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緑野翠歓迎会(1)



翌日の放課後、2年F組の教室では中央に寄せられた机の上に赤や茶色の菓子やジュースが置かれていた。


「ではこれより翠の歓迎会を開催しますッ!」

「イエーーーーーーーーーーーーイ!!!」


緑野翠の歓迎会が開催されているのだ。

姫子の司会に大地が一人盛り上がる。


参加人数はそれほど多くない。


「てゆうかお邪魔して良かったの? 私もお呼ばれしちゃって?」

「良いよ良いよ気にしないで」

「へへ、ありがと~凛銅くん~」


へへ、全然オッケーだぜ~。


朗太は満面の笑みを浮かべる風華に意識が飛びそうになっていた。


参加者の一人はこのように他クラスの白染風華。他には


「はぁ~きついな~」

「すまんな」

「ま、まぁ姫子の頼みなら仕方ないわよ……。私もいつまでもクラスがあんなんじゃ嫌だし……」

「恩に着るよ、群青(ぐんじょう)


先日朗太の依頼に付き合い酷い目にあった群青と


「……」


目の前につがれたオレンジジュースを見つめ無言を貫く水方に、表情からは真意を読み取れない黒髪ロング少女の紫崎優菜。

そして


「お、こんな沢山菓子を買い込みおって。全く、クラス委員に見つかったらどうするんだ?」

「いやいやお前がクラス委員だし」

「そういえばそうだったな。ハハッ」


融通の利く真面目メガネこと宗谷誠仁と、最後に


「イエーーーーーー!!!! 盛り上がっていこうぜェェェェェ!!!」


我が親友、舞鶴大地だ。

流石、校内に多くの友人をいるだけあって、こういう場面で盛り上がることに臆面がない。

早くも――どこから持ち込んだのだろうか――頭にネクタイを巻き盛り上がっている。朗太たちの学園は学ランなのだが……。


「ねぇそれどこから持ってきたの?」

「え!? 白染さん!? そんなの自前で持ってるに決まってるじゃぁぁん!! Yeahhhh!!」

「アハハ! 舞鶴君、面白い!!」


おいネクタイどこだよ。

朗太は辺りを見やった。



「はい! というわけで翠の歓迎会なんだからまず初めに翠、自己紹介って思ったけど既に全員と面識あるわね? どうする? なんか言うことある??」

「あ、いえ、あの、宜しくお願いします……」


姫子の指示で緑野が顔を赤らめおずおずとそう言うと緑野翠の歓迎会が始まった。


「「「「かんぱーい!!!!」」」」



すぐに会話は盛り上がり始めた。


「ん? で、なんだこの菓子? 初めて見るな……」


誠仁は机の上に置かれた赤色の包装の棒状を菓子を眼鏡をいじりしげしげと眺めていた。

それを見て大地が目を丸くする。


「え、誠仁!? ルンドッド知らないのか!?」

「あぁ知らんな。初めて見た……。有名なのか?」

「うっそだろお前。日本人でルンドッド知らない奴いんのかよ……」

「俺の家にも時々だが置いてあったな。にしても知らんのか」

「だよな朗太! かぁちゃん時々買ってくることあるよな!?」

「もしかすると宗谷君の家が裕福なんじゃない?」


男子たちの会話に頓着なく割って入ったのはエンジェル風華だ。


「私んちチョー大量にあるよ。お母さんめっちゃルンドッド買ってくる……」

「それはそれで地獄だな。美味しいけどさ」


ルンドッドは非常に安価で美味しいため家計の味方なのだ。


「でしょそうなのよ凛銅君。私も早く姉さんみたいにバイトしたい……!」

「アレ? 白染の家って何かあるのか?」


誠仁に問われ風華はヨヨヨとまるで泣くように目元を抑える仕草をした。


「私んち実は四人姉妹なのよ……。おかげで私ボンビーガール」

「いや世の四人姉妹が全員がそうというわけじゃないだろ……」

「そうね、だけど私は正真正銘ボンビーガール。今日も雨水で米を炊き湯を沸かす……」

「いやそこまでじゃないだろ流石に」

「そうねッ! 普通にお母さん炊飯器でご飯作ってるわッ!」


ガハハッと風華はあっけらかんと笑い、その屈託のなさが笑いを誘った。

これが風華の魅力の一つなのだ。

何であろうとどこまでも明るい。

それは風華の有す外見以上の魅力だと朗太は常々思っていて、風華ファンの多くはそこにやられるのである。


そうして周囲を笑顔にすると風華は白い歯を覗かせ


「で、宗谷君ちにはどんなお菓子があるのよ? ホラ、お金持ちの宗谷君ちには何があるのか風華気になる~」

「そ、それは……!」


誠仁に絡みだし、誠仁の顔が真っ赤に染まった。

それを見て朗太は


(貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)


