緑野翠歓迎会(2)
本日(2月15日)二話目の投稿です。
宜しくお願いします。
「別にそこまで賢い手じゃないぞ?」
そう言って朗太はすぐに手の内を打ち明けた。
「これ以上もたついたら俺たちは手を引くと言ったんだ」
「で、でもそんなこと!?」
それを聞いて姫子は驚きの声を上げた。
夕焼けのさす教室に姫子の焦り声が響く。
「しない、だろ? 姫子はそう言うだろうな。優しいから。でも、それを緑野は『利用』したんだ」
「それってどういう……」
「まぁ話を聞いてくれ姫子。俺はなぜ緑野が姫子と白染とだけ仲良くなれたか考えたんだ。言っていたよな姫子も。なぜか姫子や白染には優しいって」
「た、確かにそんなことは言っていたけど……」
姫子は胸に手を置きその時のことを思い出しだす。
確かに緑野が風華と仲良くなった日、姫子は投げやりにそんなことを言っていた。
そして――
「あの日、俺は大地に言われたんだ。俺も緑野に優遇されているって。確かになるほどそうだと思った。俺は緑野になぜか優遇されている。男子の中でただ一人。男の中で唯一緑野と仲が良いんだ。だからなぜ俺は自分が特別扱いされているのか考えた。なぜ自分が『特別』なのかを考えた。そして答えを得た」
朗太は真正面から姫子を捉え言った。
「で、答えから言うと、あれだ。俺は『特別』じゃなかった」
「ちょ!? 今まで特別だなんだって言ってたじゃない?! 急にどうしたの!?」
「それは勘違いだったんだよ。大地は確かに俺も特別優遇されているって言っていたが、それは俺に原因があるものではなかった。特別なのは姫子、お前だったんだ」
「それってどういう意味……?」
姫子はもうほとんど怯えていた。
「そもそも緑野、あいつは友達なんて初めから欲しくはなかったんだよ」
「ちょ!? それってどういうこと!?」
予想外の言葉を聞いた姫子は泡を食っていた。
だが、これが真実だ。
「正確には、友達になりたいのは一人だけだったんだろうな……」
「それっていったい誰なのよ」
「お前だ、『姫子』」
姫子の瞳が大きく開かれた。
顔面蒼白で今にも息が止まりそうである。
だがそんな姫子に朗太はとある下卑た推測を披露せざるを得ず、
「あー、あれだ」
朗太はポリポリと頬をかいた。
「あまり褒められたことじゃないが、友達を作るとき、人によっては自分と同じくらいの奴と友達になろうとする奴いるだろ……」
自分自身そこはかとなくそういった考えがあることを打ち明けるようで思わず言い淀んだ。
だが実際に朗太自身、少なからずそういう人種はいると思っている。
全人類、とは言わないが、人によってはコイツとは友達になっても『良い』『悪い』を考える者がいる、と。
それを考え、自身の基準を満たしたものだけと友達になろうとする者もいる、と。
その際の基準になるのがその者が心の奥に潜ませている『人間モノサシ』だ、と。
「まさに緑野がそういった人間だったんだ。だってそうだろ? そうじゃないとあんな言葉は出ないだろ?」
『ぼ、僕たちとしても緑野さんくらい綺麗な人がいるとやる気出るし嬉しいよ』
ロボ研の蝦夷池が緑野を勧誘した時の話だ。
『あなた方が所属する部活の中で、わたくしを勧誘するに値する部活動は果たしてあるのかしら? この『緑野』翠を……!』とまで緑野は言い放っていた。
そうでなくとも緑野から飛び出す暴言の数々だ。
『高貴なわたくし』『お金は貸しませんよ?』
アレは周囲の人間を下に見ないと当然でない言葉であり、緑野が心の中に潜ませる人間モノサシで常に人を測る人種であることを示唆していた。
そして――
