トモダチ作戦(3)
緑野攻略の第二フェーズとは緑野に朗太たちの友人をあてがい、彼らに根気よく緑野と交流してもらうことで緑野に周囲の人間との適切な距離感を掴ませるというものだった。
「お願いだ!」
暴言が飛ぶ可能性があるため朗太が手をパンと閉じ頼み込んだ。
「仕方ないわね……」
「今回だけよ」
先日の事件でそれぞれ借りがあるからだろう。
群青輝美と藍坂穂香は渋面を作りつつも手助けしてくれることになった。
「てゆうか姫子マジなの?! 最近、色々噂になってるけど?!」
依頼が終わるや否や同じクラスの群青は姫子に食いついていた。
「ホ、ホントよ……」
「キャ――――!! ホントに!?」
姫子がおずおずと頷くと群青は黄色い声を上げて言う。
「ひ、姫子! どどどど、どういうこと!? そ、そうだ! 今からカフェ行かない?! は、話聞かせて!?」
「わ、分かったわよ……」
ミーティングがお開きになると姫子と群青は赤い夕陽の中に消えていった。
まぁ、それはそれとしてだ。
「で、朗太。今日は昼飯何買ってきたんだ?」
「総菜パンだ」
翌日の昼休み。
四限目の古文が終わった直後教室では一斉に生徒たちが椅子を引き、それぞれ思い思いの行動を起こしだす。
朗太の前では授業が終わるや否やぐるりと大地がこちらへ向き直り昼の弁当を広げ始めた。
「朗太、パンばかりだと栄養が偏るぞ? お母さんは何も言わないのか?」
ほどなくしてもう一人の親友、黒髪隠れイケメンのクラス委員・宗谷誠仁が母親の作った弁当を持って現れる。
「まぁ気にはしているようだけど」
朗太は気もそぞろに教室の前方に視線を飛ばした。
瞬間、教室の前方にいた群青と目が合う。
その瞳は雄弁に語っていた。
「(じゃぁ、行ってくるね?)」
(行ったわよ)
(あぁ……)
それを見てすかさず朗太と姫子はアイコンタクトを取った。
ついに作戦が開始されるのである。
と、朗太が固唾を飲んで事の成り行きを見守っていると、大地がニヤリとした。
「朗太、また茜谷さんとつるんでなんかやってるね」
「そうなのか? 朗太?」
大地の言葉に誠仁も目を丸くする。
「ま、まぁな……」
意識が外れる。
朗太は意識を目の前の友人たちに移した。
大地は自称校内随一の情報通で多くの情報網を持っている。
当然、朗太が姫子の活動を手伝っていることなどしっかりと掴んでいるのだ。
だがそれにしても驚きである。
「よくわかるな大地……」
「まぁ朗太のことならな」
「大丈夫なのか朗太?」
誠仁の理知に富んだ黒い双眸が朗太を不安げに覗き込んでいた。
「だ、大丈夫だよ誠仁。そこまで大それたことはしていない」
「そうだぜ誠仁。俺がこれまで聞いた話でもそこまでぶっ飛んだのはない」
「な、なら良いが」
「俺なんて混ぜて貰いたいくらいだよ」
「頼めばいいんじゃねーか? 年中人手不足だぞアイツ。見た感じだと」
「頼んだけどダメだったよ。朗太の友達でもそれとこれとは話が別だってさ」
「へ~」
自分の知らないところでそんなことがあったとは。
それにしても姫子も意外と身持ちの堅い奴である。
人手はいつだって足りないのだから、誰でも良い、選り好みなどせずに寄ってくるものなら歓迎してしまえばいいのに。
だがこれも姫子ならば下心ありで寄ってくる奴も多いから必要な防衛処置なのかもしれない。
