中間テスト(2)
中間テスト、会社の締切。納期。
それらは明確に、小説の連載投稿の敵である。
彼らは限りのある余暇をこれでもかと奪っていく。
だが朗太はそれらに対応する。
目の前に明らかに見えている壁があるのなら予め書き溜める。
せいぜい対応できないのは、ここ最近頻繁に舞い込む姫子の依頼協力くらいなものだ。
まぁだからこそここ最近は連載に苦戦する日々が続いているのだが、今回はそうではない。
レギュラーなケースだ。
前期中間テスト。
青陽高校において年に4回行われる大規模テストの開幕を告げるテストだ。
そして勉強しかとりえのない朗太にとってはそれなりにガチらねばならない期間でもある。
基本的に普段の授業で大体のことは覚えているのだがそれだけで何とかなるほど朗太は高性能ではない。
それなりに復習に追われる羽目になる。
しかし朗太は小説投稿もおざなりにしない。
「はい、さっさと書きましょうか……」
深夜。短針が頂点に差し掛かった後のこと。
朗太は自室の緑色のカーテンのそばに置かれた勉強机。
その上に置かれたPCを立ち上げテスト期間中投稿する予定の話をカタカタとキーボードを鳴らし書き始めた。
今日の勉強予定分の勉強はあらかたし終えた。
早めに復習を開始したおかげで余裕もある。
だから、ここから1時間は趣味の時間。
1時間後にはまた勉強に戻る。
朗太はその時間で許される限り全力で数話先の話を書き続けた。
そうして三十分近く黙ってキーボードを打ち続けた後のことだ。
ふと、朗太は勉強机の横を見た。
「これも随分と長くなったな……」
そこには細かい文字が並んだA4用紙がセロハンテープで止められ繋がっていた。
もう三枚目だ。
思わず感慨深げに呟いてしまった。
それはこれまで自分のことを悪く言った者の名が並ぶ処刑者リストだった。
さっと目を通せば、その時のことがありありと浮かび上がる。
鏑木花道:自分のことをガリ勉メガネと言った。
天道和:自分のことをメガネなしガリ勉メガネと言った。
全く懐かしい。
順番だからな。そこで待ってな。時期に処刑してやる。
そう朗太は優しく用紙をなぜると自作に向き合った。
ここ最近では風華が読んでいる可能性もあり、大見えきって処刑することがはばかられるケースも多くなってきている。
名前をそれっぽく変えることも限界が来ている。
作者名を別にしてファンタジーでも書いてその中で順次処刑しようとも考えたのだが2作抱えることはなかなか悩みものだ。
「全く悩みは尽きんな……」
一段落着くと朗太は水分補給をするべく階段を下り一階のリビングに向かった。
すると
「あ、おにぃ!」
「なんだ弥生か。まだ起きてたのか」
ドアを開くと妹の弥生がリビングに寝転がっていた。
TVでバラエティを見ながらアイスを食っている。
暇そうだな……
「うん、私、丁度テスト終わった後だし。今は何しても良いでしょ」
「そうか。まぁ勉強頑張ってたもんな」
「そ、今は何も考えず楽しめるってわけ」
言うと弥生はTVへ向き直った。
実際に朗太は弥生が時間の多くを割いてテスト勉強に励んでいたことを知っている。
朗太は注いだ麦茶を飲みながらその全てから解放された妹の背を感慨深げに眺めていた。
そうして数分麦茶を呷りながら弥生と一緒にぼんやりTVを見ていると
「で、おにぃは彼女さんたちいつ家に呼んでくれるの?」
「ブッ!!」
とんでもないことを妹が言い出し朗太は麦茶を吹き出した。
「な、なに勘違いしてるんだよお前?! だから姫子や白染は友達だって!!」
「でもどっちかがおにいの今後彼女さんになる人たちなんでしょ?? 早く会ってみたいなぁ」
「だからそんなんじゃねーよ!」
何を言ってるんだこいつは。
朗太は憤慨した。
そしてこれ以上は心臓に悪い。
「じゃ、じゃぁ俺は勉強に戻るわ……」
「はい、がんばってねー」
朗太は心臓を高鳴らせながらリビングを後にした。
なかなか勘違いの酷い妹である。
そう、これもここ最近の悩みの一つなのだ。
朗太は階段を上りながら思う。
なぜか妹の弥生が姫子や風華を家に連れて来いと言うのだ。
そんなこと、不可能だというのに。
そもそも姫子や風華は言ったように友達以上恋人未満の関係ではない。
ジャスト友達である。
自分のように多少人よりも勉強ができる程度の強みしかない人間がとても付き合えるような人物ではないのだ。
そう考えながら朗太は小説が一段落したこともありテスト勉強を再開した。
朗太の部屋にシャーペンの滑る音が響く。
……というわけで朗太はそれなりに勉強をして中間テストに臨んだのだが
『プックク。ほら見なさいよ。私、100点!! こりゃ私が投稿した方が人気出るわね??』
「くっそくっそくっそくっそくっそくっそくっそくっそくっそ」
今思い出しても腹が立つ。
昼休み、朗太は悪態をつきながら校庭に面した道を歩いていた。
校庭では昼休み汗を流す生徒たちがサッカーを興じ砂埃をたてていて、ボールをけり走り回る音がここまで聞こえてくる。
姫子のいる空間にいることが耐えられず朗太は昼休みトイレ行くといって教室から逃げ出したのだ。
朗太とて友人は大地と誠仁だけではない。
数は少ないが一年度同じクラスで仲良くなった生徒が他クラスに散り存在するので帰ってこない自分を誠仁たちも変に思ったりはしないだろう。
そして逃げてきたというのに、ふとしたタイミングであのにんまりと小ばかにした姫子の顔が浮かぶのだ。
朗太は勉強が人より多少できることが唯一のアイデンティティだった。
だが今日の昼、担任から渡されたデータによると朗太はクラスで三位。
姫子はなんと一位だったのだ。
しかも現代国語に至っては学年一位である。
朗太は学年一位の科目など一つもない、というのにだ。
「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
近くにいる人物に抜かれたことが何よりショックだった。
そしてあの言葉だ。
『プックク。ほら見なさいよ。私、100点!! こりゃ私が投稿した方が人気出るわね??』
正直、悔しすぎる。
現国で負けるって……情けなすぎるだろ……。
と色々と業を煮やしながら朗太が一人花壇の横を歩いていた時だ
「君が凛銅朗太君かね?」
「は?」
目を上げるとそこには一人の大男が立っていた。
人気のない小道に大男が突っ立っていたのだ。
ワイシャツの上からでもその下に鍛え抜かれた筋肉があることが分かる、そんな大男だ。
そして得体のしれない大男の登場に朗太が戸惑っていると
「噂はかねがね聞いている。ぜひ我ら『筋トレ部』の難局を打開して欲しい」
「え゛?」
男は手を差し伸べそう言った。
――人生、何があるか分からない。
どこに運命の出会いがあるかなど、分かったものではない。
姫子と朗太の出会いだってそうだ。
だがそのような奇跡の出会いが人生にあるのは事実であり、
そして、これも後から見ればそうだった。
これがその後『筋トレ部』に入る凛銅朗太と、その筋トレ部、正式名称『筋肉トレーニング推進部』との運命の出会いだった。




