トモダチ作戦(4)
実は緑野という異常にパンチの効いた転入生がやって来たことで話題に上りづらくなっていたが、朗太にちょっかいを出す風華と姫子のいさかいは続いていた。
「かかってきなさい!」
「行くわよ姫子ぉぉぉ!」
「来なさい風華ぁぁぁぁぁ!!」
最近では男子の体育は競技が切り替わり持久走へ、女子はハンドボールになったのだが、校庭の周りを走っていると彼女たちの叫び声が響いてくる。
「最近凛銅君が何かつれないじゃないのぉぉぉ!! あなたの任務のせいでしょぉぉぉ!」
「そんなん知るか―ッ!!」
「わたしも混ぜなさぁぁい!!」
「アンタにはバスケ部があるでしょーが!」
「そうだけど混ぜてって言っているのよぉぉぉ! 喰らえ姫子! 私の必殺……!!」
「く!!」
姫子が歯を食いしばると同時、風華が高く跳躍。
まるで羽でも生えているのではないかというほど高く跳躍し、
「火の玉失恋しろシュート!!」
「名前えぐすぎんでしょ!!」
唸るような速度で風華から黄色いボールが射出される。
それはバレーのスパイクのように鋭角に姫子が守るボールポストの下隅に迫ったのだが――
「フッ……!」
姫子がその長い女鹿のようにしなやかな白い足を伸ばしそれをガード。
風華のシュートを守って見せ
「私の本気を阻むとはやるわね姫子」
「フッ、恋は人を強くするのよ……」
フフフ、フフフフフフフと両者なにやら不穏なオーラを出しながら微笑んでいた。
「何やってんだ……」
その異様にバトル漫画チックな光景を見て持久走中の朗太は驚き呆れていた。
全く何を争っているかは分かりかねるが体育であることを良いことにお互いにボールをぶつけあうなんて相当根の深いもののようだ。
当然、朗太の風華への憧れも依然継続中である。
「おはよう凛銅君!」
「お、おはよう……」
風華が現れればたちまち周囲に光が満ち、心に温かいものが流れ込んでくる。
「どうしたの凛銅君。浮かない顔して?」
「あぁそうか? そうかなぁ?」
しかし、緑野の依頼が難解過ぎて朗太の表情も芳しくはなかったのだが
「へ~話は聞かせてもらったよ。姫子、アンタそんなことしてんの?」
「そ、そうよ」
「分かったわ。まー任されようじゃない? 私辛らつな言葉言われるの慣れてるし」
その難題の解決に風華まで参加することになってしまったのだ。
「だ、大丈夫か白染……? 相当えぐいこと言われるぞ?」
「あ、心配してくれるの凛銅君? へへ、ありがとう。でも大丈夫だよ、私何言われても気にしないからッ! この私に任せておきなさい!」
影の伸び始めた夕方の教室で朗太が風華を気遣うと、風華は得意げに自分の胸をトンと叩いた。
その姿はさながら天使だった。
だが、だ……。
この天使が気にしないからといって暴言を吐かれて良いのだろうか。
否。そんなこと断じてあってはならない。
翌日の早朝のことだった。
「お、おはようございます……! って、凛銅さんだけですの?!」
「あぁ、俺だけだ」
朗太は緑野を朝早く教室に呼び出していた。
朝早く呼び出された緑野は教室に朗太しかいなくて目を剥いた。
姫子がいないのは姫子にいうと反対される可能性があったからである。
「おはよう緑野」
「挨拶は良いですわ!? てっきり茜谷さんもいると思ったのに……」
「残念だったか?」
「残念も何も無いですわよ! 全くわたくしに何をする気かしら?? このケダモノ!」
緑野はまだ当分生徒が来ないであろう時間に教室に自分と朗太しかいないという状況に怯え、自分の肩を抱き、朗太がガタリと椅子から立ち上がると「ヒッ」とたじろいだのだが、別に朗太は緑野に危害を加えようという気はさらさらない。
「おい、緑野?」
「な、何ですの?」
緑野の眼前に迫ると朗太はドスの利いた声で言った。
「今日、またとある少女が話しかけてくるかもしれないが……」
ゴクリ、と緑野は生唾を飲み込んだ。
「もしその少女に暴言を吐いたなら覚えておけ……」
朗太の怒りの炎が燃え盛る瞳が緑野を真正面からとらえる。
「俺の小説の中でお前をチョロインにして主人公のハーレムの一員にしてやるッ……!!」
「キャ―――!! 何か良く分からいけど不味いことは分かりますの――ッ!!」
緑野は涙をちょちょぎらせながら頭を抱えた。
「ど、どういうことですの!? ちょ、チョロインって何!?」
「チョロインってのは、主人公にすぐ惚れて性奴隷になってしまう哀れな女性キャラのことだ!!」
「そ、それって最悪じゃないですか!! そんな存在に私をするって一体……!」
「俺がネット上で書いてる小説の中にお前を登場させてそうさせてやるって言ってんだよぉ!!」
「キャ――!! やっぱり最悪じゃないですか!!」
このケダモノォ!!! てゆうかネット小説ってそんなこともやってたんですか!!
