トモダチ作戦(5)
これは一体どうなっているんだ。
放課後、朗太は一人教室に佇み考えを巡らせていた。
当然、悩んでいるのは緑野が風華には優しかった理由である。
あの後緑野に詰め寄ったが答えは出なかった。
「あれどーいうことだよ!?」
「アンタ! 無難な対応しようと思えば出来んじゃない!」
「あ、あれはたまたま馬が合ったんですわ」
朗太たちが問い詰めると緑野は顔を背けそう答えるのみであった。
だが朗太とてアレがそのようなものではないことくらい分かっている。
明らかに初めから緑野は風華に好意を持っていた。
それは風華が話しかける前から風華を見て顔を赤くし背けた時点で確定である。
だがなぜそうなったのか。
それが分からない。
それが分かれば今回の件の突破口になりえるというのに、だ。
姫子に問うたが
「あれ、ホントなんなのかしらね? まぁ友達が増えたことは良い事だけど」
と捨て鉢に言い放っていた。
「てゆうか彼女、私にも優しいし。何、美少女好きなの?」
姫子はそう言うと「じゃ、まぁ今日は解散で」とザッと髪をかきあげ教室を去って行った。
だから朗太は一人教室に残り今後の案を検討していたのだが、いくら考えても緑野の優しくなる条件が分からない。
時間はみるみるうちに過ぎていった。
時計はいつの間にか完全下校に近い時刻を指そうとしていた。
このままでは埒があかないな、と朗太は腰を浮かせた。
と、丁度その時だ。
「お、朗太じゃん。今日は茜谷さん一緒じゃないんだな?」
「大地か」
静謐な教室のドアががらりと開き、親友の金髪少年・舞鶴大地が入ってきた。
大地の交友範囲は広い。
きっと今までも朗太も知りもしない友人とくっちゃべっていたのだろう。
「聖野はホント困ったやつだよ」
朗太も知らない男の名前を言いながら荷物を纏めていた。やはり凄い交友関係である。朗太が呆れていると大地はふと朗太を見ると言った。
「悩んでいるようだな」
「よ、良く分かるな……」
流石の洞察力である。朗太は脱帽した。
「まぁ前も言ったように朗太のことなら大体分かるよ。で、どうせ茜谷さんのミッションの件で悩んでいるんだろ?」
「ま、まぁ……」
実際問題、朗太がこれほど悩むことなどそうそうない。その姿を見れば察するものもあるのだろう。
否定することもなかった。
「何なら俺が相談に乗ってやろうか?」
朗太が頷くと大地はバックを背負いながら言った。
教室でバックを背負う大地と椅子に座る朗太の視線が交錯する。
「ダメだな」
朗太は首を横にふった。
「姫子の奴は依頼者の秘密を何より守る」
あんな奴だが、緑野の依頼をばらすわけにはいかないのだ。
「いくら大地でも姫子の許可なしには依頼者の話を話すわけにはいかない」
被相談者としての矜持を守る朗太。しかし
「でもその依頼者って緑野さんだろ?」
「なっ!?」
次の瞬間には大地に正鵠を衝かれ目を白黒させた。
まさかここまでとは。
朗太が感服していると大地は朗らかに笑った。
「ハハ、そんなに驚くことないじゃんよ? 朗太や茜谷さんのこと見てれば一目瞭然だよ」
どうやら彼にとってはお茶の子さいさいらしい。
そして大地は再度問うた。
「相談なら乗るぞ。朗太?」
道は残されていなかった。
◆◆◆
「なるほど……そんなことを緑野さんは頼んでいたのか」
「まぁ、そうなんだよ。あれで友達が欲しいらしい」
「ハハッ! とてもじゃねーが友達が欲しい奴の態度じゃねーな」
あらかたの説明を終えると大地はあっけらかんと笑った。
「だろー! でもそのくせ姫子や白染さんとは仲良くなったようだしさ、訳わかんねーんだよ」
「それで朗太は緑野さんがなぜ茜谷さんや白染さんには優しかったのか考えてるって訳か…」
「そういうわけ。理由なんて思い付かないけどな。で、大地? ネタは提供したんだ。なんか閃くことはあるか? 相談にのってくれるんだろ?」