と、血の涙を流していたのだが


「よ、羊羹……」


「よ う か ん ん ん ~!!??」


おずおずと誠仁が答え、それを聞いて風華は信じられないとばかり大きく目を開いた。


「アレって年の一回食べるかどうかのものじゃないの?! あれってそんな頻繁に食べる文化のものなの?!」

「そ、それは家に寄るんじゃないか白染さん……」

「え、じゃぁ舞鶴君もよく食べるの??」

「え、いや、俺んちはそうでもないな……」

「よね~。やっぱ宗谷君がブルジョアなのね」

「おいおい彼女を止めてくれ朗太。このままじゃ俺のあだ名がインテリ金持ち眼鏡になってしまう」

「いや誰もインテリとは言ってないんだが?」


キラリと反射する眼鏡を得意げにかけ直す誠仁に朗太はツッコミを入れた。


「てゆうか、ブルジョアと言えば最高のブルジョアがいるじゃない。緑野さんが。緑野さんは普段どんなお菓子食べてるの?」


そして会話は良い意味でも悪い意味でも空気を読まない。

風華が水を向けることで緑野へ向かった。

瞬間、全員にサーッと緊張が走ったのを感じた。

多くのものが同時に思う。

緑野は風華に対しては健常(まとも)だ。

しかし、宗谷や舞鶴、朗太が入った会話ではどうなのだろう、と。

だが多くの者が心配するのを他所に、ここで大地が特攻した。


「てゆうか食ってみなよこれ。ここの菓子。反応見るにあんま食ったことないんじゃないの? ホラホラ」


手に持った菓子を遠慮なく緑野にズイッと差し出して見せる。

それを見て多くの者が、手酷い言葉で貶される大地を予見したのだが、


()()()()を仕掛けた朗太には確信があった。


――上手くいくと。


 硬い表情で脂汗を流しながらも朗太は上手く行くことを確信していた。


そして、口元まで無遠慮に菓子を差し出された緑野は、菓子と大地、そして姫子を順番にちらちら見ると


「じゃ、じゃぁ、いただきますわね」


つっかえつつも菓子を手に取ったのだ。

周囲が驚きに包まれる。

姫子が信じられないものを見る目で見ていた。


そこからは和気あいあいとした会話だった。


「で、緑野さんは家でどんなお菓子とか食べるの??」

「お菓子、ですか? ここにあるようなものは、あまり……。ティータイムはありますが……」

「ティータイム?!」


風華は仰天していた。


「ティータイムってアレ?! ケーキとかお紅茶飲むアレ?!」

「そ、そうですが……給仕番が用意してくれるので……」

「キュージバン?! 嘘でしょ!? 私なんてお茶だよ!?」

「どこのお茶ですか?」

「どこの?! そこらへんで売ってるお茶だよ! 名もないお茶とせんべいだよ!」

「おせんべいもおいしい所のはおいしいですわよね?」

「だから別に名のある煎餅じゃないんだよ~~~!!」


そこら辺で売ってる煎餅ボリボリ食べてるんだよ~!と生活水準の差を見せつけられ風華は頭を抱えた。


「ご、ごめんなさいッ、わたくしったらまた失礼なことを…」

「いいよ、いいのよ。緑野さん…。あなたはこのままでいて…」


風華は項垂れた。


一方で謝罪が済んだ後、手持ち無沙汰になった緑野は舞鶴に差し出された菓子の赤色のビニールを剥がすといそいそと口に運び


「ん、意外とおいしいですわね?」と、その素朴な味に感動していた。


「そうだろ? 庶民の菓子も悪くないだろ?」

「た、確かに、い、意外と美味しいですわ」


にこやかに話しかけてくる大地に、ぎこちないながらも緑野は同意した。

だがその言葉はまんざら嘘でもなかったらしく、他の菓子へと手が伸び


「ハハ、お高くとまっているよりもそういう自然な方がずっといいな」


大地が屈託なく笑うと、緑野の表情は一瞬で赤らんだ。


