
「普通に綺麗って感じ。面白くなーい」
「先輩、本増えました?」
彼女たちは狭い朗太の自室をしげしげと眺めていた。
実際問題、確かに特A級の激やば物体が転がっていたわけだが、それを差っ引けば特徴のない部屋のはずである。
緑色のカーテンに、茶色のシーツのしかれたベッド。木目調の勉強机。
本棚に適当に差し込まれた書籍の数々。
いかにも普通な高校生の自室だ。
「ヤバい表紙のラノベは隠したからな押し入れは開けるんじゃないぞ?」
「隠したもの普通に言っちゃうんですか……」
朗太の注意に纏は半眼になり肩を落とした。
また一方で
「へっへーここが凛銅君のベッドかー」
ニコニコと笑いながら風華が自分のベッドの上で座り跳ねていて
(ふ、風華が俺のベッドに……!)
朗太は顔が赤くなるのを感じた。
「ふーんここでねぇ」
なにやら姫子も顔を赤くしながら触っていたが、おら汚くなるから早く退けや?
こうして朗太の自室訪問は幕を閉じたのだ。
「ホイ! ホイ! ヨ! やるね! 凛銅君!?」
「白染もやるな!? 負けねーぞ!?」
「へっへ! 私に勝てるかな凛銅君!?」
「先輩! 隙ありです!」
「あーくそー!!」
その後のことだ。
朗太と風華、纏の三人はリビングでTVゲームを興じていた。
と、言うのも
「先輩、そういえばまだあるんですか? ホラ、相手吹っ飛ばすオールスター集合ゲーム?」
朗太の部屋から戻ってきて纏がふとそんなことを聞いたからだった。
朗太がコクリと頷くと
「あ、それスマブタ?! 私、得意なんだよ!? 友達んちでやりこんだの! 凛銅君、勝負しましょう!?」
と言ってゲームをする流れになったのだ。
TVの大画面を風華の操る電気ネズミが駆け巡る。
そして朗太の操るピンクの悪魔に空中回転尻尾攻撃を加え
「よし! いえい! どーだ凛銅君!!」
ズドーーン!! と派手なエフェクトと共に朗太の操るキャラが場外まで吹っ飛ばされ風華の顔が笑みに包まれる。
そんな風華に
「くっそー」と朗太が言うわけだが
おい、最高かこれ?
ゲームにおいて劣勢に立たされたというのに朗太の脳には脳内物質が満ちていた。
朗太達がゲームをする背後では弥生と姫子がテーブルで茶を啜っていた。
「姫子さんはもとは何中だったんですか?」
「會月中ね」
「私立のめっちゃ頭良い所じゃないですか!? なぜ青陽なんかに進学したんですか?!」
「色々あったのよ」
姫子のグラスの中の氷が滑り落ち、かちゃりと音を鳴らした。
「うおおおおおおおおおおおおおお! 喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「隙ありです先輩ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
その後ゲームは白熱し、しばらくして彼女たちは帰路についた。
そして翌日
「凛銅君! スマブタ! また今度勝負しようね!?」
出会い頭にはにかんだ風華にはにかみ言われ、周囲の男子の視線が一気に自分に向く。
嫉妬されたのは言うまでもない。
たが断じて言おう。
突然の訪問は良いもんじゃない、と。
朗太はぐちゃぐちゃに丸められ屑籠に放り込まれた処刑者表を懐かしんだ。