「この学園に緑野と対等の人間はいなかった。唯一、姫子を除いては。だからあいつは依頼と言うていで姫子に近づいてきた。友達作りは口実。だからこそあいつは俺達が始動しても周囲にあんな態度だったんだ」
大地も言っていた。
『ハハッ! とてもじゃねーが友達が欲しい奴の態度じゃねーな』
実際にそれはその通りだったのだ。
緑野は友達など作る気などなかった。
自分と対等ではないから。人は対等な者と友達になりたがるから。
だからこそ何を言っても結局は無駄になった。
「で、でも私、別に緑野さんほど高貴な出じゃないわよ!?」
納得し切れていない姫子は胸に手を携え反論してきた。
しかし、それも考察済みである。
「でも、あれだ。『二姫』なんだろ?」
「ッ!?」
間髪入れずに朗太は答えていた。
「全く、馬鹿げた呼び名だよな。去年入学してきた二人の美少女、茜谷姫子に白染風華、通称『二姫』。白染と仲良くなったところを見るに、お前たちはそれほどの『もの』を持っていたから緑野に認められたんだろうな? 対等だってな」
実際に裏でそう呼ばれていることを百も承知の姫子は黙らざるを得なかった。
大地は言っていた。
『それに、衝撃度でいえばやっぱ茜谷、白染さん達の方が上だよ。二姫の二人は本当にどうかしている。それは他の奴らでも一致している』と。
姫子や風華の美貌を緑野も認めたからこそ、自分よりも人気だと認めたからこそ、彼女たちと友達になることを望んだのである。
しかし朗太の推測に納得できない姫子は拳を握り、数秒後疑問を口にした。
「で、でも友達になりたいなら何でそんな回りくどい事……」
「あぁ……。でも見ただろ、白染と緑野の会話を」
だがそれも朗太は考察済みだった。
「緑野は人を見下すわりに口下手だ。人付き合いは上手くない。だから友達になるために依頼人と被依頼人という明確な関係性を欲したんだ」
緑野と風華と初めて話した際、とても動揺していた。
顔を赤らめ俯いていた。
性根のところでは人見知りなのだ。
だからこそ友達になりたい当時唯一『対等』に見えた姫子に近づくために嘘の依頼をしてまで姫子に近づこうとした。
「それが今回の依頼の裏で起きていた緑野の胸中だ。で、先ほどの話に戻る。なぜ俺が特別扱いされていたのかだ。そして言った通り、その原因は姫子、お前にある。なぜか分かるか?」
「わ、分かるわけないでしょ……」
「だよな」
当然である。
『それ』は大した言葉ではなかったのだから。
だが今回の事件を決定づけるほど重要な言葉だったのだ。
「姫子、最初緑野が俺を酷く言った際、自分が何て言ったか覚えているか?」
朗太は姫子に記憶の糸をたどらせた。
しかし、すぐに思い出せるわけもなく、「そんなこと言われても……ッ」と姫子は渋面を作った。
だが数秒後、思い出したようだ。
「あっ」
姫子は小さく息を吐く。
そう、姫子は言っていた。
朗太の依頼解決能力を疑問視し
『果たしてこの男は役に立つのでしょうか? べ、別にわたくしは姫子さんだけでも……』
と顔をほんのり赤く染め提案する緑野に
『こんなんだけどこいつは優秀よ。少なくとも私はそう思っている。それと私のパートナーを悪く言うようなら他を当たって頂戴』
と。
辛らつに言い放っていた。
その後、朗太は廊下で緑野のプリントを拾い緑野の信頼を得たのだが、何よりの原因はそこにあった。
姫子の様子に思い出したことを察して朗太が話を進める。
「思い出したか。あの時姫子が俺を蔑ろにするなら依頼を受けないと言ったから、緑野は俺を尊重するようになったんだ。全ては俺が、緑野が認める姫子が認める友人だから、だろうな」
それが事の真相。