ナチュラルチャラ男の大地だからこそぬけぬけと言えるセリフだが、不意打ちは大いに効果があったようだ。


「そ、そうかしら……?」


緑野は頬を朱に染めながらその手に持った菓子を口元に運んでいた。

だがその様子が気に入らなかったのは大地に想いを寄せる様子の紫崎優菜であり


「舞鶴君?」

「うおあ!? 紫崎さん!? どどどど、どうした?!」

「隣座っても良いかしら??」


怒りの圧を放つ紫崎に横に座られ泡を食っていた。


その後も会話は生まれ続けた。

緑野もこれまでの棘のある様子と打って変わって、無難に会話に参加し続ける。

それどころか


「つい先日は申し訳ありませんでした……」

「あ、え? 先日?? 何の話?」

「先日のお昼ご飯の時の件です」

「あ、いや、いいよ! 私は気にしてないから!」


群青や水方に先日の非礼を詫びる始末。

群青は突然の緑野の豹変に手をブンブンと振り答え、水方は話す二人の様子をじっと眺めていた。


「今日は済まないな水方」

「うん、いいよ。凛銅君には借りがあるし」


水方と言葉を交わすと言葉少なに水方は答えていた。

どうやら群青との関係は氷解できても、水方の方はまだ少しかかるらしい。

しかし、それが緑野のしたことだ。

今後、長い時間かけて信頼を取り戻すしかない。

そう朗太が感慨に耽っていると


「それと……」


水方は重い口を開いた。


「ルンドッドは貧乏人向けのお菓子じゃないから……!」

「お前もか」

「普通のただただおいしいお菓子だから……! 勘違いしないで……!」


朗太と数言喋ると溜飲が下りたのか、水方は姫子・紫崎ペアの話に混ざっていった。

まぁ確かにそうだろう。

どっちも美味しいし。

二人は裁縫の話で盛り上がっていた。



「ふぅ」


数分後、周囲の様子から事態の安定を悟った朗太は一息入れながら麦茶を注いでいた。

最初はどうなることかとも思ったが、上手く行ったようだ。

やってよかった。

そう、一人余韻に浸っていると「どっこいしょ~~!!」、と風華が朗太のもとにやって来た。


「おつかれ! 凛銅くん!」

「し、白染……」


突然の風華の来訪に朗太が感動していると、風華は言う。


「これも凛銅君の策略なの……?」


見ると朗太を上目遣いでみながら風華は蠱惑的に微笑んでいた。

何かと思うと、風華は目でちらと大地や誠仁たちと話す緑野を窺った。

もう、それ以上言われずとも理解できた。


「あ、あぁ……」


朗太がぎこちなく頷くと、風華は慈愛に満ちた瞳で朗太を眺めた。

それは宗教画の一枚のような神々しさで朗太が息を飲んでいると、風華はジュースの注がれたコップを差し出した。


「じゃぁ、乾杯だね……?」


その様子に朗太が目を白黒させていると「ホラホラ」と言って風華は朗太にコップを差し出させ


「作戦の成功に、かんぱーい!」

「お、おう……」


コップがカツンと辺り波が立つ。

風華はぐびぐびと一気にジュースを飲み干すと「じゃ、今度、話聞かせて?」と言って、緑野や大地、誠仁たちの輪に入っていった。

数秒後、そこから大きな歓声が上がり始めた。



そしてえんもたけなわで和気あいあいとした歓迎会が終わった後だ


朗太と姫子は二人で後片付けをしていると、大きなビニール袋に手にした姫子は朗太を真正面から見据え尋ねた。



「で、話を聞こうかしら?」


目を上げると、そこには憮然とした様子の姫子がいた。

姫子が何を問うているのかも流石に分かった。

なぜ緑野の態度が急変したのか、である。


「別にそこまで賢い手じゃないぞ?」


朗太はゴミ袋の口をギュッと縛ると立ち上がった。

教室には赤い光が満ちていた。




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