緑野はあらん限りの力で叫んだ。
「最悪です!! 最悪ですわ!! しょ、小説の中でわたくしを主人公を愛するあまり、主人公の就寝中を襲い拒否する主人公にまたがり『良いじゃない今日ぐらい……?』って言って主人公の耳に息を吹きかけて興奮させ自身も服を脱ぎ捨てるキャラにするなんて最低です!!」
「いやそこまで言ってねーから!?」
なんつー想像力の豊かさだ。
一瞬でそこまで想像して見せた緑野にむしろこちらが引いてしまった。
やべぇよコイツ……。
だがしかし、風華を守るためには朗太も引くに引けず言い切った。
「だ、だがまぁ結果的にそういうことになってしまうかもしれないんだから! 緑野! 今日話しかけてくる相手には特に優しくしろよな!!」
指を立てて念押しした朗太。だが緑野は顔を赤くしながらそっぽを向き言うのだった。
「フン!! したいのならすればいいじゃない!! そんなことで汚されるほどわたくしの魂は低俗ではないですわ!! むしろ今日こそ辛らつに言ってやりますわ!!」
ま、まじかー……。
そう来るのかー……。
むしろ強気になってしまった緑野に朗太は言葉を失っていた。
そして……。
「あ、白染さんだ!!」
「おはよー!」
「どうしたの急にF組に!?」
「ちょっと姫子に用があってね」
午前中の休み時間、作戦は決行。
姫子に用があるていで風華が教室にやってくる。
同時に朗太から周囲に圧が発散。
「うお!?」
「ど、どーした朗太!?」
近くにいた大地と誠仁が息を飲んだ。
だが多くの視線はいくら緑野というニューフェイスが入ったとはいえ、姫子・風華の二大巨頭の会話に集中していて、周囲の注目の中
「ありがとう」
「良いのよ」
風華は予め借りておいた教科書を姫子に返し、サッと視線を横切らせ窓辺に佇み姫子たちをじっと見ていた緑野を見つけると尋ねた。
「あれが噂の転入生さん??」
「そーよ」
「そっか」
姫子に確認を取るとそのたたずまいをじっと眺める風華。
対し緑野は「……ッ」顔を赤く染め顔を背ける。
(ん? なんだその反応……?)
その今までにない反応に朗太が眉を顰めていると、かつかつと風華は緑野の席に向かっていった。
「(おい遂に白染さんが接触するぞ……!?)」
「(どうでるんだ緑野さんは!?)」
周囲がひそやかな喧騒に包まれる。大注目の中二人は対面した。
「あなたが緑野さん?」
「そうですけど……」
皆が緊張していた。
片や昨年度校内に激震を走らせた『二姫』の一人、対し緑野は今年もなぜか入ってきた二人の美少女新入生『二天使』についで入ってきたイレギュラー。
ここ最近では『毒舌女神』とも言われ始めた『女神』の名を冠する遅ればせながらやってきたニュー美少女である。
どのような会話が展開されるのだろう。
「緑野さん、部活は決めた?」
「い、いえ、まだですが?」
「ならバスケ部の見学きなよ? スポーツやったことある?」
「ありませんけど……?」
「なら初心者か。でも大丈夫。もし入りたいと思ってくれたなら全然歓迎だから」
「そ、そうですか……」
(あれ?)
朗太だけではない。多くの生徒が毒気を抜かれたような顔をしていた。
姫子も意表を突かれている。
なぜか緑野がとげとげしくない。
どころか――
「早速今日の放課後部活動あるんだけど、来ない?」
「い、いや、それは……」
「あ、そういえば聞いたわ。緑野さんあの『緑野』の娘さんなんでしょ? やっぱ、部活なんてする暇はないか?」
などと風華が尋ねると
「い、いえ、そんなことはありません……! 誘ってくれてありがとうございます……! ぜ、是非見学させて貰います……!」
このチャンスを逃すまいとギュッと風華の手を握ったのだ。
(えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ??)
その光景を見て朗太ともども多くの生徒が顔を歪める。
お前、普段の暴虐な様はどこにいったんだよと。
だが当の緑野はそんな周囲の忌避の瞳などどこ吹く風で「行かせてもらいますわ……!」風華の手をひしと握りしめていた。
後になって聞いた話では、その後風華がバスケ部を案内しても普段の暴言などは出てこなく、風華と緑野は割と仲良くなれたらしい。
どうなっているんだこれは……。
朗太は行動理由の読めない緑野に頭を抱えた。
緑野の真意が分からない…。
こうして緑野への謎は深まっていった。