「1年生の蒼桃って奴も断られたらしいぜ」
「へ~有名人なのか?」
そんなことを朗太は二人の会話を流しながら思っているとその間にも朗太の意識が外れた先でも事態は進行中であり、
「ねぇ、緑野さん?良かったらお昼、一緒に食べない?」
群青の優しい言葉が教室に響き渡った。
「マジか」
「すげーな群青」
教室にまばらな声が上がる。
緑野は転入初日からエンジン全開だった。
多くの者を切り捨てまくっていた。
おかげで転入初日から緑野と同じ席で昼食を共にしようという女生徒は現れず(男子生徒は幾人も現れたが全員切り伏せられた)未だ、彼女は一人で昼食を取っていたのだ。
そこに群青輝美というクラスで4番人気の美少女が弁当を持ち話しかけた。
思えば緑野が女生徒と食事をとるのは初めてだ。
彼女は一体どのような会話をするのだろう。
場が騒然となるのも当然である。
当の話しかけられた緑野はというと、群青が話しかけてきた瞬間、姫子の方をチラリと窺っていた。彼女は群青の裏に姫子がいるのを知らないのだ。姫子がコクリと頷くと
「い、良いですけど……」
群青の場所を開けるべく自身の弁当を机の端に寄せた。
「あ、輝美! ちょっとずるいよ。私も! 良いよね緑野さん!?」
「良い、ですけど。あ、えっと」
「水方柚子だよ! 宜しくね!」
「じゃぁ私も一緒しようかな? 良いよね緑野さん?」
「良いですよ、あ、えっと……」
「この子は優菜よ。紫崎優菜。で、私が群青輝美。宜しく!」
群青の後に続くように朗太たちが東京遠足で同班した小動物系少女・水方柚子とお淑やかな少女・紫崎優菜が緑野に話しかけていく。
きっと群青が彼女たちに頼んだのだ。
たちまち緑野は女子三人に囲まれて食事をとることになった。
そして問題のお昼だが――
「緑野さん? そのお弁当は誰が?」
「使用人ですわ」
「使用人! 凄いね! 言ってたけど、身の回りの世話なんかもやってくれるの?」
「そうですわよ水方さん。あらかたのことは使用人たちが」
「だからそんなに凝ってるんだ~」
「そんなに凝っているでしょうか? そんな風に見えます?」
最初は順調だった。
群青が漆の塗られた高価そうな弁当を覗き込み尋ね、水方がはしゃぎ、再び群青が感心する。
絵に描いたような和気あいあいとした転入生徒の会話がそこにはあった。
だが――
「そうですか。わたくしとしてはこれが普通ですが。『庶民』の感覚は分からないものです」
と緑野が不用意な発言をして、(ん?こいつなんか言ったぞ??)という顔でピッシーンと彼女たちが氷像のように固まるのが見えた。
「ブヘェ!」
「おい大丈夫か朗太!」
「だ、大丈夫だ……!」
思わず朗太も噴き出していた。
ナチュラルに庶民っつったぞコイツ。
いや確かに庶民だけどさぁ、高貴な人間が面と向かって庶民に庶民って言うのは正直どうよ?
そのように朗太は緑野のナチュラル畜生発言に驚き呆れていたのだが
「ハハハ、なかなか面白いジョークね緑野さん」
「え、ジョーク……?」
「……」
明らかにジョークのつもりではないと分かる反応を緑野は見せ、鮮やかな手腕で場に不穏な空気を招いていた。水方がピキピキと表情を強張らせているのがここからでも見える。
「まぁま! そういうこともあるよね~!!」
感性は人それぞれよね~!