「うーん、そうだな…」
朗太が問うと大地はぺろりと舌で唇を濡らした。
「まずそもそもの話なんだが、朗太は緑野さんが茜谷さんや白染さんを特別扱いするって言ってたが、朗太も特別扱いされているって気づいていた?」
「え、そうか?」
予想外の指摘に朗太は目を丸くした。
「そうじゃん明らかに。この前だって高齢者体験で緑野さんと組んでたろ?」
「あぁ、そういえば……」
そんなことがあったな。
朗太はその時のことを思い出した。
◆◆◆
「じゃぁ最後にこのゴーグルをつけるんだぞ。分かったな?」
六限目の気だるい授業でのことだった。
体育館では高齢者体験が行われていた。
高齢者の気持ちを理解するため各種動きをセーブするサポーターや重り、ゴーグルをつけて動き回る授業だ。
そして実演する教師の前には――きっと使いまわしているのだろう――総計20組の保健所保管の旨の記載が入ったサポーターグッズが置かれていたのだが
「きたねぇな……」
「まぁ、仕方ねーだろこれは流石に……」
朗太の前にいた大地が明らかに使い古され汚れたそれをみて口角を下げた。
「そうだぞ大地。大切なのは高齢者の皆様の気持ちを理解することだからな」
「はいはい分かってるよ。真面目メガネ」
誠仁がすかさず正論を吐くが、大勢は大地と同じ意見だったようだ。
「マジで?」
「これ使うの??」
女子たちは汚物を持つようにそれを人差し指と親指で摘まみ上げ
「おいおい俺意外と潔癖なんだけどね~」
「そう言うなよ津軽……」
明かに拒否反応を示す津軽を瀬戸が窘めていた。
だが授業は既にF組。
これまでに5組分の体験授業は終えた教師は生徒たちの反応も織り込み済みであった。とりつくしまもない。
「下らない事言ってないでさっさと二人組組め。確か今日の欠席は立花か。合計40名。きれいに二人組になれるはずだろ?」
さっさと授業を進めるべく指示を出していて、立花(男子)が休みのため男子女子数はそれぞれ19に21。それにより「お、緑野は一人なのかー?」女子の中で緑野だけが余ったのだ。
そして「じゃ、男子と組むか。男子にも手の空いている奴いるだろ~」の一言で緑野は同じく男子の余り者と組むために現れたのは「じゃ、じゃぁ宜しく緑野さん……」再三にわたり緑野に声を掛けては振られている男子だった。
(あ……)
これを見て朗太や姫子、その他少なくない比較的勘の鋭い生徒たちは、この男子が緑野が余ることを見越してわざとあぶれたということに気がつき、それは緑野も同じであった。
「よろしく……」
そう言ってニヤニヤとしながら寄ってくる男子生徒に剣呑な視線を送ると他の生徒と組んでいた朗太を一瞥し口を開いた。
「では……わたくしと組みましょうか凛銅さん」
「は?」
余りに予想外の話の振り方に朗太は口をぽかんと開けた。
一体どういうことだってばよ。
俺ってば話の流れが全く分からねーってばよ。
そう思ったのは朗太だけではなかった。
「いやいやちょっと! 余ってるのは俺だよ翠ちゃん?!」
「ですがわたくしはあなたと組むのが嫌なんです。だからどうせ男子と組むならまだマシな凛銅さんと組むというだけです。文句はありますか?」
「くッ……」
緑野と組む予定だった男子が声を上げたが真正面から緑野に切り伏せられ、緑野と揃って答えを求めるようにこちらに視線を向ける。
彼らだけではない。
クラス中の全員の視線が朗太に集まっていた。
一方で朗太はというと一緒に組む予定だった男子と目を見合わせ彼が「(さっさと場を収めろ……)」と呟くので
「ま、まぁ俺はそれでも良いけど……」と言うと
「じゃぁ、決まりですね?」
まるでピタゴラスイッチ。朗太は緑野と組むことになっていた。