悲しいことながら朗太は特別ではなかった。
特別製なのは姫子や風華だった。
『緑野財閥』という自尊的プロフィールにあっさり打ち破るほどの圧倒的美貌を兼ね備えた二人の少女たちだった。
「じゃ、じゃぁ何で今日は翠はあんなにやさしかったのよ?!」
話は最初に戻る。
「だから俺は実は言ってたんだ。『これ以上友達作れないなら俺達も手を引かざるを得ないって。姫子の助けを欲している奴は他にもいる』って」
「で、でも言ったようにそんなの今いないじゃない?!」
「そうだな。でもそれで良いんだ。良いと『俺は』判断した。そもそも緑野は俺達を嵌めたんだ。正確には相手を見捨てない。その姫子の優しさに付け込んだ。だから俺はいまだに騙されている風を装って、心底申し訳なさそうに騙し返してやったんだ。も、もう無理ですぅ~って。後ろが詰まってますぅ~って」
「さ、サイテーね……」
「ま、まぁそう言うなよ……。心底申し訳なさそうに断ったりするのは社会人になったら必要なスキルの一つだと俺は思うぞ? 社会人に必要なのは面従腹背や腹芸のスキルだと俺は強く思う。話が逸れたな。で、何も俺が打った手は何も騙されたていで騙し返すことだけじゃない。もう一つ、手を打った」
「何よ」
「今日来る奴らは全員、姫子の大切な友人だと言ったんだ」
予想外の言葉に姫子の瞳が大きく開かれた。
「で、でも宗谷君とか、舞鶴君とか、それに別に水方さんとかとも別にそこまで仲良くないわよ?! 別に嫌いってわけじゃないけど、まだクラス替えから日も浅いしそこまで距離詰められていないっていうか……」
「だよな。だけど、それで良いんだ。そうすれば緑野の暴言が封じられるんだから」
「ッ!?」
朗太の当たり前すぎる推察に姫子は驚いていた。
姫子は言っていた。
『こんなんだけどこいつは優秀よ。少なくとも私はそう思っている。それと私のパートナーを悪く言うようなら他を当たって頂戴』と。
その縛りがあるからこそ朗太は緑野に尊重された。
だとしたら緑野は、舞鶴たちが姫子の大切な友人だとしたら聞かされたらどうするのか。
明白だ。
暴言など、吐けようはずもない。
朗太はそれを利用したのだ。そして
「となればあっという間に緑野は周囲へ溶け込み、仲良くなれるっていう寸法だ。見ただろ、さっきの緑野」
「ま、まぁ見たけど」
先程まで緑野の顔には笑みが満ちていた。
あれで、仲が良くないというのは無理があるというものだろう。
しかし――
「でもいくら何でもそんな簡単に……」
事の真相を知った姫子では感想が変わる。
だがそれも仕方のない事だと思う。
なぜなら今回朗太がしたことは『もう時間がないことを告げた』ことと『大地や誠仁が姫子の友人だと嘘をついた』ことだけなのだ。
たったそれだけでこれまでの問題が解決するわけがない。
しかしこれにも朗太は明確な論拠があり
「ハハハ、まぁそうなるよな。でもな」
笑いながら告げたのだ。
「俺という実例がいる……」
と。
瞬間、姫子の瞳が大きく開かれた。
そう、それが何よりの根拠だった。
実際に朗太自身が姫子のプロテクト下で緑野と接触しているうちに、プリント回収事件を経て信頼を勝ち得た。
そして朗太の友人の大地や誠仁は朗太以上に対人能力が高い。
朗太よりも社交的な彼らにかかれば、歓迎会のうちに荒い接触しその中で緑野からの信頼を勝ち得ることは読めることだった。
そうでなくとも今後の学園生活の中で円滑な関係になれることは確信できた。
実際に
『ハハ、お高くとまっているよりもそういう自然な方がずっといいな』
という大地の言葉に緑野は顔を赤らめていた。