と顔に汗の玉を浮かべながら群青が仲裁に入っていた。
「ハハハ、それでね~この前柚子ったら~!」
「そうですか」
そのような炎上寸前の会話が挟まれば話が盛り上がるわけもなく、そこには一人空回りする群青がいた。
そして昼休みも終盤に差し掛かり本日の群青の任務が終盤に差し掛かろうという時だ。
「で、なぜこの度はわたくしと話そうと思ってくれたんですか?」
前触れなしに核爆弾級の地雷に繋がる導線が着火した。
瞬間、群青が相手の真意を測りかね固まるのが見えた。
同い年の女子にそんなことを聞かれたことなどなかったからだ。
加えて今回群青が緑野に話しかけたのは朗太からの依頼。
緑野は知る由もないが彼女たちの裏には朗太や姫子の存在がいるのだ。
何も群青は真っ当な理由で緑野と交流しようとしたわけではない。
『ま、私としてもいつまでもクラスがあんなんじゃ嫌だから協力するけど……』
とも言っていたが、出来るならば人柱は自分でない方が良かったに違いない。
だが、かといってド正直に依頼だからだとも言えるわけもない。
それらが重なり数瞬群青はフリーズしたのだが、しばらくし何とか答えをひねり出した。
「ま、まぁそりゃ、同じクラスだし、仲良くしたいと思ったからよ」
無難な答えだ。
グッド。朗太は心の中でサムズアップする。
確かに、最もらしい、『良い』答えだろう。
緑野も「良かったです……」と幾分納得した様子だった。
だが――
「もしかしたらお金の工面を頼まれるのではないかと思いましたので」
なんてとんでもない言葉を、ホッと息を吐きながらぬけぬけと吐き出した。
瞬間、確実に彼女たちの瞳から色が失われた。
「ま、まさか~そんなわけないでしょ?」
「そ、そうですか。なら良かったです」
「安心してくれたなら良かった~」
「でも念のために言っておきますが、お金は絶対に貸せませんよ」
緑野の念押しに教室中が冷え渡った。
「どうした朗太!?」
「大丈夫姫子!?」
同時に朗太と姫子が揃って緑野の言葉を聞いた途端、机につっぷし、教室で昼食を共にしていた友人たちから悲鳴が上がる。
まさかこれほどとは……。
朗太は全く存在する必要のない緑野の棘付き鎧に脱帽していた。
寄ってくる男は身体目当て、女は金目当ててお前……
転入初日から緑野は飛ばしていたので、彼女は女子生徒たちと真っ当に絡む隙も無く嫌悪されてしまっていた。
だが、だからこそ、朗太と姫子の指導が入った今、普通に気さくに同級生の『女子』が話しかけに行けば事態は好転するのかと思ったのだが、別にそんなことはなかったようだ。
男子だけではない。女子にも緑野は棘を持っていたのだ。
「ごめん、姫子! 凛銅君! これは私もちょっと無理!」
「でしょうね」
「ごめん……」
当然群青は涙をちょちょぎらせながら任務撤退を宣言した。
群青だけではない。
水方や紫崎も当然怒っていて、昼食の席では水方はこめかみに血管を浮かばせニコニコし、紫崎優菜は終始無言だった。
クラスメイトの女子である群青輝美で無理だったのだ。
「おはよう! 緑野さん!! 初めまして私、2年A組の藍坂穂香!」
他クラスの藍坂穂香が廊下で声を掛けたところで事態が好転する訳もない。
「おはよう! ってあれ?」
再三緑野に彼女が声を掛けても緑野は無視。
果ては
「おはようございます。2年A組、藍坂さん」
「あ! ようやくレスポンスが! おはよう緑野さん!」
「お金はあげません」
「どういうこと!?」
緑野の飛び道具により撃沈。
「こ、これは、諦めて良いよね、凛銅君?」
「お、おう……。すまんかったな」
藍坂も去ってしまった。
「万事休すか……」
放課後、作戦の失敗に、朗太は自教室で項垂れていた。
だが落ち込む朗太に姫子は言う。
「いや、まだ手はあるわ」、と。
そう、姫子は希望を失っていなかったのだ。
「言っていたわよね、朗太。どうせ迷惑をかけるのなら恩を売った相手にかければいいって」
姫子の言葉に気が付くことがあり朗太がガバッと顔を上げると姫子はスマホを取り出し言った。
「でも、敢えて外した人物がいるでしょ?」
「まさか! それは!? やめろぉぉぉぉぉ!!」
「風華に頼むわ」
朗太が叫ぶのも構わず姫子はスマホのダイヤルをプッシュし風華を呼び出してしまった。
そう、実は朗太、敢えて風華に頼むのを避けていたのだ。
なぜなら――
「お前ェ! 白染に迷惑かかったらどーすんだよ!?」
「どうせそんなことだろうと思ってそれがちょっとむかついてたのよ! むしろ風華こそ私の最大の親友! あんな奴いくらでも迷惑かければ良いのよ!」
「やめろーーーー!! 可哀そうだろうが!!!」
「どこがよ!!」
やいのやいの言い合う朗太と姫子。
だが朗太が姫子と言い合っているうちに、運動着姿の天使はキキーッとブレーキで鳴らしながら到着してしまい
「呼ばれてきました風華ですッ! 話を聞こうか凛銅君!! そして姫子!」
風華は現れ、面映ゆんだ。
薄暗い教室が、そこだけまばゆく輝いて見えた。