これによりクラスの男子からより多くの敵意の視線を向けられるようになったのは明言しておこうと思う。
酷いとばっちりだった。
「で、何で俺だったんだよ? ホラ、こっちだぞ歩けるのか?」
その後サポーターをつけよろめく緑野に問うと、緑野は壁に手を付け今にも倒れそうになりながらも言ったのだ。
「言った通りですわ」
白内障ゴーグルをつけ緑野は汗の玉を浮かべる。
「男子の中ではあなたは比較的にマシでしたからですわよ……」
「そうか……」
◆◆◆
「確かにそんなこともあったな」
「忘れてたのかよ!?」
「あ、いやアレのおかげで男子からの風当たりが強くなかったから考えないようにしてた」
「ま、まぁそうだが……」
朗太の泰然とした様子に大地は口角を下げた。
そして呆れる大地を見ながら朗太は思う。
確かにそうかもしれない、と。
思い出してみるとなるほど確かに自分は周囲の男子よりも優遇されているかもしれない。
そうでなくともいつぞやの教室移動の帰り道
『見直しましたわ。流石、姫子さんが認めるだけありますわね』
なんてことも言われはいたではないか。
深く考えてはいなかったが、大地の言う通り自分は緑野の中で優遇措置が取られているのかもしれない。
(ちゃんと考えたことなかったが確かにそうだな……)
朗太が大地の何気ない指摘に口に手をやり感心していると、自分の役は終えたと思ったようだ。
「そこになんかヒントがあるんじゃないか? ま、俺は良く分からないけどな~」
大地はバッグを背負い直しながら教室を後にし出した。
「あ、ありがとうな大地」
「良いぜ気にすんな朗太。お前の悩みは俺の悩みだ。それに」
去り際、大地はニシシと笑った。
「緑野さんの態度を氷解させたら一番の旨味は俺に吸わせてくれよ」
「そ、そうか……」
最後の本音駄々洩れの要求でこの男がやはり親友の舞鶴大地であると認識し直した。
途中まで謎のイケメン過ぎて偽物かと思った。
だが……
「ふぅ……」
これで必要なピースは全て揃ったような気がする。
直感的にそう思った。
数学の文章題で、回答に必要なピースが埋まっていることが分かる感じに近い。
――考えてみるか
誰もいなくなった教室で朗太は目を閉じた。
どうすれば緑野に友人を作れるか。
どうすれば緑野の他人への壁をなくせるか。
そしてなぜ、姫子に風華、加えて自分に対して緑野は心を開いているのか。
それを考え始める。
伴って、朗太の脳内に様々な情報が渦巻き始める。
まず考える。
なぜ緑野が自分には心を開いているのかを。
それがすべての突破口になると直感したからだ。
思考する。
きっと朗太に心を開いたのは
『見直しましたわ。流石、姫子さんが認めるだけありますわね』
あの緑野が女子生徒にぶつかられた事件がきっかけだろう。
だが、どうしてあの場面まで至れたのだろうか。
経過を考える。
朗太の中にここ数日の様々なセリフやシーンが吹き荒れた。
放課後、教室にやってきた緑野。開口一番言った。
『わ、わたくし、友達が、欲しいんですけど』
『お前どの口が言ってんの?』
その後なぜ友人が欲しいのか問うと言っていた。
『が、学園生活を乗り切るために必要なものだからですわ……』
『物みたいな言い草だな」
だがその後、嵐のように吹き荒れた暴言の数々。
『犬』『下民』『高貴な出のわたくしは』
そしてある時、ロボ研の蝦夷池たちに向けられたセリフ。
『あなた方が所属する部活の中で、わたくしを勧誘するに値する部活動は果たしてあるのかしら? この『緑野』翠を……!』
高い、緑野家に対する意識。
それによりその後も成功しない関係改善。
だがそんななか、唯一成功した風華との友好関係。
その際事前に送っていた風華へ彼女が送っていた熱っぽい視線。
それを受け捨て鉢に放った姫子のセリフ。
