金糸雀纏(2)
金糸雀纏は有名人らしい。
すぐに自分と纏の関係の話題は広まった。と、いうのも
「おはようございます! 先輩!」
「よう、おはよう」
朝、遠くから日差しの差し込む薄暗い駐輪場に自転車を止めていると背後から声をかけられた。
振り向くと、そこには天真爛漫な笑顔を浮かべる纏がいて
「一緒に行きましょう先輩ッ」
「おう」
旧来の仲の二人だ。
当たり前のように二人で玄関まで向かう流れになる。
「今日の一時間目はなんなん?」
「古文ですね」
「じゃぁ講師は辛氏屋か。あいつさ」
二人は周囲の人間が注目する中歩き出した。
「というか今までよく会わなかったな」
そして緑の並木を歩いている時だ、ふと朗太は気になっていたことを尋ねた。
よくよく考えてみれば同じ中学出身ということは地元も同じで遭遇率も高いはずなのである。
「これまでも自転車通学してたんだろ?」
「いえ、昨日までは電車通学していましたよ?」
「え?」
予想外の答えに朗太は目を丸くした。
「纏、これまで電車通学していたの?」
「えぇ。先輩をびっくりさせようと電車通学してたので。もう必要なくなりましたんでこうして自転車で来るようにしましたけど」
「えー…」
すげーなおい。
想像以上の返事が返ってきて思わず言葉を失った。
人一人を驚かせるために労力を惜しまないやつである。
だが纏からすると自身の行動は当然の帰結であるようで
「何事もインパクトが大切ですから」
と言うと周囲をチラチラと窺い、周囲の仰天の視線が自分たちに向いていることを確認すると頬を赤く染め
「つまりこういった周囲の関心が自分達に向いているタイミングで先輩と手を繋ぐこともまた効果的で──」
といって何やらこちらの手を掴もうとしたのだが
「はい、ざんねーん」
「ぐぬぬ」
その間に風華が突如割って入りお開きになった。
そして突然現れた天使に
「お、おは……」と朗太がまごついていると風華は
「えぇ、おはよう! 凛銅くん!」
爽やかなスマイル。
風華は一撃で朗太を落としてみせ、
「それと、おはよう後輩君?」
「…………」
ショート気味の朗太を蚊帳の外に、いたずらっぽい笑顔を纏に向けていた。
「わざとですか?」
「ふふふ、こんなの序の口よ?」
「そうですか、勉強になります」
二人の少女の間でバチバチと火花が散った気がする。
そしてそんな少女たちを見て周囲の人間は眉を顰め
「おいどうなってんだよ?」
「金糸雀ちゃんまで、一体どうした」
口々に疑問を呈していた。
その後朗太達は揃って下駄箱に向かうこととなり、これだけのことがあれば後程朗太が口撃の対象になるのは必定なのだが、三人揃って下駄箱に向かおうとしたときだ
「お、おはよう…朗太……。こんなところで、偶然ね……?」
と荒い息をしながら姫子がやってきて
「本当に偶然なのか?」
思わず問い返してしまった。
「偶然に、決まっているでしょう…? それとおはよう。風華? それに、纏さん?」
「フフフ、やるじゃない。おはよう姫子?」
「えぇ、なにこれぇ」
姫子の挨拶に風華は不敵に笑い纏は顔を歪めた。
一方、そんな光景を見て
「嘘だろ……」
「どういうことだよ」
「死ねよ……」
周囲の生徒は口々に不満を飲めていた。
そしてそのような事があれば
「おい朗太お前!?」
「な、なに!?」
朗太は休み時間、前の席の大地に糾弾されることは言ったように当然であった。
「お前、『二天使』とも仲良かったのか?」
「二天使!?」
二天使。それは今年入った新入生の中でも頭抜けた容姿をもつ二人の少女を指す言葉である。
なんと青陽高校は今年も国宝レベルの美少女を獲得することに成功したのだ。それら少女に対し昨年入学した女神、姫子風華を指す『二姫』のように『二天使』、という名前がついたのだ。
だが朗太は『二天使』なる人物にに心当たりはない。
なんなら名前すらも知らないレベルだ。
「俺は知らねーぞ?!」
朗太は憤慨しながら言い返した。のだが……
「今朝金糸雀さんと一緒にいたって聞いたぞ!」
「あ、纏か」
すぐに納得した。
纏は確かに整った容姿をしている。
まさか二天使が纏だとは思わなかったが、確かに言われてみると納得である。
彼女の容姿や中学時代のモテっぷりは姫子、風華に準じるものがある。
と朗太が感心していると
「下の名前呼びが妬ましい!」
大地は頭をかきむしり怒りを露にしていた。
そしてそこからは尋問である。
「で、恋仲なのか?」
「まさか、全く」
「良かった。お前を殺さねばならないところだった」
「いや恨みが酷いな」
「で、どういうご関係で」
「中学時代の後輩だ」
「なるほど。それにしては仲良かったな」
「元同じ部活だし」
「なるほど。で、話は変わるが、というかここからが本題なんだが、金糸雀ちゃんはお前がいるからこの高校にきたという話を聞いたが、それは真か?」
「あぁそういえばそんなこと言ってたな」
どういう意味なんだろう?と訝しむと
「くたばれくそやろうがあああああ!!!」
大地は叫んだ。
そして実際に自分は糞野郎らしい。
「ちっ」
「ゴミが」
周囲の多くの男子に舌打ちされる羽目になっていた。