だからこそ朗太は『時間が残り少ない事』と『今日のメンツが姫子の友人であること』という情報を与えるだけで事態を好転させて見せたのだ。
それが今回朗太がとった策の全容で
「こうして周囲にもマシな人間がいると知れば、緑野の対人態度も改善されるだろ」
朗太はそう締めくくったのだ。
「てか緑野の父親が緑野をこの学園に送り込んだのもそのためだったんだろ?」
「なに、どういうこと??」
「言ってたじゃん。緑野がどうして親が自分を良い私立のお嬢様学校じゃなくてこんなどこにでもあるような公立学校に送ったのか分からないって。これがその理由なんじゃないか?」
「つまり?」
「緑野の親は緑野に周囲の人間は自分と対等だってことを知って欲しかったんだろうな多分」
出自や家柄など関係ない。
そんな当たり前な感性を植え付けるために緑野はこの学園に送り込まれたのだ。
その朗太の予想を聞いた姫子はというと
「そんな親いるのね……」と感慨深げに呟いていた。
「今回は完敗ね……」
しばらくしてゴミ袋の口を絞り上げながら姫子は残念そうにポツリと言った。
「完敗て……。別に競ってたわけでもないし、そもそも姫子のセリフが無ければ解決しなかったというかなんというか」
「ムキー! そういうフォローが何よりむかつくのよー!」
「いやこれは姫子が解決したといってもおかしくはない」
「うるさい!!」
朗太が茶かすとぴしゃりと姫子は言うのだった。
しかしその顔は問題が無事解決した安堵感が顔を覗かせているように感じられた。
自分のプライドよりも問題の解決を優先する。
やはり
「あぁもう最悪よぉ!!」
口では何と言おうと姫子は優しい少女なのだろう。
しばらくするとみんなでゴミ捨てに行っていた友人たちは帰ってきた。
翌日のことだ。
午前中の休み時間、
「ね、ねぇ、緑野さん、もしよかったら部活の見学に来ない? や、野球部なんだけど……」
性懲りもなく部活の勧誘に男子生徒が現れる。
それを見た瞬間、教室中に緊張が走った。
誰もが思う。
きっと手酷く振られるんだろうな、と。
しかし
「そ、そうですか……」
顔を赤くし目を逸らしながら緑野は言うのだった。
「きょ、今日の午後なら、空いていますが、そこで良いでしょうか……?」
一瞬、教室中に沈黙した。
野球部の男子でさえ覚悟のうえで訪れていたので、完全にフリーズしていた。
しかし緑野が何と言ったか知ると
「う、うん! 迎えに来るよ!!」
と言って脱兎のごとく去っていった。
その後、俺も俺も!! と男子が殺到したのは言うまでもない。
その様子を見て朗太や残りの数少ない緑野の胸中の変化をしる生徒たちは微笑み、ほんの少しだが、女子たちは多少なりとも留飲を下げた。
今後、彼女たちにためたヘイトと戦っていくのが緑野の仕事になることだろう。
しかし、これで一件落着である。
「あーつかれた」
朗太は大きくあくびをかいた。
中間テストが目前に迫っていた。
と、いうことで第三部?はこれにて終了です!
ここから数話は日常回です!
中間テスト編を別視点で書いたり、第3のヒロインを出したり朗太を筋トレ部に入れたり朗太の家に姫子たちがやってきたりする予定です。下らん話ばかりですがどれも今後を見据えると書いておかないとならないシーンばかり……(そうじゃないシーンも沢山ありますが…)
第四章は10話くらい後からスタートする予定です!
今後とも宜しくお願い致します!
2019.9/24追記
2019.9/24に『緑野翠(1)』~本話までの推敲を行いました。
次章の推敲は数カ月後を予定しています!(←次章の推敲が完了したらこの左の文章は消します!)
宜しくお願い致します!