『てゆうか彼女、私にも優しいし。何、美少女好きなの?』
そう、緑野は風華だけではない、姫子とも問題なく仲良くできていた。
そして思い返してみれば、緑野は姫子にも風華同様熱っぽい視線を送っていた気がする。
アレはなんだったんだ。
考えていると朗太は大地が『それに、衝撃度でいえばやっぱ茜谷、白染さん達の方が上だよ。二姫の二人は本当にどうかしている。それは他の奴らでも一致している』と言っていたのを思い出した。
どうやら周囲の人間的には綺麗さでは姫子や風華の方が勝っているらしいのだ。
加えて緑野の言っていた
『ですがわたくしは日本の未来を背負う『緑野』。他とは違うんです』
という言葉だ。
そして――
『朗太も特別扱いされているって気づいていた?』
なぜか男子の中で唯一朗太だけが優遇されているという事実。
なぜ男子の中で『自分だけが』優遇されているんだ。
そうして考えていくと、解答に、とある言葉に行きついた。
あ――
朗太は呆けたように口を開けた。
そうだ。
初めて緑野に自分を紹介した時、姫子は何と言っていた。
そういえばあの時、姫子は――
その言葉を思い出す。
息を飲んだ。
同時に一気にいくつかの記憶が朗太の脳裏を駆け巡った。
間違いない。
「――そうか」
朗太は一つの答えを得た。
時は完全下校時刻。
辺りに闇が満ち始め下校の放送が流れる頃合いだった。
翌日のことだ。
「これじゃ一向に改善しないわね~」
「も、申し訳ありません……」
「いくら謝っても態度に現れないと意味ないでしょ?」
「そ、そうですね……」
「全く、新しいアプローチでも考えるか~」
放課後、姫子は朗太と緑野を集めると頭を掻いていた。
緑野友人作成計画が一向に好転しないからである。
姫子はお手上げ状態であった。
「全く、これじゃ友達になったの私と」
「そうですね!」
「風華と」
「そうですね!」
「朗太だけじゃない」
「……そうですね」
「おい何で俺の時だけトーンが落ちる??」
緑野に詰め寄ると緑野は目をそらした。むかつく。
「コラ、朗太。いさかいは止めなさい」
「まぁ別に怒っちゃいないけどさ……」
疲労気味の姫子に留められると剣を収めざるを得ない。
だがここにきて朗太には妙案があったので提案したのである。
「なぁ姫子、緑野の歓迎会をやらないか?」
提案された姫子は懐疑的だった。
「歓迎会? 今更ぁ??」
本当に上手くいくの? と言わんばかりに眉を顰める。
加えて緑野も乗り気ではないようで
「歓迎会、ですか……」と固い表情で言っていた。
なんでお前が乗り気じゃねーんだよと思わなくもない。
友達を作りたくてこうして他人に相談にきたくらいなら、飛んで火にいる虫になってもおかしくないイベントだろうに。
「ま、これは息抜きの意味合いも含めてだよ。特に他意の無い普通の歓迎会だ。俺も普通に参加者として出る。そして姫子や白染もだ」
「本当ですの!?」
姫子と風華の名前が出ると緑野が嬉々として飛びついてきた。
彼女たち二人が仮にも自分の歓迎会をしてくれるのがよほど嬉しかったらしい。
小躍りでもしそうなほど露骨に喜ぶ。
そしてその様子に姫子も救われることもあったようだ。
「じゃぁやりましょうか。息抜きもたまには必要ね」
微笑と共に朗太の提案を受け入れた。
こうして朗太発案の緑野歓迎会は開催されることになったのだ。
「といっても友達を作るチャンスであることに変わりはないわ。これまで通り、相手には酷いこと言わないように」
「分かりましたわ!」
「あとそれと私は姫子で良いわよ翠」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます! 姫子さん!」
親愛を示すように姫子に名前で呼ばれるとブルンブルン揺れる尻尾が幻視出来そうなほど緑野は喜んでいた。