おかげで処刑者リストが伸びる伸びる。
だがここに一人明らかにご機嫌な人物が一人。
「なんで嬉しそうなんだよ」
「うるさい女どもがいないからよ」
昼休み。ご満悦な表情の姫子に嘆息する。
姫子は珍しく朗太の席の前まで来ると満面の笑みを浮かべていた。
「うるさいって、誰のことだ?」
「知らないなら知らなくて良いのよ? てかさ、朗太? 今日空いてる?」
「いや空いてはいるが」
小説の続きを書きたい。
と、朗太がこの場では言いづらい言葉をひっこめていると
「じゃぁ一緒に学校に残りましょうか?なんかしましょう?」
「えぇ…」
姫子はとんでもない提案をしだした。
朗太が口角を下げると
「何よ? 嫌なの? この姫子さんと一緒に放課後過ごせるのが」
「え、嫌じゃないがさ」
「そ! じゃ、決定ねー」
姫子はあっという間に予定をたててしまった。
こうして
(あぁ、また小説を書く時間が……)
と朗太は悲しみにくれるわけだが、
「やったねッ!」
パッと華やぐ姫子の笑みを見ると心が安らぐ気がするのも事実であり嫌な気はしないのであった。
しかしこの満開の桜のような笑顔は程なく散った。
しばらくすると
「先輩ッ! お弁当持って来ました! 一緒に食べましょう!」
「また来たかこの子はぁぁぁぁ!」
ガラッとドアを開け、纒が弁当を持ってきたのだ。
姫子を見ると纏はわざとらしく、まぁ!と口に手をやった。
「あ、こんなところで偶然です! 茜谷さん!」
「私のクラスよ!」
「あ、そうなんですかー。で、話が変わりますが先輩ッ! お弁当持ってきました! 一緒に食べましょう! 隣、良いですか?」
「え!? ま、まぁ大地と誠仁が良いなら……」
「俺は全然歓迎だぜ朗太!? 誠仁も、良いだろ?」
「勿論だ。朗太の後輩だっけか? 面白い話が聞けそうだ」
「じゃぁ失礼しまーすッ。で、あなたは……」
「舞鶴、舞鶴大地だ! こっちはクラス委員の宗谷誠仁! よろしくぅ!」
「宜しくお願いしまーす」
「ちょっとアンタ達……!」
「何ですか茜谷さん?」
「くっ、私も混ざらせてもらうわ……?」
姫子は顔を赤くしながら朗太たちの昼食に加わり、その珍しい光景をクラスメイトは目を丸くしてみていた。
そして翌日の放課後のことだ。
事件は起こった。
それは
「先輩!一緒に帰りましょう!」
当然のように纒が教室にやったきて朗太を誘ったことによって起こった。
自身を下校へいざなう纏。朗太からすれば旧知の仲だ。
なんならこの纏という少女は朗太の家に来たことすらあるし、妹の弥生とすら面識があるのだ。
「おう、いいぞ」
「ダメよ!朗太!」
軽い調子で答えるとにわかに姫子が反応した。
「これから一緒に私と放課後を過ごすんでしょう! 朗太!」
「いやそれは昨日の話だろ? 今日は俺はさっさと帰るよ」
「だめだめだめ、ダメったらダメよ朗太!」
朗太が断ると姫子はだだっ子のように抵抗した。
だが朗太とて姫子にかまけている時間もない。今日は帰らせてもらおうと眉を下げたときだ
「ダメよ凛銅くん!」
隣の教室から騒ぎを聞き付けて風華が登場した。
軽く息をあげ手を開き朗太の行く道を塞ぐ。
「え、なにこの展開」
それを見て思わず朗太は混乱するが、纏は予想の範囲内のようだった。
必死に止める二人の美少女と、周囲の観客を見ると、
「あ、そーいえば『弥生ちゃんは』元気ですか先輩?」
よく響く声でそう言ったのだ。
その瞬間、姫子と風華の顔がピシリとにと固まった。
それは知らぬ間に刃先を向けられたかのような動揺で
「お、おう、まぁ元気だぞ?てゆうかなんだ突然」
朗太が急な妹への話の展開に驚いていると、纏は彼女たちの反応を都合よくとらえた。プッと吹き出し
「え、急にどうした?」
「いやーホント面白くて」
朗太が驚嘆していると纏は目尻をぬぐった。
「先輩追いかけ回してる癖にその先輩の妹の名前すら知らないなんて滑稽だなぁ~って」
「「……ッ!!」」
瞬間、風華と姫子が白熱するような怒気を放った。
(はぁ!? なにこれ?!)
対しその豹変に朗太が息を飲んでいると勝負あったと判断したのだろう。
纏は悠然と朗太の腕に手を絡め
「じゃぁ一緒に帰りましょうか先輩? こんな二人おいておいて」
ニコニコと笑いながら歩き出す。
それに朗太が引き寄せられ
「いやちょっとこれはさすがに」と慌てていると
「そうだ。今日、私先輩の家行って良いですか? また 行きたいなー先輩の家、部屋」
おもくそ強調しそう言った。
(ひぃぃぃぃぃ)
周囲の男子の視線が怖い。
そして朗太が「お前なに挑発するようなこと言ってんだ?!」と言いかけた時だ
「そうだ、私も行こうかしら朗太の家。行って良いわよね? ろーた?」
「ひっ」
「あ、そーだ。私も部活今日なかったんだー。お邪魔しよっかなー凛銅君の家」
びきびきとこめかみに青筋をたて作り笑いを浮かべた姫子と風華が参戦した。
「断ってください!先輩!」
即座に纏は懇願したが、
「いやこんなん断れる訳ねーだろ……」
朗太は怯えながら答えた。
こうして朗太の家に彼女たちがやってくることになったのだ。




